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046 8月3日 才川と七緖 1/3
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七緖は鞄をたすきがけにして、ポケットに手を突っ込む。夏休み期間中なのに、結構な率で生徒に会う。
「休みやのに皆何しに来るんやろ。ほんな事言うたら僕もアレやけど」
謎だ、と一人呟いた。
階段を下り下駄箱に続く廊下を歩く。校舎の裏手から回ったので人が少なかった。人が多い場所は好きではない。廊下沿いに木が生い茂っているので、日光が遮断された廊下を一人歩く。
猫背のまま下を見て歩いていると、不意に前方から声をかけられた。
「よう」
まるで元々知り合いの様な軽い口調。低くてよく通る声だが聞き覚えがない。
その声に七緖は猫背を伸ばし顔を上げた。目の前には黒のドライハーフパンツと青いTシャツ姿の才川 怜央が立っていた。
内心で七緖は溜め息をついた。予想通りだった。巽さんとの関係を聞いた才川 怜央は必ず自分の前に現れると思っていた。
「こんにちは」
七緖は足を止めて独特なイントネーションで才川に向かって挨拶をする。前髪に隠れた瞳をまぶしそうに細めたが、才川にはその瞳は見えない。
背の高い二人は数メートル先にいるお互いをじっと見つめる。先に動いたのは才川だった。ゆっくりと歩く。バレーボールシューズのゴム底が綺麗に磨かれた床に擦れ、キュッキュッと音を立てた。
「明日香に勉強を教えているんだってな。それにアルバイトも一緒なんだって?」
才川は首を傾げ顎を引いて七緖の顔を睨みつける。低い声でゆっくりと尋ねた。『明日香』と、呼び捨ての名前を強く発言していた。
「よう知っとるね」
七緖はポケットに手を入れたまま小さく肩を上げた。珍しく猫背を伸ばしたままだ。
才川と比べると少しだけ七緖が背が高い。しかし体の厚みは比べものにならない。鍛えられた胸板と太い腕の才川と、痩せ気味で筋張った腕の七緖だった。七緖は貧弱ではないが体格には大きな差があった。
七緖の前髪の向こうにある瞳は、才川を見つめていのか見つめていないのか分からない。
だから数十センチ近づいた才川は首を傾げた。
「どこ見てんだよ?」
「どこって……才川くんを見とったよ。よう鍛えとるなぁと思うて。凄いなぁって感心しよったとこ」
「そりゃどうも」
まさか体つきを見ていて「凄い」と褒めてくるとは思っていなかったので、才川は少しだけ面食らった。
才川も七緖を観察する。身長は七緖が高い。鷲鼻に透ける様な白い肌。確かに痩せ型ではあるが、筋肉が全くない訳ではない。
「七緖だって筋肉がついているみたいだな。何か運動をしているのか?」
才川が七緖の腕の部分を指す。筋張っているが腕を動かすと盛り上がりが出来る。
するとその指の視線を追った七緖がのろのろと話し始めた。
「ああ~これね。荷物持ちする事があるからや。何の役にも立たんよ」
その七緖の返答を聞いて才川は傍らに持っていた雑誌を視線の位置まで持ち上げた。
「荷物持ちねぇ。それってこれの事か?」
才川が七緖に見せたのは今年の二月に発売になったバレーボールの雑誌だった。
才川が全国的に注目される様になった写真が掲載されている。七緖は無言でその雑誌の表紙を数秒間見つめた。
見えているのか見えていないのか分からないが、少ししてからぽつりと七緖が呟いた。
「格好ええ才川くんが載っとる雑誌やね」
「格好ええって……そうじゃねぇよ。それよりバレーボールの雑誌なんて興味なさそうな七緖なのに。この号に俺が載っているってよく知っているな」
才川は意地悪く声を上げる。
しかし七緖は淡々と答える。
「ほらぁ才川くん有名人やん? ほの雑誌は英数科でも皆、回し読みしよったのよう覚えとるし。ほれに、近くで見るとますます『一重のクールイケメン』やね」
七緖は相変わらずゆっくりのろのろと話す。だから才川には最後の一言が嫌みっぽく聞こえた。
「違うだろ」
才川には七緖の態度がひどくとぼけている様にも感じた。そこで才川は自分の写真が大きく載っているページを広げ、七緖の前にズイッと見せる。
「何? 写真と本物、見比べなアカンの?」
才川に雑誌を鼻先まで突きつけられ、七緖は軽く仰け反った。才川は写真の端に記載された撮影者の名前を指さした。
「明日香に、七緖の両親がカメラマンだって聞いてさ。明日香はやたら猫の写真の話をしていたけど。何か聞いた事があるなって考えていたら、俺の写真のところに聞いた事のある名字があるんだけど?」
才川はトントンと指を叩いて見せた。
そこには『撮影 七緖 純子』と書いてあった。
「……ああ、僕のおかんやね」
首を傾げた七緖の前髪が揺れて、隙間から瞳が見えた。
二重の瞳は琥珀色をしている。ゆっくりと話す割に、その琥珀色の瞳が強く光った。
才川は口の端を上げた。
「やっぱりそうか。七緖の筋肉はカメラの機材を持つからだな。つまり手伝う事があると」
一重の瞳をすっと細めて才川が低い声で呟く。特に前半の『やっぱりそうか』は何故か薄笑いを浮かべていた。
その顔を見て七緖は小さく溜め息をついた。そして通り過ぎようと雑誌を押しのけた。
「ほうや。役に立たん筋肉やねん。手伝いをするんはたまにや。ほれにカメラ言うても最近はずいぶんコンパクトやし。たいした荷物ちゃうよ? ほな」
七緖はそう言って荷物の重たさについて語り、才川の横をすり抜けようとした。
瞬間、才川がぼそりと小さな声を上げる。
「明日香が『シルバーメダルコレクター』ってあだ名をつけられた記事の写真も、確か七緖 純子さんの写真だったよな?」
「……」
その声に七緖は足を止めて、ゆっくりと顔を横に向ける。
そこには下から鋭い瞳で睨みつけ、意地が悪そうな微笑み浮かべている才川 怜央がいた。
「休みやのに皆何しに来るんやろ。ほんな事言うたら僕もアレやけど」
謎だ、と一人呟いた。
階段を下り下駄箱に続く廊下を歩く。校舎の裏手から回ったので人が少なかった。人が多い場所は好きではない。廊下沿いに木が生い茂っているので、日光が遮断された廊下を一人歩く。
猫背のまま下を見て歩いていると、不意に前方から声をかけられた。
「よう」
まるで元々知り合いの様な軽い口調。低くてよく通る声だが聞き覚えがない。
その声に七緖は猫背を伸ばし顔を上げた。目の前には黒のドライハーフパンツと青いTシャツ姿の才川 怜央が立っていた。
内心で七緖は溜め息をついた。予想通りだった。巽さんとの関係を聞いた才川 怜央は必ず自分の前に現れると思っていた。
「こんにちは」
七緖は足を止めて独特なイントネーションで才川に向かって挨拶をする。前髪に隠れた瞳をまぶしそうに細めたが、才川にはその瞳は見えない。
背の高い二人は数メートル先にいるお互いをじっと見つめる。先に動いたのは才川だった。ゆっくりと歩く。バレーボールシューズのゴム底が綺麗に磨かれた床に擦れ、キュッキュッと音を立てた。
「明日香に勉強を教えているんだってな。それにアルバイトも一緒なんだって?」
才川は首を傾げ顎を引いて七緖の顔を睨みつける。低い声でゆっくりと尋ねた。『明日香』と、呼び捨ての名前を強く発言していた。
「よう知っとるね」
七緖はポケットに手を入れたまま小さく肩を上げた。珍しく猫背を伸ばしたままだ。
才川と比べると少しだけ七緖が背が高い。しかし体の厚みは比べものにならない。鍛えられた胸板と太い腕の才川と、痩せ気味で筋張った腕の七緖だった。七緖は貧弱ではないが体格には大きな差があった。
七緖の前髪の向こうにある瞳は、才川を見つめていのか見つめていないのか分からない。
だから数十センチ近づいた才川は首を傾げた。
「どこ見てんだよ?」
「どこって……才川くんを見とったよ。よう鍛えとるなぁと思うて。凄いなぁって感心しよったとこ」
「そりゃどうも」
まさか体つきを見ていて「凄い」と褒めてくるとは思っていなかったので、才川は少しだけ面食らった。
才川も七緖を観察する。身長は七緖が高い。鷲鼻に透ける様な白い肌。確かに痩せ型ではあるが、筋肉が全くない訳ではない。
「七緖だって筋肉がついているみたいだな。何か運動をしているのか?」
才川が七緖の腕の部分を指す。筋張っているが腕を動かすと盛り上がりが出来る。
するとその指の視線を追った七緖がのろのろと話し始めた。
「ああ~これね。荷物持ちする事があるからや。何の役にも立たんよ」
その七緖の返答を聞いて才川は傍らに持っていた雑誌を視線の位置まで持ち上げた。
「荷物持ちねぇ。それってこれの事か?」
才川が七緖に見せたのは今年の二月に発売になったバレーボールの雑誌だった。
才川が全国的に注目される様になった写真が掲載されている。七緖は無言でその雑誌の表紙を数秒間見つめた。
見えているのか見えていないのか分からないが、少ししてからぽつりと七緖が呟いた。
「格好ええ才川くんが載っとる雑誌やね」
「格好ええって……そうじゃねぇよ。それよりバレーボールの雑誌なんて興味なさそうな七緖なのに。この号に俺が載っているってよく知っているな」
才川は意地悪く声を上げる。
しかし七緖は淡々と答える。
「ほらぁ才川くん有名人やん? ほの雑誌は英数科でも皆、回し読みしよったのよう覚えとるし。ほれに、近くで見るとますます『一重のクールイケメン』やね」
七緖は相変わらずゆっくりのろのろと話す。だから才川には最後の一言が嫌みっぽく聞こえた。
「違うだろ」
才川には七緖の態度がひどくとぼけている様にも感じた。そこで才川は自分の写真が大きく載っているページを広げ、七緖の前にズイッと見せる。
「何? 写真と本物、見比べなアカンの?」
才川に雑誌を鼻先まで突きつけられ、七緖は軽く仰け反った。才川は写真の端に記載された撮影者の名前を指さした。
「明日香に、七緖の両親がカメラマンだって聞いてさ。明日香はやたら猫の写真の話をしていたけど。何か聞いた事があるなって考えていたら、俺の写真のところに聞いた事のある名字があるんだけど?」
才川はトントンと指を叩いて見せた。
そこには『撮影 七緖 純子』と書いてあった。
「……ああ、僕のおかんやね」
首を傾げた七緖の前髪が揺れて、隙間から瞳が見えた。
二重の瞳は琥珀色をしている。ゆっくりと話す割に、その琥珀色の瞳が強く光った。
才川は口の端を上げた。
「やっぱりそうか。七緖の筋肉はカメラの機材を持つからだな。つまり手伝う事があると」
一重の瞳をすっと細めて才川が低い声で呟く。特に前半の『やっぱりそうか』は何故か薄笑いを浮かべていた。
その顔を見て七緖は小さく溜め息をついた。そして通り過ぎようと雑誌を押しのけた。
「ほうや。役に立たん筋肉やねん。手伝いをするんはたまにや。ほれにカメラ言うても最近はずいぶんコンパクトやし。たいした荷物ちゃうよ? ほな」
七緖はそう言って荷物の重たさについて語り、才川の横をすり抜けようとした。
瞬間、才川がぼそりと小さな声を上げる。
「明日香が『シルバーメダルコレクター』ってあだ名をつけられた記事の写真も、確か七緖 純子さんの写真だったよな?」
「……」
その声に七緖は足を止めて、ゆっくりと顔を横に向ける。
そこには下から鋭い瞳で睨みつけ、意地が悪そうな微笑み浮かべている才川 怜央がいた。
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