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047 8月3日 才川と七緖 2/3
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巽 明日香が「シルバーメダルコレクター、無表情・無冠の女王」と呼ばれる様になったのは数年前だ。それは地方予選なのに、全国紙で大きく扱われた写真につけられたキャッチコピーだった。写真は巽 明日香の強い視線、目力が際立った美しいものだった。
そして才川 怜央にも同じ事が起こる。初めての全国大会でベスト4という成績だったがまるで優勝した様な扱いで取り上げられていた。写真の才川 怜央の表情が選手としてとても良かったからなのだが。整った顔に、皆アイドル並みの扱いをして持ち上げた。
「ずいぶんと七緖の母さんは、スポーツ選手を撮影しているみたいだなぁ」
手元の雑誌を自分の視線の位置に掲げ、才川が誰もいない廊下で話す。低くてよく通る声だ。
何が言いたいのか何となく察した七緖は通り過ぎる事を諦め、小さく溜め息をついた。しかし、そこから妙な間が開く。
「六、五……」
呟く七緖の声は小さくて聞こえない。
「おい。何だよ?」
才川は思わず眉の根元を寄せた。
「うん。知らんけど」
尋ねた途端、ぽつりと七緖が呟いた。
「はぁ? 何だよそれ」
流行っているのだろうか。確か同じ言葉を明日香も口走っていたと思う。
七緖はそんな才川の反応に軽く笑うと、小さく首を振って話し始めた。
「おかんは基本的に人物を撮影するのが好きやなだけや。今は他県の田舎で撮影しとるよ?」
そんな七緖に才川は挑発する様に話す。
「……ふーん。人物を撮影ねぇ」
七緖はゆっくりと首を傾げて肩が触れるほど近くにいる才川と視線を合わせる。才川からはそれが見えている訳ではない。
「何やのん。何か言いたい事あるんやったらはっきり言うてくれてええよ?」
才川はその返事を聞いて七緖の制服のシャツがしわになるのもかまわずに肩を握りしめた。
「痛いなぁ」
細身の体だが予想していたのか七緖はびくともしなかった。七緖の耳元で才川は低く憤りを含んだ声で早口になる。
「お前の母親のせいで明日香に変なあだ名がついたって事だよな」
才川の振る舞いは、巽 明日香の気持ちが分かってると言わんばかりだった。その呟きを聞いて七緖は一拍置いてから不満そうな声を発する。
「え~あだ名をつけたんはライターさんやん。僕のおかんのせい違うやん」
「お前の母親が撮影した写真が元でついたあだ名だろ? 俺の『一重のクールイケメン』もいい加減イラつくけれど。恐らくライターも写真からヒントを得たんだろ。だから関係ないなんて言い切れないと思うけど?」
「わぁ~ほんな解釈するんや才川くんは。つまり、ほれは僕のおかんが撮影したんがごっつうええ写真って言うてるの?」
妙なところで嬉しそうな声を上げる七緖だった。
「そうじゃねぇよ」
七緖から思った様な反応が返ってこない事に才川はイライラした。
だから思わず言うのはどうかと思った言葉を口にした。
「この事実に明日香はまだ気づいていないみたいだぜ?」
喉の奥で才川は小さく笑った。
その声にピクリと反応した七緖だ。その動きが何となく予想していた七緖の姿に近くて才川は言葉を続けた。
「明日香が知ったら七緖の事をどう思うだろうな?」
──どうして教えてくれなかったの? ひどい七緖くん! ──
そんな巽 明日香の姿が才川の脳裏に浮かぶ。
しかし、七緖はけしかけてくる才川を鼻で笑った。
「何がおかしいんだよ」
才川は面白くなさそうに呟いた。制服のシャツをつかんだ手をゆっくりと押しのけながら七緖は前髪をかき上げ、琥珀色の瞳を才川に向ける。
金色と黄色の混ざった瞳の色は、いつか映像や写真で見た獰猛な狼に似ている。才川も負けじと七緖を睨みつける。才川の瞳も漆黒で凄みがあった。七緖と対照的だ。
七緖は琥珀色の瞳すっと細めて、喉の奥で笑った。
「別に……おかしいはないよ」
おかしくはない──と言いながら笑う七緖が不気味だと才川は感じた。
才川が喉仏を動かして息を飲んだのを見てから、七緖は続けた。
「別に才川くんから巽さんに言うてくれてええよ。あだ名をつけられた写真を撮ったのは僕のおかんって」
「!」
そう七緖が言い切るとは思わなかったので、才川は奥歯をかみしめた。
「おかんは興味のある被写体を見つけたら西に東に北に南に。すぐに世界各地を飛び回る癖があってやね──」
ふわふわとしているが何だか不気味にも感じる調子で、七緖は話を続け始めた。
そして才川 怜央にも同じ事が起こる。初めての全国大会でベスト4という成績だったがまるで優勝した様な扱いで取り上げられていた。写真の才川 怜央の表情が選手としてとても良かったからなのだが。整った顔に、皆アイドル並みの扱いをして持ち上げた。
「ずいぶんと七緖の母さんは、スポーツ選手を撮影しているみたいだなぁ」
手元の雑誌を自分の視線の位置に掲げ、才川が誰もいない廊下で話す。低くてよく通る声だ。
何が言いたいのか何となく察した七緖は通り過ぎる事を諦め、小さく溜め息をついた。しかし、そこから妙な間が開く。
「六、五……」
呟く七緖の声は小さくて聞こえない。
「おい。何だよ?」
才川は思わず眉の根元を寄せた。
「うん。知らんけど」
尋ねた途端、ぽつりと七緖が呟いた。
「はぁ? 何だよそれ」
流行っているのだろうか。確か同じ言葉を明日香も口走っていたと思う。
七緖はそんな才川の反応に軽く笑うと、小さく首を振って話し始めた。
「おかんは基本的に人物を撮影するのが好きやなだけや。今は他県の田舎で撮影しとるよ?」
そんな七緖に才川は挑発する様に話す。
「……ふーん。人物を撮影ねぇ」
七緖はゆっくりと首を傾げて肩が触れるほど近くにいる才川と視線を合わせる。才川からはそれが見えている訳ではない。
「何やのん。何か言いたい事あるんやったらはっきり言うてくれてええよ?」
才川はその返事を聞いて七緖の制服のシャツがしわになるのもかまわずに肩を握りしめた。
「痛いなぁ」
細身の体だが予想していたのか七緖はびくともしなかった。七緖の耳元で才川は低く憤りを含んだ声で早口になる。
「お前の母親のせいで明日香に変なあだ名がついたって事だよな」
才川の振る舞いは、巽 明日香の気持ちが分かってると言わんばかりだった。その呟きを聞いて七緖は一拍置いてから不満そうな声を発する。
「え~あだ名をつけたんはライターさんやん。僕のおかんのせい違うやん」
「お前の母親が撮影した写真が元でついたあだ名だろ? 俺の『一重のクールイケメン』もいい加減イラつくけれど。恐らくライターも写真からヒントを得たんだろ。だから関係ないなんて言い切れないと思うけど?」
「わぁ~ほんな解釈するんや才川くんは。つまり、ほれは僕のおかんが撮影したんがごっつうええ写真って言うてるの?」
妙なところで嬉しそうな声を上げる七緖だった。
「そうじゃねぇよ」
七緖から思った様な反応が返ってこない事に才川はイライラした。
だから思わず言うのはどうかと思った言葉を口にした。
「この事実に明日香はまだ気づいていないみたいだぜ?」
喉の奥で才川は小さく笑った。
その声にピクリと反応した七緖だ。その動きが何となく予想していた七緖の姿に近くて才川は言葉を続けた。
「明日香が知ったら七緖の事をどう思うだろうな?」
──どうして教えてくれなかったの? ひどい七緖くん! ──
そんな巽 明日香の姿が才川の脳裏に浮かぶ。
しかし、七緖はけしかけてくる才川を鼻で笑った。
「何がおかしいんだよ」
才川は面白くなさそうに呟いた。制服のシャツをつかんだ手をゆっくりと押しのけながら七緖は前髪をかき上げ、琥珀色の瞳を才川に向ける。
金色と黄色の混ざった瞳の色は、いつか映像や写真で見た獰猛な狼に似ている。才川も負けじと七緖を睨みつける。才川の瞳も漆黒で凄みがあった。七緖と対照的だ。
七緖は琥珀色の瞳すっと細めて、喉の奥で笑った。
「別に……おかしいはないよ」
おかしくはない──と言いながら笑う七緖が不気味だと才川は感じた。
才川が喉仏を動かして息を飲んだのを見てから、七緖は続けた。
「別に才川くんから巽さんに言うてくれてええよ。あだ名をつけられた写真を撮ったのは僕のおかんって」
「!」
そう七緖が言い切るとは思わなかったので、才川は奥歯をかみしめた。
「おかんは興味のある被写体を見つけたら西に東に北に南に。すぐに世界各地を飛び回る癖があってやね──」
ふわふわとしているが何だか不気味にも感じる調子で、七緖は話を続け始めた。
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