【R18】さよならシルバー

成子

文字の大きさ
58 / 95

048 8月3日 才川と七緖 3/3

しおりを挟む
 仕事の依頼を受けて、陸上競技大会で見かけた巽選手に魅せられて写真を撮った。その頃はしょっちゅう七緖も荷物持ちとして引っ張り回されていた。

「おかんの隣で色々な人を観察したけど、特に不思議なのは巽さんや」

 二位に終わった大会で表彰台に上る時、メダルをかけられる瞬間微笑みを見せるだけだ。巽 明日香は真っ直ぐに前を向いて一点を見つめる。その瞳の強さにシャッターを押したくなると七緖の母親は言っていた。

「……明日香は顔が整っているからな。恰好の被写体だったんだろ? 変なカメラ小僧とかいるって聞いた事があるぜ」
 才川はぽつりと呟いた。

 明日香は陸上選手の中でもスタイルも抜群だ。誰かに聞いたが、ピッタリとしたユニフォームもマニア受けするらしい。

 しかし髪の毛をオールバックにかき上げたままの七緖は「ちゃうちゃう」と首を振った。

「顔が整っているとか、ほんなんちゃうって。あの『強い意志が表れた瞳が美しい』っておかんは言とったよ?」
 美しい──その言葉を七緖から聞いて才川はそれ見た事かと言い放つ。

「七緖は前から明日香を知っていたんだな。美しいと思って惹かれたお前は明日香に近づいたんだろ。油断も隙もねぇ。お前はただのストーカーだ」
 そう言った才川に七緖は目を丸めた。それからカラカラと廊下の真ん中で天井を仰いで笑い始める。
「何がおかしいんだよ」
 笑い始めた七緖に才川が食ってかかる。
「何を言うかと思えば。才川くんって心配性やね。僕がストーカー? ほんな訳ないやん」
 あまりにも馬鹿にする声に才川はカチンときて、七緖の胸ぐらをつかむ為に手を伸ばした。しかし、逆に七緖にTシャツの胸元を引っ張られた。

 七緖の高い鷲鼻と、才川のすっと通った鼻が擦れ合いそうな距離になる。Tシャツの胸元を力一杯七緖に引き寄せられて才川は喉が少し詰まった。
「かはっ、何を!」
 急に引っ張られて才川は唸る。

「……僕はな。悔しいのか、悔しくないのか全く分からない表情の巽さんには興味ないし。むしろ『何でこの子はすまし顔で泣きもせんとプライドがただただ高いんやなぁ』って思いよったよ」
 恐ろしく低い声で七緖が呟く。
「プライドが高いって……選手としての矜持はあるだろ」
 確かにそういう明日香の顔や態度がツンとして鼻につくと萌々香が言っていたのは覚えがあるが、単に顔の造形の話だと才川は思っていた。

 七緖はゆっくりと言葉を続けた。その顔が嬉しそうな事に才川は少し寒気がした。
「毎回毎回二位で表彰台に上る巽さんやけど、表彰台の上では一度も泣いた事ないねん。キャッチコピーもあながち嘘やない。二位やのに女王様気取りなんやなって」
「あいつは泣いたりしない。次に向かって練習して走るだけだ。いちいち泣いていたらやってられねぇ」
「ほれがな、実は裏ではめっちゃ泣いとったって、才川くん知っとった?」
「は?」
 意外な事を言い出した七緖に才川は声を上げる。

「僕が初めて見たんは最後の大会や」
「最後の大会……」
 その言葉にピクリと才川は反応した。

「そりゃぁもうめちゃめちゃや。泣きわめいていたって言っても言い過ぎやない。一人で電話をかけた後やけど。会場の端の方でな、泣いとったの僕は見たよ?」
「──っ」
 電話をかけた後と聞いて才川は喉が詰まった。

 間近に迫った琥珀色の瞳が真っ直ぐに才川を捕らえる。
「ほれを見た時僕は分かってん。実は巽さんは毎回会場のどこかで一人、悔しくて悔しくて泣いていたはずや。だけどほんな事はおくびにも出さんと、少しも周りに悟られんと毎回二位の表彰台に上っとったんやね。だから──」

 メダル授与の為に表彰台に上った時の顔はシルバーメダルコレクターでも無表情・無冠の女王でもなく、悔しさで歯を食いしばった裏返しだとは誰も知らなかっただろう。

 その瞳に惹かれたのが七緖の母親だった。その写真とキャッチコピーが一人歩きして勝手な巽 明日香の像を造った。

「泣いている姿を見てな、巽さんの意地の通し方に心底感心したもんや。でも、ほれだけで僕が巽さんを好きとか思うてないよ? 人間として興味あったのは認めるけど」
「……」
 才川は七緖の薄く笑う様子に何も言えなくなった。

「今、巽さんと知りおうて仲良くさせてもろうてるけど。素の巽さんはやっぱり意地っ張りや。そして、本当に頑張り屋さんや。ほやけど、すぐに謝る事が出来る優しい子で……ほんで凄いドジやねん」
 七緖はそう言って優しく微笑んだ。

 才川はその七緖の顔を見て、七緖が確実に明日香に惹かれている事を知った。

 だが、それよりも電話をかけていた後に泣いたという話を聞いて胸の辺りがざわつく。しかし本当に才川の電話に着信はなかったのだ。

 誰かに消された? 誰が消した?

 そんな事が才川の頭の中をぐるぐると回る。明日香が出る大会を見に行く事が出来なかったのは、バレーボール部の打ち上げだったからだ。打ち上げで使ったのは萌々香の洋食店だ。つまり着信を消される心当たりなら、一人……確かにある。

 更に、七緖がずっと明日香を見ていた事にも焦りを感じる。才川が知らなかった明日香の姿を知っている七緖。そんな七緖が気に入らない。

 ゆっくりと七緖は才川のTシャツから手を離した。

 七緖は前髪もいつもの様に元に戻し視線を遮る。制服のシャツのポケットに挟まっている妙な猫のクリップを押さえ微笑むと、才川からゆっくりと離れた。

「僕も写真の事、ほのうち巽さんに言おう思うてたし。巽さんもあだ名には苦しんどったのは、嫌そうにしとったのは僕も知っとったよ。ほやから別に才川くんから言うてくれてもええよ」
「……」
 才川は無言で七緖を見つめた。そんな才川を見つめながら七緖は思い出した様に手をポンと叩いた。
「ほう言えば最初のキャッチコピーがついた時の記事やけど。才川くんは全部読んだ事ある? 巽さんを綺麗とか美しいとか持ち上げるんやのうて、どんなけ努力しているかって事を書いてあるええ記事やで?」
「……ああ。確かにそうだったな」
 才川は頷いた。

 その後、キャッチコピーだけがいたずらに流布してしまい「また二位!」と言う様な言葉で煽る記事が多かった事は才川も知っている。

「世の中の皆、近くにおるクラスメイトですら、ほう言う全部忘れてしもうとるよなぁ……僕、巽さんを待たせとるから、ほな」
 そう言って才川の肩をポンと叩いて七緖は去っていった。

 才川はそんな七緖の猫背に戻った背中を見つめる。



 なな 駿しゆんの名前は以前から才川も知っていた。運動部の連中でも知っている有名人。女子にも密かに人気がある。不良で深夜徘徊をしている噂を聞くのに、頭だけは良い。しかも金髪に見える髪の毛に透ける様な肌の白さ。女子が事あるごとに才川と対比して評価する男。

 実際は猫背だし、前髪が長すぎて表情が見えないし。気にした事など一度もなかったが、何だか焦りが募る。

「俺はお前の事を認めないからな」
 才川は拳を握りしめ唸った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。 **2026.01.02start~2026.01.17end** ◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です! https://estar.jp/novels/26513389

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

女の子がほとんど産まれない国に転生しました。

さくらもち
恋愛
何番煎じかのお話です。 100人に3~5人しか産まれない女の子は大切にされ一妻多夫制の国に産まれたのは前世の記憶、日本で亭主関白の旦那に嫁いびりと男尊女卑な家に嫁いで挙句栄養失調と過労死と言う令和になってもまだ昭和な家庭!でありえない最後を迎えてしまった清水 理央、享年44歳 そんな彼女を不憫に思った女神が自身の世界の女性至上主義な国に転生させたお話。 当面は2日に1話更新予定!

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...