【R18】さよならシルバー

成子

文字の大きさ
65 / 95

055 8月7日 萌々香と明日香 2/4

しおりを挟む
(確かに。いつも余裕がある怜央が固まるなんて珍しい。七緖くんは怜央と萌々香ちゃんの事を全部の話をしているしね)

 話が分かっている七緖くんには、取り繕っている怜央や萌々香ちゃんの態度が笑えると感じるのだろう。そんな七緖くんに萌々香ちゃんが反応する。

「ねぇねぇ。彼は七緖くんって言うの? 怜央くんの知り合い?」
 私ではなく七緖くんの事を怜央に尋ねる。笑った七緖くんに興味がある様だ。

 七緖くんは私の後ろにいるのに、私をすっ飛ばして怜央に七緖くんの事を尋ねる。舌っ足らずのかわいい声だった。私は自分のこめかみがピクリと動いて、無表情が崩れそうになった。

(確かに七緖くんは猫背で残念男子だけど格好良いしね。抜け目がないなぁ。そして一緒にいる私は無視なのね。この甘える様な、子供の様な声。イライラする。この声で尋ねれば幼なじみや周りの友達は何でも許すんだから)

 いつもこの声に振り回されてイライラしてきた。それから萌々香ちゃんのオンステージが始まり、私を袖にするのだろう。

(いつもの私ならモヤモヤして黙り込んでしまうけど)

 私が冷静でいられたのは七緖くんのおかげだった。その萌々香ちゃんの声に七緖くんがピタリと笑い声を止める。そして猫背のまま、私の頭上でぼそりと呟いた。

「ごっついな。あからさまやねぇ」
 私にしか聞こえない声だった。私を無視した事への感想だ。その七緖くんの呟きにホッとする。

 転校を繰りかえし、色々な人と知り合ってきた七緖くんには萌々香ちゃんという人がすぐに理解出来た様だ。男女問わず好きになった相手に裏切られる事もあった七緖くん。自分の目立つ容姿のせいで、嫌な思いも沢山してきた。幼い頃からの積み重ね。そんな七緖くんは惑わされなかった。

(七緖くんは分かっている)
 そう感じただけで私はとても安心した。私が七緖くんの顔を見上げて微笑んだ姿を萌々香ちゃんは見逃さなかった。

「へぇ……二人共ずいぶんと仲が良さそうねぇ。明日香ちゃんと七緖くんって」
 私が怜央と萌々香ちゃんに声をかけた言葉と同じ言葉を返してきた。

(萌々香ちゃんってこういう事は勘が良いのね)

 次に続く言葉はこうだ。

 ── 明日香ちゃんには怜央くんて言う彼氏がいるのにね ──

(あーやだやだ。怜央と萌々香ちゃんだって今日みたいにコソコソ会ってるくせに。そういえば週二回はしていたとか……嫌な事を思い出したわ。未だに会っている理由が何故か分からない。怜央も萌々香ちゃんも、私に黙って会ってるくせに。自分達の事は棚に上げて私の事は責めるのね?)

 そう思って暗い気持ちになった時、七緖くんが私の肩にポンと手を置いた。

 私が顔を上げると、わざとらしいほどにっこり笑う七緖くんがいた。その笑い方は初めて見る顔だった。いつもは隠れている顔が晒されているので、笑った事に怜央も驚いていた、と言うより気味悪がっていた。

「うん。お姉さんの言う通りやねん。僕と巽さんは仲の良いやんな?」
 そう言って七緖くんは私の肩をポンポンと軽く叩いた。七緖くんのやたらと強調する言葉に、萌々香ちゃんだけではなく怜央も二の句が継げなくなった。

(そうだ二人と同じ事を言い返せばいいのか)

「そうよ。七緖くんとはなの」
 そう言って私と七緖くんは顔を合わせて笑った。七緖くんはわざとらしい笑い方から一変してフワリと笑ってくれた。その笑顔にふっと力が抜けたのが分かった。さっきの七緖くんとの会話を思い出す。

(そうよ、上書きするのよ)

 私の態度に萌々香ちゃんは態度を一変させた。もう私にはいつもの行動が通用しない事が分かったのだろう。

「ふーん。ただの友達ね。じゃぁ私と怜央くんと同じ様なものね?」
 そう言って萌々香ちゃんはにっこり笑って怜央の腕に自分の腕を巻き付けた。
「おい、やめろよ」
 さすがに密着しようとした萌々香ちゃんに、怜央が慌てて腕を振り払う。

 私はぎゅっとスカートの裾を握りしめて、真っ直ぐ萌々香ちゃんを見つめた。

(逃げない、今度こそ。壊したって別にいい)



「同じじゃないよ。怜央と萌々香ちゃんみたいに『週二回でする』様な関係じゃないから」



 夏の日差しの中、フリーマーケットで人が行き交う通りの真ん中で、私の声は思った以上に低かった。

「「えっ」」
 私の声に萌々香ちゃんと怜央は口を小さく開けて固まってしまった。

 フリーマーケットのお店の人達に私達の会話は聞こえていたかもしれない。揉めている様を素知らぬ振りをしてくれているのかもしれない。それでもかまわない。

 二人の呆然とした顔を見て私は笑えてきた。

(何だ……こんなものだったのね。馬鹿馬鹿しい)

 あっけない程すんなり言えた二人の関係をばらす言葉。

 私は今日は徹底的に怜央と萌々香ちゃんと話をしようと心に決めた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家 結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。 愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

隣人はクールな同期でした。

氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。 30歳を前にして 未婚で恋人もいないけれど。 マンションの隣に住む同期の男と 酒を酌み交わす日々。 心許すアイツとは ”同期以上、恋人未満―――” 1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され 恋敵の幼馴染には刃を向けられる。 広報部所属 ●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳) 編集部所属 副編集長 ●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳) 本当に好きな人は…誰? 己の気持ちに向き合う最後の恋。 “ただの恋愛物語”ってだけじゃない 命と、人との 向き合うという事。 現実に、なさそうな だけどちょっとあり得るかもしれない 複雑に絡み合う人間模様を描いた 等身大のラブストーリー。

処理中です...