【R18】さよならシルバー

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060 8月7日 長い一日の終わりと始まり 2/2

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 私は怜央と別れてから、ずっと泣いていてその状態で七緖くんに手を引かれて歩いていた様だ。

(そうかそれでか。泣いている無表情の女の子にぶつかったら文句も言えなくなるわよね)
 
 泣いていたのは七緖くんも気がついていなかった様で片手で自分のおでこを押さえた。

「かんにんな。無理に手を引いてしもうて。歩くのしんどかったやろ?」
「そ、そんな事、ない。私こそ全然気がつかなかっ」
 自分が泣いていると分かった途端、ダムが決壊したみたいに涙が溢れてきた。

 私は思わず両手で顔を覆って自分の顔を隠した。

「あっ、あんなに泣いたのに。まだ泣くって、わた、私」

(馬鹿なんじゃないの? 何度七緖くんの前で泣けば気が済むの?)

 そう思いながら私は肩を出来るだけ震わせない様に息を止めて泣く。

 七緖くんの家は通りに面しているので人が行き交っている。出来るだけ声を漏らさない様こらえる。

(泣き止め! 泣き止まないと)
 そう自分に言い聞かせるのに上手く涙が止まらない。
 
 すると七緖くんが私の二の腕をつかんだ。七緖くんの手が少し震えていた。

(震えている? 七緖くんが?)
 いつもマイペースなのに珍しいと感じた。その震えに私は顔を覆っていた手を少しだけ離す。すると、低くて温かい声が頭上から降ってきた。

「ほれだけ才川くんの存在が大きかったって事やね。なかなか心の中から消えてくれんの。羨ましいわぁ」
「羨ましい? でも、そう……だったのかもね。でも今日ので消えたって言うか、ぽっかり空いたって言うか」

 終わったのだと理解している。悲しい事なのか、次に歩き出すという気持ちなのか。あやふやだけれども涙が溢れてくる。

 似た様な言葉を並べる私に、七緖くんの私の腕をつかむ力が強くなる。思わず痛いと思う程だ。

「あの……こんな時に、ほんま言いづらいんやけど」
 七緖くんはポツポツと話し始める。

 私はずるずると鼻を啜りながら、涙を両手でなんとか拭う。それから顔を上げようとした。
「ご、ごめんねすぐ泣き止むから。家の前で本当にごめん」
 七緖くんの家の前で泣き続けるのは、いい加減迷惑なのだろうと思い必死にこらえようとした。

「ちゃう。ほういうんでない。実はあの、僕ん入れてあげたいんやけど。タイミングが良すぎて。いや、ちゃう」
「?」
「僕の両親は二人共、写真撮りに行って長期不在やねん」
「う、うん?」
「一緒に暮らしとる博もこんな時に限って町内の飲み会で店閉めて出かけとって。多分朝帰りやろ」
「そうなんだ」

(確かに七緖くんのご両親に会った事がないとは思っていたけれども。撮影かぁ何処に行ってるのかな。かなり遠くに行っている様な口ぶりだ。しかも博さん朝帰りって……)

 そんな事を考えながら私は俯いたまま、涙を指で拭う。相変わらずしゃべると声がひっくり返る。

「巽さんを今家に上げたら、僕、多分自分を止められん」
「えっ?」
 意味が分からず私は泣いた顔のまま顔を上げた。

 情けない顔だと思うけど、そんな顔を見るなり七緖くんは目を丸くしてそれでゴクンと唾を飲み込んだ。白い頬が朱色に染まる。だけど、七緖くんは琥珀色の瞳で私をじっと見つめる。

 その視線に私は心臓が跳ねた。

(ああ。視線を逸らす事が出来ない)

 怜央の事をずっと悩んで、今ぽっかり空いた胸の内。そこを上書きするのは──

(七緖くんしかいないのよ)

 そう思った時、七緖くんが苦しそうに顔をゆがませた。そして息を吸い込むとはっきりした低い声でゆっくりと話す。

「僕は、巽さんが好きやねん」
「え」
 その一言に私は涙で濡れた瞳を大きく開いた。

(まさか七緖くんがそんな風に思ってくれていたなんて)
 
 バスの中での出会いから、塾、アルバイト。グズグズに泣き出した私をずっと見つめてくれた七緖くん。怜央と萌々香ちゃんの事、そして陸上の事で泣いてばかりの姿ばかり見せていたのに。

 だけど、七緖くんは驚いている私の顔を見ながら無理に笑う。

「巽さんが才川くんの事で苦しんだのも、何故泣いとるのかも分かっとんのに。涙顔も洗う為に一度家に入れてあげたいのに」

 そこでいったん言葉を切る。通りを行き交う人には絶対に聞こえない小さな声で自嘲しながら七緖くんは呟いた。

「巽さんは僕ん事、最近仲良うなった友達としか思うてないの分かっとんのに。ほんな風に泣いている姿を見たら。僕は巽さんを押し倒して、滅茶苦茶にしてしまいそうで怖い」

 その言葉がストンと私に落ちてくる。

(だって、それは私も同じだから)
 私は首を左右に小さく振る。

 それを見た七緖くんが自信がなさそうに笑った。

「博の言う通りになってまう。『お互いに同意していなくても』やって……ほんな事ないって思うてたんに。僕、自分が信じられんぐらいコントロール出来ん」

 強烈な七緖くんの告白に私は涙が引っ込んでしまった。

 私と七緖くんが顔を見合ったまま、数秒無言が続く。

 それから、七緖くんは大きく深呼吸して、私をつかんでいた腕を放した。そして体を横にして私がいつも利用するバス停の方向を指さした。

「かんにんな。変な事言うて。あの、帰る為のバス停まで送るから」
 苦笑いの七緖くんは視線が定まっていない。

 私は思い切って七緖くんの腕をつかむ。爪が食い込むぐらい。そしてもう片方の手で家のドアレバーをつかんだ。

 俯く私は七緖くんのズボンの裾を見つめた。

 長い足。そして綺麗に磨かれた靴。初めて喫茶店に連れてきてくれた時は下駄を履いて登場したっけ。

「ドアを開けて」
 私の声がドアの前で響く。
「え?」
 戸惑う七緖くんの声。
「家に入れて」
「家って。巽さん、アカンって」
 泣き笑いの様な七緖くんの声。少し震えている。
「入れてよ」
 自分でも驚くほど低い声だった。
「アカンよ。僕がどんなけひどいこと考えているのか分かってないやろ?」
「分かってないのは七緖くんだよ。上書きするって言ってたでしょ」
「……」
 私の答えを聞いて七緖くんがゴクンと唾を飲み込んだ。

 その唾を飲み込んだ音が私にも聞こえる。そして七緖くんの心臓の音も。

 ゆっくりと顔を上げて七緖くんを見つめる。七緖くんの琥珀色の瞳がギラギラとしている。

「上書きするなら七緖くんがいい」
 そう言うと七緖くんは私を無言で見つめる。

 七緖くんは私との視線を逸らさないで、大きな手でゆっくりとドアのレバーをつかむ。最新なのか親指でレバーの一部に触れると、鍵がカチリと開いた音が聞こえた。

 ゆっくりと開いた玄関の入り口。七緖くんの動きはゆっくりとしている。

 違うか。私が見えている全てが、スローモーションに感じているだけなのかも。

 七緖くんは私の背中に大きな手を当てて家の中に押し込んだ。
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