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075 9月7日 七緖と才川 3/5
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涼しい風が通り過ぎた後、再び七緖がのろのろと話し始めた。
「才川くんさぁ」
「何だよ」
「安原さんが『体だけの関係でもいいわ』って言うたら、どないするつもりやったん? もしかしてほんまにそういう関係になってもええと思うたん?」
「思わねぇよ。やるわけねーだろ。そうじゃなくても同級生ってだけでも嫌なのに。それに、相手が本気だと面倒なだけだ」
才川は即座に答えた。そのスルスルと回答する答えに七緖は小さく口を開いて呟いた。
「ふーん」
七緖の前髪に隠れた瞳が細くなっている様に見えた。
だから才川は口を尖らせた。
「お前、俺の答えを信用してないだろ? どうせチャンスがあったらやるんだろって思ってるだろ」
「ちゃうちゃう。ほんな事思うてないよ。才川くんはわざとこっぴどく振って悪者は自分一人になろうとしたのかなぁって考えよっただけや。巽さんに矛先が向くのを避けようとしたんかなぁ~って」
「……別に。本当の俺はこういう男なんだよ」
才川は自嘲気味に呟いた。
その様子を見ながら七緖は開きかけた口を再び閉じる。何か聞こうとして止めたその仕草に才川は気がついて七緖の顔を見つめる。
「何だよ。聞きたい事があるなら聞いてくれていいぜ」
才川が頬杖をつきながらラフに構える。その様子を見た七緖は少しだけ考えた後口を開いた。
「同級生は面倒って思うんに、何で萌々香ちゃんにしたん? ほれこそ地雷やって思わんかったん?」
ザーッと再び風が二人の間を通り抜ける。
七緖の長い前髪を揺らして、その下に隠れていた琥珀色の瞳が一瞬現れた。真っ直ぐ射貫く様に見つめる瞳。
嘘は許さない──そう言っているのが才川に分かった。
「……好きな女を抱けるのならそれがいいのは確かさ。俺もあれだけ運動をしているけれども、性欲は強いみたいだから、セックスに興味があったのは確かだ」
「興味があるんは当たり前やん」
「まぁな。たまたま荷物を持って商店街を歩いている萌々香に会ってさ。家まで荷物を運んだ事があったんだ。その時に……ちょっとした弾みさ。偶然にも二人きりになった萌々香と何となく? 始めてしまったと言うのが正しいかな」
「弾み……」
才川の言葉に七緖はドキリとする。何故なら自分も勢いで好きな女の子を押し倒しているからだ。そこには感情があったけれども、感情が伴わない場合も考えられる。そういうタイミングは大小あれど誰にでも可能性として存在するのだ。
「別に萌々香に恋しいと思う感情があった訳じゃない。同級生でもないし男に慣れているところもある萌々香は、性的に見た時に簡単な相手だとしか考えていなかった。後腐れもないだろうと」
そこで才川は自分の手を見つめる。
「性欲が増して、やりたくなる周期があるんだ。男を分かっている萌々香は絶妙なタイミングで俺に声をかける。馬鹿な俺は飛びつく。セックスをして終われば、頭も体も冷えて落ち着くんだけど。そんな事を繰りかえすと、セックスはそんなものだと思った。麻痺していくんだよな……相手に感情を持っていなくても出来るんだよ」
「一定の理解はするけど。ほやけど、あんまり経験したいとは思わん。そんな事をしよったら消耗するのはきっと」
自分やで──七緖は言葉を続けようとしたが、ゴクンと飲み込んだ。
何故なら、麻痺していると言った才川は、既に気がついている様子だからだ。
「そうだな。消耗した結果が今の萌々香の姿でもあるんだろう。それが分かっていなかった俺は、ずっと一対一で利害が一致すれば問題ないと思う様になっていた。それにきっぱりその関係をやめて次に進めば問題ないとも思っていた。でもそれは明日香を傷つけるだけだった」
はっきりと明日香に拒否された事を思い出す。拳を作ってグッと握りしめる。
「女の子は女の子同士のパワーバランスもあったみたいやしね。巽さん……明日香ちゃんと萌々香ちゃん。名前もよう似とるからずーっと何か思うところはあったんかもね」
七緖がぽつりと呟いた。その事に才川は小さく笑う。
「だけど、あそこまでとは思わなかったさ……」
握った拳を片方の手で握りしめた才川だった。
七緖はそこで前髪をかき上げて、猫のバンスクリップで前髪を留める。琥珀色の瞳が太陽の光の下、日陰とは言えまぶしそうに細められた。
「ほいで、才川くんは大丈夫なん?」
そんな七緖の顔を見つめている才川に七緖は声をかける。まさかそんな声をかけられると思っていなかった才川は、切れ長の瞳を丸くした。
それから爽やかに笑うと白い歯を見せた。
「大丈夫さ。俺は精神的には強いんだぜ?」
女子に人気があると言われているが、それよりも男子が皆才川の周りに輪を作る。きっとバレーボール部の心強い友達に支えられているのだろう。
「ほれなら。まぁええけどね。いらん心配やったわ」
そう言って七緖も笑った。
また会話が途切れた。七緖も才川も何かを話す事は特になく、日陰で住んでいた。しかし、残り少ない自習時間が終わりそうになった頃だった。
「七緖。俺も聞きたい事があるんだ」
「嫌や」
即座に七緖は答える。
「何でだよ。俺は答えただろ!」
あまりの即答に才川は怒り出した。
「え~……ほな仕方ないなぁ」
ブツブツと呟いて独特なイントネーションで「どうぞ」と七緖に促された。
才川はフッと息を吐き出すと淡々と話し出す。
「明日香が夏休みに入って通った塾だけど。七緖とはそこで出会ったんだろ?」
「あー塾ねぇ。ほうやったねぇ」
「明日香は松本が薦めてくれたと言っていたけど。その松本に塾を薦めたのは七緖だったって言っていたぜ」
「!」
才川の話に七緖はのろのろ返事をしていたのを止める。
才川がズボンのポケットから折り曲げたチラシを取り出す。そして七緖の目の前にそのチラシを広げて見せた。
チラシには『有名大学を目指そう!』と、偏差値がかなり高い生徒向けである誘い文句がいくつも書かれている。つまり──
「とても、明日香が通う様な塾じゃないと思うが?」
才川がそのチラシをペラペラと揺さぶった。
それは確かに七緖が松本 紗理奈に渡した塾のチラシだった。才川は七緖の顔を見つめながら尋ねる。
「七緖──お前は、元々明日香に近づく為に、松本を使って塾を薦めたんだろ?」
「……」
七緖は口を真一文字に閉じて、塾のチラシを見つめ夏休みに入る一ヶ月前の事を思い出していた。
「才川くんさぁ」
「何だよ」
「安原さんが『体だけの関係でもいいわ』って言うたら、どないするつもりやったん? もしかしてほんまにそういう関係になってもええと思うたん?」
「思わねぇよ。やるわけねーだろ。そうじゃなくても同級生ってだけでも嫌なのに。それに、相手が本気だと面倒なだけだ」
才川は即座に答えた。そのスルスルと回答する答えに七緖は小さく口を開いて呟いた。
「ふーん」
七緖の前髪に隠れた瞳が細くなっている様に見えた。
だから才川は口を尖らせた。
「お前、俺の答えを信用してないだろ? どうせチャンスがあったらやるんだろって思ってるだろ」
「ちゃうちゃう。ほんな事思うてないよ。才川くんはわざとこっぴどく振って悪者は自分一人になろうとしたのかなぁって考えよっただけや。巽さんに矛先が向くのを避けようとしたんかなぁ~って」
「……別に。本当の俺はこういう男なんだよ」
才川は自嘲気味に呟いた。
その様子を見ながら七緖は開きかけた口を再び閉じる。何か聞こうとして止めたその仕草に才川は気がついて七緖の顔を見つめる。
「何だよ。聞きたい事があるなら聞いてくれていいぜ」
才川が頬杖をつきながらラフに構える。その様子を見た七緖は少しだけ考えた後口を開いた。
「同級生は面倒って思うんに、何で萌々香ちゃんにしたん? ほれこそ地雷やって思わんかったん?」
ザーッと再び風が二人の間を通り抜ける。
七緖の長い前髪を揺らして、その下に隠れていた琥珀色の瞳が一瞬現れた。真っ直ぐ射貫く様に見つめる瞳。
嘘は許さない──そう言っているのが才川に分かった。
「……好きな女を抱けるのならそれがいいのは確かさ。俺もあれだけ運動をしているけれども、性欲は強いみたいだから、セックスに興味があったのは確かだ」
「興味があるんは当たり前やん」
「まぁな。たまたま荷物を持って商店街を歩いている萌々香に会ってさ。家まで荷物を運んだ事があったんだ。その時に……ちょっとした弾みさ。偶然にも二人きりになった萌々香と何となく? 始めてしまったと言うのが正しいかな」
「弾み……」
才川の言葉に七緖はドキリとする。何故なら自分も勢いで好きな女の子を押し倒しているからだ。そこには感情があったけれども、感情が伴わない場合も考えられる。そういうタイミングは大小あれど誰にでも可能性として存在するのだ。
「別に萌々香に恋しいと思う感情があった訳じゃない。同級生でもないし男に慣れているところもある萌々香は、性的に見た時に簡単な相手だとしか考えていなかった。後腐れもないだろうと」
そこで才川は自分の手を見つめる。
「性欲が増して、やりたくなる周期があるんだ。男を分かっている萌々香は絶妙なタイミングで俺に声をかける。馬鹿な俺は飛びつく。セックスをして終われば、頭も体も冷えて落ち着くんだけど。そんな事を繰りかえすと、セックスはそんなものだと思った。麻痺していくんだよな……相手に感情を持っていなくても出来るんだよ」
「一定の理解はするけど。ほやけど、あんまり経験したいとは思わん。そんな事をしよったら消耗するのはきっと」
自分やで──七緖は言葉を続けようとしたが、ゴクンと飲み込んだ。
何故なら、麻痺していると言った才川は、既に気がついている様子だからだ。
「そうだな。消耗した結果が今の萌々香の姿でもあるんだろう。それが分かっていなかった俺は、ずっと一対一で利害が一致すれば問題ないと思う様になっていた。それにきっぱりその関係をやめて次に進めば問題ないとも思っていた。でもそれは明日香を傷つけるだけだった」
はっきりと明日香に拒否された事を思い出す。拳を作ってグッと握りしめる。
「女の子は女の子同士のパワーバランスもあったみたいやしね。巽さん……明日香ちゃんと萌々香ちゃん。名前もよう似とるからずーっと何か思うところはあったんかもね」
七緖がぽつりと呟いた。その事に才川は小さく笑う。
「だけど、あそこまでとは思わなかったさ……」
握った拳を片方の手で握りしめた才川だった。
七緖はそこで前髪をかき上げて、猫のバンスクリップで前髪を留める。琥珀色の瞳が太陽の光の下、日陰とは言えまぶしそうに細められた。
「ほいで、才川くんは大丈夫なん?」
そんな七緖の顔を見つめている才川に七緖は声をかける。まさかそんな声をかけられると思っていなかった才川は、切れ長の瞳を丸くした。
それから爽やかに笑うと白い歯を見せた。
「大丈夫さ。俺は精神的には強いんだぜ?」
女子に人気があると言われているが、それよりも男子が皆才川の周りに輪を作る。きっとバレーボール部の心強い友達に支えられているのだろう。
「ほれなら。まぁええけどね。いらん心配やったわ」
そう言って七緖も笑った。
また会話が途切れた。七緖も才川も何かを話す事は特になく、日陰で住んでいた。しかし、残り少ない自習時間が終わりそうになった頃だった。
「七緖。俺も聞きたい事があるんだ」
「嫌や」
即座に七緖は答える。
「何でだよ。俺は答えただろ!」
あまりの即答に才川は怒り出した。
「え~……ほな仕方ないなぁ」
ブツブツと呟いて独特なイントネーションで「どうぞ」と七緖に促された。
才川はフッと息を吐き出すと淡々と話し出す。
「明日香が夏休みに入って通った塾だけど。七緖とはそこで出会ったんだろ?」
「あー塾ねぇ。ほうやったねぇ」
「明日香は松本が薦めてくれたと言っていたけど。その松本に塾を薦めたのは七緖だったって言っていたぜ」
「!」
才川の話に七緖はのろのろ返事をしていたのを止める。
才川がズボンのポケットから折り曲げたチラシを取り出す。そして七緖の目の前にそのチラシを広げて見せた。
チラシには『有名大学を目指そう!』と、偏差値がかなり高い生徒向けである誘い文句がいくつも書かれている。つまり──
「とても、明日香が通う様な塾じゃないと思うが?」
才川がそのチラシをペラペラと揺さぶった。
それは確かに七緖が松本 紗理奈に渡した塾のチラシだった。才川は七緖の顔を見つめながら尋ねる。
「七緖──お前は、元々明日香に近づく為に、松本を使って塾を薦めたんだろ?」
「……」
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