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猫の街 Ⅶ
しおりを挟むリリアの鼓動が跳ねます。
エリカさんが持っているのは、ポックルの位置を表示する機械のようです。
それが、クロルと重なっているということは……
「……………………」
クロルは、諦めたように微笑みます。
そして、背中に手を回し、リュックのファスナーを開けると……
リュックの中からポックルが飛び出し、ストッと地面へ降り立ちました。
「ポックル!」
リリアが叫びます。
クロルはリュックのファスナーを戻しながら、残念そうに言います。
「なるほど。発信機の位置を見る機械は、携帯式のものだったのですね」
「クロルさん……これは一体、どういうことですか? まさか、ポックルを無理やり連れ去ろうとして……」
「――違う」
エリカさんの言葉を、ポックルが遮ります。
「これは、おれの意志ニャ。おれが二人に頼んで、列車に乗せてもらおうとしたんだ」
力強く言うポックルに、エリカさんは耳を疑うように聞き返します。
「あ、あなたが、列車に?」
「ああ。おれはこの街を出ていく。領主も辞める。もう二度とここへは戻らニャい」
「そんな……いきなりどうして?」
「いきニャりじゃニャい。おれはずっと領主という立場がイヤだった。ニンゲンが決めた身分じゃニャく、"一匹の猫"として生きたいと、ずっと思っていたんだ」
「でも、そんな話は一度も……」
「ああ、しニャかった。ニンゲンに話したところでムダだと思っていたからニャ」
淡々と、ポックルが返します。
エリカさんは泣きそうな顔で、胸を押さえます。
「……なんで? ごはんはいつも、あなたが好きなものを用意していた。楽しいおもちゃをたくさん揃えて、快適なベッドを置いて……愛情だって、たくさん与えてきたつもり。なのに……何がいけなかったの?」
「………………」
「お願い。考え直して、ポックル。この街の外には、あなたみたいに言葉を話せる猫はいない。よそに行けばきっと奇異の目で見られる。心無い言葉に傷つけられるかもしれないし、悪意のある人間に利用されるかもしれない。それでも、ここを……みんながあなたを慕うこの街を、出て行くというの?」
悲痛な面持ちで、エリカさんが訴えます。
しかし、それでもポックルは首を横に振り、
「――やはりお前は、勘違いをしている」
低い声で、こう続けます。
「おれはお前らと会話できる。けど、ニンゲンではニャい。猫だ。お前らとはそもそもの価値観や感覚が違う。群れに受け入れてもらいたい、順応したい……それはニンゲンの感覚だろう? 猫はそうじゃニャい。自分で住み処を決め、自分で縄張りを手に入れる。群れがニャくても自分を見失わニャい。それが猫だ。他の街で誰かと馴れ合うつもりニャんて、初めからニャいニャ」
そのまま、ポックルは鋭い視線をエリカさんに向けて、
「大きニャ屋敷に住むのも、豪華ニャ飯を食うのも、おれが求めているものではニャい。お前らニンゲンが、お前らの感覚で、自己満足で与えているだけ。だからこんニャ首枷までつけたんだろう?」
「その首輪は、あなたが連れ去られることを防ぐためのもので……!」
「それも全部、お前らの都合にすぎニャいニャ!」
ポックルの叫びが、駅にこだまします。
ふたりの言い合いを見つめるクロルは口を閉ざし、リリアはワンピースの裾をきゅっと握りました。
唇を噛みしめ、目に涙を溜めるエリカさんを見て、ポックルは一度息を吐きます。
「……お前たちニンゲンが"群れの本能"を持つように、猫には猫の"本能"がある……ただ、それだけのことニャんだよ」
その呟きの後、ふたりは沈黙しました。
冷たい風が、ふたりの間を吹き抜けます。
クレイダーの発車時刻まで、残りわずかです。
「――もっと、話せばよかったのに」
その時、リリアが、ぽつりと呟きました。
「せっかく言葉が通じるんだから……何が嫌で、何が嬉しいのか、もっと話せていたら、こんな悲しいお別れにはならなかったんじゃないかな」
独り言のようなその言葉に、クロルが答えます。
「リリア、それは……たぶん、逆なんだよ」
「……逆?」
「うん。言葉が通じているから……一緒にいる"家族"だから、同じ気持ちでいるに違いないって、勘違いをしてしまうんだ」
その言葉を聞いたエリカさんは、ハッと顔を上げます。
そして、ゆっくりと歩き出し……目線を合わせるようにポックルの前にしゃがみました。
「……たしかに、その通りでした。ポックルは猫だけど、言葉が通じているから、わたくしと同じ気持ちだろうって……価値観まで同じだろうって、思い込んでいました。人間同士でさえみんな考え方が違うから、こうして街に分かれて暮らしているのに」
エリカさんは、涙を堪えるように一度言葉を止めてから、
「話してくれてありがとう、ポックル……今まで、本当にごめんね」
瞳を震わせながら、言いました。
ポックルも、くしゃりと顔を歪め、答えます。
「……謝るニャ。お前に悪気がニャいことは、よくわかっていた。だからこそ、言えニャかったんだ」
「……本当に、行くのね?」
「ああ。迷いはニャい」
ポックルが、まっすぐに頷きます。
それを認め、エリカさんは手を伸ばし……
カチャッと、首輪の鍵を外しました。
自由になったその頬を撫でながら、エリカさんが言います。
「――ポックルの言う通り、人間は群れを……家族を愛する生き物なの。家族の幸せを、何よりも願っている。だから……ポックルの幸せがこの街の外にあるというのなら、どうか行って。離れていても、あなたが忘れても、私はずっとあなたを想っている。いくらお願いされたって、忘れることなんてできない。ずっとずっと、家族だと思っているから……それだけは、どうか許してね」
エリカさんの頬を一筋の涙が溢れた時、午後五時を告げる鐘が鳴り始めました。
「ポックル、そろそろ時間が……」
クロルが、遠慮がちに言います。
するとポックルは、クレイダーの客室にぴょんと乗り込みました。
そして、エリカさんの方を振り返り、
「……おれは、猫だ! 猫は、親から愛情を受け取って、生き方を教わって、一人前にニャったらひとり立ちするもの! だから……おれがひとり立ちしたいと思えるようにニャったのは、お前のおかげだ!!」
「ポックル……」
「おれだって忘れニャい! 猫はそんニャ薄情な生き物じゃニャいんだからニャ! 忘れニャい! ぜったいに、忘れニャい!!」
声の限り、ポックルは叫びます。
エリカさんの両目から、堪えきれない涙が溢れました。
クロルとリリアも続けて列車に乗り込み、
「ポックルに相応しい街まで、きっと連れて行きます。この列車で」
「エリカさん、元気でね!」
そう告げました。
――ぷしゅーっと音を立て、客室のドアが閉まります。
定刻通り、列車は走り出しました。
客室のベッドに飛び乗り、ポックルは窓から駅のホームを見つめます。
エリカさんも首輪を握りしめ、ポックルを見つめていました。
しかし、列車は進み……互いの姿は、あっという間に見えなくなりました。
窓の外を見つめ続けるポックルに、リリアはなんと声をかければいいのかわかりませんでした。
そこに、自動運転に切り替えたクロルが歩み寄ります。
「……ニャんだよ、もう」
二人の視線を感じ、ポックルは背を向けたまま呟きます。
「……もっと引きとめられると思ったのに……ぜったいに反対されると思ったのに……こんニャにあっさり許しやがって。これじゃあ、せっかくの作戦が……台無しだニャ」
俯くその背中は、小さな体をより小さく見せ、クロルたちの目に寂しく映りました。
「……それが、人の愛だよ」
クロルが、ポックルに言います。
「エリカさんは、本当にポックルのことを愛していたんだ。ペットではなく、"家族"として。だから、君が君らしく生きられるようにと、君の背中を押した……自分の寂しさを押し込めてね」
その言葉に、ポックルの耳がぴくりと動きます。
それから、「ふん」と鼻を鳴らすと……もう一度、窓の外を見つめて、
「ニンゲンの感情は……猫にはむずかしすぎるニャ」
震える声で、そう呟きました。
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