天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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ゲームの街 Ⅰ

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「――私、ずっと気になっていたんだけど……」


 "猫の街"を出発した、その晩。
 一両目のいつものテーブルで、クロルが作ったチーズリゾットを食べながら、リリアが言いました。
 クロルは、顔を上げて聞き返します。

 
「気になっていたって、何が?」
「クロルってさ、ずーっとそのリュックを背負っているじゃない? ご飯を作っている時も、食べている時も。でも、そこから何かを取り出したり、何かを入れたりはしていないよね? 鞄として使っていない、というか……最初はそういうものなのかな、と思っていたけど、他の人たちを見ているとずっと背負っているだけの人っていないみたいだから、不思議に思って。ねぇ、中身は何なの?」

 
 その中身を知っているポックルはドキッして、そっとクロルの方を見ます。


『このこと…………リリアには、内緒だよ?』


 あの時のクロルの冷たい瞳を思い出し、ポックルは身震いしますが……
 当のクロルは動揺せず、さっぱりとした口調でこう答えました。


「ああ、これね。実は、クレイダーの運転手がずっと背負っていないといけないものなんだ。中には非常時にだけ使う物が入っているから、普段は使わないんだよ」


 クロルのその言葉が嘘であることを、ポックルは知っています。
 クレイダーの運転手は、セントラルの紋章が入ったキャスケット帽と緑色のつなぎが目印。指定の非常用リュックなど存在しないのです。
 それに、リュックの本当の中身は――

 と、ポックルがドキドキしていることには気づかず、リリアが無邪気に問いかけます。


「非常時……つまり、こないだ食べた硬いクッキーみたいなのが入っているのね?」
「そうそう。列車が故障して止まるとか、大きな災害が起こるとか、そういう緊急事態が起きた時、運転手と乗客がこの列車の中で二、三日過ごすことになってもいいように、水や非常食、タオルやランタンが入っているんだ」


 平然と話す様を見て、ポックルは思いました。クロルはいつかこう聞かれることを想定して、嘘の答えを用意していたのだろう、と。


「そうなんだ。普段は使わないものをずっと背負っていないといけないなんて、大変だね」
「もう慣れっこだけどね。逆に無いと落ち着かないくらい」
 

 クロルが穏やかに笑って、この話はおしまいになりました。リリアも疑問に感じることなく、納得したようです。


「ところで――ポックル」


 突然クロルに話かけられ、ポックルはビクッと体を震わせます。


「ニャニャニャ、ニャんだ……?」
「明日着く街のことなんだけど……よかったら一緒に降りてみない? 君が気にいる場所かどうか、見てみようよ」


 微笑むクロルの目を、ポックルは緊張しながら見つめます。
 そこには深い意図や悪意はなく、ただ提案しているだけだということがわかりました。


「……わかった。物は試しニャ、降りてみるとしよう」
「わーい! 新しい街、楽しみだねー!」


 リリアは純粋に喜びますが、ポックルは街を出て早々、こんなに気を揉むとは思っていなかったので、


「ああ……早いとこ降りたいニャ……」


 と、こっそりと呟きました。




 
「――それじゃあ、おやすみ」
 

 クロルが客室の明かりを消し、一両目の自室へと戻って行きます。


「うん、おやすみー」


 リリアはそれを見送ってから、いつもの右側下段のベッドに入りました。
 ポックルは反対の左側、上段のベッドに陣取っています。


「明日着く街、楽しみだね。クロルは『着いてからのお楽しみ』って言ってたけど……どんな街だろう?」
「さぁニャ。ニンゲンがいるニャらどの街も似たり寄ったりだろ」
「えー、そうかなぁ? 今まで見てきた街は、それぞれ全然違ったけど……"猫嫌いの街"なんかもあるかもよ?」
「ハハ、それは願ったりかニャったりだニャ」


 ポックルが乾いた声で笑うと、リリアが「冗談だよー」と続けます。


「クレイダーに乗ってまだ一週間だけど……それぞれの街が、"好きなものや考え方を共有したい"って気持ちで出来ていることがわかってきたんだ。だからみんな、生き生きしてて楽しそうだった。もちろん中には、ポックルみたいに悩んでいる人もいるんだろうけど……」
「おれの場合は、自分であの街を選んだわけではニャかったからニャ。たまたまあそこで、領主として生まれただけニャ」
「うん、私もそうだった。たまたま生まれたのがあの街だっただけ。だから……今度は、自分が納得できる場所を、自分で選べるといいよね」
「お前は、どんニャ街に住みたいんだ?」
「んー……そうだなぁ」


 リリアは、真上にある上段のベッドの裏側を見つめながら考えます。


「……私ね、最初はこの羽を取って、普通の人間として生活したい、って思っていたの。でも最近は……このままでもいいのかな、って気持ちになっている。どの街の人もこの羽を珍しがるけれど、みんな私と対等に接してくれた。私が思っているよりも世界にはいろんな人がいて、羽が生えていることも、そんなに珍しくないのかもしれなくて……」


 お喋りできる猫までいる世界だしね。
 と、心の中で付け加えながら、


「だから今は、みんなみたいに"好きなことや共感できる考え方"で街を探そうかな、って思ってる。けど、自分の好きなものが何なのかわかっていないから……そこから探さないといけないのかなぁ」


 そう言って、リリアは自分の"好きなもの"について考えてみます。

 元いた街ではよく本を読んでいましたが、それは他に情報を収集できる手段がなかったからで、読書そのものが好きなわけではありません。
 クロルと観た映画は面白かったですが、何しろその一本しか観ていないので、好きかどうか判断しかねます。

 他に好きなことで思いつくのは……食べることと寝ること? でもそれは、単なる生活の一部だし……


「――ねぇ、ポックルはさ」


 何が好きなの?

 そう聞こうと思い、向かいのベッドを見上げます。
 するとポックルは、既に寝息を立て、夢の世界へと旅立っていました。


「……もう、自分から聞いたくせに」

 
 リリアは、小さく笑ってから、


「――おやすみ、ポックル」


 おやすみが言える友だちが増えたことを嬉しく思いながら、静かに目を閉じました。


 
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