天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

文字の大きさ
34 / 43

嘘のない街 Ⅱ

しおりを挟む


 ――その二日後。
 僕の、十歳の誕生日。
 僕が、知らない誰かに引き渡される予定の日。


 前の晩からほとんど眠れなかった僕は、窓の縁にもたれかかり、夜明けと共に街へやってきたクレイダーの車両を、ぼんやり眺めていた。

 母さんはいつも通り仕事へ出かけて行った。
 母さんが不在の間、何度も家を出てみようかと考えたけれど、結局怖くなって、何もできなかった。


 そうして夜になり、母さんが夕食を持って来る時間になった。


「誕生日おめでとう、クロル」


 母さんが言う。
 僕の大好きな、ハンバーグを差し出しながら。


「もう十歳か……今日まであっという間だった。大きくなったね」


 そう言って、僕の頭を撫でる母さん。
 幼い僕を思い出しているのか、戻らない日々を悲しんでいるのか、優しくて、切ない目をしていた。


「たくさん食べてね。クロルのために、心を込めて作ったから」


 その視線と言葉に、胸が苦しくなる。

 母さんは、あの電話のことを何も話してくれなかった。
 僕にも嘘をついたまま、誰かに引き渡すつもりなのだろう。

 一緒に暮らすのがむずかしいことはわかっている。
 全部、僕のせいだってわかっている。
 でも……

 これが母さんの作る最後のご飯になるかと思うと、胸が張り裂けそうに痛くて、食べることができなかった。


「……どうしたの? 食べないの?」


 母さんが、心配そうに尋ねる。
 返事をした途端に涙がこぼれてしまいそうで、僕は何も言えないままうつむいた。

 すると、その時。
 一階で、電話が鳴った。

 母さんは心当たりがあるようで、すぐに階段を下りて行った。
 閉められたドアの向こうから、電話に応じる母さんの声が聞こえてくる。
 恐らく相手は、僕を引き渡す予定の人だろう。

 僕は、暴れる心臓を押さえて……
 ドアの外へそっと足を踏み出し、母さんの会話を聞いた。


「……はい、眠っている間に……ええ。睡眠薬を入れたので、口にしたらしばらくは起きないかと……」


 それを聞いた瞬間、心臓がひときわ強く脈打った。

『口にしたらしばらくは起きない』

 つまり、あのハンバーグには……
 僕を眠らせるための薬が入っているの……?


「…………ッ」


 その時。僕の中で、何かが弾けた。
 このままじゃ嫌だ。そんな気持ちが、僕の背中を押した。

 僕は階段を一気に駆け下り、玄関にかけてあった母さんのコートを羽織った。そして、そのままドアを開けて外へ飛び出した。
 母さんの慌てた声が後ろから聞こえる。けれど、構わずに走り出した。

 自分の靴なんてもちろんないから、裸足だった。
 走ることも初めてで、何度も足がもつれたけれど、それでも無我夢中で足を動かし続けた。

 賑やかな昼間と違い、通りに人はいない。
 代わりに、周りの家から美味しそうなにおいと、楽しそうに食事をする声が聞こえてきた。

 それを別の世界のことのように感じながら、僕はひたすらに走って、走って――



「――ハァ……ハァ……」


 気づけば僕は、木々に囲まれた広場まで来ていた。
 静かで暗くて、誰もいなかった。

 見回すと、街灯の横に看板を見つけた。『公園』と書かれている。そうか、ここが公園……この街の地図で何度も眺めた場所だ。

 テレビでしか見たことのない遊具がいくつもあって、僕はドキドキしながら近づいた。けれど、遊び方のわからないものばかりだった。
 ただ、ブランコだけは使い方を知っていた。僕は腰かけて、何度か揺れてみる。でも、揺れはすぐに止まってしまった。


「………………」


 ……どうしよう。家を飛び出して来てしまった。
 母さん、今ごろ僕を探しているかな。いや、探しているところを誰かに見られたら、僕の存在を隠していたことがばれてしまう。きっとどうすることもできず、途方に暮れているに違いない。

 母さんに迷惑をかけないようにするには、おとなしく帰るしかない。
 けど……帰ったら僕は、無理やり眠らされて、知らない誰かに引き渡されてしまう。
 そう思うと、怖くて……動き出せなかった。


 肩に羽織ったコートを、ぎゅっと握る。
 少しだけ、母さんの匂いがした。

 こうして背中を隠せば、他の人と同じなのに……
 悪魔の羽があるだけで、普通のようには生きられない。

 僕はただ、母さんといたいだけ。
 他の子と同じように、昼間の公園で遊びたいだけなんだ。
 それなのに……

 どうして、こんな羽を持って生まれてしまったのだろう?


「……う……うっ……」


 こらえていた涙が、ぽろぽろとこぼれて。
 僕は声を殺しながら、少しだけ泣いた。


 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

今、この瞬間を走りゆく

佐々森りろ
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 奨励賞】  皆様読んでくださり、応援、投票ありがとうございました!  小学校五年生の涼暮ミナは、父の知り合いの詩人・松風洋さんの住む東北に夏休みを利用して東京からやってきた。同い年の洋さんの孫のキカと、その友達ハヅキとアオイと仲良くなる。洋さんが初めて書いた物語を読ませてもらったミナは、みんなでその小説の通りに街を巡り、その中でそれぞれが抱いている見えない未来への不安や、過去の悲しみ、現実の自分と向き合っていく。  「時あかり、青嵐が吹いたら、一気に走り出せ」  合言葉を言いながら、もう使われていない古い鉄橋の上を走り抜ける覚悟を決めるが──  ひと夏の冒険ファンタジー

氷鬼司のあやかし退治

桜桃-サクランボ-
児童書・童話
 日々、あやかしに追いかけられてしまう女子中学生、神崎詩織(かんざきしおり)。  氷鬼家の跡取りであり、天才と周りが認めているほどの実力がある男子中学生の氷鬼司(ひょうきつかさ)は、まだ、詩織が小さかった頃、あやかしに追いかけられていた時、顔に狐の面をつけ助けた。  これからは僕が君を守るよと、その時に約束する。  二人は一年くらいで別れることになってしまったが、二人が中学生になり再開。だが、詩織は自身を助けてくれた男の子が司とは知らない。  それでも、司はあやかしに追いかけられ続けている詩織を守る。  そんな時、カラス天狗が現れ、二人は命の危険にさらされてしまった。  狐面を付けた司を見た詩織は、過去の男の子の面影と重なる。  過去の約束は、二人をつなぎ止める素敵な約束。この約束が果たされた時、二人の想いはきっとつながる。  一人ぼっちだった詩織と、他人に興味なく冷たいと言われている司が繰り広げる、和風現代ファンタジーここに開幕!!

オバケの謎解きスタンプラリー

綾森れん
児童書・童話
第3回きずな児童書大賞 奨励賞をいただきました! ありがとうございます! ――七不思議を順番にめぐると、最後の不思議「大階段踊り場の鏡」に知らない自分の姿が映るんだって。 小学六年生の結菜(ユイナ)が通う三日月(みかづき)小学校では、そんな噂がささやかれていた。 結菜は難関中学に合格するため、塾の夏期講習に通って勉強に励んでいる。 だが一方で、自分の将来にひそかな期待と不安をいだいてもいた。 知らない自分を知りたい結菜は、家族が留守にする夏休みのある夜、幼なじみの夏希(ナツキ)とともに七不思議めぐりを決意する。 苦労して夜の学校に忍び込んだ二人だが、出会うのは個性豊かなオバケたちばかり。 いまいち不真面目な二宮金次郎のブロンズ像から、二人はスタンプラリーの台紙を渡され、ルールを説明される。 「七不思議の謎を解けばスタンプがもらえる。順番に六つスタンプを集めて大階段の鏡のところへ持って行くと、君の知らない君自身が映し出されるんだ」 結菜と夏希はオバケたちの謎を解いて、スタンプを集められるのか? そして大階段の鏡は二人に何を教えてくれるのか? 思春期に足を踏み入れたばかりの少女が、心の奥底に秘めた想いに気付いてゆく物語です。

アリアさんの幽閉教室

柚月しずく
児童書・童話
この学校には、ある噂が広まっていた。 「黒い手紙が届いたら、それはアリアさんからの招待状」 招かれた人は、夜の学校に閉じ込められて「恐怖の時間」を過ごすことになる……と。 招待状を受け取った人は、アリアさんから絶対に逃れられないらしい。 『恋の以心伝心ゲーム』 私たちならこんなの楽勝! 夜の学校に閉じ込められた杏樹と星七くん。 アリアさんによって開催されたのは以心伝心ゲーム。 心が通じ合っていれば簡単なはずなのに、なぜかうまくいかなくて……?? 『呪いの人形』 この人形、何度捨てても戻ってくる 体調が悪くなった陽菜は、原因が突然現れた人形のせいではないかと疑いはじめる。 人形の存在が恐ろしくなって捨てることにするが、ソレはまた家に現れた。 陽菜にずっと付き纏う理由とは――。 『恐怖の鬼ごっこ』 アリアさんに招待されたのは、美亜、梨々花、優斗。小さい頃から一緒にいる幼馴染の3人。 突如アリアさんに捕まってはいけない鬼ごっこがはじまるが、美亜が置いて行かれてしまう。 仲良し3人組の幼馴染に一体何があったのか。生き残るのは一体誰――? 『招かれざる人』 新聞部の七緒は、アリアさんの記事を書こうと自ら夜の学校に忍び込む。 アリアさんが見つからず意気消沈する中、代わりに現れたのは同じ新聞部の萌香だった。 強がっていたが、夜の学校に一人でいるのが怖かった七緒はホッと安心する。 しかしそこで待ち受けていたのは、予想しない出来事だった――。 ゾクッと怖くて、ハラハラドキドキ。 最後には、ゾッとするどんでん返しがあなたを待っている。

【奨励賞】氷の王子は、私のスイーツでしか笑わない――魔法学園と恋のレシピ【完結】

旅する書斎(☆ほしい)
児童書・童話
【第3回きずな児童書大賞で奨励賞をいただきました】 魔法が学べる学園の「製菓科」で、お菓子づくりに夢中な少女・いちご。周囲からは“落ちこぼれ”扱いだけど、彼女には「食べた人を幸せにする」魔法菓子の力があった。 ある日、彼女は冷たく孤高な“氷の王子”レオンの秘密を知る。彼は誰にも言えない魔力不全に悩んでいた――。 「私のお菓子で、彼を笑顔にしたい!」 不器用だけど優しい彼の心を溶かすため、特別な魔法スイーツ作りが始まる。 甘くて切ない、学園魔法ラブストーリー!

処理中です...