天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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嘘のない街 Ⅲ

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「――……い……おい! 君!」


 誰かが、僕の体を強く揺する。


「……ん……」


 目を覚ますと、腕が痺れていた。
 いつの間にか、ブランコにうつ伏せになって眠っていたらしい。薄く開けた目に、朝の光が眩しく差し込む。


「君、大丈夫かね? お家の人は? どこか具合でも……」


 頭の上で声がして、はっと顔を上げる。
 僕を心配そうに覗き込む男の人。そして……
 その後ろにも、たくさんの大人がいた。


「う……うわぁぁああっ!」


 思わず後退りして、尻もちをつく。
 母さん以外の人に会うのも、こんなに大勢の人を目にするのも、初めてだったから。

 その時、地面にへたり込んだ弾みで、肩から掛けていたコートが外れた。すると……


「こ、これは……!」
「羽……有翼人の子ども……?!」
「しかも真っ黒だ……こんな羽は聞いたことがない!」


 羽を見た大人たちがどよめく。
 僕は怖くなって、慌ててコートを被った。
 全身から冷たい汗が噴き出し、呼吸がどんどん荒くなる。


「なんでこんなところに……この街に有翼人は一人もいないはず……」
「まさか、誰かが嘘をついて住民申請をしていなかったのか……?!」


 大人たちの言葉に、鼓動がますます加速する。

 見つかった。どうしよう。
 逃げなきゃ。でも、どこへ?

 思考がぐるぐると回り、めまいが起こる。
 僕を見下ろす大人たちの顔が、ぐにゃりと歪む。

 けれど……その中に、よく知っている顔を見つけて、


「あ……」


 思わず、声を上げてしまった。
 そこにいたのは――母さんだ。目の下にクマを作り、とても疲れた表情をしていた。


「カトレアさん……この子をご存知で?」


 口髭の男性が、母さんに尋ねる。
 母さんは、青白い顔をさらに青くして口ごもる。


「いえ、私は……その……」
「そういえばこのコート、カトレアさんのものとよく似ていますね。まさか、ですが……」


 ザッ――と、大人たちが全員、母さんの方を向いて、


「あなた……何か、嘘をついているのですか? この街で嘘をついたら……わかっていますよね?」


 その異様な雰囲気に、母さんは汗を流しながら息を詰まらせる。怯えているのか、体がガクガクと震えていた。


 ここは、"嘘のない街"。
 正直な人だけが住める街。
 だから、嘘は許されない。
 なら……

 嘘をついてしまった人間は……一体、どうなるの?


 怖くて、頭が真っ白になって、何も言えずに震えていると――



「いやぁーすみません。それ、自分が連れてきた子です」



 突然、そんな声が聞こえた。

 声の方を見ると、母さんの後ろに、キャスケット帽を被ったつなぎ姿の男性が立っていた。歳は母さんと同じくらい。亜麻色の長髪をゆるく結んでいる。


「その帽子……あなたは、クレイダーの運転手?」


 大人たちが不審な目を向ける。
 しかし、その人は落ち着いた態度で答える。


「そうです、昨日この街に来ました。その少年はよその街から乗って来た子なんですけど……夜中に抜け出して、ここで遊んでいたみたいっすね。もう、駄目だろ? 勝手に動き回ったら」


 緊張感のない、棒読みな声で言うけれど、もちろん僕はこの人を知らない。
 けど、母さんの表情と、その人の口ぶりからわかった。
 この帽子の人こそ、僕を引き取る予定の人物なのだ、と。


「なんだ……そうでしたか。どうりで見たことのない子だ」
「そうでしょうそうでしょう。この街では一度も見たことがないでしょう?」


 帽子の人は肩をすくめて笑う。
 そして、そのままひょいっと僕を担ぎ上げて、


「じゃ、そういう事なんで。みなさん、さようなら」


 そう言って、その場を去ろうとする。
 後ろ向きに担がれた僕は、離れていく母さんを見つめる。


 ……結局、こうなってしまった。
 このまま、連れて行かれるんだ。
 僕の最初で最後の抵抗は、無意味だった。

 母さんは何も言わない。
 当たり前だ。僕を引き止めれば、名前を呼べば、途端に嘘がばれてしまうから。

 これでいいんだ。
 これで母さんは、嘘から解放された。
 僕という悪魔を隠しながら育てるのは大変だっただろう。
 今までありがとう。そして……ごめんなさい。

 もう、抵抗はしない。
 ぜんぶ僕が悪いんだって、わかっているから。
 けど……せめて、最後くらいは。

「離れたくない」って、名前を呼んで、抱きしめて欲しかった。


 一歩ずつ遠ざかる、大好きな母さん。
 その口が、こう動くのが見えた。


『――愛してる』


 母さんの目から、涙がこぼれる。
 それを目にした僕の心が、ぐしゃぐしゃに歪んでいく。

 ……どうして。
 愛しているなら、なぜ側においてくれないの?
 どうして、僕のことを隠したの?
 それとも……

 その涙もぜんぶ、嘘なの?



「…………嘘つき」


 僕の口からこぼれた呟きは、母さんの耳にはもう、届かなかった。


 
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