天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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嘘のない街 Ⅴ

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 今から数百年前――
 世界にはたくさんの国があり、文化があり、生活があった。
 けれど、争いや環境破壊により、ほとんどの地域が住めない場所になってしまった。

 そこで、人々は綺麗な水と空気が残る湖の周りに集まり、街を創った。
 それが今、僕たちの住まう世界。


 十年前、リヒトさんは"研究者の街"に住んでいた。
 その名の通り様々な分野の研究者が集まる街で、特に化学や生物学の研究がさかんだった。
 過去には人の言葉を話す犬や猫を生み出すことにも成功したらしい。
 リヒトさんも、たくさんいる生物学者の一人。そして、母さんも同じだった。

 リヒトさんや母さんの専門分野は、絶滅してしまった動物たちの研究。
 ゾウやキリン、ライオンにパンダ。残されているわずかな骨や毛皮からもう一度再生できないか、遺伝子操作やクローン技術の研究を進めていた。


 ある時、街で一番有名な研究チームから声をかけられた。
「人類を進化させるための研究に参加しないか」、と。

 この世界は、人間にとって住めない場所ばかりになってしまった。
 環境を変えることはむずかしいが、人間の体をもっと丈夫に進化させれば、湖から離れた地でも生きられるようになるかもしれない。

 そこで、研究者たちは人間に動物の特徴を持たせようと考えた。
 暑さや寒さに強い動物、体に水を蓄えておける動物、毒に耐えられる動物……
 そうした動物の強みを人間の体に適用できれば、住むことのできる場所が一気に広がるだろうと考えたのだ。

 リヒトさんも母さんも、素晴らしいアイディアだと賛成した。
 そうして、何人かの仲間と一緒に研究チームに加わることにしたのだが……リヒトさんたちは知らなかった。
 その街が、人間と動物をかけ合わせる秘密の実験を、数十年前からおこなっていたことを。


 リヒトさんたちが案内されたのは、地下に造られた恐ろしい施設。
 そこには、研究により生み出された様々な人がいた。

 肌に魚の鱗を持つ人。
 手足にカエルの水かきを持つ人。
 コウモリのように超音波を操れる人。
 そして……背中に鳥の羽を生やした人。

 みんな『失敗作』と呼ばれ、狭い地下の牢屋に閉じ込められていた。

 確かに、人間が進化すれば住める場所が広がるのかもしれない。
 けれど、だからといって、こんな命を弄ぶような実験は繰り返されるべきではない。


 リヒトさんたちは施設を抜け出し、"セントラル"――すべての街を管理する中央政府に通報した。
 湖の真ん中に浮かぶ島から警察隊員が大勢来て、秘密の研究をしていた人たちはみんな捕まった。
 けれど、あまりに多くの研究者がその研究に関わっていたため、街からほとんどの住民がいなくなってしまった。

 そうして、"研究者の街"はなくなった。
 地下に閉じ込められていた人々は解放され、他の街へと旅立っていった。
 その中でもっとも数の多かった羽の生えた人たちが街に残り、そのまま暮らすことになった。
 以来、そこは"有翼人の街"と呼ばれている。


 生まれ変わったばかりの街は、新しいルールや生活を作るのに精一杯で、実験で生まれた赤ん坊を育てる余裕がなかった。
 そこで、母さんや仲間の研究者が有翼人の赤ん坊を引き取り、別の街で育てることにした。
 その赤ん坊のうちの一人が、僕。


 つまり……僕と母さんの血は、繋がっていない。
 母さんは、行くあてのない僕を引き取ってくれた恩人だった。


 母さんは新しく住む街を探すため、クレイダーに乗った。
 いくつかの街を廻ったけれど、"研究者の街"で起きた実験の噂が広がり、そこから来たというだけで煙たがられた。
 なかなか移住先が決まらない中、母さんは必死に僕の世話をしてくれた。

 そして数週間後、母さんは"正直な街"にたどり着いた。
 嘘を嫌い、真っ直ぐに生きることをモットーとする街だ。
 真面目な人が多いからか、医学や生物学の研究もさかんだった。母さんの新しい仕事も見つけやすそうだった。

 母さんは混乱を避けるため、"研究者の街"から来たことや僕の存在を隠して、しばらく街の様子をうかがった。
 そして、住みやすそうだと判断し、正式に移住登録をした。
 しかし、その翌日、街のルールに大きな変更が定められた。

 それは――この街における一切の嘘を禁じる、というもの。

 嘘をついている疑いのある者は、『ウソ発見機』による審判を受けなければならない。
 万が一、嘘が発覚すれば……針を千本飲み込む刑罰に処される。

 街に移り住む時、僕の存在を隠していた母さんは、僕がいることを隠さざるを得なくなった。
 嘘がばれたら、母さんだけでなく僕にも罰が与えられるかもしれない。
 他の街へ行こうとしても、転出を希望する理由を『ウソ発見機』に話す必要がある。僕を連れて街を出ることは、どうあってもむずかしくなった。

 だから、母さんは決めたのだ。
 僕が十歳になって、働けるようになったら、リヒトさんにこの街から連れ出してもらおう、と――
 



 
「――お前の母ちゃんから連絡を受けたのは二年前。お前が十歳になったら迎えに来てほしいと言われた。まさか街のルールに縛られて隠し続けているとは思わなかったから、驚いたよ。いろいろ話し合ったけれど、こうする以外にお前を自由にする方法がなかったんだ」


 すべてを語り終えたリヒトさんが、僕を見つめて言う。

 初めて知る話ばかりで、気持ちが追いつかなかった。
 僕が生まれた経緯や、母さんとの血の繋がりがないこと。そして、嘘がばれていた時のことを考えると、体が震えた。

 そんな僕に、リヒトさんは落ち着いた声で言う。


「とにかく……これでわかっただろ? お前の母ちゃんは、決してお前を捨てたわけじゃない。大事だから……愛しているから、街の外に逃したんだ。でなきゃ、血の繋がりがない子どもを十年間も守ったりしない」


 その言葉を聞いた瞬間、また涙が込み上げてきた。

 僕は、母さんの本当の子どもじゃない。
 けど、たしかに愛されていた。
 大事にされてきた。
 嘘がばれないよう、僕にも真実を話せなかっただけ。

 あの、声にならない『愛してる』は……嘘じゃなかったんだ。


「……もう、会えないの……?」


 僕は泣きながら、声をもらす。


「僕は、もう…………母さんには、会えないの?」
「……この列車に二年間乗り続ければ、湖を一周して、またあの街に戻ることができる。けど、お前が会いに行けば、カトレアの嘘が街にばれるかもしれない。あいつを守りたいのなら、もう会わない方がいいだろう」


 それを聞いて、ますます涙が込み上げてくる。

 昨日の晩、逃げ出さなければよかった。
 どうせ別れることがわかっていたなら、「今までありがとう」って、「僕も愛しているよ」って、ちゃんと伝えればよかった。
 そんな後悔に、胸が押しつぶされそうだった。

 泣いている僕の肩に、リヒトさんがそっと手を触れる。


「泣くな。カトレアがお前を手放したのは、悲しませるためじゃない。お前がお前の人生を、自分らしく、自由に生きられるようにするためだ。カトレアのことを思うなら、お前は絶対に幸せにならなきゃいけない」


 そして、僕の目をしっかり見つめて、
 

「俺はここからひと月ほど進んだ先の街で降りる。お前との付き合いはそこまでになるが、一緒にいる間に世の中のことを一通り教えてやる。一生懸命覚えて、自分で生きる力を身に付けろ。いいな」


 優しく、力強い声で、そう言った。


 
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