天使の住む街、知りませんか?

河津田 眞紀

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旅の終点 Ⅰ

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 ♦︎  ♦︎  ♦︎  ♦︎



 ――クロルは、すべてを語りました。


 "嘘のない街"で母親と暮らし、屋根裏部屋に閉じ込められて育ったこと。
 十歳の誕生日に、リヒトさんに街の外へ連れ出されたこと。
 自分が"研究者の街"で生まれた実験体であると知ったこと。
 リヒトさんと別れ、クレイダーの運転手になったこと。
 黒い羽を持つ自分を、どの街も受け入れてくれなかったこと。


 語られた真実に、リリアは言葉を失います。
 話を終え、クロルは小さく笑いました。


「……驚かせてごめんね。これが、本当の僕。そして、僕とリリアとポックルの真実なんだ」
「つまりリリアも、おれの先祖のサンズも、この街……かつての"研究者の街"で生まれた実験体だったってことか」
「そう。サンズを"猫の街"に連れてきたステュアートさんも、元は"研究者の街"の生物学者だった。数十年前に研究者をやめて、実験体だったサンズと一緒に街を出たんだろう」


 ポックルは、先ほど穴の底で見た奇妙な場所を思い出します。
 薬の瓶や動物の剥製が散乱していたあの場所は、むかし研究者たちが秘密の実験をおこなっていた研究室だったのでしょう。
 そして、この街にそのような過去があることを、キリクたちは知りませんでした。きっとジーナ先生をはじめとする大人たちが子どもに隠しているのです。


「じゃあ、私もクロルと同じで、生まれてすぐに引き取られたってこと……?」
「うん。君がお母さんだと思っていた人は、恐らくこの街にいた研究者の一人だよ。たぶん僕の母さんみたいに、住む街がなかなか決まらなかったんだろう。そんな中で、あの"神さまを信じる街"にたどり着いた。"天使さま"として住民たちに受け入れられる君を見て、定住を決めたのかもしれない」
「そんな……」


 リリアは愕然とします。
 しかし、一番ショックだったのは自分自身のことではなく……クロルが"本当の自分"を偽り続けていたことでした。

 リリアは、顔をくしゃっと歪めて尋ねます。


「どうして……どうして、隠していたの? 私と同じ羽を持っていたことを」
「……同じ?」


 クロルは、自嘲するように鼻で笑います。

 
「全然違うよ。君のは白い"天使の羽"で、僕のは黒い"悪魔の羽"。これを見せた途端、みんな僕を攻撃するんだ。でも、このリュックで隠すだけで、世界は驚くほどに優しくなる……だから、君にも隠していたんだよ」


 その言葉から感じられる悲しみと絶望に、リリアは胸が締めつけられます。
 クロルが続けます。

 
「人は、自分と違うものを嫌うんだ。きっと怖いんだろうね。だから攻撃して、排除しようとする。考え方や好きなものがどんなに一緒でも、羽が生えているだけで、僕は仲間には入れてもらえない……そんな絶望を、リリアにも味わってほしかった。きっと行く先々で拒絶され、傷つくだろうと思っていた。僕と同じ気持ちになるだろうと思っていた。けれど……」


 クロルは声を震わせながら、こぶしをぎゅっと握って、


「君は、絶望するどころか、とても楽しそうだった。初めて見る外の世界を、心から楽しんでいた……羨ましかったよ。なんで僕だけがつらいんだろうって。羨ましくて、妬ましくて………なのに」


 そして、その目に涙を溜めながら、


「なのに、いつの間にか、そんなリリアのことが…………大好きになっていた」


 振り絞るように、言いました。
 リリアは頬を染め、目を見開きます。


「リリアのことを好きになればなるほど、このままじゃいけないって思った。ちゃんと向き合いたいって、本当の僕を知ってほしいって、そう思うのに……嫌われたらと思うと、怖くて。嘘に嘘を重ねて、自分を隠すたびに、ますます自分が嫌いになっていった」


 そう言って、クロルは息を吐き、沈黙しました。

 リリアの胸に、さまざまな気持ちが渦巻きます。
 悲しみ。寂しさ。切なさ。そして、愛おしさ。
 それらがぐちゃぐちゃに混ざり合って、胸をじくじくと刺しています。
 
 リリアはやっとの思いで声を絞り出し……こう言いました。


「……嫌いになんて、なるわけない」


 そして、バッと顔を上げて、


「羽があってもなくても、白色でも黒色でも、クロルはクロルだよ。頭が良くて、勇気があって、『ごめんね』が口癖で……思いやりにあふれた、誰より優しい人! 羽がどうとか関係ない! 私にとっては、それがクロルなの!!」


 心に突き動かされるままに、リリアは叫びます。


「私は、クロルに救われた。クロルのおかげで、羽があってもいいって……ありのままの自分を好きになってもいいって思うことができた。なのに、クロルは自分を隠し続けていただなんて……こんなにつらい気持ちを抱えていただなんて、私、全然気づけなかった」


 そして、リリアはクロルの手をそっと握ります。


「私は、クロルにしてもらったことも、クロルにもらった言葉も、嘘だったなんて思わないよ。だってクロルは……私に人としての名前をくれた。あの花と同じ、真っ白で綺麗な名前。あの時初めて、私は人になれた。人として生きることを許された。だから私は、ありのままの自分でいられたの。クロルが好きになってくれた私は、クロルが作ったんだよ? だから、どうか……クロルも、自分のことを好きになってよ。私だって、こんなに……っ、こんなに、クロルのことが……大好きなのに……っ」


 リリアの目から、ぽろっと、涙がこぼれます。
 クロルは、泣きそうに顔を歪めて……
 リリアの体を、強く抱きしめました。



『あなたのことが好き』

 それは、魔法のような言葉でした。
 嘘で塗り固めた心の壁が、温かに溶けていく魔法。
 溶け出した心の壁は涙となって、クロルの目からとめどなく溢れました。




「……ごめんね」


 リリアを抱きしめながら、クロルは言います。


「僕、酷いことを言ったのに……君を騙していたのに……『好き』って言ってくれて、ありがとう」


 その声は小さな子どものようにか細くて、リリアは胸がいっぱいになりながら、ぎゅっと抱きしめ返します。


「なにを言ってるの? 先に『好き』って言ってくれたのはクロルだよ。いつもそう。気付いていないかもしれないけれど、クロルはみんなにたくさんのものを与えているの。もちろん、私にも……本当に、ありがとう」


 そうして二人は、抱き合ったまま、互いの鼓動を感じました。

 クロルの鼓動と、リリアの鼓動。
 その音は小さくて、世界にかき消されそうな程に不確かで……でも、確かにそこにありました。


 僕たちは、生きている。


 そのことに、今ようやく気づいたような気持ちになり、クロルは生まれて初めて、命を愛おしく思いました。
 そして……自分自身のことも、少しだけ愛おしいと思うことができました。


 
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