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第二章 近づく距離と彼女の秘密
3-3 彩岐蝶梨の独白
しおりを挟む──その後。
チューリップの茎を折る刈磨くんの手捌きにドキドキしてしまい、なかなか声をかけられずにいると……
野球部のボールが飛んで来て、彼の顔面に直撃した。
近くにいた先生に助けを求め、気絶した彼を保健室まで運んでもらい……
目覚めた後の会話を機に、花の手入れを教えてもらえることになった。
これできっと、自分が何にときめいているのかを解き明かすことができる。
最初はそんな理由で、彼と接点が持てたことを喜んでいた。
だけど……
「クリーナー入ってるなら重いだろ。持つよ」
次の日の放課後。
新しい黒板消しクリーナーを運ぶ私に、刈磨くんが言う。
迷いなく放たれた言葉に……胸の奥が、きゅんと締め付けられた。
小柄な友だちに代わって重い物を持ったり、高いところの物を取ったりするのは、昔から私の役目だった。
だから……こんな風に言ってもらえたことに驚いてしまい、
「平気。私、力持ちだから」
なんて、意味のわからない返事をしてしまった。
それでも彼は、少し笑って、
「いや、さすがに俺の方が力持ちだから」
「でも刈磨くん、まだ腕が……」
「治ったって言ったろ? ほら」
と、私の手から重い箱を奪い、軽々と運び始めた。
こんなことくらいで、と笑われるかもしれないが。
私にとっては、"か弱い女の子扱い"されることが新鮮で……
自分でも驚くくらいに、胸が高鳴ってしまった。
その時だけじゃない。
刈磨くんは、近付けば近付く程に、私に優しくしてくれた。
約束通り、花の手入れを教えてくれて。
飛んできた野球ボールから、身を挺して護ってくれた。
自分の運の悪さに周りを巻き込まないようにと、自ら孤立していることも知った。
本屋でばったり鉢合わせた時には、何もかもが終わったと絶望したけど……
一緒にご飯を食べて、漫画を読むのに付き合ってくれて。
クールな優等生を演じていることを打ち明けても、引かずに受け入れてくれた。
それどころか……
「全然クールじゃない素顔を知れば知る程、彩岐って…………可愛いんだなと、思ったよ」
あの日、彼は……そう言ってくれた。
その瞬間、恥ずかしさと嬉しさとで、全身がかぁっと熱くなった。
だって、こんな私に……『可愛い』のが似合わない私に、『可愛い』って言ってくれるだなんて。
「──大変だったな。ずっと一人で、本当の自分を押し殺して。俺なんかが想像できないくらいに大変だっただろう。でも、安心してほしい。俺は彩岐のどんな素顔を知っても、決して引いたり幻滅したりしない。だから……俺には、本当の彩岐を見せてくれよ」
その言葉に、凍りついていた"本当の自分"が溶かされていくのを感じる。
幼稚で、臆病で、可愛いものが大好きだった昔の自分。
刈磨くんと一緒なら……そんな自分を、取り戻せるかもしれない。
その日をきっかけに、私はほとんどの放課後を刈磨くんと過ごすようになった。
あの雨の日も……
「三つ編みが、特に好きだ。彩岐によく似合うと思う」
そう言われたから、数日後、思い切って三つ編みにしてみた。
そうしたら、刈磨くんはそれを『可愛い』と言ってくれた。
私が"素"の部分を曝け出す度に、刈磨くんはいつも肯定してくれる。
『可愛い』と褒められる度に。
彼に、普通の女の子のような扱いをしてもらう度に。
ずっと前に諦めたはずの"お姫さま"になれるような気がして……
胸の高鳴りが、どんどん大きくなった。
その気持ちが何なのか、本当はもう気付いていたけど。
彼の動作にときめいてしまう理由だけが、わからないままだった。
しかし……
刈磨くんと一緒に怖い映画を観て……主人公とヒロインが心中するシーンを観て、その答えがわかった。
私は、祖母を亡くした経験から、死ぬことを恐怖した。
大切な人との永遠の別れを、ひどく恐れた。
しかしそれは、避けられないこと。
ならば、どのような死に方が一番幸せだろうか?
その問いの答えは……胸の奥で、とっくに出ていたのだ。
刈磨くんに、ネクタイで首を絞められ。
身体中に甘い痺れが走るのを感じながら。
私は……理解した。
そっか。私……
刈磨くんに、殺されたいんだ。
どうせ死ぬなら、大好きな人の手で、優しく殺されたい。
それが、私が思う、最高に幸せな結末。
私は、ずっと探していたのだ。
私のことを優しく殺してくれる、誰かのことを。
そして、見つけてしまった。
小さな命にも慈しみを持って接し、優しくその命を奪う……刈磨くんを。
初めて見た時からきっと、私は恋をしていた。
近付けば近付く程、もっと好きになっていった。
だから、彼がチューリップの茎を折ったり、ヒマワリの芽をちょん切る動作に自分を重ね……
嗚呼、こんな殺され方もいいな、と。
無意識下で、彼に優しく命を奪われるところを妄想していたのだ。
もちろん、今すぐ死にたいわけではないし、彼を殺人犯にしたいわけでもない。
実際の行動には移さないけれど、つい頭の中で想像して楽しんでしまう。
こういうのを……『性癖』と呼ぶのだろうか。
そう考えると、とても恥ずかしいし、自分でもおかしいと思う。
きっとこれは、死への強すぎる恐怖から心を守るために働いた、一種の防衛本能なのだろう。
本来怖いものであるはずの『死』を、好きな人から施される『キモチイイ行為』と思い込むことで、その恐怖から精神を守っているのだ。
……たぶん。
だって、その証拠に……
彼に首を絞められた瞬間、感じたのだ。
大好きな人に、命を握られる感覚。
優しく、大切に、すべてを支配される、あの危険な感覚に…………
身体の奥が、たまらなく疼くのを。
私は、お姫さまになりたかった。
華やかなドレスを着て、綺麗なアクセサリーを身につけて。
優しい王子さまのキスで目覚めるような、可愛いお姫さまに。
だけど……
……大好きな人の首絞めで危険な性癖に目覚める、ただの変態女になってしまった。
どうしよう。
こんなの、言えない。
刈磨くんに、言えるわけない。
好きだから殺して欲しいだなんて、わかってもらえるはずがない。
だから、この気持ちは……
私がときめいていた、本当の理由は…………
「…………ひみつ」
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