氷の蝶は死神の花の夢をみる

河津田 眞紀

文字の大きさ
36 / 76
第二章 近づく距離と彼女の秘密

3-3 彩岐蝶梨の独白

しおりを挟む



 ──その後。
 チューリップの茎を折る刈磨くんの手捌きにドキドキしてしまい、なかなか声をかけられずにいると……

 野球部のボールが飛んで来て、彼の顔面に直撃した。

 近くにいた先生に助けを求め、気絶した彼を保健室まで運んでもらい……
 目覚めた後の会話を機に、花の手入れを教えてもらえることになった。



 これできっと、自分が何にときめいているのかを解き明かすことができる。

 最初はそんな理由で、彼と接点が持てたことを喜んでいた。
 だけど……



「クリーナー入ってるなら重いだろ。持つよ」


 次の日の放課後。
 新しい黒板消しクリーナーを運ぶ私に、刈磨くんが言う。
 迷いなく放たれた言葉に……胸の奥が、きゅんと締め付けられた。

 小柄な友だちに代わって重い物を持ったり、高いところの物を取ったりするのは、昔から私の役目だった。
 だから……こんな風に言ってもらえたことに驚いてしまい、


「平気。私、力持ちだから」


 なんて、意味のわからない返事をしてしまった。
 それでも彼は、少し笑って、


「いや、さすがに俺の方が力持ちだから」
「でも刈磨くん、まだ腕が……」
「治ったって言ったろ? ほら」


 と、私の手から重い箱を奪い、軽々と運び始めた。


 こんなことくらいで、と笑われるかもしれないが。
 私にとっては、"か弱い女の子扱い"されることが新鮮で……
 自分でも驚くくらいに、胸が高鳴ってしまった。


 その時だけじゃない。
 刈磨くんは、近付けば近付く程に、私に優しくしてくれた。


 約束通り、花の手入れを教えてくれて。
 飛んできた野球ボールから、身を挺して護ってくれた。
 自分の運の悪さに周りを巻き込まないようにと、自ら孤立していることも知った。


 本屋でばったり鉢合わせた時には、何もかもが終わったと絶望したけど……
 一緒にご飯を食べて、漫画を読むのに付き合ってくれて。
 クールな優等生を演じていることを打ち明けても、引かずに受け入れてくれた。

 それどころか……



「全然クールじゃない素顔を知れば知る程、彩岐って…………可愛いんだなと、思ったよ」


 あの日、彼は……そう言ってくれた。

 その瞬間、恥ずかしさと嬉しさとで、全身がかぁっと熱くなった。
 だって、こんな私に……『可愛い』のが似合わない私に、『可愛い』って言ってくれるだなんて。


「──大変だったな。ずっと一人で、本当の自分を押し殺して。俺なんかが想像できないくらいに大変だっただろう。でも、安心してほしい。俺は彩岐のどんな素顔を知っても、決して引いたり幻滅したりしない。だから……俺には、本当の彩岐を見せてくれよ」


 その言葉に、凍りついていた"本当の自分"が溶かされていくのを感じる。

 幼稚で、臆病で、可愛いものが大好きだった昔の自分。
 刈磨くんと一緒なら……そんな自分を、取り戻せるかもしれない。



 その日をきっかけに、私はほとんどの放課後を刈磨くんと過ごすようになった。

 あの雨の日も……


「三つ編みが、特に好きだ。彩岐によく似合うと思う」


 そう言われたから、数日後、思い切って三つ編みにしてみた。
 そうしたら、刈磨くんはそれを『可愛い』と言ってくれた。


 私が"素"の部分を曝け出す度に、刈磨くんはいつも肯定してくれる。

『可愛い』と褒められる度に。
 彼に、普通の女の子のような扱いをしてもらう度に。
 ずっと前に諦めたはずの"お姫さま"になれるような気がして……

 胸の高鳴りが、どんどん大きくなった。



 その気持ちが何なのか、本当はもう気付いていたけど。
 彼の動作にときめいてしまう理由だけが、わからないままだった。

 しかし……

 刈磨くんと一緒に怖い映画を観て……主人公とヒロインが心中するシーンを観て、その答えがわかった。




 私は、祖母を亡くした経験から、死ぬことを恐怖した。
 大切な人との永遠の別れを、ひどく恐れた。

 しかしそれは、避けられないこと。
 ならば、どのような死に方が一番幸せだろうか?

 その問いの答えは……胸の奥で、とっくに出ていたのだ。



 刈磨くんに、ネクタイで首を絞められ。
 身体中に甘い痺れが走るのを感じながら。
 私は……理解した。


 そっか。私……






 刈磨くんに、殺されたいんだ。






 どうせ死ぬなら、大好きな人の手で、優しく殺されたい。
 それが、私が思う、最高に幸せな結末しにかた

 私は、ずっと探していたのだ。
 私のことを優しく殺してくれる、誰かのことを。

 そして、見つけてしまった。
 小さな命にも慈しみを持って接し、優しくその命を奪う……刈磨くんを。


 初めて見た時からきっと、私は恋をしていた。
 近付けば近付く程、もっと好きになっていった。


 だから、彼がチューリップの茎を折ったり、ヒマワリの芽をちょん切る動作に自分を重ね……

 嗚呼、こんな殺され方もいいな、と。
 無意識下で、彼に優しく命を奪われるところを妄想していたのだ。


 もちろん、今すぐ死にたいわけではないし、彼を殺人犯にしたいわけでもない。
 実際の行動には移さないけれど、つい頭の中で想像して楽しんでしまう。
 こういうのを……『性癖』と呼ぶのだろうか。
 そう考えると、とても恥ずかしいし、自分でもおかしいと思う。

 きっとこれは、死への強すぎる恐怖から心を守るために働いた、一種の防衛本能なのだろう。
 本来怖いものであるはずの『死』を、好きな人から施される『キモチイイ行為』と思い込むことで、その恐怖から精神を守っているのだ。
 ……たぶん。



 だって、その証拠に……
 彼に首を絞められた瞬間、感じたのだ。


 大好きな人に、命を握られる感覚。
 優しく、大切に、すべてを支配される、あの危険な感覚に…………

 身体の奥が、たまらなく疼くのを。





 私は、お姫さまになりたかった。

 華やかなドレスを着て、綺麗なアクセサリーを身につけて。
 優しい王子さまのキスで目覚めるような、可愛いお姫さまに。

 だけど……



 ……大好きな人の首絞めで危険な性癖に目覚める、ただの変態女になってしまった。




 どうしよう。
 こんなの、言えない。
 刈磨くんに、言えるわけない。
 好きだから殺して欲しいだなんて、わかってもらえるはずがない。

 だから、この気持ちは……
 私がときめいていた、本当の理由は…………



「…………ひみつ」
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】イケメンが邪魔して本命に告白できません

竹柏凪紗
青春
高校の入学式、芸能コースに通うアイドルでイケメンの如月風磨が普通科で目立たない最上碧衣の教室にやってきた。女子たちがキャーキャー騒ぐなか、風磨は碧衣の肩を抱き寄せ「お前、今日から俺の女な」と宣言する。その真意とウソつきたちによって複雑になっていく2人の結末とは──

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...