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第二章 近づく距離と彼女の秘密
4-1 蝶と可愛い後輩
しおりを挟む「──今日は、鉢植えの手入れをしよう」
ホラー映画を観た翌週の、水曜日の放課後。
汰一は軍手を嵌めながら、蝶梨にそう言った。
今日も二人で、中庭の花壇に来ているわけだが……
「あまり彩岐の『ときめき』を引き出せる作業じゃないかもしれないけど、そろそろ追肥や剪定をしなきゃならない鉢が多くて……悪いな」
と、申し訳なさそうに言う汰一。
蝶梨は、三つ編みに結った髪を揺らしながら首を振り、
「ううん、こちらこそ……」
もう『ときめきの理由』がわかっているのに、付き合わせちゃってごめんなさい……
……と、胸の内で謝罪する。
探していた『ときめきの理由』がわかったと彼に伝えたら……この関係は終わってしまうだろう。
彼は、親切心で付き合ってくれているだけ。
あの日、たまたま本屋で会って、ファミレスで悩みを打ち明けたから、『ときめきの理由』というわけのわからないものを探すのに成り行きで協力してくれているだけ。
だから……
答えが見つかって、しかもそれが『刈磨くんに殺されたい』という異常な願望に起因するものだと伝えたら……
この関係は、確実に終わってしまう。
それが嫌だから。
もっと一緒にいたいから。
そんな自分勝手な理由で彼の親切心を利用し、時間を割いてもらっていることに、蝶梨は罪悪感を抱く。
しかし……
今日も本当のことを言えないまま、こうして中庭に来てしまったのだった。
……そもそも、これは"恋愛感情"と呼んで良いのだろうか?
優しく殺されることを彷彿とさせる動作そのものに興奮……もとい、ときめいているだけなのではないか?
私は、ちゃんと…………刈磨くんのことを、好きなのだろうか?
手入れの準備を進める汰一を見つめながら、蝶梨が自問自答していると、
「……げっ」
……という声が、背後から聞こえ。
蝶梨は、驚いて振り返る。
すると、そこにいたのは……
ぶかぶかのジャージを着た、小柄な女子生徒だった。
ハーフツインに結った栗色のミディアムヘア。
垂れ目がちな瞳を、ピクピクと引き攣らせた……
美化委員の一年生、裏坂未亜である。
「おう、裏坂。そういえば今日、当番の日だったな」
彼女に気付いた汰一が、立ち上がりながら言う。
しかし未亜は、蝶梨に目を向けたまま、
「彩岐先輩……今日も来ていたんですか。しかも、その格好……」
……と。
制服のスカートの下にジャージを穿き、長い髪を三つ編みに結った蝶梨の姿を、しげしげと眺めた。
その瞬間、蝶梨の身体が強張る。
"クールな彩岐蝶梨"とは程遠い姿を見られてしまったことに、過去のトラウマが蘇る。
どうしよう、すごく驚いている。
やっぱり『似合わない』って……『変だ』って思われているのかな。
スカートの裾をきゅっと握り、何も言えずにいると……
横で、汰一が「あぁ」と微笑み、
「俺が勧めたんだ。土いじりしていると結構汚れるから、この格好の方がいいだろ。郷に入っては郷に従え、だ。な? 彩岐」
彼女の緊張を察し、すぐにフォローをした。
その優しさに、蝶梨は……胸の奥がきゅんと締め付けられるのを感じる。
汰一のおかげで緊張が解け、蝶梨は未亜を真っ直ぐに見つめると、
「……うん。刈磨くんに言われて、動きやすい格好にしてみたの。今日もお花のことを習いに来たから、裏坂さんもいろいろ教えてね」
凛とした声で言いながら、微笑を浮かべた。
その完璧すぎる微笑みに、未亜はドキッとした顔をして、
「み、未亜に教えられることなんてないけど……まぁ、よろしくです」
少し頬を赤らめ、口を尖らせながら答えた。
「──で。今日は何するんですか? 刈磨先輩」
腰に手を当て、未亜が尋ねる。
汰一は、日当たりの良い場所に並んだ鉢植えを指さし、答える。
「日々草とマリーゴールドの手入れをする。本格的な夏が来る前にやっておきたいことがあるからな」
「あぁ、どっちもアブラムシつきやすいですもんね……大量発生する前に対策したいです」
「あと、早く咲いた花が枯れてきたから剪定もしたいんだ。ほら、この辺」
「ほんとだ、枯れ始めていますね。日々草もマリーゴールドも、こういうところから病気になるんですよね?」
「そうそう。あと、水をやる時は……」
「なるべく葉っぱの上からかけてハダニ対策。ですよね?」
「おぉ。よく覚えているな。さすが裏坂」
汰一に褒められ、えっへんと胸を反らす未亜。
そのやり取りを、蝶梨は驚きながら見つめ、
「すごい。裏坂さん、お花のこと詳しいんだね」
と、素直に感心する。
それに、未亜は肩を竦めて、
「別に、美化委員に入るまでは全然詳しくありませんでしたよ。どっかの誰か先輩が、入学して間もない未亜にお花のことベラベラと語り始めたから、無駄に知識がついちゃっただけです」
ツンとした口調でそう答える。
その横で、汰一はぱちくりと瞬きをし、
「え。俺、そんなにベラベラ喋っていたか?」
「そーですよ。聞いてもいないのに庭いじりの蘊蓄を次から次へと……その時察しました。先輩、普段よっぽど話し相手がいないんだなぁって」
「話し相手くらいいるわ、失礼な」
「ほんとかなぁー。ねぇ、彩岐先輩? 刈磨先輩って、実際ボッチなんですよね?」
急に話を振られ、蝶梨は「えっ?」と声を上げる。
確かに汰一は、教室では独りでいることが多い。
それは彼が"不運体質"で、周囲に迷惑をかけないようにしているためなのだが……
そうした事情があるにせよ、実際忠克がいなければ一日中誰とも口を利かないこともあるだろう。
そのことを、ずっと彼を見てきた蝶梨は知っているからこそ……
「……え…………えぇと……」
否定も肯定もできず、言葉を詰まらせた。
明らかに困っている様子の彼女を見て、汰一は一つため息をつくと、
「ほら、彩岐が困っているだろ。口ばっか動かしていないで、そろそろ手を動かせ」
「はいはい」
「『はい』は一回」
「はーい」
という兄妹のようなやり取りに、二人が"気心の知れた仲"であることを察し……
蝶梨は羨ましいような、少し寂しいような気持ちになった。
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