氷の蝶は死神の花の夢をみる

河津田 眞紀

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第二章 近づく距離と彼女の秘密

4-3 蝶と可愛い後輩

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 ──花壇を離れ、物置小屋へと向かいながら……
 蝶梨は、強く脈打つ胸を押さえる。


 汰一に抱き付く未亜の姿。
 先ほどの、汰一の言葉。
 そして、二人が楽しそうに会話する光景。
 それらが、頭の中をぐるぐると回り、離れない。

 迷いなく汰一にしがみつく未亜と、慣れた様子でそれを受け止める汰一……
 もしかすると、これまでにも似たようなことがあったのかもしれない。
 そう考えると、胸の奥がじくじくと痛んで、悲しいような悔しいような気持ちが、涙になって込み上げそうになる。

 未亜は、同性の蝶梨から見ても文句なしに可愛かった。
 表情豊かな愛らしい顔も、ハーフツインに結った髪も、ぶかぶかのジャージも、全てが『可愛い女の子』の要素として完璧で……
 その上、小柄なのに出るところは出ているグラマラスな体つきをしているし……
 物言いが少々キツい部分もあるが、思ったことを素直に口にできるいさぎよさも、真面目で責任感の強い性格も、彼女の魅力を引き立てていた。

 要するに、自分とは正反対の女の子だと、蝶梨は思う。


 可愛くて、ドライなところもあって……
 もしかして刈磨くんは、裏坂さんみたいな女の子が好きなのかな。
 だから、『どっちも好き』だなんて言ったんじゃないかな。
 裏坂さんに告白されたら、刈磨くんは……
 きっと、喜んで付き合うんだろうな。


 物置小屋に辿り着き、蝶梨は扉を開けて、蛞蝓なめくじ撃退セットを探す。
 が……その視界が、涙でぐにゃりと歪む。


 胸が苦しい。
 気を抜くと、すぐに泣きそうになる。
 ……そうか。私、嫉妬しているんだ。
 いつの間にか、こんなに……


 刈磨くんのことが、好きで好きでたまらなくなっていたんだ。


「…………」


 ぎゅっと胸を押さえ、俯く。
 早く動かなきゃ。必要なものを探して、二人のところに戻らなきゃ。
 そう自分を奮い立たせ、蝶梨は顔を上げる。


『蛞蝓撃退セット』と言われはしたが、よく考えたらそれがどんなものなのかはわからなかった。
 棚の下段には、肥料や空のプランターが置かれている。
 中段には、シャベルや軍手などの道具がしまってある。
 ということは……一番上の段にあるのだろうか?


「んっ……」


 蝶梨は背伸びをし、最上段の棚に手を伸ばす。
 長身な彼女でも、指先がやっと届くような高さだった。

 棚の上を目視することはできないが、しばらく手で探っていると、指先に何かが当たった。
 感触的に、ビニール袋のようだ。この中に撃退セットが入っているのかもしれない。

 もう少し……あと少しで、引っ張ることができそう……

 蝶梨はギリギリまでつま先立ちをし、懸命に腕を伸ばす……が。


「きゃっ……!」


 つま先を滑らせ、バランスを崩した。
 そのまま受け身を取ることもできず、後ろへと倒れ込む。


 ……あぁ、もう。
 私、何をやっているんだろう。


 そう、どこか冷静に考えながら。
 衝撃と痛みを覚悟し、目をきゅっと瞑った────その時。



「あぶねっ」



 ……という声と共に。
 蝶梨の身体が、温かいものに包まれた。
 背中に感じる感触に、はっと顔を上げると……

 汰一に、後ろからすっぽりと抱き留められていた。


「か、刈磨、くん……」


 ドキッとしながら振り返ると、汰一は安堵の息を吐く。


「よかった……怪我はないか?」
「う、うん……裏坂さんは?」
「花壇で待たせてる。撃退セット、棚の一番高いところに置いてあるから、彩岐の背でも届かないだろうと思って。心配で見に来たんだ」


 そう言って、汰一は蝶梨の身体を離しながら、真剣な面持ちになり、


「もう少しで怪我するところだったな。無理しないで俺を呼んでくれればよかったのに」
「で、でも刈磨くんは裏坂さんを宥めていたし、これくらいなら頑張れば届くと思って……」
「……彩岐。前から思っていたけど……周りに頼ったり甘えたりするの、苦手だろ」
「う゛っ」
「少し前にも黒板消しクリーナー運ばされていたもんな。確かに彩岐は女子の中では背が高くて、いろいろと頼りにされるのかもしれないが……何でもかんでも一人でやろうとしなくていいんだぞ? 彩岐だって女の子なんだから。怪我でもしたら大変だ」


『女の子なんだから』。
 その言葉だけで、蝶梨は泣きそうなくらいに嬉しくなる。
 彼の前では、"クールでカッコいい彩岐蝶梨"を演じなくても良いのだと……等身大の、"普通の女の子"でいても良いのだと、あらためて気付かされる。

 胸が締め付けられ、何も言えずにいる蝶梨に、汰一はふっと微笑みかけ、



「俺も背は高い方じゃないが……彩岐よりは大きいし、力もある。俺で良ければ遠慮なく頼ってくれよ。いつでも駆けつけるから」



 言いながら棚の上に手を伸ばし、ビニール袋を軽々と手に取った。

 その姿を見て、蝶梨は……
 後ろから抱き留められた時に感じた広い胸板や、すっぽりと包まれる抱擁感を思い出し、今更ながらに顔を赤らめる。



 ……嗚呼。どうしよう。
 刈磨くんのことが、どんどん好きになっていく。

 優しい声も、困ったような笑顔も、私を真っ直ぐに見つめる眼差しも。
 お花を世話する大きな手も、冷静で機転が利くところも、たまに私をからかう意地悪なところも。

 ぜんぶぜんぶ、大好きで
 他の誰にも……渡したくない。



 その想いが胸いっぱいに広がり、蝶梨は……

『好き』という言葉が、心臓の高鳴りと共に、口から溢れ出てしまいそうになって。


「…………す」


 あ、駄目だ。これ出ちゃう。口から出ちゃう。
 しかし、『好き』と言いそうになる口を、無理矢理捻じ曲げて、


「…………すごく、助かる。ありがとう。刈磨くんのこと、これからも頼らせてもらうね」


 と、本音がこぼれ落ちるのを、何とか防ぐことができた。
 そうとは知らず、汰一は頷いて、


「あぁ、その方が俺も嬉しい。それじゃ、蛞蝓を撃退しに行くとするか。裏坂はいい加減落ち着いたかな」


 言いながら、ビニール袋を手に花壇へと戻って行くので……
 蝶梨は小さく息を吐いてから、その後に続いた。
 
 
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