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the 3rd night 夜はレモンの香り
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その日の夜は、早い時間に扉のところにレナが現れた。
「カイ、もうそこにいるんでしょう?」
足音で王女が近づいてきたことを察していたカイは、
「いますよ、今日は暇なんですか?」
と答えた。ガチャリと鍵が開き、レナが現れる。
「なんと、今日はホットレモネードの差し入れ付きよ」
ふんわりと湯気が立ち、レモンの香りが漂った。
「カップはそこの席にあるの。持ってきてくれない?」
レナはデカンタに入れたホットレモネードを持ってカイのいる部屋に入ってきてそう言った。
「ああ、それも持つ」
レナのレモネードを持ち上げてテーブルに持っていくと、隣の部屋に入ってカップを持ってテーブルに置く。
「ルリアーナ特産のレモンの質は、なかなか良いのよ」
レナはそう言ってレモネードをカップに注ぎ、カイに着席を求めた。渋々席に着くと、カイはレモネードをひと口飲んでみる。
「これがレモネードか……?」
少し苦味があり、甘みを引き立てている。レモンのまろやかな酸味と香りの穏やかな芳香にカイは驚いた。
「でしょう?ポテンシアの食文化からして、このレモネードを瓶に詰めて輸出したら喜ばれると思うのよね」
レナはそう言って自分もレモネードを飲み始める。
「ルリアーナの食には驚くことばかりだな」
カイは本心で褒めていた。
「そうね、これを当たり前だと思ってはダメね。ポテンシアには明日の食事に困る子どもたちも多いと聞いているし。ルリアーナからの輸出が止まって、飢えている子どもが増えていないかとか、自国民にとっても農業の輸出先が減ってしまったらどうしよう、とか、私がお見合いをしている間にも、人の命が掛かっていると思うと無力な自分が情けなくなるわ」
レモネードの湯気をふーっと吹いてレナは言った。
「どんなところにも、子どものような弱い存在が犠牲になる世界はある。戦時中が1番その傾向は大きいな。そう考えると、戦争のないルリアーナは子どもには被害が及びにくい国だ」
カイは2杯目のレモネードを注いでさらりと言う。
「立場上、殿下が心を痛めるのは仕方ないことかもしれないが、すべての人間が幸せに暮らせる国なんてどこにもない。それを殿下が言うのは違うのかもしれないが」
カイは珍しく饒舌に語っていた。
「あら?慰めてくれているの?」
レナが驚くと、
「少なくとも、このレモネードには感謝してるからな」
と、カイは言った。
「そう、これを持ってきて正解ね、カイに慰めてもらえるなんて。なんだか得した気分。今日もすごく、心が疲れていたから」
レナはそう言って天を仰ぐ。
「?」
レナは一生懸命涙を堪えて、上を見ながら鼻をすすった。
「やだ、なんだか気が緩んで」
涙が頬を伝ったので、レナは慌てて手で拭った。
「俺は見ていない。誰もいないと思え。気にしなくていい」
カイはそう言ったきり、横を向いた。すぐ近くに座っているレナから嗚咽が漏れるのを、じっと動かずに放っていた。レナが泣いている様子が収まり始めると、気まずそうに、
「すまない。こんな時、どうするのが正解なのか俺は知らない」
と横を向いたまま謝った。2杯目のレモネードはすっかり冷めてしまっていた。
「ここに、いてくれるだけでいいわ……お願い、謝らないで。これは、嬉し泣きなの」
と涙を袖で拭ってレナは言った。
「そうか、どうせ今日もここで徹夜のつもりだ」
カイはそう言うと、明らかに動揺している自分を誤魔化そうとレナから目を離した。
それからどの位時間が経ったのか、お互い口を開くこともなくただ時間だけが過ぎていった。月明かりが明るく部屋を照らしている。
(恥ずかしい、まさか他人の前で泣くなんて)
目線を合わせることもなく、ただ近くに座っているカイを時々見ながらレナは声をかけることも出来ず、いつ声を発したらいいのかタイミングを見失っていた。
他人の前で涙を流したのはいつぶりだろう。いつからか、人前で泣くという行為ができない立場だと気付き、涙を流すことも忘れていた。なぜ、今日に限って泣いてしまったのか、目の前のレモネードを眺めながら疑問が湧くばかりだ。
(私が、話さなければ……カイは動けないわね)
レナはハンカチなど持っておらず、寝巻きで涙を拭いていた。そんな事態になったことに、本人が一番驚いている。
「あの……」
レナは遠慮がちに口を開く。
「そろそろ寝る時間だろう」
カイはそう言って席から立った。
「あの、少し席に座って? ルリアーナ式の、お礼を」
レナはそう言ってカイを席に着かせ、隣まで歩く。そのまま少し腰を落として額と右の頬に軽く唇を当てた。
「あなたの明日に、素敵な加護がありますように。ルリアーナの宗教では、王女の口付けが次の日の吉報をもたらすと言われているの」
レナはそう言うと逃げるように扉に急いだ。
「おやすみなさい。その……あなたが、いてくれて良かったわ」
カイと顔を合わせることも出来ず、言い捨てるようにお礼をして王女は自室に戻る。
バタンと扉が閉まり、部屋には席に座らされたままのカイが残されていた。最後にレナから発せられた言葉に、理解が追い付かずに呆然としていた。
「カイ、もうそこにいるんでしょう?」
足音で王女が近づいてきたことを察していたカイは、
「いますよ、今日は暇なんですか?」
と答えた。ガチャリと鍵が開き、レナが現れる。
「なんと、今日はホットレモネードの差し入れ付きよ」
ふんわりと湯気が立ち、レモンの香りが漂った。
「カップはそこの席にあるの。持ってきてくれない?」
レナはデカンタに入れたホットレモネードを持ってカイのいる部屋に入ってきてそう言った。
「ああ、それも持つ」
レナのレモネードを持ち上げてテーブルに持っていくと、隣の部屋に入ってカップを持ってテーブルに置く。
「ルリアーナ特産のレモンの質は、なかなか良いのよ」
レナはそう言ってレモネードをカップに注ぎ、カイに着席を求めた。渋々席に着くと、カイはレモネードをひと口飲んでみる。
「これがレモネードか……?」
少し苦味があり、甘みを引き立てている。レモンのまろやかな酸味と香りの穏やかな芳香にカイは驚いた。
「でしょう?ポテンシアの食文化からして、このレモネードを瓶に詰めて輸出したら喜ばれると思うのよね」
レナはそう言って自分もレモネードを飲み始める。
「ルリアーナの食には驚くことばかりだな」
カイは本心で褒めていた。
「そうね、これを当たり前だと思ってはダメね。ポテンシアには明日の食事に困る子どもたちも多いと聞いているし。ルリアーナからの輸出が止まって、飢えている子どもが増えていないかとか、自国民にとっても農業の輸出先が減ってしまったらどうしよう、とか、私がお見合いをしている間にも、人の命が掛かっていると思うと無力な自分が情けなくなるわ」
レモネードの湯気をふーっと吹いてレナは言った。
「どんなところにも、子どものような弱い存在が犠牲になる世界はある。戦時中が1番その傾向は大きいな。そう考えると、戦争のないルリアーナは子どもには被害が及びにくい国だ」
カイは2杯目のレモネードを注いでさらりと言う。
「立場上、殿下が心を痛めるのは仕方ないことかもしれないが、すべての人間が幸せに暮らせる国なんてどこにもない。それを殿下が言うのは違うのかもしれないが」
カイは珍しく饒舌に語っていた。
「あら?慰めてくれているの?」
レナが驚くと、
「少なくとも、このレモネードには感謝してるからな」
と、カイは言った。
「そう、これを持ってきて正解ね、カイに慰めてもらえるなんて。なんだか得した気分。今日もすごく、心が疲れていたから」
レナはそう言って天を仰ぐ。
「?」
レナは一生懸命涙を堪えて、上を見ながら鼻をすすった。
「やだ、なんだか気が緩んで」
涙が頬を伝ったので、レナは慌てて手で拭った。
「俺は見ていない。誰もいないと思え。気にしなくていい」
カイはそう言ったきり、横を向いた。すぐ近くに座っているレナから嗚咽が漏れるのを、じっと動かずに放っていた。レナが泣いている様子が収まり始めると、気まずそうに、
「すまない。こんな時、どうするのが正解なのか俺は知らない」
と横を向いたまま謝った。2杯目のレモネードはすっかり冷めてしまっていた。
「ここに、いてくれるだけでいいわ……お願い、謝らないで。これは、嬉し泣きなの」
と涙を袖で拭ってレナは言った。
「そうか、どうせ今日もここで徹夜のつもりだ」
カイはそう言うと、明らかに動揺している自分を誤魔化そうとレナから目を離した。
それからどの位時間が経ったのか、お互い口を開くこともなくただ時間だけが過ぎていった。月明かりが明るく部屋を照らしている。
(恥ずかしい、まさか他人の前で泣くなんて)
目線を合わせることもなく、ただ近くに座っているカイを時々見ながらレナは声をかけることも出来ず、いつ声を発したらいいのかタイミングを見失っていた。
他人の前で涙を流したのはいつぶりだろう。いつからか、人前で泣くという行為ができない立場だと気付き、涙を流すことも忘れていた。なぜ、今日に限って泣いてしまったのか、目の前のレモネードを眺めながら疑問が湧くばかりだ。
(私が、話さなければ……カイは動けないわね)
レナはハンカチなど持っておらず、寝巻きで涙を拭いていた。そんな事態になったことに、本人が一番驚いている。
「あの……」
レナは遠慮がちに口を開く。
「そろそろ寝る時間だろう」
カイはそう言って席から立った。
「あの、少し席に座って? ルリアーナ式の、お礼を」
レナはそう言ってカイを席に着かせ、隣まで歩く。そのまま少し腰を落として額と右の頬に軽く唇を当てた。
「あなたの明日に、素敵な加護がありますように。ルリアーナの宗教では、王女の口付けが次の日の吉報をもたらすと言われているの」
レナはそう言うと逃げるように扉に急いだ。
「おやすみなさい。その……あなたが、いてくれて良かったわ」
カイと顔を合わせることも出来ず、言い捨てるようにお礼をして王女は自室に戻る。
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