120 / 221
the 19th day 王子とリラの木
しおりを挟む
ルイスは2通の書簡を受け取り、1通は適当に指で封筒を開くと一気に読んですぐに脇に置いた。
(ブラッド、随分楽しんでいるようじゃないか)
部下からの報告内容がいつになく楽しそうな雰囲気だったのを感じ取り、ルイスは複雑な気分だった。ルリアーナで上手くやっているらしいのは良かったが、どこか浮かれている様子が気になる。
そして、2通目の封筒を丁寧にペーパーナイフで開いた。鷹の刻印が美しい封筒を、なるべく傷つけないように慎重に開いた。
『隣国ポテンシアの第四王子、ルイス様』
最初の宛名を見て、まずぎょっとした。これまでのやり取りですら、『親愛なる』が付いていたレナの手紙とは思えない宛名の印象だ。
『突然ですが、ルイス様のお屋敷にはどんなお庭がありますか?』
次に書かれた一文で日常会話のような書き出しになり、ルイスは更に驚いた。手紙を持ったまま椅子から立ち上がり、部屋の窓辺まで歩いていく。
(庭……か。最近、気にすることも減っていたかもしれないな)
窓の外には、整った庭木がまるで作り物のように整列していた。当たり前のように手入れされた庭は、ルイスが特に指示をしなくても屋敷の使用人たちが整えている。ルイスは、まさか庭のことを話題に出されるとは……と少し笑ってレナの文に視線を戻す。
『ルリアーナ城では、庭木の剪定を巡ってバトラーが頭を抱えていました。近頃、庭木のうちの数本が荒れることがあり、ルイス様が来る前に整えることができるかを気にしています。』
(ふうん……。これは、私が城に行ったときに、庭木が荒れていても事情があるということを暗に言いたいのだろうか。まさか、一国の王女が庭木のことで手紙をわざわざ寄越すとは思えないが……)
興味深い内容に、ルイスは引き込まれていく。
『私は、生まれてからずっと、整って見えることを意識するように教育されてきた気がします。そのせいか、荒れた木を見た時に、私も周りの人たちが居なければ本当はあんな様子なのかもしれないと思ったのです。おかしなことを手紙にしたためる王女だとお思いかもしれませんが、ルイス様が見た私は恐らく剪定が済んだばかりの姿で、本当は私には何もありません。』
そこまで読むと、ルイスはレナの姿を思い出して、
「剪定が済んだばかりの木か、面白い表現だね。あなたが何もない存在ではないというのは、どうやったら分かってもらえるかな」
と反論の手紙を書かなければなと笑った。
(そうか、彼女は、私が彼女を誤解して勝手に惹かれているのだろうと言いたいのか。突き放すような書き出しがそこまでの意味を持つものなのか分からないが、少なくとも、今迄のような表面的なやり取りはやめようということなんだろう)
ルイスは、楽しそうにペンを持った。次にレナに会う前に、返事が届くようにしておきたい。明日にはルリアーナに向けて出発する予定だったので、早速返事を書くことにした。
『愛するルリアーナ王女、レナ様』
ルイスは、レナの宛名とは対照的な書き方を選んだ。
『まさか、私の屋敷の、それも庭のことを聞かれるとは思っていなかったので驚きました。そういえば、私は何度もそちらにうかがっていますが、あなたは私の屋敷を知らなかったのだと、そんな当たり前のことに気付きます。
レナ王女は、リラの木をご存じですか?国が違うと呼び方も違いますので、ルリアーナではライラックと呼ぶのかもしれません。あなたを木に例えるのであれば、きっとリラのような可愛らしい木ですね。例え剪定が済んでいようと済んでいまいと、リラの木の咲かせる花の魅力的な姿や香りが隠せないように、整えた姿が付け焼刃の偽りの姿なのか、そうでないのかくらいは私にも分かるつもりです。あなたの魅力は他人の手によって整えられていようといまいと、変わらないのでしょう。』
『折角なので、是非、庭を一緒に散歩しませんか。
どんな庭で、どんな木が荒れていたのか、興味が沸いてきました。私は、植物のことには割と詳しいのですよ。』
ルイスの手紙は、そこで自分の名前を書いて終えた。王女への想いは、焦らずに伝えて行けば良い。ルイスは使用人を呼びつけると、書簡を託す。封をして速達で送る手配をするまでも、ルイスは使用人に任せていた。
庭に視線をやると、小ぶりなリラの木が見える。リラは、ルイスの亡くなった母が好きだった木だ。
あの木を見ると母を思い出して悲しくなっていた子どもの頃の自分が隣にいた。記憶や想いはこうして少しずつ変わっていくのだ。ルイスは隣にいた小さな自分の影がいつの間にかいなくなっているのに気付くまで、じっと外を眺めていた。
(ブラッド、随分楽しんでいるようじゃないか)
部下からの報告内容がいつになく楽しそうな雰囲気だったのを感じ取り、ルイスは複雑な気分だった。ルリアーナで上手くやっているらしいのは良かったが、どこか浮かれている様子が気になる。
そして、2通目の封筒を丁寧にペーパーナイフで開いた。鷹の刻印が美しい封筒を、なるべく傷つけないように慎重に開いた。
『隣国ポテンシアの第四王子、ルイス様』
最初の宛名を見て、まずぎょっとした。これまでのやり取りですら、『親愛なる』が付いていたレナの手紙とは思えない宛名の印象だ。
『突然ですが、ルイス様のお屋敷にはどんなお庭がありますか?』
次に書かれた一文で日常会話のような書き出しになり、ルイスは更に驚いた。手紙を持ったまま椅子から立ち上がり、部屋の窓辺まで歩いていく。
(庭……か。最近、気にすることも減っていたかもしれないな)
窓の外には、整った庭木がまるで作り物のように整列していた。当たり前のように手入れされた庭は、ルイスが特に指示をしなくても屋敷の使用人たちが整えている。ルイスは、まさか庭のことを話題に出されるとは……と少し笑ってレナの文に視線を戻す。
『ルリアーナ城では、庭木の剪定を巡ってバトラーが頭を抱えていました。近頃、庭木のうちの数本が荒れることがあり、ルイス様が来る前に整えることができるかを気にしています。』
(ふうん……。これは、私が城に行ったときに、庭木が荒れていても事情があるということを暗に言いたいのだろうか。まさか、一国の王女が庭木のことで手紙をわざわざ寄越すとは思えないが……)
興味深い内容に、ルイスは引き込まれていく。
『私は、生まれてからずっと、整って見えることを意識するように教育されてきた気がします。そのせいか、荒れた木を見た時に、私も周りの人たちが居なければ本当はあんな様子なのかもしれないと思ったのです。おかしなことを手紙にしたためる王女だとお思いかもしれませんが、ルイス様が見た私は恐らく剪定が済んだばかりの姿で、本当は私には何もありません。』
そこまで読むと、ルイスはレナの姿を思い出して、
「剪定が済んだばかりの木か、面白い表現だね。あなたが何もない存在ではないというのは、どうやったら分かってもらえるかな」
と反論の手紙を書かなければなと笑った。
(そうか、彼女は、私が彼女を誤解して勝手に惹かれているのだろうと言いたいのか。突き放すような書き出しがそこまでの意味を持つものなのか分からないが、少なくとも、今迄のような表面的なやり取りはやめようということなんだろう)
ルイスは、楽しそうにペンを持った。次にレナに会う前に、返事が届くようにしておきたい。明日にはルリアーナに向けて出発する予定だったので、早速返事を書くことにした。
『愛するルリアーナ王女、レナ様』
ルイスは、レナの宛名とは対照的な書き方を選んだ。
『まさか、私の屋敷の、それも庭のことを聞かれるとは思っていなかったので驚きました。そういえば、私は何度もそちらにうかがっていますが、あなたは私の屋敷を知らなかったのだと、そんな当たり前のことに気付きます。
レナ王女は、リラの木をご存じですか?国が違うと呼び方も違いますので、ルリアーナではライラックと呼ぶのかもしれません。あなたを木に例えるのであれば、きっとリラのような可愛らしい木ですね。例え剪定が済んでいようと済んでいまいと、リラの木の咲かせる花の魅力的な姿や香りが隠せないように、整えた姿が付け焼刃の偽りの姿なのか、そうでないのかくらいは私にも分かるつもりです。あなたの魅力は他人の手によって整えられていようといまいと、変わらないのでしょう。』
『折角なので、是非、庭を一緒に散歩しませんか。
どんな庭で、どんな木が荒れていたのか、興味が沸いてきました。私は、植物のことには割と詳しいのですよ。』
ルイスの手紙は、そこで自分の名前を書いて終えた。王女への想いは、焦らずに伝えて行けば良い。ルイスは使用人を呼びつけると、書簡を託す。封をして速達で送る手配をするまでも、ルイスは使用人に任せていた。
庭に視線をやると、小ぶりなリラの木が見える。リラは、ルイスの亡くなった母が好きだった木だ。
あの木を見ると母を思い出して悲しくなっていた子どもの頃の自分が隣にいた。記憶や想いはこうして少しずつ変わっていくのだ。ルイスは隣にいた小さな自分の影がいつの間にかいなくなっているのに気付くまで、じっと外を眺めていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
唯一平民の悪役令嬢は吸血鬼な従者がお気に入りなのである。
彩世幻夜
ファンタジー
※ 2019年ファンタジー小説大賞 148 位! 読者の皆様、ありがとうございました!
裕福な商家の生まれながら身分は平民の悪役令嬢に転生したアンリが、ユニークスキル「クリエイト」を駆使してシナリオ改変に挑む、恋と冒険から始まる成り上がりの物語。
※2019年10月23日 完結
新作
【あやかしたちのとまり木の日常】
連載開始しました
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる
柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった!
※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる