83 / 229
第6章 新生活は、甘めに
出来合い、いや、溺愛です
しおりを挟む
カイが帰宅すると、玄関先にレナが立っている。
それを見つけたカイはクロノスから降りて、厩舎に向かう前にレナのところにまっすぐ歩いた。
「どうした? いつもは、到着してから出て来ていた気がするが」
カイがクロノスの手綱を引きながらレナの前に来ると、レナは両手をカイの方に伸ばして来る。
その手がカイの背中に来るように、カイはレナを抱きしめて頬と頬をすり合わせた。
「待っていられなかったの。家の中では」
「やけに情熱的なことを言ってくれるな?」
「昨日のことが夢だったんじゃないかって、ちょっと信じられなくなってきちゃって」
レナが潤んだ目でカイを見上げる。
「おい、そんなに煽るな……」
カイは目の前のレナの破壊力に、改めてこの元王女こそが数々の男を狂わせた張本人だったことを思い出す。
無意識でこれなのが、余計にタチが悪いのだ。
カイはレナと共にクロノスを厩舎に預けると、手を繋いだまま家に入った。
使用人たちが一斉に頭を下げている。やはり各々の頭の中は主人とレナの明るい未来を祝い、やかましかった。
「仕事は……肉屋じゃなくても良いんだろう?」
2人は食事を終え、カイの部屋で隣り合ってコーヒーを飲んでいた。
カイに尋ねられて、レナは何を聞かれているのかよく分かっていない。
「たまたま人手を募集していたのが、あのお肉屋さんだったのよ?」
レナがそう言ってカップをテーブルに置いたので、カイはレナの目の下に軽く唇を当てる。
「そうか、それなら、肉屋を辞めて……うちの領地経営について一緒に考えてみないか?」
「…………?」
レナがカイをじっと見つめて首を傾げたので、相変わらずの鈍さにカイは頭を抱えた。
「その……将来的なことを……考えてみないかと、言っている」
カイは不本意に言い直すことになったが、これがレナと向き合うということなのだと覚悟を決めるしかない。
プロポーズのようなことを2度も言わされるとは、もしや分かっていてとぼけているのではないのかとすら疑う。
「…………」
レナはポカンとしたまま、無言だった。
(いやこれでも通じていないとか、どういうことだ? おい、王女だった頃、もう少し鋭かった気がするんだが……)
カイはレナの理解力を疑い始める。聡明なはずのレナは、意外に盲点があるのかもしれない。
「将来…………が、あるの……?」
レナはやっと言葉を発せたようだった。
レナにとって、未来とは決められたレールの上を歩くことに等しく、将来とは自分が選ぶものではなかったのだ。
これまで常に付いて回った重い枷が、いつの間にか自分から外れていたことを知る。
「そうだ。レナには、もう、好きに生きる権利がある。誰と生きようと、どんな生き方をしようと、自由だ」
カイはそう言ってレナの両手をそっと自分の両手で包む。レナが戸惑っている理由がようやく分かって、ほっとしていた。
「あなたを選んで、生きて行けるの?」
レナが泣きそうな顔をしている。信じられない、と言いたそうな顔だった。
「……正直、是が非でも選んでもらいたいところだな」
カイはそう言ってレナの手の甲に口付けた。
我ながら必死だなと滑稽だが、なりふりに構っていたら捕まえたと思った側から失うのだと、この数日間で学んだ。
「こういう時って、何て言えばいいか分からないものなのね。……言葉が見つからないの」
レナはそう言いながら、俯いていた。
「まずは、ありがとう、でしょ…………」
振り絞るように呟くと、涙がレナの手を握るカイの手の上にポトリと落ちる。
「あなたが好き、ということ……」
カイを直視できないレナは、どうしてこんなに切ない気持ちに襲われるのか分からなかった。
「一緒に、生きていきたい。もう、私の前から、いなくならないで」
手に入れるということは、どうしてかそれを失う怖さが付いて回るのだと、初めて知る。
「善処しよう……いや、ここは誓うのが正解か?」
カイは握った手を離すと、レナの顔を両手で包む。自分を想い濡れている瞳と頬に、何度も唇を当てた。
「泣かなくていい。起こってもいないことを恐れるな。ここは喜んで叫んだっていいところだぞ?」
カイがそう呟きながら穏やかに笑う。泣かせるつもりは無かったが、レナの自分への気持ちの深さを知るのは新鮮だった。
(戦場を生きる場所にしているような、こんな人生に寄り添わせることが酷なのか)
カイは、なかなか涙の止まらないレナが落ち着くまで、静かに抱きしめた。
レナは、顔に何度も浴びた唇の感触が、どうして口を塞いで来ないのだろうかという疑問を飲み込む。
レナは、好きな人と共に生きる未来を選べる今を、静かに受け入れていた。
それを見つけたカイはクロノスから降りて、厩舎に向かう前にレナのところにまっすぐ歩いた。
「どうした? いつもは、到着してから出て来ていた気がするが」
カイがクロノスの手綱を引きながらレナの前に来ると、レナは両手をカイの方に伸ばして来る。
その手がカイの背中に来るように、カイはレナを抱きしめて頬と頬をすり合わせた。
「待っていられなかったの。家の中では」
「やけに情熱的なことを言ってくれるな?」
「昨日のことが夢だったんじゃないかって、ちょっと信じられなくなってきちゃって」
レナが潤んだ目でカイを見上げる。
「おい、そんなに煽るな……」
カイは目の前のレナの破壊力に、改めてこの元王女こそが数々の男を狂わせた張本人だったことを思い出す。
無意識でこれなのが、余計にタチが悪いのだ。
カイはレナと共にクロノスを厩舎に預けると、手を繋いだまま家に入った。
使用人たちが一斉に頭を下げている。やはり各々の頭の中は主人とレナの明るい未来を祝い、やかましかった。
「仕事は……肉屋じゃなくても良いんだろう?」
2人は食事を終え、カイの部屋で隣り合ってコーヒーを飲んでいた。
カイに尋ねられて、レナは何を聞かれているのかよく分かっていない。
「たまたま人手を募集していたのが、あのお肉屋さんだったのよ?」
レナがそう言ってカップをテーブルに置いたので、カイはレナの目の下に軽く唇を当てる。
「そうか、それなら、肉屋を辞めて……うちの領地経営について一緒に考えてみないか?」
「…………?」
レナがカイをじっと見つめて首を傾げたので、相変わらずの鈍さにカイは頭を抱えた。
「その……将来的なことを……考えてみないかと、言っている」
カイは不本意に言い直すことになったが、これがレナと向き合うということなのだと覚悟を決めるしかない。
プロポーズのようなことを2度も言わされるとは、もしや分かっていてとぼけているのではないのかとすら疑う。
「…………」
レナはポカンとしたまま、無言だった。
(いやこれでも通じていないとか、どういうことだ? おい、王女だった頃、もう少し鋭かった気がするんだが……)
カイはレナの理解力を疑い始める。聡明なはずのレナは、意外に盲点があるのかもしれない。
「将来…………が、あるの……?」
レナはやっと言葉を発せたようだった。
レナにとって、未来とは決められたレールの上を歩くことに等しく、将来とは自分が選ぶものではなかったのだ。
これまで常に付いて回った重い枷が、いつの間にか自分から外れていたことを知る。
「そうだ。レナには、もう、好きに生きる権利がある。誰と生きようと、どんな生き方をしようと、自由だ」
カイはそう言ってレナの両手をそっと自分の両手で包む。レナが戸惑っている理由がようやく分かって、ほっとしていた。
「あなたを選んで、生きて行けるの?」
レナが泣きそうな顔をしている。信じられない、と言いたそうな顔だった。
「……正直、是が非でも選んでもらいたいところだな」
カイはそう言ってレナの手の甲に口付けた。
我ながら必死だなと滑稽だが、なりふりに構っていたら捕まえたと思った側から失うのだと、この数日間で学んだ。
「こういう時って、何て言えばいいか分からないものなのね。……言葉が見つからないの」
レナはそう言いながら、俯いていた。
「まずは、ありがとう、でしょ…………」
振り絞るように呟くと、涙がレナの手を握るカイの手の上にポトリと落ちる。
「あなたが好き、ということ……」
カイを直視できないレナは、どうしてこんなに切ない気持ちに襲われるのか分からなかった。
「一緒に、生きていきたい。もう、私の前から、いなくならないで」
手に入れるということは、どうしてかそれを失う怖さが付いて回るのだと、初めて知る。
「善処しよう……いや、ここは誓うのが正解か?」
カイは握った手を離すと、レナの顔を両手で包む。自分を想い濡れている瞳と頬に、何度も唇を当てた。
「泣かなくていい。起こってもいないことを恐れるな。ここは喜んで叫んだっていいところだぞ?」
カイがそう呟きながら穏やかに笑う。泣かせるつもりは無かったが、レナの自分への気持ちの深さを知るのは新鮮だった。
(戦場を生きる場所にしているような、こんな人生に寄り添わせることが酷なのか)
カイは、なかなか涙の止まらないレナが落ち着くまで、静かに抱きしめた。
レナは、顔に何度も浴びた唇の感触が、どうして口を塞いで来ないのだろうかという疑問を飲み込む。
レナは、好きな人と共に生きる未来を選べる今を、静かに受け入れていた。
0
あなたにおすすめの小説
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる
西野歌夏
恋愛
ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー
私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる