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第3章 それが日常になっていく

【番外編】夢か現か幻か

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 ポテンシア国境の町、夜更けにかかる頃――。
 バールで歌の演出を終えた4人の女性が、ベッドに入って眠りにつくまで短い話をする。

「ねえ、夢で会いたい人に会うには、どうしたらいいの?」

 店の看板娘『エレナ』――素性を隠しているが亡国となったルリアーナ王国の王女であるレナ・ルリアーナ――がボソリと呟くと、「会えると思い込めば良いんじゃない?」とミミが適当に言って笑った。

「エレナ、どんな夢を見たいの?」

 マーシャが笑って尋ねると、レナはどんな夢が見たいだろうと考えていた。

「ちなみに、彼との思い出は?」

 マリヤに尋ねられてレナはカイのことを思い出す。

「私が倒れた時にね、抱えて運んでくれたり……一緒に彼の馬に2人乗りしたり……」
「あら、素敵じゃない」
「いい思い出ね」

 ミミとマリヤが嬉しそうに暗がりで声を上げる。マーシャは、くすりと笑っていた。

「じゃあ今夜は、その夢が見られると良いわね」
「おやすみ」
「おやすみなさい」

 明日の仕事に備え、4人は夢の中へ――。



「おい、どうした? 何をボーっとしてる?」

(……あれ? この声……)

 カイの顔が、目の前にある。レナが慌てて周りを見回すと、まだ昼間のようだ。
 陽の光が差すルリアーナ城の、レナの自室。レナはカイと一緒に部屋の中で立っていた。

「カイ。随分、久しぶりね?」
「……? 先程から一緒にいるが」

 ああ、これは都合の良い夢に違いない、とレナはすぐに納得した。

「ねえ、カイ。あなたって、私の……護衛なの?」
「いきなりどうした? それ以外に何が……ああ、側近だと言いたいのか?」
「違うわよ。そうじゃなくて……」

 夢だからといって、都合良くカイが自分のものになることはないらしい。
 久しぶりに見るカイを懐かしく眺めながら、レナは夢という場を利用して何かできないかと考えた。

「1日だけでいいから、恋人同士のふりをしてみない?」

 レナはねだるように言った。これは夢なのだ。希望はハッキリ言った方が良い。

「……きつい冗談か?」
「大真面目で本気だけれど……」

 カイは考え込むようにしていた。レナはきつい冗談などと言われると、それなりにショックを受ける。

「何をすればいいんだ?」
「なるべく手を繋いで過ごしましょ?」
「いや、邪魔だろう……そんな……」
「手を繋ぐのがダメなら抱き上げてもらっても……」
「なんでそうなる。妥協案になっていない」

 おかしい。夢だというのに、カイの態度が相変わらず頑なだ。どうして夢でくらい柔軟にならないのかとレナは首を傾げる。

「……手を繋げば良いのか?」
「そうよ!」

 レナが手をカイに差し出すと、渋々カイはその手を握った。大きくて粗野にすら感じるカイの手に包まれると、レナの胸が高鳴る。

「このまま、庭を散歩しましょう」
「嫌だ」
「なんで断るのよ?」
「護衛が王女と手を繋いでいたらおかしいだろう」

 どういうことだろうか、夢のはずなのにカイは相変わらず冷静で、ロマンというものがない。
 レナは疑いの目をカイに向けた。夢の割にリアルすぎる。本当にこれは夢なのだろうか?

「じゃあいいわ……。私も妥協してあげる。外には出ないのね? じゃあ、ソファに一緒に座って、お互いの好きなところでも言い合ってみるのは?」
「何でそうなった? おかしな理屈を堂々と述べるな」
「だってこれは夢だもの……理屈なんか無茶苦茶で大丈夫なのよ」
「……やっぱりこれは夢なのか?」

 2人は顔を見合わせ、同じ疑問を抱える。夢の割に、現実的すぎる。

「カイは知らないと思うけれど……。私、あなたにずっと会いたかったの。ずっとこうして触れてみたかったの」

 手を繋いだままレナはそう言うと、妙に現実感のある手の感触を確かめる。
 掌にところどころ硬い感触があるのは、きっと戦う男特有なのだろう。隣を見上げてカイを見つめ直すと、その目が真っ直ぐに自分を見ていた。

「これが夢か。そうだろうな……。夢であれば、こんな都合の良い幻だって見える」

 寂しそうな目で言うカイを見て、レナは驚く。
 何故そんなに悲しそうな顔をしているのか分からない。カイをそうさせているのは、どうも自分のせいらしい。

「都合が良いの?」
「生きている姿を見たいと、つい先程まで願っていたからな」
「それなら私も、ついさっきまであなたに会いたいと願っていたのよ」

 2人はじっとお互いを見つめる。これは、都合の良い夢なのだろうか。都合の良い夢の割には、レナは妙に無茶を言い、カイは相変わらず態度が硬く、ところどころお互いにとって都合が悪い。

「懐かしい心地がするな」
「そうね」

 2人は向き合わせていた顔を前に向けた。顔を合わせずとも、同じタイミングでふっと笑う。何となく相手の体温すら感じた。夢にしては感覚までちゃんとあるらしい。

「夢だから、あなたがもっと私の思い通りになるのかと思ったわ」
「思い通りになる、か。参考に聞くが、思い通りに言うことを聞くのが大事か?」
「そういうことじゃないけど……。夢って現実と違っていて、思い通りになりそうじゃない?」

 レナの問いかけに、カイは何かを考えている様子だ。間が空いて暫く無言の時間が流れる。

「思い通りにならない方が、現実らしくていいんじゃないか? こうして姿が見られたのは、思い通り以上だ」
「思い通り以上って……」

 レナが驚いてカイを見上げる。視線が絡んで、どちらからともなく小さな笑みがこぼれた。

「あなたと、またこうして過ごせる日が来るかしら?」
「願っていると、思い通り以上のことも起きるかもしれないな」
「……そうね。期待しておくわね」

 レナは繋いだ手を離さずに、カイの腕に寄り添って願った。この現実的な夢は、正夢になるのだろうか。
 思い通りにならなくても、思い通り以上の日が、いつか――。




「ほら、エレナ。いつまで寝てるのよ!」

 良く聞いた声がして、レナは目を開く。マーシャに身体を揺すられていた。また寝坊をしてしまったらしい。レナは考え事をすることが多いからか、眠りが浅くなり寝坊をしてしまう日があるのだ。

「ごめん、マーシャ……夢を見ていたの……」

 レナはベッドで身体を起こすと周りを見回した。共同生活をしている部屋は、4つのベッドが置かれて随分窮屈に見える。
 レナの収納スペースは小さく、持ち物といえば3~4日分の着替えしか持っていない。

(私、もうあんな広い部屋に住むことはないわね)

 そんなことを考えながらベッドから出ようとすると、膝の辺りで何か硬いものを踏んでいる感覚があった。

(ああ、あの時のルビー……)

 レナの親指ほどの大きさをした赤い宝石は、何故か仄かな光を持っていた。
 レナはそれを隠すようにポケットに仕舞うと、そっと、思い通り以上の日々を願う。
 すっかり寝すぎてしまった時間を取り戻すように、急いで身支度を始めた。



<Fin.>
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