122 / 229
第8章 戦場に咲く一輪の花
その地に響く歌
しおりを挟む
その場所に近付くにつれ、カイは異様な「気」を感じて顔をしかめた。そろそろか、と思うと、目の前でクロノスに同乗しているレナと共に前進して良いものか迷う。
「変な『気』が巡っている。レナは術式が視えたりしているのか?」
「いいえ、術式は展開されていないから視えないわ。カイに視えている『変な気』って何かしら・・」
レナが首を傾げていると、徐々にその正体が分かり始めた。目の前に見え始めたのは、先の戦闘で倒れたらしい兵士たちの無数の亡骸と、それを漁る動物達の姿だ。
「カイ、一度兵を止めて!」
レナが声を上げたので、カイはクロノスを最前まで走らせながら、後ろに続く兵士たちをその場に留まらせるように指示を出す。それぞれの隊に向けて待機の指示を出した。
「私が・・一人で行くから」
最前線でクロノスを停めたカイは、先に下馬してレナを受け止める。
「カイ、ここに、念による呪詛が・・」
レナはそう言いながらカイにも側に来ないよう、その場に留まるように首を振って合図した。
レナは、かつて戦場だった地に立つと悪臭と獣と朽ちた人体が頬り出された大地に向かった。
『♪風は時 移りゆく 流れの中』
レナの声が、この世の終わりのような大地に静かに響く。
カイの隣にマルセルが馬で駆け付け、何が起きているのかを確認しようとしていた。カイは「大丈夫だ、そのまま見ていれば」とだけ言ってレナをじっと見つめている。
『♪雨を恋う 零れゆく 流れのまま』
ルリアーナの鎮魂歌を歌うレナの周りに白い光が集まりだした。後ろにいた兵士たちは目の前の光景に釘付けになり、固唾を飲んで見守っている。
『♪いつの日か 夢を抱き あなたを想う』
数々の亡骸から、ぼうっとした色とりどりの光が上がり始めた。青白い光、黄色い光、白い光・・それらがふわっと上がり、瞬く間に大気に溶けるように消える。
『♪空は澄み 川は行く 心のまま』
(先程までこの地に渦巻いていた、変な『気』が消えていく・・)
カイは、目の前で起きていることを理解し始めた。自分が感じ取った『気』は、戦場に散った者たちの無念や残ってしまった強い思念の類なのだろう。それを、目の前でレナが癒しているのだと。
『♪いつの日か 夢を追い あなたを悼む』
そこで歌が終わると、レナは手をかざして火を放った。
「何をしている・・!」
カイが慌ててレナを止めようと駆け寄る。ブリステ公国の埋葬は土葬で、死体を焼くのは禁じられた行為のひとつだった。
「こうやって魂を風に乗せて、それぞれの人たちが想っている『心残り』のところまで旅立たせてあげるのよ」
「旅立たせる・・?」
「身体の一部が魂と共に遠く旅をするためには、これが一番確実なの」
カイは、それ以上は何も言葉が出なかった。動物たちは炎に怯えて去って行く。
誰に言われるまでもなく、後ろの兵士たちは目を瞑ってそれぞれ黙祷を捧げ始めた。
「よく、ここの光景を見て、立っていられたな・・」
「とっくに覚悟はできていたから」
カイは、目を背けたくなる光景に、レナが倒れたり喚いたりするのだと思っていた。その予想に反し、レナは何も動じていない様子で一連の動作を行っている。
「それにね、これが私のやるべきことなのよ」
レナはそう言って炎が収まるまで、その地に佇んでいた。多くの念がそれぞれに旅立って行くのを感じながら、手を組んで祈っている。
「きみの恋人は、とんでもない能力の所持者だったのか」
マルセルは、馬に跨ったままカイに声を掛ける。
「レナは、能力もだが・・それ以上に本人がとんでもないんだ」
カイはそう言うと、レナの身体を支えるように肩を抱く。レナは一瞬カイを覗き込むようにして見ると、嬉しそうに微笑んでから、また祈りを捧げた。
「へえ、術師同士で意気投合でもしたのか?」
マルセルは揶揄うようにカイに言った。
「さあな。術師同士だからとか、そういうのはよく分からない。自分でも分かっているのは、レナの持つ強い魂に、どうしようもなく惹かれる」
カイに肩を抱かれたままそう言われ、レナは照れながら祈りを捧げる羽目になる。雑念が混じって顔が緩み口が開いてしまったので、慌てて気を取り直した。
「もう、ここは大丈夫よ」
全ての火が消え、辺りに漂っていた悪臭も無くなった。大地には、ところどころ、炭や灰、人骨が残っている。
「大丈夫じゃなかったら、どうなっていた?」
カイは、レナの行ったことが何だったのか気になった。あの『変な気』は何だったのか。
「ここを通る時、呪われていたはずよ。あなたは『気』が読めるから避けられたかもしれないけど」
レナは当たり前のように言った。マルセルは疑り深い顔でレナを見たが、暫く考えて目の前の光景をじっと見つめ、納得したように頷く。
「なるほど。私たちは、貴女に守られたのかな?」
「恐らくそういうことなんじゃないか?」
マルセルの言葉に、カイも頷く。
「お手柄だな、レナ。ここに来てくれて、良かった」
「そう? じゃあ、キスして?」
「・・何を言ってる・・」
後ろに、カイの部下もいればマルセルの部下や、知人も多い。そんな中で急に何を望むのだとカイは固まった。
「なんだよ、その位してやったらいいのに」
「団長、お熱いですね」
マルセルと部下にもニヤニヤと嬉しそうな目を向けられて、カイは絶対に嫌だと遠い目をする。
「今は、やめておこうか?」
「なによぉ・・」
レナは膨れていた。周りにも自分たちの関係は知られているし、労わりと愛情を込める行為だと思えばおかしなことではないはずだ。
(どうしてキスはダメなの? そんなに拒絶されること?)
(ここまで耐えて、こんな大勢の前でなんて絶対に嫌だ)
2人は複雑な表情で互いを睨んでいた。
「変な『気』が巡っている。レナは術式が視えたりしているのか?」
「いいえ、術式は展開されていないから視えないわ。カイに視えている『変な気』って何かしら・・」
レナが首を傾げていると、徐々にその正体が分かり始めた。目の前に見え始めたのは、先の戦闘で倒れたらしい兵士たちの無数の亡骸と、それを漁る動物達の姿だ。
「カイ、一度兵を止めて!」
レナが声を上げたので、カイはクロノスを最前まで走らせながら、後ろに続く兵士たちをその場に留まらせるように指示を出す。それぞれの隊に向けて待機の指示を出した。
「私が・・一人で行くから」
最前線でクロノスを停めたカイは、先に下馬してレナを受け止める。
「カイ、ここに、念による呪詛が・・」
レナはそう言いながらカイにも側に来ないよう、その場に留まるように首を振って合図した。
レナは、かつて戦場だった地に立つと悪臭と獣と朽ちた人体が頬り出された大地に向かった。
『♪風は時 移りゆく 流れの中』
レナの声が、この世の終わりのような大地に静かに響く。
カイの隣にマルセルが馬で駆け付け、何が起きているのかを確認しようとしていた。カイは「大丈夫だ、そのまま見ていれば」とだけ言ってレナをじっと見つめている。
『♪雨を恋う 零れゆく 流れのまま』
ルリアーナの鎮魂歌を歌うレナの周りに白い光が集まりだした。後ろにいた兵士たちは目の前の光景に釘付けになり、固唾を飲んで見守っている。
『♪いつの日か 夢を抱き あなたを想う』
数々の亡骸から、ぼうっとした色とりどりの光が上がり始めた。青白い光、黄色い光、白い光・・それらがふわっと上がり、瞬く間に大気に溶けるように消える。
『♪空は澄み 川は行く 心のまま』
(先程までこの地に渦巻いていた、変な『気』が消えていく・・)
カイは、目の前で起きていることを理解し始めた。自分が感じ取った『気』は、戦場に散った者たちの無念や残ってしまった強い思念の類なのだろう。それを、目の前でレナが癒しているのだと。
『♪いつの日か 夢を追い あなたを悼む』
そこで歌が終わると、レナは手をかざして火を放った。
「何をしている・・!」
カイが慌ててレナを止めようと駆け寄る。ブリステ公国の埋葬は土葬で、死体を焼くのは禁じられた行為のひとつだった。
「こうやって魂を風に乗せて、それぞれの人たちが想っている『心残り』のところまで旅立たせてあげるのよ」
「旅立たせる・・?」
「身体の一部が魂と共に遠く旅をするためには、これが一番確実なの」
カイは、それ以上は何も言葉が出なかった。動物たちは炎に怯えて去って行く。
誰に言われるまでもなく、後ろの兵士たちは目を瞑ってそれぞれ黙祷を捧げ始めた。
「よく、ここの光景を見て、立っていられたな・・」
「とっくに覚悟はできていたから」
カイは、目を背けたくなる光景に、レナが倒れたり喚いたりするのだと思っていた。その予想に反し、レナは何も動じていない様子で一連の動作を行っている。
「それにね、これが私のやるべきことなのよ」
レナはそう言って炎が収まるまで、その地に佇んでいた。多くの念がそれぞれに旅立って行くのを感じながら、手を組んで祈っている。
「きみの恋人は、とんでもない能力の所持者だったのか」
マルセルは、馬に跨ったままカイに声を掛ける。
「レナは、能力もだが・・それ以上に本人がとんでもないんだ」
カイはそう言うと、レナの身体を支えるように肩を抱く。レナは一瞬カイを覗き込むようにして見ると、嬉しそうに微笑んでから、また祈りを捧げた。
「へえ、術師同士で意気投合でもしたのか?」
マルセルは揶揄うようにカイに言った。
「さあな。術師同士だからとか、そういうのはよく分からない。自分でも分かっているのは、レナの持つ強い魂に、どうしようもなく惹かれる」
カイに肩を抱かれたままそう言われ、レナは照れながら祈りを捧げる羽目になる。雑念が混じって顔が緩み口が開いてしまったので、慌てて気を取り直した。
「もう、ここは大丈夫よ」
全ての火が消え、辺りに漂っていた悪臭も無くなった。大地には、ところどころ、炭や灰、人骨が残っている。
「大丈夫じゃなかったら、どうなっていた?」
カイは、レナの行ったことが何だったのか気になった。あの『変な気』は何だったのか。
「ここを通る時、呪われていたはずよ。あなたは『気』が読めるから避けられたかもしれないけど」
レナは当たり前のように言った。マルセルは疑り深い顔でレナを見たが、暫く考えて目の前の光景をじっと見つめ、納得したように頷く。
「なるほど。私たちは、貴女に守られたのかな?」
「恐らくそういうことなんじゃないか?」
マルセルの言葉に、カイも頷く。
「お手柄だな、レナ。ここに来てくれて、良かった」
「そう? じゃあ、キスして?」
「・・何を言ってる・・」
後ろに、カイの部下もいればマルセルの部下や、知人も多い。そんな中で急に何を望むのだとカイは固まった。
「なんだよ、その位してやったらいいのに」
「団長、お熱いですね」
マルセルと部下にもニヤニヤと嬉しそうな目を向けられて、カイは絶対に嫌だと遠い目をする。
「今は、やめておこうか?」
「なによぉ・・」
レナは膨れていた。周りにも自分たちの関係は知られているし、労わりと愛情を込める行為だと思えばおかしなことではないはずだ。
(どうしてキスはダメなの? そんなに拒絶されること?)
(ここまで耐えて、こんな大勢の前でなんて絶対に嫌だ)
2人は複雑な表情で互いを睨んでいた。
0
あなたにおすすめの小説
田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜
侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」
十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。
弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。
お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。
七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!
以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。
その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。
一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。
【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜
るあか
ファンタジー
僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。
でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。
どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。
そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。
家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
異世界転移物語
月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……
5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる
西野歌夏
恋愛
ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー
私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~
金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。
そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。
カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。
やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。
魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。
これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。
エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。
第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。
旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。
ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる