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第8章 戦場に咲く一輪の花
その地に響く歌
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その場所に近付くにつれ、カイは異様な「気」を感じて顔をしかめた。そろそろか、と思うと、目の前でクロノスに同乗しているレナと共に前進して良いものか迷う。
「変な『気』が巡っている。レナは術式が視えたりしているのか?」
「いいえ、術式は展開されていないから視えないわ。カイに視えている『変な気』って何かしら・・」
レナが首を傾げていると、徐々にその正体が分かり始めた。目の前に見え始めたのは、先の戦闘で倒れたらしい兵士たちの無数の亡骸と、それを漁る動物達の姿だ。
「カイ、一度兵を止めて!」
レナが声を上げたので、カイはクロノスを最前まで走らせながら、後ろに続く兵士たちをその場に留まらせるように指示を出す。それぞれの隊に向けて待機の指示を出した。
「私が・・一人で行くから」
最前線でクロノスを停めたカイは、先に下馬してレナを受け止める。
「カイ、ここに、念による呪詛が・・」
レナはそう言いながらカイにも側に来ないよう、その場に留まるように首を振って合図した。
レナは、かつて戦場だった地に立つと悪臭と獣と朽ちた人体が頬り出された大地に向かった。
『♪風は時 移りゆく 流れの中』
レナの声が、この世の終わりのような大地に静かに響く。
カイの隣にマルセルが馬で駆け付け、何が起きているのかを確認しようとしていた。カイは「大丈夫だ、そのまま見ていれば」とだけ言ってレナをじっと見つめている。
『♪雨を恋う 零れゆく 流れのまま』
ルリアーナの鎮魂歌を歌うレナの周りに白い光が集まりだした。後ろにいた兵士たちは目の前の光景に釘付けになり、固唾を飲んで見守っている。
『♪いつの日か 夢を抱き あなたを想う』
数々の亡骸から、ぼうっとした色とりどりの光が上がり始めた。青白い光、黄色い光、白い光・・それらがふわっと上がり、瞬く間に大気に溶けるように消える。
『♪空は澄み 川は行く 心のまま』
(先程までこの地に渦巻いていた、変な『気』が消えていく・・)
カイは、目の前で起きていることを理解し始めた。自分が感じ取った『気』は、戦場に散った者たちの無念や残ってしまった強い思念の類なのだろう。それを、目の前でレナが癒しているのだと。
『♪いつの日か 夢を追い あなたを悼む』
そこで歌が終わると、レナは手をかざして火を放った。
「何をしている・・!」
カイが慌ててレナを止めようと駆け寄る。ブリステ公国の埋葬は土葬で、死体を焼くのは禁じられた行為のひとつだった。
「こうやって魂を風に乗せて、それぞれの人たちが想っている『心残り』のところまで旅立たせてあげるのよ」
「旅立たせる・・?」
「身体の一部が魂と共に遠く旅をするためには、これが一番確実なの」
カイは、それ以上は何も言葉が出なかった。動物たちは炎に怯えて去って行く。
誰に言われるまでもなく、後ろの兵士たちは目を瞑ってそれぞれ黙祷を捧げ始めた。
「よく、ここの光景を見て、立っていられたな・・」
「とっくに覚悟はできていたから」
カイは、目を背けたくなる光景に、レナが倒れたり喚いたりするのだと思っていた。その予想に反し、レナは何も動じていない様子で一連の動作を行っている。
「それにね、これが私のやるべきことなのよ」
レナはそう言って炎が収まるまで、その地に佇んでいた。多くの念がそれぞれに旅立って行くのを感じながら、手を組んで祈っている。
「きみの恋人は、とんでもない能力の所持者だったのか」
マルセルは、馬に跨ったままカイに声を掛ける。
「レナは、能力もだが・・それ以上に本人がとんでもないんだ」
カイはそう言うと、レナの身体を支えるように肩を抱く。レナは一瞬カイを覗き込むようにして見ると、嬉しそうに微笑んでから、また祈りを捧げた。
「へえ、術師同士で意気投合でもしたのか?」
マルセルは揶揄うようにカイに言った。
「さあな。術師同士だからとか、そういうのはよく分からない。自分でも分かっているのは、レナの持つ強い魂に、どうしようもなく惹かれる」
カイに肩を抱かれたままそう言われ、レナは照れながら祈りを捧げる羽目になる。雑念が混じって顔が緩み口が開いてしまったので、慌てて気を取り直した。
「もう、ここは大丈夫よ」
全ての火が消え、辺りに漂っていた悪臭も無くなった。大地には、ところどころ、炭や灰、人骨が残っている。
「大丈夫じゃなかったら、どうなっていた?」
カイは、レナの行ったことが何だったのか気になった。あの『変な気』は何だったのか。
「ここを通る時、呪われていたはずよ。あなたは『気』が読めるから避けられたかもしれないけど」
レナは当たり前のように言った。マルセルは疑り深い顔でレナを見たが、暫く考えて目の前の光景をじっと見つめ、納得したように頷く。
「なるほど。私たちは、貴女に守られたのかな?」
「恐らくそういうことなんじゃないか?」
マルセルの言葉に、カイも頷く。
「お手柄だな、レナ。ここに来てくれて、良かった」
「そう? じゃあ、キスして?」
「・・何を言ってる・・」
後ろに、カイの部下もいればマルセルの部下や、知人も多い。そんな中で急に何を望むのだとカイは固まった。
「なんだよ、その位してやったらいいのに」
「団長、お熱いですね」
マルセルと部下にもニヤニヤと嬉しそうな目を向けられて、カイは絶対に嫌だと遠い目をする。
「今は、やめておこうか?」
「なによぉ・・」
レナは膨れていた。周りにも自分たちの関係は知られているし、労わりと愛情を込める行為だと思えばおかしなことではないはずだ。
(どうしてキスはダメなの? そんなに拒絶されること?)
(ここまで耐えて、こんな大勢の前でなんて絶対に嫌だ)
2人は複雑な表情で互いを睨んでいた。
「変な『気』が巡っている。レナは術式が視えたりしているのか?」
「いいえ、術式は展開されていないから視えないわ。カイに視えている『変な気』って何かしら・・」
レナが首を傾げていると、徐々にその正体が分かり始めた。目の前に見え始めたのは、先の戦闘で倒れたらしい兵士たちの無数の亡骸と、それを漁る動物達の姿だ。
「カイ、一度兵を止めて!」
レナが声を上げたので、カイはクロノスを最前まで走らせながら、後ろに続く兵士たちをその場に留まらせるように指示を出す。それぞれの隊に向けて待機の指示を出した。
「私が・・一人で行くから」
最前線でクロノスを停めたカイは、先に下馬してレナを受け止める。
「カイ、ここに、念による呪詛が・・」
レナはそう言いながらカイにも側に来ないよう、その場に留まるように首を振って合図した。
レナは、かつて戦場だった地に立つと悪臭と獣と朽ちた人体が頬り出された大地に向かった。
『♪風は時 移りゆく 流れの中』
レナの声が、この世の終わりのような大地に静かに響く。
カイの隣にマルセルが馬で駆け付け、何が起きているのかを確認しようとしていた。カイは「大丈夫だ、そのまま見ていれば」とだけ言ってレナをじっと見つめている。
『♪雨を恋う 零れゆく 流れのまま』
ルリアーナの鎮魂歌を歌うレナの周りに白い光が集まりだした。後ろにいた兵士たちは目の前の光景に釘付けになり、固唾を飲んで見守っている。
『♪いつの日か 夢を抱き あなたを想う』
数々の亡骸から、ぼうっとした色とりどりの光が上がり始めた。青白い光、黄色い光、白い光・・それらがふわっと上がり、瞬く間に大気に溶けるように消える。
『♪空は澄み 川は行く 心のまま』
(先程までこの地に渦巻いていた、変な『気』が消えていく・・)
カイは、目の前で起きていることを理解し始めた。自分が感じ取った『気』は、戦場に散った者たちの無念や残ってしまった強い思念の類なのだろう。それを、目の前でレナが癒しているのだと。
『♪いつの日か 夢を追い あなたを悼む』
そこで歌が終わると、レナは手をかざして火を放った。
「何をしている・・!」
カイが慌ててレナを止めようと駆け寄る。ブリステ公国の埋葬は土葬で、死体を焼くのは禁じられた行為のひとつだった。
「こうやって魂を風に乗せて、それぞれの人たちが想っている『心残り』のところまで旅立たせてあげるのよ」
「旅立たせる・・?」
「身体の一部が魂と共に遠く旅をするためには、これが一番確実なの」
カイは、それ以上は何も言葉が出なかった。動物たちは炎に怯えて去って行く。
誰に言われるまでもなく、後ろの兵士たちは目を瞑ってそれぞれ黙祷を捧げ始めた。
「よく、ここの光景を見て、立っていられたな・・」
「とっくに覚悟はできていたから」
カイは、目を背けたくなる光景に、レナが倒れたり喚いたりするのだと思っていた。その予想に反し、レナは何も動じていない様子で一連の動作を行っている。
「それにね、これが私のやるべきことなのよ」
レナはそう言って炎が収まるまで、その地に佇んでいた。多くの念がそれぞれに旅立って行くのを感じながら、手を組んで祈っている。
「きみの恋人は、とんでもない能力の所持者だったのか」
マルセルは、馬に跨ったままカイに声を掛ける。
「レナは、能力もだが・・それ以上に本人がとんでもないんだ」
カイはそう言うと、レナの身体を支えるように肩を抱く。レナは一瞬カイを覗き込むようにして見ると、嬉しそうに微笑んでから、また祈りを捧げた。
「へえ、術師同士で意気投合でもしたのか?」
マルセルは揶揄うようにカイに言った。
「さあな。術師同士だからとか、そういうのはよく分からない。自分でも分かっているのは、レナの持つ強い魂に、どうしようもなく惹かれる」
カイに肩を抱かれたままそう言われ、レナは照れながら祈りを捧げる羽目になる。雑念が混じって顔が緩み口が開いてしまったので、慌てて気を取り直した。
「もう、ここは大丈夫よ」
全ての火が消え、辺りに漂っていた悪臭も無くなった。大地には、ところどころ、炭や灰、人骨が残っている。
「大丈夫じゃなかったら、どうなっていた?」
カイは、レナの行ったことが何だったのか気になった。あの『変な気』は何だったのか。
「ここを通る時、呪われていたはずよ。あなたは『気』が読めるから避けられたかもしれないけど」
レナは当たり前のように言った。マルセルは疑り深い顔でレナを見たが、暫く考えて目の前の光景をじっと見つめ、納得したように頷く。
「なるほど。私たちは、貴女に守られたのかな?」
「恐らくそういうことなんじゃないか?」
マルセルの言葉に、カイも頷く。
「お手柄だな、レナ。ここに来てくれて、良かった」
「そう? じゃあ、キスして?」
「・・何を言ってる・・」
後ろに、カイの部下もいればマルセルの部下や、知人も多い。そんな中で急に何を望むのだとカイは固まった。
「なんだよ、その位してやったらいいのに」
「団長、お熱いですね」
マルセルと部下にもニヤニヤと嬉しそうな目を向けられて、カイは絶対に嫌だと遠い目をする。
「今は、やめておこうか?」
「なによぉ・・」
レナは膨れていた。周りにも自分たちの関係は知られているし、労わりと愛情を込める行為だと思えばおかしなことではないはずだ。
(どうしてキスはダメなの? そんなに拒絶されること?)
(ここまで耐えて、こんな大勢の前でなんて絶対に嫌だ)
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