亡国の王女は世界を歌う ―アメイジング・ナイト2—

碧井夢夏

文字の大きさ
128 / 229
第9章 知ってしまったから

術師の攻防

しおりを挟む
カイが前方にある何かを視界に入れてから、それがいつもの様子と全く違っていることに気付くまで、およそ1分程度の時間を要した。

(何だ、何かがおかしい)

前方に漂う「気」が、得体の知れないものを纏っている。その違和感に気付いた時には、大量の赤い火がこちらに向かって降って来るのが見えた。

(くそ、撤退は間に合わない)

カイは単騎で前進を決める。火の術に対応するのにカイの操る気功の風は相性が悪い。後ろに控える兵士たちを留まらせ、自分ひとりでどこまで防げるのかに懸けるしかなかった。

(やれるか・・?)

その時、カイの頭上を新たな炎が通り過ぎるように飛んで行った。方向からして、カイの後方から発せられたようだ。
炎は敵兵の火をすべて絡めとるようにして、大きなひとつの炎を作って行く。あれはレナが出した術なのだろうか。

「レナ! 無茶はするなよ!」

何処にいるかも分からない後方に向かって、カイは叫んだ。彼女が、戦っている。その事実がカイはどうしようもなくつらかった。術を使わせることも、戦いに参加させることも、本来は望んでいなかったからだ。

手綱を引き、クロノスの前進を止める。たまらず、カイは方向を変えて後方に向かってクロノスを走らせた。何が起きているのか、彼女は何をしているのか。カイはいつになく冷静さを失っている。

炎が大きなものとなってリブニケ兵の上空を飛んでいた。その姿は、まるで戦場に現れた神々しい鳥のようで、前線に立っていたブリステ兵たちは言葉を失ってその様子をただ眺めることしかできない。


「レナ!」

カイがレナの姿を見つけて駆け付けると、レナは驚いた顔をしていた。

「カイ、どうしたの? あなた、前線にいたんじゃないの?」
「術らしきものが見えて・・あれは、レナがやったんじゃないのか?」
「そうよ。それが、どうしたの?」
「どういう術だ。何が起きているか教えてくれ」

カイの顔には、はっきりと焦りが見えている。

「私も、クロノスに乗ってあなたの側に行ってはいけない?」

レナの言葉に、カイは絶句した。そんなことをすれば、レナはすぐに負傷するに違いない。カイもレナを庇いながらでは不自由になってしまう。

「それは、やめたほうがいい」
「どうも、あちらには術師が沢山いるの。カイが危ないわ。占いで言われたこともあるし、あなたの側にいたい」

レナの心配そうな顔を見て、カイは胸が締め付けられた。

「ありがとう、大丈夫だ。あの火の術は、どういったものか教えてくれ」
「大量の火の術式が視えたから、それを吸収する炎を生んだの。雨を降らせて全てを消火させようかと思ったけど、それだとこちら側も雨に濡れてしまいそうだから」

レナはあっさりと説明したが、カイは「大量の術式」にひとりで対抗しているレナにただただ驚く。

「なぜ、そんなことができる・・?」
「昔、母様に教わった術の本質をね・・実は数か月前に思い出していたの。それで私、術式の構造が分かって来ていたから」
「封印されていた記憶か?」
「そう」

寂しそうに微笑んだレナを見て、カイは今すぐその身体を抱きしめてやらなければならないような気がした。荷台に乗ったレナを見下ろしながら、それが叶わない状況にもどかしさを覚える。

「やっぱり、あなたと一緒に行ってはダメ?」

懇願するような目を向けられ、カイは揺らぐ。

「団長。必ずしも、団長が常に先頭にいなきゃいけないってこともないかと」
「ハウザー様、ここまで救ってもらっておいて、話を聞かないのもおかしな話では?」

レナと同乗していた兵士二人に応戦されて、カイはとうとう決断した。

「ここまで来たら、後ろにいれば安全というわけでもないな・・来い」

カイが伸ばした手を、兵士二人に支えられたレナがなんとか掴むと、そのまま引き上げられてクロノスの背に乗った。

「ありがとう、カイ」
嬉しそうな顔を隠すことなく、レナはカイに包まれるようにして身体を預ける。

「やっぱり、ここが落ち着くわね」
「奇遇だな、同じようなことを思った」

カイは前に乗ったレナを両腕で抱きしめ、レナの髪に唇を当てた。レナはそのカイの腕に手を添えて、恥ずかしそうにしながら口元を緩める。カイはレナを包んだ腕を名残惜し気に離すと、手綱を握り直してクロノスを前に走らせた。

残された兵士二人は、目の前で見た光景に放心状態だ。

「い、今の・・団長でしたよね・・?」
「あ、ああ・・確かに・・そうだった気がする」

この世には、カイ・ハウザーにあんな穏やかな優しい顔をさせる女性が存在したらしい。間違いなく只者ではないことは明らかで、兵士二人はレナに畏怖し始めていた。


「大丈夫なのか、母親のことを思い出して・・」

カイは目の前のレナに尋ねた。レナは目の前で母親を殺された日からまだ1年も経過していない。

「大丈夫とはっきり断言はできないけど、母様の記憶が不意に蘇る時は、辛くないわよ」
レナはそう言って、自分を抱えるカイの片手に両手を添えた。

「そうか」
「心配してくれたの?」
「心配に決まってる。ミリーナが殺された時、側にいたからな」
「ありがとう」

レナは短くお礼だけ言ったが、胸の奥が疼く。心が通じ合っている感覚を、行動で感じてみたくなった。

「あの、カイ・・」
「前を見ろ、そろそろ危ない」

レナの感情とは別に、今いる環境は気を抜ける場所ではない。浮かれていた自分を恥じながら、レナは前を向いて目を凝らした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

田舎暮らしの貧乏令嬢、幽閉王子のお世話係になりました〜七年後の殿下が甘すぎるのですが!〜

侑子
恋愛
「リーシャ。僕がどれだけ君に会いたかったかわかる? 一人前と認められるまで魔塔から出られないのは知っていたけど、まさか七年もかかるなんて思っていなくて、リーシャに会いたくて死ぬかと思ったよ」  十五歳の時、父が作った借金のために、いつ魔力暴走を起こすかわからない危険な第二王子のお世話係をしていたリーシャ。  弟と同じ四つ年下の彼は、とても賢くて優しく、可愛らしい王子様だった。  お世話をする内に仲良くなれたと思っていたのに、彼はある日突然、世界最高の魔法使いたちが集うという魔塔へと旅立ってしまう。  七年後、二十二歳になったリーシャの前に現れたのは、成長し、十八歳になって成人した彼だった!  以前とは全く違う姿に戸惑うリーシャ。  その上、七年も音沙汰がなかったのに、彼は昔のことを忘れていないどころか、とんでもなく甘々な態度で接してくる。  一方、自分の息子ではない第二王子を疎んで幽閉状態に追い込んでいた王妃は、戻ってきた彼のことが気に入らないようで……。

【完結】小さな元大賢者の幸せ騎士団大作戦〜ひとりは寂しいからみんなで幸せ目指します〜

るあか
ファンタジー
 僕はフィル・ガーネット5歳。田舎のガーネット領の領主の息子だ。  でも、ただの5歳児ではない。前世は別の世界で“大賢者”という称号を持つ大魔道士。そのまた前世は日本という島国で“独身貴族”の称号を持つ者だった。  どちらも決して不自由な生活ではなかったのだが、特に大賢者はその力が強すぎたために側に寄る者は誰もおらず、寂しく孤独死をした。  そんな僕はメイドのレベッカと近所の森を散歩中に“根無し草の鬼族のおじさん”を拾う。彼との出会いをきっかけに、ガーネット領にはなかった“騎士団”の結成を目指す事に。  家族や領民のみんなで幸せになる事を夢見て、元大賢者の5歳の僕の幸せ騎士団大作戦が幕を開ける。

SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~

草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。 レアらしくて、成長が異常に早いよ。 せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。 出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

5分前契約した没落令嬢は、辺境伯の花嫁暮らしを楽しむうちに大国の皇帝の妻になる

西野歌夏
恋愛
 ロザーラ・アリーシャ・エヴルーは、美しい顔と妖艶な体を誇る没落令嬢であった。お家の窮状は深刻だ。そこに半年前に陛下から連絡があってー  私の本当の人生は大陸を横断して、辺境の伯爵家に嫁ぐところから始まる。ただ、その前に最初の契約について語らなければならない。没落令嬢のロザーラには、秘密があった。陛下との契約の背景には、秘密の契約が存在した。やがて、ロザーラは花嫁となりながらも、大国ジークベインリードハルトの皇帝選抜に巻き込まれ、陰謀と暗号にまみれた旅路を駆け抜けることになる。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

処理中です...