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第11章 歴史を変える

もうひとりの間諜

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カイがレナにしがみつかれながら諭されていた時、その狭い一人用の部屋に緊張が走る。
カイはしがみつくレナを咄嗟に引き寄せ、自分の身体で隠した。

「誰だ」

姿の見えない気配に向かってカイが声を発する。シンとロキは武器を構えていた。

「僕の同僚ですよ」

レオナルドは気配に頷いたが、それ以上説明もしない。いつの間にか気配は消えていた。

「普通に現れたりはしないのか、同僚は」
「間諜の普通はこんなものです。僕みたいに姿を人前に晒すタイプが稀なんですよ」

レオナルドが当然のように言うと、その手にはいつの間にか書簡のようなものが握られている。レオナルドは封筒を開いて中身を確認し始めると、肩を震わせて声を上げずに笑っていた。

「……どうした?」
「国王陛下が討たれました。陛下の奥方様は全員自害されたそうです。まあ、義理の息子に身請けされるなんて未来は受け入れられなかったんでしょうね」
「その情報の、何がおかしい?」
「え? 面白くなかったですか?」

カイの苛立ちを含んだ問いかけとは対照的に、レオナルドは至って普通だった。その様子を見ると全員溜息すら出ない。

「結局、ルイス王子が一番冷酷だったってことです。復讐のやり方はいくらでもあった……。でも、あの方は一番多く血が流れる方法しか選べなかったんですよ」
「だから、それの何がおかしいんだ」
「あのルイス様が、ですよ。それまで人を殺めたことなんかなかった方が……。人っていうのは転がり始めると止まらないんだなあって思ったら、本当に興味深いじゃないですか」

レオナルドの言い分に、シンとロキが遠い目をしている。被害者がいるというのに面白いなどと思うほど不謹慎にはなれない。カイはそういうことかと気にも留めなかった。

「そんなルイス様の元に行って、何ができるのかしらね」
「……何もできないかもしれないぞ」

レオナルドの同僚という誰かの気配がした時から、二人はずっと密着したままだ。カイはすぐに離れようとしたのだが、レナがそれを嫌がった。

「何もできないかもしれないけど、何もしないのは違うわ」
「そのためにレナを危険に晒すのは気が進まない……」
「いいからそろそろ離れろよ」

部屋の中が狭いとはいえ、ロキは密着したままの二人を眺めていたくない。口をへの字にしながら離れたレナに対して、カイは「まあ、それはそうだな」と納得していた。

「王女殿下、この先のことは分かりませんが……恐らくこのままだと非常にまずいことが起きます」

レオナルドは受け取った書簡を自分の内ポケットにしまうと、荷物を担いだ。目的を果たしたため、また出発をするのだろう。

「まずいことって、どういうこと?」

レナの荷物はカイが担ぎ、全員はレオナルドに続こうと準備を整える。

「リブニケ王国の兵がルリアーナに入って来ていたのはご存じですね? 恐らく、ポテンシアに侵攻してポテンシアを滅ぼすつもりです」
「どうして、そんな……」
「ルイス様がそういう約束をしたみたいですから」

全員の背筋に寒気が走った。いよいよ、本格的な混乱が起ころうとしている。

「貴女を利用するのは……そこのハウザーさんが嫌がったみたいに僕だって気は進みませんが、力を貸してください。ポテンシアの混乱を収めたい」
「ほんとかよ。そういうのだって、あんたにとっては面白い事のひとつなんじゃないの?」

ロキは納得がいかないようで、なぜこの期に及んでレオナルドが争いを止めようとするのかが分からなかった。

「馬鹿言わないで欲しいですね。僕は根っからのポテンシア人なんですよ。故郷がなくなって下品なリブニケ王国人に支配されるなんて、これっぽちも望んでないんです」
「ああ、そういうこと」

ロキはそう言って納得し、シンは「ふう」と小さく息を吐いた。

「お願いします、あなたが『ヘレナ』だというのなら、リブニケ人を止めることができるかもしれない」

レオナルドはレナの前で跪いていた。

「そんな力が『ヘレナ』にあるか分からないし、約束はできないけど。リブニケ兵の呪術に対抗できるのは、この中で私だけでしょうから……やれるだけやってみるわ」

「……せっかく戦場から離れられたのに、またそちらに向かわせるのは気が進まないな」

カイはそう言いながらレナの頭に手を置いたが、そのまま肩を抱いて自分の方へ引き寄せる。

レオナルドは立ち上がってその様子をじっと見つめた。カイに包まれて嬉しそうな顔をしたレナに、あの日殺さずに済んで良かったのだと生き別れた妹のような感覚に陥ってしまう。

シンは「いよいよって感じがしますね」と真剣な表情を浮かべ、ロキは「まあ、事業のためにも協力するよ」と独り言のように言葉を放り投げていた。
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