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第12章 騎士はその地で

挙式

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この日の警備はカイが念入りに計画していた。

要人が集まる結婚式は、襲撃の対象に上がりやすい。
シンの護衛はハオルのサプライズだったが、それ以外の警備においてはカイが直前まで指揮を執った。

「自分の式だというのに、部下の動きが逐一気になって仕方ないな」

カイはレナと腕を組みながら広間に向かって廊下を歩く。
対照的にレナは全く余裕がない。

「で、女王陛下はなんでそんなに緊張している?」
「現実が受け止めきれなくて」
「しっかりしろ」

レナはふるふると頭を振った。

「あなたと一緒にパレードなんかに出たら、目にした女性が気絶しちゃうわ……」
「いや、そんなわけないだろうが……」

カイが思わず笑うと、視線の先に立っていた侍女が倒れた。

「ほらあ……。殺人的ルックスを強調しすぎだもの……」
「いや、なんだ、どういうことだ」

カイは愕然とする。
すぐにカイの部下たちが駆け付けて倒れた侍女の救護にあたった。

今日のカイは今までのどんな日よりも晴れやかな気持ちで、いつものように眉間に皺など寄せず常に微笑が浮かんでいる。

それがその辺の女性にとってどれだけ攻撃的なビジュアルになっているのかは、本人のあずかり知るところではなかった。

「私、今日一日もつかしら」
「もつ、とは……?」

2人の前に、大広間が見えて来た。要人が既に集まっているようで、廊下にも人の熱気が伝わって来ている。

「幸せ過ぎて、意識が持たないかもしれないわ」

レナは部屋に入る直前に白状してカイをちらりと覗き見る。

「意識を失うようなことになったら、いくらでも運んでやる」

そこで2人は大きな扉の前に着く。
両開きの扉が勢いよく開かれると、中から歓声が上がった。

2人の後ろで護衛に入っているシンは、感極まって目に涙を溜めながらその様子をしっかりと見届けている。


 *

主役の2人が大広間に到着すると、隣国の国王であるルイスとブラッド、ブリステ公国からはアロイスとマルセルの姿がある。

その他にも国内の有力者や旧パースのブライアン、そして、アウルシスターズとイサーム、ハウザー家使用人数名の姿もあった。

「本日は、お忙しい中を誠にありがとうございます」

レナが全員に向かって頭を下げると会場は大きな拍手に包まれた。
アウルシスターズの3人は既にわんわん泣き始め、イサームに静かにしなさいと咎められている。
ブライアンは、隣についていた従者に一部始終を記録させていた。

ルリアーナの挙式は、呪術のこもった言葉を唱えてこの世の祝福を受けて始まる。
そこで呪術師の出番というわけだ。会場は一度カーテンを閉められて薄暗くなる。

「この世を創る、全てのものに――」

レナが言葉を唱えると、あたりにぼうっと白い光の粒が生まれた。
無数の光の粒がふわふわと空間に漂い、この世のものとは思えない幻想的な光景に包まれている。

集まった要人たちは、歓声を上げた。
高位の術師でなければ、自然現象を操る以外では能力のない者にまで見えるような術は使えない。
ルリアーナの要人たちにも、レナの能力に驚いている者が多かった。

「どうか、今、ここにいる私たちが続き合い、関わり合って、新しい未来に歩いて行けますように——」

レナが手を組んで祈ると、光の粒が広間のちょうど真ん中、空中に集まってくる。煌々と光るその粒の塊は、キラキラと輝きながら光を散らした。

大きな光が突然失われ、暗くなった会場が静寂に包まれる。
すると、柔らかな風がふわりと舞うように通り過ぎ、カーテンをばさりと揺らした。
部屋に光が差したその場所に、まるでスポットライトを浴びたようにレナが頭を下げている。

一拍、間が空く。

目の前の光景を理解するまでの時間だ。

「女王陛下」

会場の、どこかからポツリと声がする。
そこで部屋が通常通りの明るさに戻ると、白いバラの花吹雪が会場に舞った。

「短い時間ですが、どうかよろしくお願いします」

レナは顔を上げてにこりと微笑んだ。

青みがかった黒髪を持つ有名な騎士は、隣で立ったまま花吹雪と大きな歓声に目を細めていた。
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