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第12章 騎士はその地で
ポテンシア王室の一幕 1
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国王になってからのルイスは、各地で起きたリブニケ兵の侵略を止めるのに奔走した。
自分が手配した兵で、町を壊され人々の日常が奪われた事実は消えない。
ルイスはこれまでの過ちを恥じ、気持ちを切り替えて国政に取り組んでいる。
この日のルイスは随分集中していたらしく、あっという間に昼を過ぎていた。
仕事の合間にくらい、とファニアの元を訪ねる。
「今日は何か、新しいことがあったかな?」
ルイスがファニアの部屋に入ると、そこにはファニアだけでなくリディアの姿もあった。
周りに2人の侍女が集まり、ルイスの登場に緩んでいた顔をさっと下に向ける。
「硬くならなくていい。緊張した大人の中にマウロを置いておきたくないから、いつも通りにしてくれないか」
城内ですっかりアイドルになっているマウロは、誰もが認める美形だった。
白くて丸々とした顔は既にくっきりとした二重瞼で、長い睫毛に青い瞳がキラキラと光る。
まだこの世に生を受けて間もないというのに、あまりの美しさと可愛らしさに城内の若い女性達は虜になっていた。
顔はファニアよりもどちらかというとルイスに似ている。
「今日は、鏡に興味を持っていましたよ」
ファニアが嬉しそうにルイスに報告する。ルイスは満足気に頷くと、女性達の中心にいるマウロをベッドから抱き上げた。
「首が座り始めたというのに……やはり重いな」
ルイスは生まれたばかりの子どもを初めて抱いてから、ずっとその重さに驚いている。
身体は小さいのに頭は大きく、ずしりとした重みは大人を抱え上げるよりも衝撃があった。
(これが、命の重みなのだろう……)
これまで奪って来たことの大きさを、ルイスは噛み締める。
マウロがこの世に誕生してから、毎日過去の行いに対する後悔に苦しんだ。
自分が人の親になどなってはならないと葛藤するたびに、リディアが罪を背負って生きるのが一番の罰になるのだとルイスに説いていた。
「ルイス様、お顔が険しくなっていますよ」
リディアがルイスに微笑む。なんでもお見通しだなとルイスは苦笑した。
ファニアとリディアは寄り添い合って、ルイスに抱かれたマウロに触れる。
一時期塞ぎこんでいたファニアも、マウロが生まれてからというもの毎日楽しそうにしていた。
(リディアのお陰なのだろうな……)
側室同士がここまで良好な関係を築いているのも、高貴な家柄のリディアがファニアに歩み寄っているからなのだろう。
世間からすればリディアは姫と呼ばれるような身分だというのに、誰に対しても平等だった。
「すまない、リディアとファニアに話がある。その他の者は席を外してもらえないだろうか?」
リディアとファニアの侍女たちは頭を下げてすぐに部屋を出て行く。
その様子を見ながら、何を言われるのだろうと残された2人は不安になった。
「実は……そろそろ正室を迎えろと言われていてな」
侍女たちが部屋を出て扉がパタンと閉まってから、ルイスはゆっくりと語りだす。
その話に、顔を蒼白にしたのはリディアだった。
国に正妃がいないのは公式な場に連れて行けるパートナーがいないということだ。考えてみれば、異常だった。
いつかはこういった話が出ると思っていたのに、リディアはそれが自分でない事実に耐えられない。
「正室の方は……やはり身分で選ばれるのでしょう?」
ファニアは冷静にルイスに聞き返す。対照的にリディアは震えが止まらない。
「まあ、要するにそういうことだ。国内にも国外にも影響力が及ぶ」
ファニアは「そうでしょうね」と頷いていた。リディアは声が出なかった。
「リディア様ではいけませんか?」
そう声を上げたファニアに、誰よりも驚いたのはリディアだ。まさかファニアがそんなことを言い出すとは思ってもみなかった。
「……どうしてそう思う?」
リディアとは対照的に、ルイスは冷静だ。
リディアはルイスの態度に大きなショックを受けている。まるで否定をされたような気分だった。
「リディア様であれば、ポテンシア内への影響力は間違いありません。我が国は、諸外国との絆を図る時期ではございません。まだまだ国内に課題が多く、国をひとつにしていく段階ではないですか」
「君は、リディアが正室で自分が側室のままでも構わないのか?」
リディアはそこでぐっと拳を握った。自分ならば耐えられない。
「他の方が正室で来られるくらいなら、リディア様がいいです」
はっきりと言い切ったファニアを横目で見ながら、リディアは泣きそうになった。
ファニアがそう言ってくれただけで、公爵家で育って来た使命を果たせたような気がしてくる。
「ファニアはそう言っているが……リディアの気持ちも聞こう」
自分が手配した兵で、町を壊され人々の日常が奪われた事実は消えない。
ルイスはこれまでの過ちを恥じ、気持ちを切り替えて国政に取り組んでいる。
この日のルイスは随分集中していたらしく、あっという間に昼を過ぎていた。
仕事の合間にくらい、とファニアの元を訪ねる。
「今日は何か、新しいことがあったかな?」
ルイスがファニアの部屋に入ると、そこにはファニアだけでなくリディアの姿もあった。
周りに2人の侍女が集まり、ルイスの登場に緩んでいた顔をさっと下に向ける。
「硬くならなくていい。緊張した大人の中にマウロを置いておきたくないから、いつも通りにしてくれないか」
城内ですっかりアイドルになっているマウロは、誰もが認める美形だった。
白くて丸々とした顔は既にくっきりとした二重瞼で、長い睫毛に青い瞳がキラキラと光る。
まだこの世に生を受けて間もないというのに、あまりの美しさと可愛らしさに城内の若い女性達は虜になっていた。
顔はファニアよりもどちらかというとルイスに似ている。
「今日は、鏡に興味を持っていましたよ」
ファニアが嬉しそうにルイスに報告する。ルイスは満足気に頷くと、女性達の中心にいるマウロをベッドから抱き上げた。
「首が座り始めたというのに……やはり重いな」
ルイスは生まれたばかりの子どもを初めて抱いてから、ずっとその重さに驚いている。
身体は小さいのに頭は大きく、ずしりとした重みは大人を抱え上げるよりも衝撃があった。
(これが、命の重みなのだろう……)
これまで奪って来たことの大きさを、ルイスは噛み締める。
マウロがこの世に誕生してから、毎日過去の行いに対する後悔に苦しんだ。
自分が人の親になどなってはならないと葛藤するたびに、リディアが罪を背負って生きるのが一番の罰になるのだとルイスに説いていた。
「ルイス様、お顔が険しくなっていますよ」
リディアがルイスに微笑む。なんでもお見通しだなとルイスは苦笑した。
ファニアとリディアは寄り添い合って、ルイスに抱かれたマウロに触れる。
一時期塞ぎこんでいたファニアも、マウロが生まれてからというもの毎日楽しそうにしていた。
(リディアのお陰なのだろうな……)
側室同士がここまで良好な関係を築いているのも、高貴な家柄のリディアがファニアに歩み寄っているからなのだろう。
世間からすればリディアは姫と呼ばれるような身分だというのに、誰に対しても平等だった。
「すまない、リディアとファニアに話がある。その他の者は席を外してもらえないだろうか?」
リディアとファニアの侍女たちは頭を下げてすぐに部屋を出て行く。
その様子を見ながら、何を言われるのだろうと残された2人は不安になった。
「実は……そろそろ正室を迎えろと言われていてな」
侍女たちが部屋を出て扉がパタンと閉まってから、ルイスはゆっくりと語りだす。
その話に、顔を蒼白にしたのはリディアだった。
国に正妃がいないのは公式な場に連れて行けるパートナーがいないということだ。考えてみれば、異常だった。
いつかはこういった話が出ると思っていたのに、リディアはそれが自分でない事実に耐えられない。
「正室の方は……やはり身分で選ばれるのでしょう?」
ファニアは冷静にルイスに聞き返す。対照的にリディアは震えが止まらない。
「まあ、要するにそういうことだ。国内にも国外にも影響力が及ぶ」
ファニアは「そうでしょうね」と頷いていた。リディアは声が出なかった。
「リディア様ではいけませんか?」
そう声を上げたファニアに、誰よりも驚いたのはリディアだ。まさかファニアがそんなことを言い出すとは思ってもみなかった。
「……どうしてそう思う?」
リディアとは対照的に、ルイスは冷静だ。
リディアはルイスの態度に大きなショックを受けている。まるで否定をされたような気分だった。
「リディア様であれば、ポテンシア内への影響力は間違いありません。我が国は、諸外国との絆を図る時期ではございません。まだまだ国内に課題が多く、国をひとつにしていく段階ではないですか」
「君は、リディアが正室で自分が側室のままでも構わないのか?」
リディアはそこでぐっと拳を握った。自分ならば耐えられない。
「他の方が正室で来られるくらいなら、リディア様がいいです」
はっきりと言い切ったファニアを横目で見ながら、リディアは泣きそうになった。
ファニアがそう言ってくれただけで、公爵家で育って来た使命を果たせたような気がしてくる。
「ファニアはそう言っているが……リディアの気持ちも聞こう」
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