鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏

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第三章

婚約者 1

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 東御と花森は一緒に手を繋ぎながらオフィス街を歩き、密着したまま電車に乗り、やはり手を繋いで駅からマンションまで歩いた。

「堂々とできるっていうのはいいな」
「そうですね」
「今週末、近郊に宿をとった。土曜の用事が終わったら一緒に向かおう」
「今週末……もしかして旅行ですか?」

 花森は東御の顔を覗き込んで目をキラキラとさせている。
 それを見て東御は和むと、「部屋風呂付だ」と花森の耳元で囁く。

「部屋っ……えっ……やだ、おこもり宿ってやつですか??」
「……やだとはなんだ」
「お、大人の世界じゃないですか……」
「お前は何を想像している……」

 アワアワし始めた花森を見ながら、この反応は一体何なんだと東御は複雑な気持ちになる。

「八雲さん、それ……いちゃいちゃ旅行ですよね??」
「いちゃいちゃ旅行?」
「だってお風呂が部屋についているなんて……」

 花森は妄想だけで慌て始め、そして思い切り恥ずかしがっている。
 温泉と伝えたらもっと喜ぶのかと思っていたため東御は複雑だ。

「別に、目的はひとそれぞれでいいだろう。俺はただゆっくりしようと……」
「……ゆっくり?」
「自然の中で時間を忘れて温泉なんて、贅沢でいいだろ?」
「……浴衣とかで過ごすんですよね?」
「だから何を想像して赤くなってるんだ」

 そんな話をしているうちに自宅マンションに辿り着く。
 花森は先ほどからずっとひとりでブツブツ言いながら困っているようだ。

「温泉は嫌だったのか?」
「へっ? え、嫌ではないですよ?」
「部屋風呂だと落ち着けない?」
「いえ? というかそんな宿に泊まったことがありませんが」
「じゃあ、何に対してそんなに困っているんだ」

 マンションの中でその話題を振ると、花森は「あー」とか「うー」とか言いながらうまく答えることができない。
 言語障害が発生するほど都合が悪いのか、と東御は眉間に皺を寄せた。


 部屋に着いて食事の支度をするために、Tシャツに着替えた東御がキッチンに向かって行く。

 味噌汁を作り始めた東御を見ながら、花森は立ったまま相変わらずもじもじとしていた。

「沙穂、さっきから様子がおかしいがどうした?」
「だって……おこもりの温泉宿なんかに行ったら私、八雲さんの浴衣姿に発情しちゃいますぅ……」
「ぶっっ……」

 東御は噴いた。カミングアウトの内容が斜め上だった。

「い、いいんじゃないか、別に……」

 盛りのついた犬のようなことを、と東御は花森の発想に笑いそうになった。
 想像もつかなかったが、花森なりに今からそういう予感がするんだな、と東御までつられて赤くなる。

「いいんですか? わ、私が八雲さんに……その、お、襲い掛かっても……」
「別に……沙穂がしたいようにしてくれたらいい」
「折角の旅行なのに……?」
「そんなに激しいのか……」
「やっぱり嫌ですよね」
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