黒の少女と弟子の俺

まるまじろ

文字の大きさ
9 / 32

第9話・少年の決意

しおりを挟む
 どんな強者にも弱点はある。遥か昔からエオスに伝わる言葉だが、それは現在においても変わる事が無い真実だ。
 なぜなら世界の希望であり、多くの命に仇なす存在であるモンスターを駆逐する存在である絶対強者、モンスタースレイヤーの称号を持つ天才少女2人が、揃いも揃ってもう5日もベッドの上で苦しみの声を上げているのだから。

「師匠、大丈夫ですか?」
「お兄ちゃん……私はもう、ダメかもしれない……」

 陽も沈んだ夜。
 ベッドの上で弱々しい声を上げながら涙目になるティア。その弱気な発言は、いつもの#天真爛漫__てんしんらんまん__で元気なティアらしくなくて心配になる。

「何を言ってるんですかっ!? しっかりして下さい! 師匠!!」
「お兄ちゃん……これが最期になるかもしれないから、私をぎゅっと抱き締めてほしいな……」
「師匠……」

 俺は弱々しい声でそんな事を言うティアを見つめる。
 こんなに弱ったティアの声を聞くのは、俺がモンスタースレイヤーになる為の修行を始める前に風邪をひいた時以来だ。

「はあっ……ティア、茶番はそこまでにしておきなさい。エリオスが心配してるでしょ? ゴホゴホッ!」
「ちょっと! もう少しでお兄ちゃんが私をぎゅっと抱き締めてくれることろだったのに! 邪魔しないでよねっ! ゴホゴホッ!」
「あなたが下らない事をしてエリオスを困らせてるからいけないんでしょ? ゴホゴホッ!」
「下らなくなんてないもん! 私は真剣なんだもん! お兄ちゃんにぎゅっとしてほしいんだもんっ! ゴホゴホッ!」
「まったく……こんな時にまでお兄ちゃんお兄ちゃん。とんだ甘えん坊ね。ゴホゴホッ!」
「私は甘えん坊じゃないもんっ!! ゴホゴホッ!」
「「ふうっ……」」

 お互いに言いたい事を言い合うと、2人は力尽きた様にして大人しくなった。
 俺はそんな2人の額に乗せていた小さなタオルを手に取り、それをテーブルの上に置いてある水を溜めた木製の桶に浸け、水が垂れない程度に絞ってから再び2人の額へと乗せた。

「ユキ、大丈夫?」
「ありがとう。大丈夫よ。この子の茶番を聞いてる時以外はね」
「だから茶番じゃなくて、真剣なんだって言ってるでしょ?」
「はいはい。分かったから大人しく寝てなさい。それじゃあ治るものも治らないわよ?」
「そうですよ、師匠。このままだとまた熱が上がりますよ?」
「お兄ちゃんが私をぎゅっと抱き締めてくれたら治ると思うんだけどなあ」
「ははっ。そんな事で風邪が治れば誰も苦労はしませんよ。お願いですから大人しく寝てて下さい」
「ぶぅー、お兄ちゃんの馬鹿っ! にぶちん大王っ!」

 ティアはそう言うといじけてしまったらしく、頭まで掛け布団を被ってしまった。
 モンスタースレイヤーとしてはとても優秀なのに、相変わらずそれ以外ではお子様な面が多い。しかもそれは、ユキと行動を共にする様になってから更に顕著けんちょになった気がする。

「あなたも大変ね」
「もう慣れたよ。俺が八歳の頃からずっと一緒に居るわけだし」
「なるほど。それでエリオスにべったりなわけね」
「ははっ。さて、俺はちょっと薬屋に行って来るけど、2人共、何か買って来て欲しい物とかある?」
「お兄ちゃんが欲しいっ!!」
「師匠、俺はお店に売ってませんよ。ちゃんと買える物にして下さい」
「ちぇっ……それじゃあ、イチゴをお願いしよっかな。うんと甘いやつ」
「了解です。ユキは何かある?」
「私は別にいいわ」
「病気の時くらいは遠慮しなくてもいいんだよ? ほら、欲しい物を言ってごらん」
「……分かったわ。それなら、何か甘いフルーツをお願いするわ。品はエリオスに任せるから」
「了解。それじゃあ行って来ます」

 俺はベッドに横たわる2人に見送られ、夜の街に出て薬屋を目指した。
 約1週間ほど前からだが、この街では風邪が流行り始め、今も爆発的に患者が増えている。こういった事はエオスではたまにある事だが、それでもここまで酷い流行を見るのは初めてだ。
 しかしその原因は分かっている。風邪の特効薬として使われる仙草せんそうムーンティアーが採取できないからだ。
 ムーンティアーはそれ一つで100人分の風邪特効薬となる仙草で、花、茎、葉、根、ありとあらゆる部分が薬になる貴重な薬草だ。しかしその効果の高さに比例するくらいに入手難易度が高く、ある程度の高さがある山の山頂付近の開けた場所でしか成長しない。
 しかもムーンティアーが採取できる高さの山は、今のところどの街も結界外にしかない。つまりムーンティアーを採取するには、モンスターの生息範囲に踏み込まなければいけないのだ。
 そんなムーンティアーの採取は、通常とても熟練した護衛とモンスタースレイヤーを連れて行くんだけど、今回はタイミングが悪い事にムーンティアーが切れる頃に風邪が恐ろしい勢いで流行ってしまい、モンスタースレイヤーを含めた戦力となる者達のほとんどが病に侵されてしまった。それが今の爆発的風邪の流行を後押ししたとも言える。
 幸いにも俺はまだ風邪に侵されてはいないが、俺だっていつまで元気で居られるかは分からない。その事がとてつもなく不安だ。
 そして薬が無いと分かっていながらも薬屋へと向かった俺は、そこで仙草ムーンティアーを採取する為のパーティー募集をしているのを見かけた。

 ――見習いモンスタースレイヤーでも参加可能か……。

 普通ならムーンティアーの採取には相当な実力を持つ人を連れて行くはずなのに、見習いモンスタースレイヤーでも参加可能って事は、今回の事態が相当に切羽詰まってるって事だと思う。
 しかし、今の街の状況を考えれば、そうせざるを得ないのも分かる。だってこのまま患者が増え続ければ街が機能不全に陥り、みんなの生活そのものが破綻してしまうのだから。
 この前代未聞の事態を前に、俺は1人のモンスタースレイヤー見習いとしてこの仙草ムーンティアー採取作戦に参加する事を心に決めた。
 そしてパーティー募集をしている人に詳しい作戦の内容を聞き、その後でティアとユキがご所望していたフルーツを買って宿屋へと戻った。

「――私は反対だよ。お兄ちゃん」

 宿屋へと戻って2人にフルーツを食べさせた後、俺は今回のムーンティアー採取作戦に参加したいという意志を2人に伝えた。しっかりと師匠であるティアとユキに了承を取っておきたかったからだ。
 しかし俺の話が終わった瞬間、ティアはすぐにその事に反対の意を示した。

「どうしてですか? 師匠」
「反対するのは当然だよ」
「だからどうしてです? 俺の実力が不足してるからですか?」
「そんな事は無い! でも、反対する最大の理由は、その作戦にモンスタースレイヤーが1人も参加していない事だよ」
「だからそれはさっき言ったじゃないですか。この街に今の時点で滞在しているモンスタースレイヤーは、師匠とユキを含めた3人しか居ないんです。しかもその全員が風邪に侵されているんですから、今回の場合は仕方がないんですよ」
「それでも駄目っ! 危険だと分かっている場所にお兄ちゃんを向かわせるわけにはいかないもん!」
「だったら師匠やユキ、街の人達はどうするんですか!? このまま放っておけって言うんですか!?」
「そんな事は言ってないもん!」
「言ってるのと同じじゃないですか!」
「2人共、ちょっと落ち着きなさい」
「落ち着けるわけないじゃないっ! ユキだってお兄ちゃんを行かせる事に反対でしょ?」
「……私は行かせてもいいと思うわ」
「ど、どうして!?」

 ユキの口にした言葉に対し、ティアは驚きの表情を見せた。きっとユキは自分の意見に賛成してくれると思っていたんだろう。

「よく考えなさい。現状でモンスタースレイヤーは誰も動けない。街には多くの患者が溢れている。それを止めるには誰かがムーンティアーを採りに行かなければいけない。だったらこの判断は、今の時点では最善の手でしょ。これ以上時間をかければ、まだ動ける戦力すら風邪で動けなくなる可能性だってあるんだから」
「そ、それはそうだけど……だったら私が一緒に行くよ! それなら――」
「止めておきなさい。仮に私かティアのどちらかが付いて行ったとしても、今の状態ではまともに戦えないわ。むしろみんなの足を引っ張る可能性が高い」
「そんな事ないもん! 私がお兄ちゃんの足を引っ張るなんて!」
「冷静になりなさい。いい? モンスタースレイヤーの称号を持つ私達は、他の見習いモンスタースレイヤーも含めた信頼の象徴なの。みんな強いモンスタースレイヤーが居るからこそ、安心して戦える。もちろんモンスタースレイヤーが居るからと言って絶対に安全で安心とは言えないけど、モンスタースレイヤーが居るか居ないかでは心中がまったく違う。普段の私達ならともかく、病気で集中力を欠いた今の私達では、守れる命も取りこぼすかもしれないのよ?」
「で、でも、それでもお兄ちゃんが……」
「はあっ……あなたはエリオスが簡単にやられてしまう様な柔な修行をしてきたの? 言っておくけど、私は違うわよ? 私はあたなよりもエリオスに修行をつけた期間は短いけど、エリオスがいつどんな時でもモンスターと戦って帰って来れる様な修行をしてきたわ」
「わ、私だってそうだもん!!」
「だったら自分が育ててきた弟子を信じなさい」
「ううっ…………分かったよ。でも、無茶はしちゃ駄目だよ? お兄ちゃん」
「はいっ! 俺、絶対に仙草ムーンティアーを持って帰ります! だから待ってて下さい。師匠」
「エリオス。無茶と無謀は勇気とは言わないからね? そのあたりはしっかりと覚えておきなさい」
「うん。分かったよ、ユキ」

 こうして2人の許可を得た俺は、明日のお昼から始まる仙草ムーンティアー採取作戦に参加する事になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

処理中です...