サラリーマン、龍と異世界メシ充してます ~食いしん坊な龍と行く、最強スローライフ~

KEINO

文字の大きさ
4 / 27

第四話 思い出②

しおりを挟む
 脳裏に、鮮やかな光景がフラッシュバックする。

 大学3年生の秋、奥多摩の山深い場所。

 何時間もかけて登り詰めた尾根の上から、眼下に広がる燃えるような紅葉の絶景を見下ろしながら、仲間たちと囲んだ昼食の風景。

 メンバーの一人が持ってきた小さなガスコンロとスキレットで作った、あのアヒージョ。

 市販のニンニクチューブではなく、生のニンニクをこれでもかと大量に投入し、オリーブオイルでじっくりと煮込んだ、シンプルだが強烈な一品。

 熱々のオイルを硬いフランスパンに浸して、ハフハフ言いながら食べた。
 ニンニクの強烈な香りと旨味、ピリッとした唐辛子の辛味、プリプリのエビの食感。

 そして何より、澄み切った山の空気と、目の前に広がる絶景という最高のスパイスが、その味を忘れられないものにしていた。

 あの頃の自分は、こんな得体の知れない虚無感や、終わりの見えない疲労感とは、まったく無縁だった。

 ただひたすらに、仲間と共に山を歩き、自然の中で飯を食うことに、純粋な喜びを感じていた。

 圭吾は、しばらくの間、アヒージョの写真から目を離すことができなかった。
 それは単なる料理の写真ではなく、彼が失ってしまった輝かしい過去への入り口のように思えた。

 彼は、その雑誌を強く握りしめると、他の商品には目もくれず、レジへと向かった。


 ---


 いつものようにエレベーターで38階まで上がり、静まり返った自室へと戻る。
 重い防音ドアが閉まると、外界の喧騒は完全に遮断され、支配的な静寂が訪れる。

 圭吾は、買ってきた雑誌をリビングのローテーブルの上に無造作に置くと、吸い込まれるようにバスルームへ向かった。
 熱いシャワーを浴び、一日の汗と埃を洗い流す。

 昨日までと同じルーティン。

 そして、昨日までと同じように、バスローブ姿のまま、リビングの巨大なソファにどさりと身を沈めた。

 相変わらず、テレビのリモコンにも、スマートフォンの画面にも、手を伸ばす気にはなれなかった。

 だが、今日は一つだけ、昨日までとは違うものがあった。
 ローテーブルの上には、先ほどコンビニで買ってきたアウトドア雑誌が、開かれたまま放置されている。
 彼の視線は、自然とそちらへ引き寄せられた。

 アヒージョのページ、ステーキのページ、焚き火のページ……。

 彼は、まるで何かに取り憑かれたように、何度も何度も同じページを飽きることなく見返していた。

 目を閉じれば、ニンニクとオリーブオイルの香ばしい匂いや、焚き火のパチパチと爆ぜる音、仲間たちの笑い声が、幻のように蘇ってくる。

 それは、今の彼の灰色の日々とはあまりにも対照的な、鮮やかな色彩と生命力に満ちた世界だった。


 ---


 翌朝。

 けたたましい電子音が鳴り響く前に、圭吾は自然と目を開けた。
 いつものように、窓の外はまだ夜明け前の薄明かりに包まれ、カーテンの隙間から覗く空は、希望のない鉛色をしていた。

 普段ならば、ここから重い体を無理やり起こすまでの間、無気力に天井を見つめ続けるだけの、苦痛な時間が始まるはずだった。

 だが、今日の彼の胸の内には、昨日までとは明らかに違う、微かだが確かな熱が宿っていた。

「山で……きれいな景色で……美味い飯が、食べたい……」

 その思いは、昨夜コンビニで雑誌を見てからずっと、彼の心の片隅でくすぶり続けていた。

 単なる空腹感からくる食欲ではない。

 もっと根源的で、切実な、彼の魂そのものが発している渇望のようなものだった。

 あのニンニクの効いた熱々のアヒージョを、澄んだ空気の中で、絶景を眺めながら、もう一度味わいたい。
 あの味を、あの自由な時間を、失われた自分自身の一部を、どうしても取り戻したかった。

「食べたい」

 そう呟くと、不思議と力が湧いてくるのを感じた。
 圭吾は、勢いよくベッドから起き上がった。
 冷たいフローリングの感触も、今日はそれほど不快には感じられない。

 彼は迷うことなく、ウォークインクローゼットのさらに奥、普段は開けることのない収納スペースへと向かった。

 そこには、彼が社会人になってからは一度も使われることなく、埃をかぶったまま眠っていた、学生時代のアウトドア用品一式が仕舞われている。

 大きなバックパック、使い込まれた登山靴、寝袋、テント、そして、あの思い出のアヒージョを作るために必要不可欠な、小型のガスバーナーとスキレットのセット。

 彼はそれらを一つ一つ、まるで宝物を掘り出すかのように丁寧に引っ張り出し、広々としたリビングの床の上へと並べていった。

 鈍い金属の光沢、ナイロンの生地の感触、微かに残る土の匂いが、彼の五感を刺激し、忘れかけていた感覚を呼び覚ます。

 カレンダーを確認する。

 あと1日。

 今日の仕事を乗り切れば、待ちに待った週末がやってくる。

 圭吾は、いつものようにクローゼットから寸分の狂いもなくプレスされたスーツを取り出し、袖を通した。
 ネクタイを選び、鏡の前で手際よくノットを作る。

 しかし、鏡に映る自分の顔は、昨日までとはどこか違って見えた。

 目の下のクマや額の皺は相変わらずだが、その表情には、諦観ではなく、微かな決意のようなものが滲んでいるように感じられた。

 彼は、自分でも気づかないうちに、静かに、ほんの少しだけ口角を上げて微笑んでいた。

 今日もこれから、あの息の詰まるようなオフィスの喧騒の中へ戻らなければならない。
 終わりのないタスクと、人間関係の軋轢が待ち受けているだろう。
 しかし、今の彼の胸の奥には、昨夜灯ったばかりの、キャンプ飯への想いという名の小さな、だが確かな「火」が燃えている。

 それだけで、不思議と足取りは昨日よりも軽く感じられた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~

カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。 気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。 だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう―― ――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~

うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」  これしかないと思った!   自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。  奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。  得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。  直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。  このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。  そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。  アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。  助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。

優の異世界ごはん日記

風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。 ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。 未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。 彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。 モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

処理中です...