6 / 27
第六話 山で食べるアヒージョは一番うまい①
しおりを挟む
料理は下準備が9割、とはよく言ったものだ。
それは山での食事となれば尚更だ。
圭吾は今回のキャンプ飯のために、事前に完璧な献立を考え、それに合わせて食材を準備してきた。
野菜は家でカットし、ジップロックに入れる。
調味料は小さな容器に小分けにする。
肉や魚介類は冷凍して保冷バッグに入れる。
こうすることで、現地での調理時間を大幅に短縮でき、ゴミも最小限に抑えられる。
この計画性と準備は、皮肉にも、彼がコンサルタントの仕事で培ってきたスキルそのものだった。
バックパックの中から、保冷バッグに入った食材を取り出す。
冷凍しておいたむきエビとブロッコリー。
日中、バックパックの中で揺られている間に、ちょうどいい具合に解凍されている。
マッシュルームはスライス済みだ。
ニンニクも、家で薄切りにしてきたものとそのままのものを小さなタッパーに入れてある。
小型のガスコンロに、愛用のスキレットを乗せる。
風防を立て、ライターで火を点ける。
ボーッという頼もしい燃焼音と共に、青い炎が立ち上がった。
スキレットにオリーブオイルを注ぎ、ニンニクと鷹の爪を入れる。
弱火でじっくりと加熱していくと、すぐに、あの食欲をそそる、
たまらない香りが立ち上ってきた。
この香りだ。
圭吾は思わず目を細めた。
ニンニクの香りがオイルに移り、きつね色に色づき始めたら、マッシュルームとむきエビを投入する。
ジュワッという音と共に、白い湯気が上がる。
そのまま焦げ付かないように時折混ぜながら、10分ほど煮込む。
最後に、解凍したブロッコリーを加え、彩りも鮮やかになったところで、持参した小瓶入りの岩塩をパラパラと振りかけ、味を整えれば完成だ。
もちろん、アヒージョに欠かせないフランスパンも忘れていない。
家で一切れごとにカットし、これもジップロックに入れて持ってきている。
コンロから熱々のスキレットを慎重に下ろし、代わりに湯沸かし用の小さなポットを火にかける。
あっという間に湯が沸いたので、保温マグカップにティーバッグを入れ、熱湯を注ぐ。
初夏の登山とはいえ、標高1400メートルの夕暮れは、思った以上に肌寒い。
温かい紅茶が体に染みるだろう。
ふと、空を見上げた。
いつの間にか、太陽は完全に稜線の向こうに沈み、空は深い藍色に変わっていた。
そして、その藍色のキャンバスには、まるでダイヤモンドダストを散りばめたかのように、無数の星々が瞬いていた。
都会では決して見ることのできない、息をのむような満天の星空。
天の川も、ぼんやりとだがその白い帯を空に架けているのが見える。
圭吾は、スキレットの横に腰を下ろし、フォークでプリプリに火が通ったむきエビを一つ刺し、ゆっくりと口に運んだ。
熱い!オリーブオイルの豊かな香りと、ガツンと効いたニンニクの風味、ピリッとした唐辛子の辛味、そしてエビ本来の甘みとプリっとした食感が、口の中いっぱいに広がる。
絶妙な塩加減が、それらすべての味を引き立てている。
「……うまい」
思わず、声が漏れた。
それは偽りのない言葉だった。
星空を見上げながら、一人で食べるアヒージョ。
タワーマンションで一人、デリバリーの味気ない食事を摂るのとは全く違う。
これは、自分の手で作り上げ、自然の中で味わう、特別なご馳走だ。
スキレットの底に溜まった、エビとニンニク、マッシュルームの旨味が溶け出した黄金色のオリーブオイル。
これこそがアヒージョの真髄だ。
カットしておいたフランスパンを一切れ、フォークでオイルにたっぷりと浸す。
オイルを吸って少し重くなったパンを、口へと放り込む。
パンの香ばしさと、凝縮された旨味のオイルが一体となり、至福の味が口の中に広がった。
美味い。
本当に、美味い。
しかし、美味いだけなのだ……
無論、圭吾が期待していたあの時食べたアヒージョとなんら変わらない美味さだ。
だが、心の底にいる自分の芯、いや魂が後一つピースが足りないと訴えていた。
圭吾は、パンとアヒージョをゆっくり交互に口に運びながら、静かに星空を眺める。
何が足りないのだろうか。
おそらく自分はその足りないものをここへ探しにきたはずなのだ。
その時だった。
リィン……リィン……。
どこからともなく、澄んだ鈴の音色が聞こえてきた。
それは、登山者が熊除けにつける鈴の音とは違っていた。
誰がこんな山奥で鈴を鳴らす?
この時間、この場所に、他に歩いている人がいるのだろうか?
音は、風に乗って、断続的に、しかし確実に圭吾の耳に届いていた。
彼は食べる手を止め、音のする方向へと注意深く耳を澄ませた。
静寂に包まれた山の夜に響く、その小さな鈴の音は、どこか神秘的な響きを帯びているようにも感じられた。
それは山での食事となれば尚更だ。
圭吾は今回のキャンプ飯のために、事前に完璧な献立を考え、それに合わせて食材を準備してきた。
野菜は家でカットし、ジップロックに入れる。
調味料は小さな容器に小分けにする。
肉や魚介類は冷凍して保冷バッグに入れる。
こうすることで、現地での調理時間を大幅に短縮でき、ゴミも最小限に抑えられる。
この計画性と準備は、皮肉にも、彼がコンサルタントの仕事で培ってきたスキルそのものだった。
バックパックの中から、保冷バッグに入った食材を取り出す。
冷凍しておいたむきエビとブロッコリー。
日中、バックパックの中で揺られている間に、ちょうどいい具合に解凍されている。
マッシュルームはスライス済みだ。
ニンニクも、家で薄切りにしてきたものとそのままのものを小さなタッパーに入れてある。
小型のガスコンロに、愛用のスキレットを乗せる。
風防を立て、ライターで火を点ける。
ボーッという頼もしい燃焼音と共に、青い炎が立ち上がった。
スキレットにオリーブオイルを注ぎ、ニンニクと鷹の爪を入れる。
弱火でじっくりと加熱していくと、すぐに、あの食欲をそそる、
たまらない香りが立ち上ってきた。
この香りだ。
圭吾は思わず目を細めた。
ニンニクの香りがオイルに移り、きつね色に色づき始めたら、マッシュルームとむきエビを投入する。
ジュワッという音と共に、白い湯気が上がる。
そのまま焦げ付かないように時折混ぜながら、10分ほど煮込む。
最後に、解凍したブロッコリーを加え、彩りも鮮やかになったところで、持参した小瓶入りの岩塩をパラパラと振りかけ、味を整えれば完成だ。
もちろん、アヒージョに欠かせないフランスパンも忘れていない。
家で一切れごとにカットし、これもジップロックに入れて持ってきている。
コンロから熱々のスキレットを慎重に下ろし、代わりに湯沸かし用の小さなポットを火にかける。
あっという間に湯が沸いたので、保温マグカップにティーバッグを入れ、熱湯を注ぐ。
初夏の登山とはいえ、標高1400メートルの夕暮れは、思った以上に肌寒い。
温かい紅茶が体に染みるだろう。
ふと、空を見上げた。
いつの間にか、太陽は完全に稜線の向こうに沈み、空は深い藍色に変わっていた。
そして、その藍色のキャンバスには、まるでダイヤモンドダストを散りばめたかのように、無数の星々が瞬いていた。
都会では決して見ることのできない、息をのむような満天の星空。
天の川も、ぼんやりとだがその白い帯を空に架けているのが見える。
圭吾は、スキレットの横に腰を下ろし、フォークでプリプリに火が通ったむきエビを一つ刺し、ゆっくりと口に運んだ。
熱い!オリーブオイルの豊かな香りと、ガツンと効いたニンニクの風味、ピリッとした唐辛子の辛味、そしてエビ本来の甘みとプリっとした食感が、口の中いっぱいに広がる。
絶妙な塩加減が、それらすべての味を引き立てている。
「……うまい」
思わず、声が漏れた。
それは偽りのない言葉だった。
星空を見上げながら、一人で食べるアヒージョ。
タワーマンションで一人、デリバリーの味気ない食事を摂るのとは全く違う。
これは、自分の手で作り上げ、自然の中で味わう、特別なご馳走だ。
スキレットの底に溜まった、エビとニンニク、マッシュルームの旨味が溶け出した黄金色のオリーブオイル。
これこそがアヒージョの真髄だ。
カットしておいたフランスパンを一切れ、フォークでオイルにたっぷりと浸す。
オイルを吸って少し重くなったパンを、口へと放り込む。
パンの香ばしさと、凝縮された旨味のオイルが一体となり、至福の味が口の中に広がった。
美味い。
本当に、美味い。
しかし、美味いだけなのだ……
無論、圭吾が期待していたあの時食べたアヒージョとなんら変わらない美味さだ。
だが、心の底にいる自分の芯、いや魂が後一つピースが足りないと訴えていた。
圭吾は、パンとアヒージョをゆっくり交互に口に運びながら、静かに星空を眺める。
何が足りないのだろうか。
おそらく自分はその足りないものをここへ探しにきたはずなのだ。
その時だった。
リィン……リィン……。
どこからともなく、澄んだ鈴の音色が聞こえてきた。
それは、登山者が熊除けにつける鈴の音とは違っていた。
誰がこんな山奥で鈴を鳴らす?
この時間、この場所に、他に歩いている人がいるのだろうか?
音は、風に乗って、断続的に、しかし確実に圭吾の耳に届いていた。
彼は食べる手を止め、音のする方向へと注意深く耳を澄ませた。
静寂に包まれた山の夜に響く、その小さな鈴の音は、どこか神秘的な響きを帯びているようにも感じられた。
46
あなたにおすすめの小説
うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。
かの
ファンタジー
孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。
ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
文字変換の勇者 ~ステータス改竄して生き残ります~
カタナヅキ
ファンタジー
高校の受験を間近に迫った少年「霧崎レア」彼は学校の帰宅の最中、車の衝突事故に巻き込まれそうになる。そんな彼を救い出そうと通りがかった4人の高校生が駆けつけるが、唐突に彼等の足元に「魔法陣」が誕生し、謎の光に飲み込まれてしまう。
気付いたときには5人は見知らぬ中世風の城の中に存在し、彼等の目の前には老人の集団が居た。老人達の話によると現在の彼等が存在する場所は「異世界」であり、元の世界に戻るためには自分達に協力し、世界征服を狙う「魔人族」と呼ばれる存在を倒すように協力を願われる。
だが、世界を救う勇者として召喚されたはずの人間には特別な能力が授かっているはずなのだが、伝承では勇者の人数は「4人」のはずであり、1人だけ他の人間と比べると能力が低かったレアは召喚に巻き込まれた一般人だと判断されて城から追放されてしまう――
――しかし、追い出されたレアの持っていた能力こそが彼等を上回る性能を誇り、彼は自分の力を利用してステータスを改竄し、名前を変化させる事で物体を変化させ、空想上の武器や物語のキャラクターを作り出せる事に気付く。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
優の異世界ごはん日記
風待 結
ファンタジー
月森優はちょっと料理が得意な普通の高校生。
ある日、帰り道で謎の光に包まれて見知らぬ森に転移してしまう。
未知の世界で飢えと恐怖に直面した優は、弓使いの少女・リナと出会う。
彼女の導きで村へ向かう道中、優は「料理のスキル」がこの世界でも通用すると気づく。
モンスターの肉や珍しい食材を使い、異世界で新たな居場所を作る冒険が始まる。
狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~
一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。
しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。
流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。
その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。
右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。
この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。
数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。
元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。
根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね?
そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。
色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。
……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる