サラリーマン、龍と異世界メシ充してます ~食いしん坊な龍と行く、最強スローライフ~

KEINO

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第十六話

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 巨大な古木の根元から続く坂道は、思いのほか歩きやすかった。
 苔むした柔らかな土と、しっかりと根付いた草が、足元を優しく受け止めてくれる。
 
 エンヒは、まるで重力を感じさせないかのように、軽やかな足取りで先をゆく。
 その白いワンピースの裾が風にひるがえり、陽光を浴びた翡翠色の長い髪がきらきらと輝く様子は、龍ではなく、まるで森の精霊のようだった。

「長老はな、ここから少し離れた別の国に住んでおる。しばし歩くことになるぞ」

 エンヒは振り返りもせずに言った。
 圭吾は、肩に食い込むバックパックの重みを感じながら、必死にその後を追う。
 
 身体の鉛のような重さは少し和らいだものの、手の甲の紋様は、時折じんわりとした温かさを帯び、その存在を主張していた。
 痛みはもうないが、何かが自分の体と繋がっているような、奇妙な感覚が残っている。

「別の国!? それはちょっと困るな」

 圭吾は息を切らしながら言った。

「今日中に帰れないと、明日の仕事の重要なプレゼンに間に合わないんだ。資料の最終チェックも残ってるし」

 無意識のうちに、いつものサラリーマンとしての思考が口をついて出る。
 異世界に来て、命の危機かもしれない状況だというのに、脳裏をよぎるのは月曜朝イチの会議と、山積みのタスクだ。

 エンヒは、きょとんとした顔で振り返った。

「しごと? ぷれぜん? それは、『さらりーまん』とやらがやる、何か大事なことなのか?」

「まあ、そうだな…俺にとっては結構、大事なことなんだよ」

「ふむ。じゃが、お主の命より大事ではあるまい? それに、別の国と言っても、心配はいらぬ。時間なら問題ない」

 エンヒは悪戯っぽく笑った。

「問題ないって……どういう意味だよ? 別の国なんだろ? 歩いて行ったら何日かかるか」

 圭吾が食い下がる。

「まあ、ついてくるのじゃ」

 エンヒは、またしても軽く話を流し、再び前を向いて歩き始めた。
 圭吾はため息をつき、半信半疑のまま、黙ってエンヒに従うしかなかった。

 ふと、手の甲の紋様に目をやる。
 異世界の柔らかな陽光を浴びて、桜の花びらのようにも見える鱗の紋様は、淡い緑と金色に、以前よりも鮮やかに輝いているように見えた。

 痛みは完全に消え、代わりに温かな脈動が、自分の心臓の鼓動とシンクロするように、とくん、とくん、と伝わってくる。

 これが、龍との契約…魂の繋がりというものなのだろうか。
 実感はまだないが、無視できない存在感を放っていた。

 見上げれば、空には巨大な鳥のような影が、ゆったりと旋回しているのが見えた。

 その翼の輪郭は鋭く、時折、雲にその巨大なシルエットを映し出す。
 ここは、自分の知る世界とは明らかに違う法則で動いている。

 仕事の締め切りなど、この壮大な自然の前では、ちっぽけな悩みなのかもしれない。
 圭吾は、知らず知らずのうちに、異世界の風景に心を奪われ始めていた。


 ---


 山の斜面を下りきると、視界が開け、穏やかな川の流れが見えてきた。
 川沿いには、石畳と柔らかな土が混ざった小道が続いている。
 せせらぎの音が耳に心地よく響き、岸辺には見たこともない白い花々が風に揺れていた。
 空気は澄み渡り、深呼吸するたびに、身体の奥からリフレッシュされるような感覚があった。

「さあ、この川沿いを少し行けば、目的に着くぞ」

 エンヒは少しだけ歩調を緩め、圭吾を待つように言った。

「長老は気難しいところもあるが、話せばきっと分かってくれる。契約の解除方法も、必ず知っておるはずじゃ。信じるのじゃ」

 そう言うエンヒの横顔には、少女らしい無垢な笑顔が浮かんでいた。
 だが、その緋色の瞳の奥には、やはり隠しきれない不安の色が、微かにちらついているように見えた。

 彼女にとっても、この事態は想定外であり、長老に報告することへの緊張があるのだろう。

 圭吾は、そんなエンヒの様子を見て、少しだけ気持ちが和んだ。
 手の甲の紋様を撫でながら、わざと軽い口調で言ってみる。

「まあ、契約が消えるならそれに越したことはないけど……正直言うと、この紋、ちょっとカッコいいんだよな。なんか強くなった気がするし」

 その言葉に、エンヒはぷっと吹き出し、すぐに呆れたような顔になった。

「カッコいい、じゃと!? お主、自分の命がかかっておるかもしれぬというのに、なんという呑気な奴じゃ! さすが『さらりーまん』、神経が図太いのう!」

 軽口を叩き合いながら歩いていると、ふと、先ほど空で見かけた巨大な鳥が、川面すれすれを滑空していくのが見えた。
 その翼が起こす風圧で、水面が波立つ。
 その姿は、まるで恐竜と見紛うほどの威容を放っていた。

「うわ……すごいな。あんな鳥、初めて見た。……なあ、エンヒ、こんなところでキャンプするなら、どんな飯が美味いのかな」

 圭吾は、目の前の非日常的な光景に圧倒され、まるで自分が夢の世界にいる様な気分になっていた。

「この川で魚を釣って、塩焼きにしたり……。異世界特有のハーブや香辛料で味付けしたり。地球の食べ物と組み合わせたりして作ったら……楽しそうだなぁ」

 エンヒは、圭吾の呟きに興味深そうに耳を傾けていた。

「ふむ……川魚か。悪くないかもしれぬな。昨夜のアヒージョとやらに、魚の切り身を入れても、なかなか乙な味になるやもしれぬぞ」

「おお、それは、絶対美味いな! 魚介の旨味がオイルに溶け出して……。今度、もし機会があったら作ってみるか」

「うむ、約束じゃぞ!」

 食という共通の興味が、二人の間の奇妙な緊張感を和らげ、自然な会話を生んでいた。
 手の甲の紋様は、川面の光を反射し、温かさを増しているように感じられた。

 それは、契約という名の鎖であると同時に、この不思議な龍の少女との間に生まれた、確かな絆の証なのかもしれない。
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