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第十七話
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川沿いの小道を歩き始めてから、どれほどの時間が経っただろうか。
圭吾の足元では、湿った土と小さな石ころが、靴底に擦れるたびにカサカサと控えめな音を立てていた。
川のせせらぎは、まるで遠くの鈴の音のように、一定のリズムで耳に届く。
両岸には、濃緑の木々が鬱蒼と茂り、時折、風に揺れる葉の隙間から陽光がキラキラと水面に反射していた。
この異世界の空気は、どこか地球のそれとは異なっていた。
微かに甘く、澄んだ香りが鼻腔をくすぐる。
やがて、道は緩やかに開け、川の流れが蛇行することによって出来た開けた場所に差し掛かった。
そこに、突如として現れたのは、時の流れに半ば飲み込まれた古の遺構だった。
苔に覆われた石壁が、まるで大地から生えた巨木のようにそびえ、崩れかけたアーチ状の門は、かつての威厳を辛うじて留めている。
蔓が絡みついた巨大な石柱は、まるで自然と建造物が長い年月をかけて共生してきた証のようだ。
石の表面には、風雨に削られた無数の傷跡と、薄っすらと浮かぶ彫刻の名残が見て取れた。
古代の神殿か、はたまた忘れ去られた修道院か――。
その廃墟は、異世界の歴史の重みと、どこか神秘的で荘厳な雰囲気を漂わせていた。
「ここか?」
圭吾は立ち止まり、リュックの肩紐を握り直しながら、目の前の光景に目を奪われた。
その声には、好奇心とわずかな緊張が混じる。
「うむ。ここが、近くにある『転移陣』の一つじゃ」
エンヒの声は、少女らしい軽やかさと、どこか古めかしい響きを併せ持っていた。
彼女は、まるで風のように軽快に、崩れた門の残骸を潜り抜け、廃墟の奥へと進んでいく。
翡翠色の髪が、陽光を受けてキラキラと輝き、まるで柳のように揺れた。
廃墟の中を歩く彼女の背中には、どこか異質で神聖な気配が漂い、圭吾はその姿に一瞬見とれてしまう。
「ちょっと待ってくれ、エンヒ」
圭吾は慌ててリュックを背負い直し、彼女の後を追った。
足元の石畳は、長い年月を経てひび割れ、ところどころにシダや小さな花が顔を覗かせている。
廃墟の内部は、まるで時間が止まったかのような静寂に包まれていた。
広場のような空間は、苔とシダに覆われた石壁に囲まれ、まるで自然の要塞のようだ。
陽光が、崩れた天井の隙間から細い光の帯となって差し込み、石畳にまだらな影を落としている。
そして、広場の中央――ひときわ大きな石畳の上に、それはあった。
円形に広がる、複雑で精緻な幾何学模様。
見たこともない古代文字のようなものが、まるで生き物の血管のように絡み合い、びっしりと刻み込まれている。
その模様は、単なる装飾を超えて、どこか生命の脈動を感じさせるものだった。
魔法陣。
テレビゲームやアニメでしか見たことのない、幻想的な存在が、今、圭吾の目の前に実在していた。
陽光が模様を照らすと、線が淡い青と金色の光を放ち、まるで呼吸するかのように明滅する。
「すごいな……! まるでRPGの世界そのものだ!」
圭吾は、年甲斐もなく胸が高鳴るのを感じ、思わずポケットからスマートフォンを取り出していた。
異世界だから電波は当然圏外だが、カメラ機能は生きている。
彼は夢中でシャッターを切り始めた。
廃墟の全景、魔法陣のクローズアップ、苔むした石壁の質感――そして、ふと振り返えった際に目が合った、呆れた顔でこちらを見つめるエンヒの姿まで。
「これはすごい……! 帰ったら友人に見せて自慢しないと! 絶対に羨ましがられる」
圭吾は、興奮のあまり頬が紅潮しているのも気づかず、画面を確認しながら笑みを浮かべた。
「何を玩具で遊んでおるか。いい大人なのじゃろ? さっさとせんか」
エンヒは、心底呆れたという表情で腕を組み、片眉を上げて圭吾を睨んだ。
彼女の緋色の瞳に見つめられ、圭吾は一瞬たじろいだ。
「これは、転移の魔法陣じゃ。この世界中のあらゆる場所を結ぶ通路のようなもの。世界各地に点在しておるが、起動するには、龍族か、あるいはそれに匹敵する莫大な魔力を持つ者の助けが必要となる。まあ、この程度の陣なら、私一人で動かせるがな」
エンヒは、まるで当たり前のことのように言い放ち、軽く肩をすくめた。
「転移!? ってことは、テレポートできるってことか!? すごいな……流石、異世界」
圭吾の目はキラキラと輝き、まるで少年のようだったが、すぐにふと疑問が浮かぶ。
「でも、こんなにボロボロに見えるけど、本当にちゃんと動くのか?」
エンヒは、ふん、と鼻を鳴らし、誇らしげに胸を張った。
「見た目はボロいが、これでも数千年は使われておる代物じゃぞ。先人たちの知恵と技術の結晶じゃ。心配無用じゃ」
その自信に満ちた態度に、圭吾は少しだけ安心感を覚えた。
彼女の言葉には、どこか揺るぎない確信が宿っていた。
「さあ、ぐずぐずしておらんで、早くその魔法陣とやらの中心に乗るのじゃ!」
エンヒに背中を軽く押され、圭吾は少しよろめきながら魔法陣の中心に描かれた円の中に足を踏み入れた。
古びた石畳の冷たくザラリとした感触が、靴底を通して足裏に伝わる。
背負ったリュックの重みが、妙に心細さを増幅させた。
風が一瞬、廃墟の隙間を通り抜け、ひんやりとした空気が頬を撫でる。
エンヒも魔法陣の中央、圭吾の少し前に立つと、すうっと深く息を吸い込み、両手をゆっくりと広げた。
その瞬間、彼女の纏う空気が一変した。
少女のあどけなさは消え、まるで古の龍の魂がその小さな身体に宿ったかのような威厳が、全身から放たれる。
緋色の瞳が、内側から燃え上がるように強く輝き、翡翠色の髪が、風もないのにふわりと揺れ始めた。
彼女の周囲には、微かな光の粒子が漂い始め、まるで星の欠片が舞っているようだった。
「我が名はエンヒ! 古き龍の血に誓い、旅路の門を開かん!」
エンヒの声は、朗々と広場に響き渡り、まるで空間そのものを震わせるようだった。
彼女の詠唱が始まると同時に、足元の魔法陣が眩い光を放ち始めた。
石畳に刻まれた複雑な模様と文字が、一つ、また一つと青と金色の光を灯し、陣全体が脈打つように明滅する。圭吾の手の甲に刻まれた紋様も、まるで呼応するかのように熱を帯び、じんじんと疼き始めた。
シュワワワ……!
魔法陣から、無数の光の粒子が、まるで星屑の川のように立ち上り始めた。
粒子は急速に数を増し、渦を巻きながら上昇し、圭吾とエンヒの体を柔らかく包み込んでいく。
光は、まるで生き物のように彼らの周りを舞い、視界を徐々に真っ白に染め上げていく。
「うわっ! 何だこれ!?」
突然、身体がふわりと浮き上がるような奇妙な感覚に襲われ、圭吾は思わず叫んだ。
地面から足が離れ、無重力の宇宙に放り出されたかのようだ。
胃が縮こまるような、ジェットコースターの急降下のような感覚が全身を駆け巡る。
「じっとしていろ! 最初は酔うかもしれんが慣れじゃ! すぐに終わる!」
エンヒの鋭い声が、光の渦の中で響く。
彼女は両手を前に突き出し、輝きを増す魔法陣にさらに力を集中させているようだった。
彼女の髪は光の中で舞い上がり、まるで炎のように揺らめいている。
光の渦はますます激しくなり、二人を完全に包み込む光の繭と化した。
周囲の空間が、ぐにゃりと歪んでいくのが分かった。
廃墟の石壁も、川の音も、陽光の輝きも、すべてが光の中に溶けていく。
耳元では、まるで遠雷のような低いうなり音が響き、身体の芯まで震わせる。
圭吾は、恐怖と興奮が入り混じった感覚の中で、ただ固く目を閉じ、リュックのショルダーハーネスを強く握りしめることしかできなかった。
心臓が激しく鼓動し、喉の奥で息が詰まる。
次の瞬間、彼の意識は、光の奔流に飲み込まれ、どこか遠くへ――果てしない旅路の彼方へと運ばれていった。
圭吾の足元では、湿った土と小さな石ころが、靴底に擦れるたびにカサカサと控えめな音を立てていた。
川のせせらぎは、まるで遠くの鈴の音のように、一定のリズムで耳に届く。
両岸には、濃緑の木々が鬱蒼と茂り、時折、風に揺れる葉の隙間から陽光がキラキラと水面に反射していた。
この異世界の空気は、どこか地球のそれとは異なっていた。
微かに甘く、澄んだ香りが鼻腔をくすぐる。
やがて、道は緩やかに開け、川の流れが蛇行することによって出来た開けた場所に差し掛かった。
そこに、突如として現れたのは、時の流れに半ば飲み込まれた古の遺構だった。
苔に覆われた石壁が、まるで大地から生えた巨木のようにそびえ、崩れかけたアーチ状の門は、かつての威厳を辛うじて留めている。
蔓が絡みついた巨大な石柱は、まるで自然と建造物が長い年月をかけて共生してきた証のようだ。
石の表面には、風雨に削られた無数の傷跡と、薄っすらと浮かぶ彫刻の名残が見て取れた。
古代の神殿か、はたまた忘れ去られた修道院か――。
その廃墟は、異世界の歴史の重みと、どこか神秘的で荘厳な雰囲気を漂わせていた。
「ここか?」
圭吾は立ち止まり、リュックの肩紐を握り直しながら、目の前の光景に目を奪われた。
その声には、好奇心とわずかな緊張が混じる。
「うむ。ここが、近くにある『転移陣』の一つじゃ」
エンヒの声は、少女らしい軽やかさと、どこか古めかしい響きを併せ持っていた。
彼女は、まるで風のように軽快に、崩れた門の残骸を潜り抜け、廃墟の奥へと進んでいく。
翡翠色の髪が、陽光を受けてキラキラと輝き、まるで柳のように揺れた。
廃墟の中を歩く彼女の背中には、どこか異質で神聖な気配が漂い、圭吾はその姿に一瞬見とれてしまう。
「ちょっと待ってくれ、エンヒ」
圭吾は慌ててリュックを背負い直し、彼女の後を追った。
足元の石畳は、長い年月を経てひび割れ、ところどころにシダや小さな花が顔を覗かせている。
廃墟の内部は、まるで時間が止まったかのような静寂に包まれていた。
広場のような空間は、苔とシダに覆われた石壁に囲まれ、まるで自然の要塞のようだ。
陽光が、崩れた天井の隙間から細い光の帯となって差し込み、石畳にまだらな影を落としている。
そして、広場の中央――ひときわ大きな石畳の上に、それはあった。
円形に広がる、複雑で精緻な幾何学模様。
見たこともない古代文字のようなものが、まるで生き物の血管のように絡み合い、びっしりと刻み込まれている。
その模様は、単なる装飾を超えて、どこか生命の脈動を感じさせるものだった。
魔法陣。
テレビゲームやアニメでしか見たことのない、幻想的な存在が、今、圭吾の目の前に実在していた。
陽光が模様を照らすと、線が淡い青と金色の光を放ち、まるで呼吸するかのように明滅する。
「すごいな……! まるでRPGの世界そのものだ!」
圭吾は、年甲斐もなく胸が高鳴るのを感じ、思わずポケットからスマートフォンを取り出していた。
異世界だから電波は当然圏外だが、カメラ機能は生きている。
彼は夢中でシャッターを切り始めた。
廃墟の全景、魔法陣のクローズアップ、苔むした石壁の質感――そして、ふと振り返えった際に目が合った、呆れた顔でこちらを見つめるエンヒの姿まで。
「これはすごい……! 帰ったら友人に見せて自慢しないと! 絶対に羨ましがられる」
圭吾は、興奮のあまり頬が紅潮しているのも気づかず、画面を確認しながら笑みを浮かべた。
「何を玩具で遊んでおるか。いい大人なのじゃろ? さっさとせんか」
エンヒは、心底呆れたという表情で腕を組み、片眉を上げて圭吾を睨んだ。
彼女の緋色の瞳に見つめられ、圭吾は一瞬たじろいだ。
「これは、転移の魔法陣じゃ。この世界中のあらゆる場所を結ぶ通路のようなもの。世界各地に点在しておるが、起動するには、龍族か、あるいはそれに匹敵する莫大な魔力を持つ者の助けが必要となる。まあ、この程度の陣なら、私一人で動かせるがな」
エンヒは、まるで当たり前のことのように言い放ち、軽く肩をすくめた。
「転移!? ってことは、テレポートできるってことか!? すごいな……流石、異世界」
圭吾の目はキラキラと輝き、まるで少年のようだったが、すぐにふと疑問が浮かぶ。
「でも、こんなにボロボロに見えるけど、本当にちゃんと動くのか?」
エンヒは、ふん、と鼻を鳴らし、誇らしげに胸を張った。
「見た目はボロいが、これでも数千年は使われておる代物じゃぞ。先人たちの知恵と技術の結晶じゃ。心配無用じゃ」
その自信に満ちた態度に、圭吾は少しだけ安心感を覚えた。
彼女の言葉には、どこか揺るぎない確信が宿っていた。
「さあ、ぐずぐずしておらんで、早くその魔法陣とやらの中心に乗るのじゃ!」
エンヒに背中を軽く押され、圭吾は少しよろめきながら魔法陣の中心に描かれた円の中に足を踏み入れた。
古びた石畳の冷たくザラリとした感触が、靴底を通して足裏に伝わる。
背負ったリュックの重みが、妙に心細さを増幅させた。
風が一瞬、廃墟の隙間を通り抜け、ひんやりとした空気が頬を撫でる。
エンヒも魔法陣の中央、圭吾の少し前に立つと、すうっと深く息を吸い込み、両手をゆっくりと広げた。
その瞬間、彼女の纏う空気が一変した。
少女のあどけなさは消え、まるで古の龍の魂がその小さな身体に宿ったかのような威厳が、全身から放たれる。
緋色の瞳が、内側から燃え上がるように強く輝き、翡翠色の髪が、風もないのにふわりと揺れ始めた。
彼女の周囲には、微かな光の粒子が漂い始め、まるで星の欠片が舞っているようだった。
「我が名はエンヒ! 古き龍の血に誓い、旅路の門を開かん!」
エンヒの声は、朗々と広場に響き渡り、まるで空間そのものを震わせるようだった。
彼女の詠唱が始まると同時に、足元の魔法陣が眩い光を放ち始めた。
石畳に刻まれた複雑な模様と文字が、一つ、また一つと青と金色の光を灯し、陣全体が脈打つように明滅する。圭吾の手の甲に刻まれた紋様も、まるで呼応するかのように熱を帯び、じんじんと疼き始めた。
シュワワワ……!
魔法陣から、無数の光の粒子が、まるで星屑の川のように立ち上り始めた。
粒子は急速に数を増し、渦を巻きながら上昇し、圭吾とエンヒの体を柔らかく包み込んでいく。
光は、まるで生き物のように彼らの周りを舞い、視界を徐々に真っ白に染め上げていく。
「うわっ! 何だこれ!?」
突然、身体がふわりと浮き上がるような奇妙な感覚に襲われ、圭吾は思わず叫んだ。
地面から足が離れ、無重力の宇宙に放り出されたかのようだ。
胃が縮こまるような、ジェットコースターの急降下のような感覚が全身を駆け巡る。
「じっとしていろ! 最初は酔うかもしれんが慣れじゃ! すぐに終わる!」
エンヒの鋭い声が、光の渦の中で響く。
彼女は両手を前に突き出し、輝きを増す魔法陣にさらに力を集中させているようだった。
彼女の髪は光の中で舞い上がり、まるで炎のように揺らめいている。
光の渦はますます激しくなり、二人を完全に包み込む光の繭と化した。
周囲の空間が、ぐにゃりと歪んでいくのが分かった。
廃墟の石壁も、川の音も、陽光の輝きも、すべてが光の中に溶けていく。
耳元では、まるで遠雷のような低いうなり音が響き、身体の芯まで震わせる。
圭吾は、恐怖と興奮が入り混じった感覚の中で、ただ固く目を閉じ、リュックのショルダーハーネスを強く握りしめることしかできなかった。
心臓が激しく鼓動し、喉の奥で息が詰まる。
次の瞬間、彼の意識は、光の奔流に飲み込まれ、どこか遠くへ――果てしない旅路の彼方へと運ばれていった。
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