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第八章 勇者襲来

勇者

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 西方諸国と魔王領を隔てる大平原の西端、旧魔王城の城壁にある物見塔の最上階。魔王ロック・エンドルーザーは、ナナシたちの奈落おとし攻略をこの場所から観測していた。黒髪のレジオナによる作戦の説明と、エルフ大長老マイスラ・ラ・リルルの解説を聞きながら、魔王ロックは推移を見守る。
 瞬きよりも短いキーラの巨大化と、その後のナナシを構成するエネルギーの収束を見て、マイスラが頭を抱えてのけ反った。
「くっ、なんなのこのリア充的攻略法!? 秋の女神の寵愛を受けた、エネルギー体を掴める特級冒険者の雌ヒューマンなんてどこ行けば捕まえられるのよ? レア過ぎでしょ!? なめんな! 100万年漂っとけ!」
 1億5千万歳の大人げない怨嗟の声に、レジオナがふにゃふにゃと突っ込む。
「ええ~、マイちん7千万年も時間あったのにそ~ゆ~友達いないん~?」
「エルフは半端に世界の成り立ちを知ってるから信仰心が薄いのよね。便利なんだからどの神でも適当に崇めときゃいいのに」
「こんな態度でもだいしきょ~やらせてんだから、かみさまもふところひろいよね~」
「そうだ! アビゲイル、あなたちょっと秋の女神に入信しない? 今はどうも世界が混乱期っぽいから、寵愛チャンスもありそうだし」
 マイスラの無茶振りに、苦笑いで答えるダークエルフの宰相アビゲイル。
「謹んでお断り申し上げます、マイスラ様。今の私は身も心もロック様に捧げておりますので」
「うひゃひゃ、マイちんふられてやんの~。ま~、気長にいちから育てるのがい~んじゃないの~」
「ええ、そんな最近流行りの地下本みたいな……いやまあ、アリかも? どっかの世界樹張り込むか!」
 レジオナの煽りに乗っかるマイスラ。いくら大長老とはいえ本当にそんな真似をすれば、エルフの里出禁待ったなしである。そもそもエルフの里よりも魔王城の方が居心地良い時点で、根本的にエルフ共同体向きの性格ではない。
 きゃっきゃと盛り上がる野次馬ふたりをよそに、真剣な顔つきで“三輝サンシャイン”グレースと話し合っていた魔王ロックは、状況が終了したと判断し次の手を打つべく動き出した。
「おいレジオナ、オーカイザーが帰還したらこの魔王城に呼び出せないか? 奴の意思決定に関わりそうな仲間もいっしょにな」
「えぇ~、祝勝ぱ~てぃ~してからでい~い?」
「だめだ。進軍の前に奴の意思を確認しておく必要がある。なに、そこまで時間は取らせん。なんならフライングパンケーキ号で迎えに行ってもかまわんぞ」
「んまぁ~、いちお~きいてみるんよ~」
 ふにゃふにゃと了承するレジオナ。少しはゆっくりさせてやりたいと思うものの、ナナシなら「魔王城? やっぱ内装はおどろおどろしいのかな。面白そう」みたいなノリでホイホイやって来そうではある。
 軽くため息をついて、物見塔から外を見るレジオナ。城壁の外では、魔王軍が進軍に向けて隊列を組み始めていた。


 フレッチーリ王国首都フォートマルシャンの王城。その尖塔にしつらえた豪華な寝室で、6人の男女が激しく絡み合っている。
 巨大なベッドの中央で奉仕を受けているのは、碧眼白髪の儚げな美青年。身長168センチメートルの体は、しかし決して華奢な印象を与えない。研ぎ澄まされた刃物のような鋭さと、全てを魅了するような愛らしさを同時に兼ね備えるという、奇蹟のような肉体であった。彼こそが勇者ダミアン・ドゥファンである。
 その周りで嬌声を上げるのは5人の美女。種族もヒューマン、エルフ、獣人、そして人化した龍種と多様であった。エルフを除く4人の裸体には、下腹部のあたりに子宮を図案化したような呪紋が浮かび上がっている。
 不意にエルフが顔を上げると、癖のある金髪をかき上げながら窓の方へと歩きだした。
「どうやら本当にエルフの秘儀を使ったようね。中々どうして、オーカイザーとやらも肝が据わってるじゃないの」
 そう言って窓を全開にすると、丁度ナナシが奈落おとしをすくい取る所だった。身長200キロメートルに達したナナシは、隣国であるフレッチーリ王国からでさえ見る事ができた。
 勇者ダミアンと残りの女たちも、裸体を隠す事もなく窓辺に集まり推移を見守る。立って並ぶと、女たちのうち3人はダミアンよりも背が高い。中でも獣人の少女は、180センチメートルの筋肉質な体に無数の傷跡が生々しい。しかしその豊満な胸と発達した尻、そして可愛らしく揺れる尻尾とピンと立った獣耳が女としての魅力を充分に補っていた。黒い巻毛と猫のような瞳が野生的な魅力を倍増させている。
 かたや175センチメートルの細身の美女は、長い黒髪を裸体へ妖艶にまとわり付かせて静かに佇んでいた。それとは対照的なもうひとりのヒューマンは、170センチメートルの体に豊満な胸と大きな尻、そしてキュッと引き締まったウエストを備えた肉感的な美女である。燃えるような赤毛が迫力のあるボディをさらに際立たせている。
 そして最も小さいのは、意外な事に人化した龍種であった。身長155センチメートルの体に形の良い胸が揺れる。肩まで伸びた髪は黄色と黒の縦縞になっていた。
 やがて、ナナシが収束していくのを見届けたエルフがダミアンへと振り向く。身長はエルフの方がほんの少し低い。
「終わったみたいよ。オーカイザーは健在ね。まさかエルフの秘儀から還って来るとは思わなかったけど、向こうもいい仲間に恵まれてるようね」
 それを聞いた獣人の少女が、後ろから覆い被さるようにダミアンを抱きしめて不満げに言う。
「あんにゃのご主人さまにゃらワンパンだし! おーげさにやったらみんにゃびっくりすると思ってんじゃにゃいの?」
 外見からは想像のつかない舌ったらずな声で甘える少女を、ダミアンが優しく諭す。
「相手を過小評価するのは良くないね、シモーヌ。まあ世界が救われたならいい事じゃないか」
 実際、ダミアンは奈落おとしの攻略に成功したナナシたちを甘くみてはいなかった。『虚空録』に共有された奈落おとしの情報から考えても、自分たちが攻略できたかどうかは危うい所である。
 それでも、ナナシたちが失敗した場合は自分たちがやらねばならなかっただろう。対処不可能な大きさに広がってからでは遅いのだ。非常時にも関わらず肉欲に耽溺していたのは、これが最後の交わりと覚悟を決める意味もあった。
 ダミアンは、自身の転生恩寵ギフトのひとつである『日にいちどの超幸運』が、ナナシたちの成功に関係あるのか意識を集中してみるが、この恩寵はどう作用したのか本人にも知りようがない。後から思い返して初めて、あの時のあれがそうだったかもしれないと感じるのが精々である。
 そんなダミアンの心中を知ってか知らずか、早々に飽きてベッドへと移動していた黄龍が大きな声でダミアンを呼ぶ。
ぬし様ぁ! もう終わったんでしょ、早く続きしようよ! 次は電光ルルーガの番なんだから!」
 その声に引かれ、シモーヌが尻尾を揺らしながらベッドに飛び込む。身長180センチメートルのダイビングを、黄龍は軽々と受け止めた。華奢に見えても人化した龍である。本気を出せば人類など物の数では無い。
 きゃっきゃとじゃれ合うふたりを見て肩をすくめるダミアン。奈落おとしが片付いた今、そこまで貪欲に肉体を求め合う必要も無いが、順番を飛ばされれば不完全燃焼の電光ルルーガはへそを曲げてしまうだろう。
 ダミアンの様子に、長い煙管で紫煙をくゆらせていた細身の美女が、細く煙を吐いて微笑む。
「まあこれで魔王の軍勢に専念できるのだから、今少し羽目を外してもいいのではないかしら、ねえマスター? 城の連中も、私の結界を破ってまでは踏み込んで来ないでしょうし」
 特級魔術師オルガ・スーリエの結界を破れる人間は、少なくともこの城には存在しない。そうでなくとも、勇者の秘め事を邪魔しようなどと国王ですら考えもしないだろう。それでも、どれほどの緊急事態であろうと不躾な侵入は絶対に許さないという強固な意志がこの結界には込められている。彼女たちにとって、勇者との愛の時間はそれほどまでに神聖にして侵されざるものであった。
 ダミアンはやれやれといった様子で繊細に揺れる白髪をかき上げると、オルガの腰に手を回してベッドへと歩み寄る。それを見た赤毛の美女が、豊満な胸を揺らしながらダミアンの空いている腕にしがみついた。甘えた仕草であっても足音ひとつ立てぬ身のこなしは、特級冒険者としての実力と、暗殺者として育てられた出自ゆえのものであろうか。
「ダミアン様ぁ、魔族なんか殲滅するのに半日もかからないんだし、もう一巡いいでしょ? 今のですっかり冷めちゃったし、ルルとシモにゃだけこれから盛り上がるのズルいと思いまーす!」
 斥候として“音無”の二つ名を持つエロイーズ・エローが、蠱惑的な眼差しでダミアンを見つめる。暗殺者時代にはどんな男でも魅了して来たエロイーズだったが、今は身も心もダミアンに魅了されていた。
 女たちに誘われベッドへと向かうダミアンを見て、エルフがそっと窓を閉じる。エルフにしては珍しい春の女神の大司教であるラビから見ても、ダミアンのタフさは驚くべきレベルであった。おそらく『性技100人組手』すら難なくこなしてしまうだろう。春の女神の信徒で考えれば大司教にも匹敵する絶倫ぶりである。
 これは勇者としての身体能力のみならず、勇者特性である『世界の愛し子』による、全ての神からの寵愛の賜物であった。その中には春の女神からの寵愛も存在し、ダミアンの絶倫ぶりに一役買っている。
 しかし、ラビにはどうしても拭えぬ違和感があった。美と愛をも司る春の女神には、当然の事ながら避妊や月経管理の為に下腹部へ施す呪紋は存在している。ところが、ダミアンの女たちに現れている呪紋は全く性質が違っていた。『勇者の眷属』に現れるという紋章だとしても、意匠と場所からして何らかの混沌に属する力が影響しているように思えてならない。
 そして、ラビの感覚は間違っていなかった。『勇者の眷属』の紋章は、勇者本人の資質や心理に影響を受けた意匠となって現れる。転生者であり、前世では淫紋や闇落ち等を扱った作品に造詣が深かったダミアンの紋章には、混沌の一柱ひとはしらである『淫欲にふける者』からの寵愛が影響していたのだ。
 勇者の特性『世界の愛し子』はからの寵愛を受ける事ができる。すなわち。これこそが勇者の最も恐るべき能力であり、混沌の勢力にも勇者が存在する理由であった。(ただし、混沌の勢力における勇者はヒーローもしくはチャンピオンと呼ばれる事が多い)
 とはいえ、どのような恩寵も最終的には使う者次第である。世界に愛された勇者には、善に生きるも悪に生きるも好きなように選ぶ事が許されているのだ。それは究極的には人間の生き方そのものでもあった。
 悪に生きながら秩序を信奉する事も、善に生きながら混沌を良しとする事も、人間であれば普通の事である。混沌と秩序、そして善と悪はそれぞれ対立する概念ではあるが、混沌すなわち悪とは言えず、また秩序が必ずしも善であるとは限らない。
 ありふれた人間の生き方に、神の恩寵という強大な力を与えられた者こそが勇者であり、勇者の生き様はそのまま世界を写す鏡と言えた。
 しかしそれはこの世界に生まれ育った者が勇者となった、いわば本来の勇者としての姿である。転生者であるダミアンは、この世界の倫理とはまた違った価値観を持ったまま勇者となった。それ故にダミアンはこの世界の体現者ではなく、変革者としてこの世界を導く事になるだろう。
 ラビと、『勇者の眷属』である4人の女たちはダミアンが転生者である事を知っている。ダミアンに心酔している眷属の女たちはともかく、ラビはこの勇者が世界にどう関わっていくのかを見極めるため行動を共にしていた。
「ま、うちの勇者様は俗物なのがいい所なのよね」
 程々の秩序と程々の猥雑さ。自然神である季節の女神の属性は中立ニュートラル中立ニュートラルである。秩序と混沌、善と悪の狭間を揺れながら歩く人々に祝福を。ラビは再開された肉の宴に参加すべく、ベッドへと向かうのだった。
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