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第十章 勇者と皇帝

勇者と魔王

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 ナナシたちが聖龍連峰を出立する頃には、すでに日も暮れかかっていた。半壊した村などは野生動物や魔獣への心配もある。そこで、キーラとフリーダも勇者の眷属に合流し、村の防衛を手伝う事となった。
 ルルーガをはじめ、勇者の眷属が魔王軍に押しかければ、そもそも話し合いにすらならないだろう。協議の結果、魔王のもとへ向かうのはナナシとダミアン、そして案内役のレジオナと、断固として会談を記録するといって譲らないモニカの4人に決まった。
 夜ならば魔王軍も野営で停止しているため、訪問にも都合がいい。それでもいきなり訪ねれば魔王も警戒するだろう。そこでレジオナの提案により、モニカが『動空録ドクロ』を使って魔王へ向けたメッセージを送る事となった。
 録画を開始したモニカの前で、ナナシの肩に乗ったレジオナがふにゃふにゃとアヘ顔ダブルピースを決める。
「いえ~い、ロックたん見てる~? これから突撃! 魔王まお~の晩御飯でおじゃますっから~、ナナシたんと勇者ゆ~しゃの分もよ~いしといてね~。なおこれ見た魔王まお~軍のれんちゅ~は、ちゃんとカゲッちか魔王まお~につたえるよ~に!」
 どう考えても重要な話し合いをするためのメッセージではない。ナナシは苦笑いで肩の上の少女を見る。しかし、これくらい適当な方が警戒も和らぐかもしれない。どうせ怒られるのはレジオナなのだ。
 ナナシはモニカを抱え上げると、防衛組にうなずいて空中へと駆け出した。ダミアンも『飛行』でそれに続く。中天では月が煌々と大平原を照らしていた。


 ナナシたちと魔王が落ち合ったのは、焦土作戦で焼かれた、とある村の跡地だった。魔王軍はすでに大平原中央を超え、焼かれた村まで進んでいたのだ。
 村の中央にはフライングパンケーキ号が鎮座し、魔王が忙しく軍内を飛び回っている事がうかがえる。この夜も、魔王は焼かれた村の検分と整地の指示を出した所であった。
 ナナシたちは魔王の案内で、フライングパンケーキ号へと乗り込む。趣味の良いテーブルには、野営で提供されているものと同じパンとシチューが人数分用意されていた。ナナシの分は器のサイズが桁違いに大きい。
 魔王の左右には、宰相アビゲイルと護衛役のディー=ソニアが同席していた。身長288センチメートルのディー=ソニアは、ナナシと同様床に座っている。
 一同が席に着くと、魔王ロックがナナシへと話しかけた。
「先日は世話になったな。ところで、勇者を連れての訪問とは、いったい何の用かな? まさか勇者が襲撃を謝罪したいというわけでもあるまい」
「まあその辺の事はとりあえず置いといて欲しいんですけど、今日は焼かれた村の住人の事で話があってですね……」
 ナナシの言葉に、魔王が反論する。
「言っておくが、村を焼いたのは我々ではないぞ。むしろここまで前時代的な焦土作戦を行うとは、こちらが驚いているくらいだ」
「あっ、それは知ってるんで大丈夫です。それでですね、ちょっとダミアンさんの話を聞いてもらえればと」
 ナナシにうながされ、魔王はダミアンの方をじろりと睨む。
「……まあよかろう。それで、話とは?」
 お膳立ては十分にしてもらった。ダミアンは魔王を見据え、臆することなく話し始める。
「これはフレッチーリ王国は関係なく、いち個人として相談に来ました。フレッチーリの焦土作戦から救った村人たちを、魔王軍で保護してもらえませんか」
 ダミアンは、お願いではなく相談という形にすることで、魔王軍の方針を見極めるつもりだった。奴隷や捕虜のように扱われるならば、村人を預けるわけにはいかない。
 ダミアンの話を聞いた魔王は、特に考え込むわけでもなく答える。
「保護か、了解した。その者らの村が多少なりと無事なら、こちらから先遣隊を出して保護下に置こう。村の再建は輜重隊が追いついてからだな。焼き払われているなら、当面は後方の村に分散して引き取る形になるだろう」
「えっ、あっ……そうですか。あっ、それはどうも……」
 あまりにもあっさりと了承されてしまい、拍子抜けしたダミアンはつい間抜けな返答をしてしまう。レジオナが真似た魔王の宣言を嘘だとまでは思っていなかったが、魔王の受け答えには真実味があった。
 いっぽうの魔王は、ダミアンの要領を得ない返事に対し、重ねて確認する。
「それで、村の状況はどうなんだ? 怪我人を輸送するとなれば、馬車の手配も必要になるだろう。食料の問題もある。詳しい状況は分っているのか?」
「あっ、はい。半壊している村もありますが、とりあえず住むことは可能です。食料なんかはかなり取り戻したんで、なんとか冬を越すのは大丈夫かと。怪我人は全部治療したので問題ありません」
「なるほど、それならば駐留部隊を派遣するだけでいいだろう。とはいえ戦闘力を考えればオークかオーガの部隊になるから、村人への説明はそちらに任せるぞ。パニックになられてはこちらも面倒だ」
「あの、それで村人の処遇はどうなりますか? まさか捕虜とか奴隷なんてことにはなりませんよね?」
 ダミアンの、ある意味失礼な疑問に、魔王は笑って答える。
「ははっ、まあ気持ちはわかるよ。そんなのは人間同士でも日常茶飯事だろうからな。まして焦土作戦を目の当たりにした直後となれば無理もない。心配なら、ルビオナ王国寄りの村を見て来るといい。私の統治が目指しているものを少しは理解できるだろう」
 自信満々な魔王の言葉に、ダミアンは少し安堵を覚えた。まさか勇者の視察を念頭に、平和な統治を演出などという無駄な事はするまい。
 対外的なパフォーマンスにしても、緩衝地帯の村々でそれを行う事はほぼ無意味である。この世界の常識に照らせば、緩衝地帯の住民は誰の財産でもない。支配権の押し引きによって、優位にある方がどのように扱おうとも文句は出ないだろう。それだけに、支配下の村の様子をもって答えるという魔王の言葉には重みがある。
 ダミアンは、ここに至り始めて深々と頭を下げた。
「わかりました。村人の事、よろしくお願いします」
 魔王はそれを受け、真摯に返す。
「我が支配下に入れば、いかなる種族であろうと全て同じ国民。彼らも同様に扱うと約束しよう」
 こうして、村人の避難に関する話し合いは平和裏に終了した。


「さあ、話も終わった事だ。さっさと食事を済ませて帰ってもらおう。いつまでも勇者に居座られては、士気にも関わるからな」
 魔王に促され、一同は用意された料理に手を付ける。兵站は料理神の信徒が中心となって管理しているため、野営の食事とは思えぬ美味さであった。
 とはいえ、要件が済んでしまえば、もはや話す事もない。ましてや敵対中の魔王と勇者が同席している食事の場など、どれほど美味な料理でも砂を噛んでいるようなものである。
 沈黙に耐え兼ねたナナシが、魔王に話しかけた。
「あの、差し出がましいようですが、ロックさんとダミアンさんが和解したりっていうのは……」
「無理に決まっているだろう。こちらとしては勇者の奇襲を宣戦布告と受け取ってもいいくらいだ。こうして交渉の場についているのも、あくまでナナシ、君の顔を立てての事だというのを忘れないでもらいたい」
 魔王の返事を聞いて、ダミアンも口を開く。
「僕も、今回は人道的な問題だからこそこうして交渉に来たけど、戦争が始まればフレッチーリ王国のために戦うよ。だから今ここで和解する意味はないんだ」
「う~らぎりものの~名を~ふ~んふふ~ん」
 レジオナがふにゃふにゃと某悪魔人間の歌を口ずさんで茶々を入れる。
「ってゆ~か、うしろから撃たれんじゃないの~? うらぎりものはさ~。あっ、そのまえに牢屋ろ~や行きか~」
 しかし、散々レジオナに煽られ続けて来たダミアンには、すっかり耐性が付いていた。
「軍に合流しなくても戦いようはあるさ。焦土作戦についての話は、戦争が終わった後にじっくり国王と話すよ」
「ゲリラ宣言キター! それっても~テロリストじゃん~」
「なんとでも。僕にはフレッチーリ王国を守る義務がある」
 涼しい顔で返すダミアンを見て、魔王が言う。
「こちらとしては、フレッチーリ側が汚い戦い方をしてくれれば、それだけ我々の正当性が増すからな。好きなようにやってくれたまえ」
 表面上は穏やかに見えても、場の空気はもはや氷点下である。ナナシはうかつな発言を後悔しつつ、完全に味がしなくなった食事を淡々と胃に流し込む作業に没頭するのだった。
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