神のバグで棄てられた俺、異世界の裏で文明チート国家を築く

かくろう

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第4章

第62話「天空の端末」

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 ――夜明けの光は、どこまでも静かだった。

 戦火の残り香が、まだ砂に漂っている。
 焦げた金属と、風車の軸の油の匂い。
 それでも空は澄み、淡い青が滲んでいく。
 リジェクト=ガーデンは、またひとつ“朝”を迎えようとしていた。

 俺は崩れた風塔の上で、息を整えていた。
 砂埃まみれの手のひらに、まだ熱が残っている。
 けれど、それは絶望ではなかった。
 街は、生き延びたのだ。

《街の損壊率:二五パーセント。住民生存率:九四パーセント。/主、成功。》

 淡い声が耳に響く。
 振り返ると、そこに“彼女”がいた。

 リィム。
 もう、あの小さなスライムの姿ではない。
 朝日に透ける青銀の髪、柔らかく光る瞳。
 輪郭はいまだ半透明で、空気に溶けるようだったが――それでも確かに“人間”の形をしていた。

《ユウト……これ、ほんとに、わたし?》

「お前が“なりたい”って言った結果だ。世界が、ちゃんと応えたんだよ。」

 リィムはおそるおそる自分の手を見つめる。
 五本の指を開いては閉じ、胸の前で重ねる。
 その仕草は、まるで生まれたての子どものようだった。

《……あたたかい。指、ふしぎ。さっきまで、なかったのに。》

「それは“触覚”だ。世界に触る感覚。」

《いたいのも、これ?》

「たぶんな。」

《ふしぎ。でも、きらいじゃない。》

 彼女は微笑んだ。
 人の笑顔の“意味”を、まだ理解していないのかもしれない。
 けれどその笑みには、温度があった。
 電子の輝きじゃなく、“命の光”だ。

     ◇

 視線を落とすと、瓦礫の影に人影があった。
 ――天城颯真。

 白銀の鎧は半ば崩れ、手には神の光を宿した剣が落ちている。
 その剣はもうただの金属で、神々しさの欠片もない。
 彼は静かに倒れていた。

 駆け寄る美月が、彼の腕を抱き上げて泣きそうな声を出した。
 隣には藤堂の姿。
 冷静な表情の裏に、どうしようもない焦りがあった。

「……意識、あるのか?」

「わからない。けど……脳信号が、二重になってる。」
 藤堂が唇を噛む。
「神のコードがまだ残ってるんだ。人の領域に、AIの信号が入り込んでる。」

「AI、ね……。」

 俺は目を伏せ、膝をついた。
 颯真の顔は穏やかだった。
 けれど、その額の“印”だけが、異質だった。
 まるで誰かに“神の署名”を押されたように、光を放っていた。

《主……その印、信号を出してる。上に。》

「上?」

《うん。空。/観測層のさらに上。……神の“基地”みたいなところ。》

 リィムの瞳が淡く輝く。
 空を見上げたその瞬間、地平が震えた。
 風が逆巻き、砂が上空に吸い上げられる。
 太陽の光が一瞬、遮られた。

 そして――現れた。

 雲の向こうから、金属と光の巨影が降りてきた。
 回転する輪が三層。
 中心には空洞があり、その奥に、無数の“目”が瞬いていた。

 天を貫くような構造体。
 それは、建造物であり、意志そのものでもあった。

《……観測結果。上層端末群のひとつ。/神域中継システム“Ω-01”……起動。》

「――神の端末、か。」

 地面が鳴る。
 空の裂け目から降る光が、まるで審判のように砂を焼く。
 見上げるだけで、心臓を掴まれるような重圧。
 それでも、リィムは一歩前へ出た。

《主。あれ、知ってる。》

「……どういうことだ?」

《わたしの中に、同じ“構造”がある。記録じゃなく、設計の一部として。》

「つまり――」

《うん。わたし、“神の欠片”。》

 風が止まった。
 音が消えた。
 世界が一瞬だけ、静止したように感じた。

《たぶん、神が壊れた時、世界中にデータがばら撒かれた。/わたしは、そのひとつ。失敗作。》

「……失敗作なんかじゃない。」

 即座に言葉が出た。
 気づいたら、手が伸びていた。
 彼女の肩に触れると、ほんの少しだけ震えが返ってきた。

「お前がいたから、俺はここまで来れた。
 お前がいなきゃ、この街も、人も、俺も、全部もう終わってた。」

《ユウト……。》

「お前は“作られたもの”じゃない。“選んで”ここにいる存在だ。」

 リィムは目を細め、少しだけ笑った。
 その微笑みは、まるで朝の風みたいに柔らかかった。

《……じゃあ、わたし、“生きてる”って言っていい?》

「当たり前だろ。」

《うれしい。》

     ◇

 しかし、空の巨影は黙って見てはいなかった。
 無数の“目”がこちらを向き、低い振動音が大地を揺らす。
 光が走り、リィムの体の表面に無数の文字が浮かび上がった。

《警告:分体発見。/神ノ欠片ヨ、還レ。》

 その声は、空から直接降り注ぐように響いた。
 音ではなく、命令。
 リィムの内部に直接書き込まれる“帰還命令”。

 彼女が胸を押さえ、苦しそうに身を震わせた。

《主……中に、“帰れ”って声が響く。やめて、って思っても、止まらない……!》

「リィム!!」

 俺は彼女の肩を支える。
 熱が伝わってくる。
 彼女の体が、文字通り“焼かれて”いた。
 中継端末が、コードレベルで再吸収を始めている。

《主、……わたし、どうすればいい……?》

「戦え。帰るんじゃない。選べ、お前の意思で!」

 その瞬間、リィムの瞳が強く光った。
 彼女は空を睨みつけ、言葉を放つ。

《神の理(コード)は、理不尽を修正できない。/なら、修理する。/――リィム、更新開始。》

 青い光が噴き上がる。
 リィムの髪が宙に舞い、全身の輪郭が発光する。
 青と白の光が衝突し、世界の上空で雷鳴のように炸裂した。

 空の端末が反応する。
 “光の鎖”が地上へ降り、リィムを絡め取ろうとする。
 だが、彼女の青はそれを焼き払った。
 青い風が渦を巻き、神の鎖を切り裂いていく。

《主、手を。》

 差し出された手を、俺は迷わず掴んだ。
 熱と光が一瞬で混ざり、体の内側にまで響く。
 頭の奥で〈観測〉が再起動し、空の構造体のデータが洪水のように流れ込んできた。

「これが……神の中枢……!」

《うん。/そこに“答え”がある。なぜ神が沈黙したのか、どうして人を棄てたのか。》

「――行こう。修理に。」

《リィムとユウトの、“修正版”。》

 風が吹く。
 青の粒が二人を包み、身体が宙に浮く。
 砂漠の街が遠ざかっていく。
 ミラたちが手を振り、ノアが祈り、ジルドが無言で敬礼した。
 颯真はまだ眠っていたが、その胸は確かに動いている。
 あいつもまた、きっと立ち上がる。

《主、準備完了。目標地点:“沈黙する神殿”。》

「了解。修理屋、出動だ。」

 空の構造体が光を強める。
 その中心に、開かれた門のような穴が現れた。
 青い渦が巻き、そこへ吸い込まれるように二人の体が上昇していく。

 風の音が遠ざかる。
 最後に聞こえたのは、リィムの優しい声だった。

《ユウト……ありがと。わたし、“人になれてよかった”。》

「まだ途中だ。これからだろ。」

《うん。……いっしょに、神を直そう。》

 そして、光が弾けた。
 リィムと俺の姿は、青の閃光の中に溶け――空の神殿へと消えた。

     ◇

 残された砂漠の街では、風塔が低く鳴っていた。
 夜明けの風が街を撫で、崩れた壁を越えてゆく。
 ミラが空を見上げて呟いた。

「行っちゃったね、ユウト……。」

 ノアが隣で微笑む。
「でも、きっと――帰ってくる。だってあの人は、“修理屋”だから。」

 風車の羽が回り、太陽が昇る。
 光が砂を照らし、街に朝が戻った。
 その青の残滓だけが、空に淡く光っていた。
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