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第4部 クリスマスとお正月
第58話「踏み込む勇気」
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次の日の放課後。
外はもう薄暗く、校庭の隅には残った雪が夕陽に照らされてオレンジ色に光っていた。
教室の片付けが終わり、俺と真白は自然と千佳を待つように残っていた。
「……あれ、二人ともまだ帰ってなかったの?」
鞄を抱えた千佳が小首をかしげる。
「今日は珍しいね。ましろんも一緒に」
「うん、ちょっとね」
真白は笑顔を見せるが、その声にはどこか緊張が混じっていた。
俺も胸の奥に重たい鼓動を抱えながら、言葉を探す。
「千佳、この前から……元気ないように見えるんだ」
「えっ……?」
笑顔を貼り付けた千佳の目が、一瞬だけ泳いだ。
「いや、無理に答えなくていい。ただ……俺も真白も、お前の笑顔がちょっと作り物っぽいなって思ったんだ」
「蒼真君……」
真白がそっと俺を見た。
千佳は、しばらく黙り込んでいた。
机に置いた指先が小さく震え、爪で木目をなぞる。
やがてぽつりと声が落ちた。
「……気づかれてたんだ」
いつもの明るい調子とは違う。
その声は、か細く、どこか壊れそうだった。
「だって……ましろんはすごいでしょ? 誰にでも優しくて、成績もいいし、男子からも人気あるし……。私、隣にいると“比べられる役”にしかなれないんだよ」
真白の表情が強張った。
「千佳……そんなことないよ」
「あるよ。だって、みんな言うもん。“結城さんと仲いいんだ”って。それってつまり、“真白がすごいから、私が映える”って意味でしょ?」
唇を噛みしめる千佳。
その言葉は自分を責める刃そのものだった。
俺は一歩、彼女の隣に踏み出す。
「……千佳。それ、冗談の延長で言ってるんじゃないよな」
千佳は目を伏せ、小さく頷いた。
長いまつ毛が震え、今にも涙を落としそうに見えた。
(やっぱり……これはSOSだ)
けれど彼女は泣かない。
代わりに、いつもの調子を必死に作り直す。
「ま、でも! 私が落ち込んでたら、雰囲気壊しちゃうでしょ? だから――明るくしてるの」
その瞬間、胸の奥が痛んだ。
誰よりも自分を犠牲にして、周りを笑わせる。
それは千佳らしい優しさなのかもしれない。だが同時に、自分を削る危ういやり方だった。
(……声にならないSOS。放っておけば、千佳はずっと自分をすり減らしていく)
俺と真白は、視線を交わす。
今度こそ、踏み込まなければならない。
千佳の「明るさの仮面」が、ようやくひび割れた。
教室に残っているのは俺たち三人だけ。窓の外では、夕焼けが校庭を赤く染めている。
「千佳……」
真白がそっと名前を呼んだ。声は優しいけれど、揺れていた。
「……ごめんね。こんなこと言うつもりじゃなかったのに」
千佳は苦笑いを浮かべる。だけど、その目元は赤く潤んでいた。
俺は一歩近づく。
「謝ることじゃない。俺たちに見せてくれたのは、本当の気持ちだろ」
「でも……」
千佳は小さく首を振る。
「私が弱音を吐いても、ましろんに迷惑かけるだけだし。蒼真君だって……聞いても困るよね」
その言葉に、胸が強くざわめいた。
(困る? そんなわけないだろ)
「俺は困らない。むしろ、聞かせてほしい」
「蒼真君……」
驚いたように俺を見上げる千佳。その瞳には、長い間隠してきた不安が映っていた。
真白も隣に膝を寄せる。
「千佳……私ね、ずっと一緒にいてくれて嬉しかった。比べられるとか思ったこと、一度もないよ。むしろ、千佳がいたから私、頑張れたんだよ」
「ましろん……」
その声を聞いて、千佳の頬を一筋の涙が伝った。
彼女は慌てて袖で拭おうとするけれど、次から次へと涙が溢れて止まらない。
「ごめん……ほんとは、すごく不安だったんだ……。二人が眩しくて、私なんかじゃ届かないって……」
「違う」
思わず俺は声を張り上げた。
千佳がびくりと肩を震わせ、俺を見つめる。
「千佳、お前は“私なんか”なんて言う奴じゃない。俺たちは知ってる。明るくて、優しくて、みんなを元気にしてくれる千佳のことを」
言葉を選ぶ暇なんてなかった。ただ心からの気持ちをそのままぶつけた。
千佳はぽかんと俺を見て、それから小さく笑った。
「……蒼真君、そうやって真剣に言うの、ずるいよ」
真白がそっと千佳の手を握る。
「だから……一人で抱え込まないで。私も蒼真君も、千佳の味方なんだから」
千佳の指が震え、やがて二人の手をきゅっと握り返した。
「……ありがとう。ほんとに、ありがとう」
その瞬間、張り詰めていた空気がふっと和らいだ。
窓から差し込む夕陽が三人を照らし、長い影を床に落とす。
その影は重なり合い、まるで一つの形を描いているように見えた。
(千佳……絶対に、このまま孤独にしない。俺も真白も、お前を守るから)
心の奥で、強い決意が静かに芽生えていった。
◇◇◇
翌日の放課後。
昨日の涙を思い出して、俺は少しだけ千佳の様子を気にしていた。
けれど教室に入った瞬間、元気な声が飛んできた。
「おっす! 蒼真君、ましろん! 今日も仲良しだね~」
千佳はいつもの明るい笑顔で、机に肘をついて俺たちを見ていた。
その姿に真白は一瞬戸惑い、それから小さく微笑んだ。
「……元気そうでよかった」
「なになに~? ましろんまでそんな顔して。私はいつだって元気印の橘千佳ちゃんだよ!」
おどけたように胸を張る。
だけど、昨日のことを知っている俺には――その笑顔の端に、ほんの少しの無理が滲んでいるのが見えてしまう。
「……千佳、無理してないか?」
俺が口にすると、千佳は一瞬きょとんとした顔をして、それからふっと視線を逸らした。
「……やっぱりバレてるか。蒼真君、するどいなぁ」
彼女は小さく肩をすくめ、机の上で指を組む。
その仕草は普段の明るさとは違って、どこか頼りなげだった。
「……昨日のこと、ありがとね。二人がいてくれたから、少しだけ楽になったんだ」
「千佳……」
「でもね」
彼女は少し笑ってみせる。
「やっぱり私は二人を応援したいんだ。ましろんが幸せそうにしてるのを見ると、私も嬉しいから」
その言葉は真っ直ぐで、嘘じゃない。
でも、心の奥に残っている小さな影を、俺は見逃せなかった。
真白もきっと同じだろう。隣でそっと千佳に寄り添いながら、柔らかく言葉を返す。
「ありがとう、千佳。でも……無理はしないで。応援なんて言葉に隠さないで、ちゃんと私たちに頼って」
千佳は目を丸くして、それからふっと笑った。
「ましろんは本当に優しいなぁ……。でも、うん。わかった。もしまた苦しくなったら、ちゃんと頼るよ」
その小さな約束――“誓い”は、夕焼けの光の中で結ばれた。
けれど俺は知っている。
彼女が笑顔の奥に隠しているものは、まだ完全に消えたわけじゃない。
(千佳……お前が本当に笑えるようになるまで、俺も真白も支え続ける)
心の奥にそう強く刻みながら、俺は彼女の横顔を見つめた。
外はもう薄暗く、校庭の隅には残った雪が夕陽に照らされてオレンジ色に光っていた。
教室の片付けが終わり、俺と真白は自然と千佳を待つように残っていた。
「……あれ、二人ともまだ帰ってなかったの?」
鞄を抱えた千佳が小首をかしげる。
「今日は珍しいね。ましろんも一緒に」
「うん、ちょっとね」
真白は笑顔を見せるが、その声にはどこか緊張が混じっていた。
俺も胸の奥に重たい鼓動を抱えながら、言葉を探す。
「千佳、この前から……元気ないように見えるんだ」
「えっ……?」
笑顔を貼り付けた千佳の目が、一瞬だけ泳いだ。
「いや、無理に答えなくていい。ただ……俺も真白も、お前の笑顔がちょっと作り物っぽいなって思ったんだ」
「蒼真君……」
真白がそっと俺を見た。
千佳は、しばらく黙り込んでいた。
机に置いた指先が小さく震え、爪で木目をなぞる。
やがてぽつりと声が落ちた。
「……気づかれてたんだ」
いつもの明るい調子とは違う。
その声は、か細く、どこか壊れそうだった。
「だって……ましろんはすごいでしょ? 誰にでも優しくて、成績もいいし、男子からも人気あるし……。私、隣にいると“比べられる役”にしかなれないんだよ」
真白の表情が強張った。
「千佳……そんなことないよ」
「あるよ。だって、みんな言うもん。“結城さんと仲いいんだ”って。それってつまり、“真白がすごいから、私が映える”って意味でしょ?」
唇を噛みしめる千佳。
その言葉は自分を責める刃そのものだった。
俺は一歩、彼女の隣に踏み出す。
「……千佳。それ、冗談の延長で言ってるんじゃないよな」
千佳は目を伏せ、小さく頷いた。
長いまつ毛が震え、今にも涙を落としそうに見えた。
(やっぱり……これはSOSだ)
けれど彼女は泣かない。
代わりに、いつもの調子を必死に作り直す。
「ま、でも! 私が落ち込んでたら、雰囲気壊しちゃうでしょ? だから――明るくしてるの」
その瞬間、胸の奥が痛んだ。
誰よりも自分を犠牲にして、周りを笑わせる。
それは千佳らしい優しさなのかもしれない。だが同時に、自分を削る危ういやり方だった。
(……声にならないSOS。放っておけば、千佳はずっと自分をすり減らしていく)
俺と真白は、視線を交わす。
今度こそ、踏み込まなければならない。
千佳の「明るさの仮面」が、ようやくひび割れた。
教室に残っているのは俺たち三人だけ。窓の外では、夕焼けが校庭を赤く染めている。
「千佳……」
真白がそっと名前を呼んだ。声は優しいけれど、揺れていた。
「……ごめんね。こんなこと言うつもりじゃなかったのに」
千佳は苦笑いを浮かべる。だけど、その目元は赤く潤んでいた。
俺は一歩近づく。
「謝ることじゃない。俺たちに見せてくれたのは、本当の気持ちだろ」
「でも……」
千佳は小さく首を振る。
「私が弱音を吐いても、ましろんに迷惑かけるだけだし。蒼真君だって……聞いても困るよね」
その言葉に、胸が強くざわめいた。
(困る? そんなわけないだろ)
「俺は困らない。むしろ、聞かせてほしい」
「蒼真君……」
驚いたように俺を見上げる千佳。その瞳には、長い間隠してきた不安が映っていた。
真白も隣に膝を寄せる。
「千佳……私ね、ずっと一緒にいてくれて嬉しかった。比べられるとか思ったこと、一度もないよ。むしろ、千佳がいたから私、頑張れたんだよ」
「ましろん……」
その声を聞いて、千佳の頬を一筋の涙が伝った。
彼女は慌てて袖で拭おうとするけれど、次から次へと涙が溢れて止まらない。
「ごめん……ほんとは、すごく不安だったんだ……。二人が眩しくて、私なんかじゃ届かないって……」
「違う」
思わず俺は声を張り上げた。
千佳がびくりと肩を震わせ、俺を見つめる。
「千佳、お前は“私なんか”なんて言う奴じゃない。俺たちは知ってる。明るくて、優しくて、みんなを元気にしてくれる千佳のことを」
言葉を選ぶ暇なんてなかった。ただ心からの気持ちをそのままぶつけた。
千佳はぽかんと俺を見て、それから小さく笑った。
「……蒼真君、そうやって真剣に言うの、ずるいよ」
真白がそっと千佳の手を握る。
「だから……一人で抱え込まないで。私も蒼真君も、千佳の味方なんだから」
千佳の指が震え、やがて二人の手をきゅっと握り返した。
「……ありがとう。ほんとに、ありがとう」
その瞬間、張り詰めていた空気がふっと和らいだ。
窓から差し込む夕陽が三人を照らし、長い影を床に落とす。
その影は重なり合い、まるで一つの形を描いているように見えた。
(千佳……絶対に、このまま孤独にしない。俺も真白も、お前を守るから)
心の奥で、強い決意が静かに芽生えていった。
◇◇◇
翌日の放課後。
昨日の涙を思い出して、俺は少しだけ千佳の様子を気にしていた。
けれど教室に入った瞬間、元気な声が飛んできた。
「おっす! 蒼真君、ましろん! 今日も仲良しだね~」
千佳はいつもの明るい笑顔で、机に肘をついて俺たちを見ていた。
その姿に真白は一瞬戸惑い、それから小さく微笑んだ。
「……元気そうでよかった」
「なになに~? ましろんまでそんな顔して。私はいつだって元気印の橘千佳ちゃんだよ!」
おどけたように胸を張る。
だけど、昨日のことを知っている俺には――その笑顔の端に、ほんの少しの無理が滲んでいるのが見えてしまう。
「……千佳、無理してないか?」
俺が口にすると、千佳は一瞬きょとんとした顔をして、それからふっと視線を逸らした。
「……やっぱりバレてるか。蒼真君、するどいなぁ」
彼女は小さく肩をすくめ、机の上で指を組む。
その仕草は普段の明るさとは違って、どこか頼りなげだった。
「……昨日のこと、ありがとね。二人がいてくれたから、少しだけ楽になったんだ」
「千佳……」
「でもね」
彼女は少し笑ってみせる。
「やっぱり私は二人を応援したいんだ。ましろんが幸せそうにしてるのを見ると、私も嬉しいから」
その言葉は真っ直ぐで、嘘じゃない。
でも、心の奥に残っている小さな影を、俺は見逃せなかった。
真白もきっと同じだろう。隣でそっと千佳に寄り添いながら、柔らかく言葉を返す。
「ありがとう、千佳。でも……無理はしないで。応援なんて言葉に隠さないで、ちゃんと私たちに頼って」
千佳は目を丸くして、それからふっと笑った。
「ましろんは本当に優しいなぁ……。でも、うん。わかった。もしまた苦しくなったら、ちゃんと頼るよ」
その小さな約束――“誓い”は、夕焼けの光の中で結ばれた。
けれど俺は知っている。
彼女が笑顔の奥に隠しているものは、まだ完全に消えたわけじゃない。
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