ロレンツ夫妻の夜の秘密

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【番外編】メイドについての夫妻の見解

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 ある朝、ステファン・ロレンツが目覚めると、妻のディアナがメイドになっていた。

 焦茶の巻髪を低い位置で一玉に結って、シニョンカバーをつけている。
 白いエプロンをかけている。その下の黒のロングワンピースの襟は白で、臙脂のリボンタイをしている。
 ごく正統、実用的でクラシカルな装いだ。確か、ディアナの実家のメイド達もこのような格好をしていた。

「おはようございます」
「……うん……?」
「そろそろ起きてくださいませ。お仕事、遅れてしまいますわよ」

 ステファンは掛布の中で丸まったまま、目を擦った。

「どうしたんですか、その格好」

 ディアナは夫から掛布を剥がしつつ、答えた。

「……着ているところ、見てみたいっておっしゃったのは貴方ですわ」

 ステファンは寝起きの頭を働かせる。確かに、そう言いはした。




 昨日、妻の伯母から、手紙と木箱が届いた。

『親愛なるディアナ
 引っ越しは無事に終わりましたか?
 マリーちゃんから新しい住所を聞きました。ちゃんと届くかしら?
 突然の出立驚きましたが 愛する人と離れたくないという貴女の気持ち 全力で応援します
 わたしだって夫と一緒になるために国境を越えたもの
 北国については 不安を煽る話を耳に入れてしまいましたが しっかりものの貴女のこと   
 逞しくやっていけることでしょう
 同梱のものは わたしから貴女たちご夫妻への餞です
 好みがわからなかったので色々と揃えてみました
 差し出がましいかとも思いますが 夫婦生活を充実させるには お互いの努力が必要です
 夫のために心を尽くすのは、なんにもいかがわしいことじゃないのよ!
 いつだって 貴女たちの幸せを祈っているわ
      ニコラ・ラインハルト』

 箱の釘を抜いて開けてみると、整然と詰め込まれていたのは夜の玩具だった。
 ディアナを見れば、身内からの不意打ちに青くなって、手紙を握りつぶさんばかりだ。

「……話したんですか?」
「いいえ! でも、伯母は昔からその……好奇心旺盛で……」
「ええ、大変いいご趣味ですね。こちらでは入手ルートを見つけられていなかったので、助かります。貴女の興味のあるものから使わせていただきましょうね」

 ディアナは、今度はみるみる耳まで赤くなった。

「……貴方にお任せしますわ!」

 閨では積極的になる彼女だが、普段は慎み深い。ステファンもあまり追い込まないことにして、伯母の厚意は箱ごと自室に預かった。

「ふうん……」

 張り型一つとっても、内部にゼンマイ仕掛けが仕込まれて、ボタン操作で動くなど、凝っている。帝国屈指の大商会、さすがの品揃えだ。
 道具の隙間には緩衝材がわりに、布物も詰められていた。
 広げていると物音がした。

「ディアナ、気になるならどうぞ、いらっしゃい」

 しばらく待っていると、ドアが開いた。

「……その、やっぱり、届いたもののお片づけ……お手伝いすることがあればと思って」

 言い訳をしながら入ってきた彼女は、それを見て怪訝な顔をした。

「なんで、メイドの服が?」
「これはおそらく、貴女が着るのを想定していますね」
「メイドとして働くようにってことですの?」
「合っている気もしますが補足しますと、主人に無体をされる使用人、という擬似体験をするための衣装です」

 彼女の口が尖った。

「破廉恥です」
「僕、ちょっと見てみたいですけど」
「……いけませんわ!」

 語気が強くなった。機嫌を損ねたようだった。
 曰く、使用人を思うがままにできる相手として扱うのは間違った態度とのことだ。
 主従だからこそ、節度を保たなくてはいけない。性的な行為を求めるなんてもってのほか。
 使用人を多く抱える貴族の家に生まれ育った彼女らしい、真っ当な見解だった。

「なるほど、おっしゃるとおりですね」

 ステファンは大人しく同意した。彼女が楽しめないものを強いるつもりはない。

「じゃあこれはしまって……」
「……着るものは、私が預かります」
「そう?」
「はい」

 ディアナはメイド服一揃いと下着数枚を回収して出て行ったのだった。




 それがどういう文脈でこういう展開になるのか、よくわからない。
 突如家に現れたメイドは、一人分の朝餉を用意して、自分は控えている。

「貴女の分は?」
「後でいただきますわ」

 主人と使用人は、食卓は別なのだという。
 すんなりとした長身に、凛々しい印象の目元をした彼女は、初々しい新人というより、しっかりものの中堅女中といった風情だ。
 しかし態度が固い。給仕する姿を観察していたが、視線が合うと逸らされてしまった。
 ともかくも時間が迫ってきたので、出勤することにした。

「いってきますね」
 いつもは、頬を合わせて軽い口付けを交わすのだが、今日はしてもらえないようだった。
「はい、お気をつけて」

 距離をとりつつ鞄を渡してきた彼女は、一拍置いて、口にした。

「いってらっしゃいませ、




 夕刻、帰っても、妻はメイドのままだった。

「あの、夕食は一緒にとってほしいです」
「わかりましたわ」

 頼めば別に断りはしなかった。

「貴女、今日は買い物もその格好で行ったんですか?」
「外出の時は着替えましたの」

 恥ずかしそうにする。そっけないのは照れ隠しらしいと気がついた。
 食後の紅茶を嗜むために、居間に席を替えたあと、長椅子の隣にかけるよう促した。
 この変身が、単に彼の要望に応えてくれたのか、何か試されているのか、考えても答えは出そうになかったので、素直に訊くことにした。

「今日はどうなさったんです?」
「お気に召しませんでしたか」
「いえ、まあ……」

 気に入らないといったら嘘だが、扱いには迷っている。
 ディアナはステファンの腕をとると、身体を押し付けてきた。布ごしでも、豊かな胸元の柔らかさがわかる。

「……メイドの方に、そういうことを求めてはいけないのでしたよね?」
「ええ、ダメですわ。でも、貴方はご興味があるみたいでしたから」

 怒ったような顔で、彼女はいくぶん早口になって説明した。

「他所のお宅のメイドや、もしかしてこれからうちで雇う方に、そういう感情をお持ちになっては困ります。でも、私なら、いいですわ。貴方の妻ですもの。本物のメイドではありませんけど、できるだけ再現しましたのよ。夫婦生活には、お互いに努力が必要でしょう?」

 ステファンは答えた。

「うん、やっと理解できました」

 彼女は誤解している。
 ステファンは、別にメイドという職業に就く人に特別な思い入れがあるわけではない。
 ただ、目上の一家のお嬢様だったディアナが、そういう格好をしているのは、主従の認識が逆転するようで、中々味がある。
 要は、彼女が着てくれるからいいのであって、中身が別人なら食指が動こうはずもない。
 なのに、彼女はいもしない相手に妬いて、矜持に背いてまで夫の望みを満たそうとしている。
 真剣に考えたらしい彼女には悪いが、つい、口元が綻んでしまった。

「そういうことなら、触れてもいいですか」
「どうぞ」

 両の上腕に手を添えて、上半身をこちらに向かせて口付けた。優しく唇を吸う程度で離したが、ディアナはようやく、艶っぽく笑みかえしてきた。




 寝室に誘った。せっかく着てくれたのを、全部脱がせてしまってはつまらない。張りのある生地のエプロンの後ろを緩め、肩紐を外して胸当て部分を下ろした。ワンピースの前ボタンを外すと、柔らかな乳房がこぼれた。
 コルセットでもシュミーズでもない、頼りないほど繊細な下着をつけていた。

「これも着てくれたんですね」
「ええ」

 恥じらって、彼の肩に顔を埋めてくるのが微笑ましい。
 送られてきた品々の一つだ。白のレースと薄絹でできている。ふっくらと内から押し上げられて、胸先の色が透けていた。

「仕事着の下にこんなものをつけて、淫らなメイドさん」

 布地の下に人差し指を滑り込ませる。くるくると周囲をなぞる。中央が芽吹いてきたところで指を抜き、今度は布の上から摘んだ。
 ディアナの口から、可愛らしい声と息が漏れてきた。もう片手で、脚を撫で、ロングスカートの裾を上げていく。白のガーターストッキングの、ツルツルした手触りが新鮮だ。
 昨日、目にしただけではどういう構造かよくわからなかったが、彼女が身につけてくれて真価がわかった。揃いのガーターベルトと短いショーツの合間に露わになる肌は、絹の純白と比してうっすら血の気を帯びて、煽情的だ。
 ショーツの上から指を往復させると、蜜が滲んでしっとりとしてきた。割れ目の上端の芽も探り当て、軽く擦る。

「待って……」
「痛いですか?」
「いえ、違いますわ」

 彼女は面を上げ、ステファンの唇を吸った。翠玉の瞳が、彼の瞼の中を覗き込む。
 その手は彼の脚の間に潜り込んだ。
 反応具合を確かめるように、手のひらが上下する。
 不意にいいところを擦られて、背が粟立った。キスの合間に呻いてしまう。
 ディアナは気を良くしたようで、ステファンの唇を割り、舌を絡めてくる。
 さらに、ぐいと身体をぶつけてきた。ステファンは気づけば天井を向いていた。手の内で愛でていたはずのメイドが、彼を押さえていた。かなり、力強い。

「貴方……ううん、旦那様。主人のお世話が務めですの。いつも可愛がってくださる分のお返しですわ。今日は、私にさせてくださいませ」
「ちょ、ちょっと待って……!」
「嫌ですわ」

 ディアナは、ステファンの目の前で、ショーツを脱ぎ捨てた。ガーターベルトを外さなくてもいい仕様になっているのを感心している場合ではなかった。
 彼女は流れるような動作で彼のものを取り出し、跨った。

「こんなふうになっていらっしゃいますもの。すぐ、楽にして差し上げますわね」

 彼女はそれに自分から手を添えて、蜜口に導いた。もっとも敏感な部分で感じる彼女は熱い。
 彼女が、位置を確認するように擦り付けると、くちっと水音がした。
 声を漏らしたのは、ステファンの方だった。ディアナが口の端を上げて笑む。目が闇の中で輝く。美しくしなやかな獣が、獲物を楽しそうに見下ろしている。
 ステファンは内心、呟いた。
 ……まずい。

 これまでは限界まで理性を保って、主導権を取ってきた。彼女も、嗜好からして、そう望んでいた。
 しかし、ステファンは実のところ、彼女に心酔している。真正面から来られれば、勝てるわけがないのだ。

「……っ、は、ディアナ、だめです……!」
「どうして?  旦那様が教えてくださったんですわ……ここですわよね?」
「……くぅう……!」
「あぁ、素敵……! お声、もっと聞かせて」

 騎乗位は初めてではない。以前は、ぎこちない腰使いを下から突き上げて泣かせた。しかし、何をさせても覚えがいい彼女は、きちんと彼の悦ぶところを学習していた。
 まったく、したことは全部、返ってくるのだ。
 それにしても容赦がなかった。
 ディアナは大胆にスカートをたくし上げて結合を見せ、乱れた胸元に彼の手を当てさせる。
 ゆっくりと腰を上げたかと思うと、すとんと座り込んで根元まで沈める。身体の内の筋肉まで自在に使って、締め上げ、擦る。
「だめ、そんなにしたら、すぐ……!」
「ふふ、嬉しい。いつでもいいですわ、我慢なさらないで……」

 ステファンはもう、その獰猛で妖艶な笑みから、視線を外せない。
 端正な白い面は情欲を帯びて紅潮し、翠玉の瞳はうっすら弧を描く。
 しなやかな腕が伸び、熱い両の手のひらが彼の顔を包む。彼女に翻弄されて、荒く息をつく男の唇を撫でる。
 濡れ濡れとした舌と唇が言葉を紡いだ。

「大好き……私の、私だけの旦那様……」

 結局、使用人に無体をするどころか、無体をされて搾り取られることになった。
 情事の後、ステファンは頭をしっかりディアナの胸元に抱き込まれている。

「貴方、ねえ、どうでしたか?」

 彼女は得意げに声を弾ませて、彼の猫毛を梳いている。

「……貴女は悪いメイドです」

 すると、彼女の声が沈んだ。

「……お嫌でした……?」

 腕の力が緩んだところで、ステファンは顔を上げた。しゅんと眉を下げた妻がいた。

「いいえ。物凄く気持ち良かったです」

 少しばかりの悔しさは、彼女の鼻先に軽く噛みつくようなキスをして発散させた。
 ディアナは、すぐに同じように仕返してきた。鼻先に柔らかな舌を感じた。
 目で笑い合い、今度は唇を交わす。
 かわいいディアナ、されたことはやりかえしてみたくなってきたらしい。

「愛してますよ、ディアナ。僕は貴女のもので、貴女は僕のもの」

 どんなことでも応えてやりたいと思う。
 彼にとっては、彼女の悦びがそのまま、自分の悦びなのだから。




 翌日、ディアナは礼状を書いた。

『親愛なる伯母様
 北国にも遅い春が訪れています 伯母様 ご家族の皆さま お変わりなくお元気でいらっしゃいますでしょうか
 いとまの挨拶もそこそこに出立の不義理 何卒ご容赦くださいませ
 着いて一月 ようやく住まいも落ち着いて参りました』

 さらさらとそこまで記して止まる。しばし考えて再び手を動かした。

『餞別の品 有り難く頂戴いたします
 夫婦とは不思議なものですね 
 結婚して半年あまり 夫の知らぬ顔を日々発見し 愛しさはいや増すばかりです
 いたわりあってよい関係を保ってゆきたいと思います
 最後になりましたが 伯母様がたのご健康 ご家業の益々のご発展をお祈り申し上げます
      ディアナ・ロレンツ』

 後日、夫が別途、餞別に対する礼と、夫婦間のことゆえ内密にと前置きした上で使用感のレビューを書き送り、伯母を狂喜させた挙句に同志として認定されること。
 そして、今後、そういった新商品がこまめにもたらされ、閨がさらに充実してしまうことを、ささやかな勝利に満足している彼女は、まだ知らない。
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