黒山羊と花の乙女

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12.すももの色のワンピース③

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 ぐう、と、のどかな音がした。

「白状したら、腹減ったよ」

 きまり悪げなユールがかわいくて、リファリールは口元にこぶしをあててクスクス笑った。
 招いたはいいけれど、リファリールの部屋には椅子がひとつしかない。
 ベッドを長椅子がわりにして、テーブルを寄せてきて、並んで座った。
 籠のすももは、どれもふっくらと形よく、上気した子供の頬のような色をしている。
 ユールが皮ごと齧ると、爽やかな芳香が広がって、橙色の果肉が覗いた。

「すもも好き?」
「うん。甘いけど、けっこう酸っぱくて、硬くって食いでがある」
「ユールさんの好きな色を聞いたらね、ルクくんがこれ選んでくれたの。すももって。ラーニャさんもこれがいいって」

 リファリールはワンピースの裾を摘んでみせる。ユールの目が柔らかく細められた。

「似合ってる」

 誰に褒められるより嬉しかった。

「すももって春が終わる頃に白い花が咲いて、夏の初めに実になるんだ。俺んちの前、何本も植えてあって、ちょうど今くらいの季節、枝がたわむくらいなってさ。みんなで毎日食っても食いきれなくて、ばあちゃんと母ちゃんがすもも酒とシロップ漬けにして、年中食べてた。……俺、ちびのとき、こっそり飲んだのがシロップじゃなくて酒の方で、ベロベロになって見つかってさあ、叱られて笑われて、すげえ水飲まされて」
「ふふ」

 きっとルクみたいな子供だったころの、ユールの話。

「食い飽きたなあって思ったこともあったけど、やっぱり美味いや。果物じゃ一番好きだ」

 眩しそうで、嬉しそうで、少し悲しそうだった。
 ルクを初めて抱き上げたときと同じだ。懐かしい、幸せな思い出を取り出して眺めているときの顔だった。
 樹花族でない彼とでは、ルルーシアとしたような「共有」はできない。
 けれど、彼は自分の言葉で、大切な記憶をリファリールに分けてくれる。
 それは充分、素敵なことだった。

「ひとくち、欲しいです」

 リファリールが口を開けてねだると、ユールはよく熟れた部分をひとかけら、舌に乗せてくれた。
 水のかすかな味に慣れたリファリールには、果実の酸味は鮮烈な刺激だった。身体中に、突風が吹き抜けていくようだ。
 口を押さえて固まっているのを、ユールは心配そうに見守っていた。

「きつい? 無理しないで、出していいよ」

 リファリールは首を横に振って、ちいさな柔らかい欠片を飲み下した。

「……もっと」

 懲りない様子にユールの表情が和らいだ。

「気に入ったならいいけどさ。急にたくさん食べてお腹壊すといけないから、今度ね」

 そう言って、最後の一つも、むしゃむしゃ食べてしまった。
 リファリールは諦めきれない。ユールの思い出の味がもっと欲しい。
 ベッドに膝立ちになって、すももが消えていった先に唇を寄せた。
 間近の蜂蜜色の目は、リファリールの欲しがりを笑っているようだ。
 大きな手が、リファリールの腰を引き寄せた。
 リファリールは彼の頬を手のひらで挟む。彼の温かい舌は、甘酸っぱいすももの味と匂いがした。顎を摘まれて口を開くと、柔らかく潜り込んできた。
 すももの味が薄れたころ、彼は口を離した。リファリールは名残惜しくて、もう一度、ついばむようなキスをした。

「リファちゃん、すももの花娘みたいだ」

 本当にそうなりたいと思った。ユールの種で生まれる子供のために、すももみたいな実をつけたい。
 ユールがリファリールの右耳の花に、手を伸ばす。

「花も食べて」

 リファリールは誘う。彼は花もリファリールだと言ってくれたから、もう迷わない。
 蜜に酔って、もっと自分を好きになってほしい。
 彼は顔を寄せてきた。けれど、花ではなく、リファリールの巻角の根元に口付けて、白い産毛に包まれた三角の耳へ舌を這わせた。

「あ……!」

 思わず声が出た。リファリールの身体で、そこだけは獣族の部分だ。耳に息を吹きかけられると、未知の感覚が走った。
 まるで、火に炙られるような。

「ユールさん、耳は」
「嫌?」
「食べたら、なくなっちゃう、っ……!」

 ぺろりとまた舐められた。

「うん、わかってる。食べないよ」

 濡れた耳元で囁かれるだけで、身体中に火の粉が飛ぶ。リファリールは耳を震わせた。

「花なら、いいから」
「……このまま齧っていい?」

 リファリールが頷くと、彼は今度こそ花芯に鼻先を埋めた。蜜を含んだ部分を舐めて、吸う。
 リファリールにはその密やかな水音が、全て聞こえた。
 痛いわけではないのに、刺激が身体中に細波のように広がっていく。
 唇に指を押し当てて声を我慢しようとすると、ユールの手が伸びてきて、リファリールの手を外してしまった。

「やあっ……」
「声、聞きたい」
「だって、変だもの、っ、だめぇ」
「変じゃないよ、かわいいよ」

 また耳を、柔らかく喰まれた。頭がぼうっとのぼせてきて、いっそそこも食べられてもいいとまで思った。

「リファちゃん、嫌ならいつでも蹴っ飛ばしてよ」
「……ユールさん、いじわる」
「だって、すげえ気持ちよさそうにしてくれてるから、嬉しくなっちゃって。違う? 俺の勘違い?」

 熱くてそわそわする感覚。
 くすぐったくて恥ずかしくて、でも、もっと欲しい。

「……していいから、花、ちゃんと食べて」

 リファリールの願いに、ユールは今度こそ応えてくれた。
 さくっと音を立てて、花びらに歯が入った。

「あっ……」

 ユールはリファリールの頭に手を添えていた。力が入っているわけではない。けれど、逃げられない。
 八重の花びらが、くしゃりと噛まれて、ちぎられる。咀嚼音、喉のなる音。また、蜜を吸われて。そして、噛まれる。

 

 恐怖ではなかった。
 甘く絡めとられるような、快楽だった。

 彼の歯が最後に残った萼(がく)を外す、軽い、あっけない音と共に、それは終わった。

「ごちそうさま」

 彼は、リファリールを労るように花がついていた部分を舐める。
 けれど、その目には欲望の火が灯ったまま。
 そして、膝に乗っているリファリールの身体を、下から押し上げるように主張してくるものがあった。
 リファリールは息を整えて、頼んだ。

「ユールさん、あのね」
「うん」
「わたしの身体、見てほしいの。見たくないみたいだけど、お願い」
「またなんかすれ違ってんなあ。あのさ、見たいに決まってるじゃん」
「だって、わたしがユールさんのシャツ借りて着替えるとき、いつも向こうむいてて絶対に振り返らないし、健康診断のときも、すぐ服着てねって言ってたから。やっぱり、わたしの見た目、あんまり気に入らないのかなって」
「逆。リファちゃんのことは全部好きだってば。……俺、どうせ負けんのがわかってんだよ、見たら絶対、我慢できねえ」

 ため息混じりに答えたユールに、リファリールは安心した。
 黙っていることはあっても、嘘をつけるひとではないのだ。

「我慢しなくていいから、見て」
「……リファちゃん、俺が何を我慢してるか、わかってないでしょ」
「わかってます。ちゃんと本、読んだもの。ずっと、わたしに合わせてくれてたんですよね。今日は、ユールさんのやり方でしてほしいの」

 ユールの喉が上下した。

「やりたくねえって言ったら、大嘘だけどさ。リファちゃん、身体ちっちゃいから、しんどいと思うよ。俺、無理させたくねえんだよ……っ!」

 語尾が跳ねたのは、リファリールが彼のそこに手を滑り込ませたからだ。

「リファちゃん」

 切なそうに呼ぶ声でいっそう、リファリールは彼が欲しくなる。
 種を出したくて、こんなになっているのに。花を食べて魅了も効いているのに、まだリファリールを気遣ってくれるのが、嬉しくて、もどかしい。

「わたし、身体はちいさくても、とっくに花が咲いてるもの。大人です」
「ってもさあ、あ、だめだって、それほんとに」

 悪戯を止めようとする手を、それならとリファリールは自分の背中に持っていく。

「後ろのリボン、解いて」

 微笑みかければ、ユールの最後の枷は弾け飛んだらしい。
 彼は黙って、リボンを引いた。





 すももの色のワンピースは、そっと椅子の背にかけた。
 白いレースの下着も脱ごうとしたが、上の、背中の金具がなかなか外れない。
 リファリールは、また頼んだ。

「これ、脱がせて」
「リファちゃん、あんまり煽らないで」
「だって、できないの」
「あーもう、おいで」

 ユールはリファリールを背中向きに座らせて、手伝ってくれた。

「ありがとうございます」

 あとは自分でできる。立ち上がって足からするりと下を抜いて、リファリールは振り返った。

「……どうですか?」

 答えは、言葉ではなかった。
 手を引かれて、ベッドに横たえられて。
 そして、口付けが落ちてきた。





 熱い。
 肌を触れ合わせた部分から、彼の温度が伝わって、リファリールを獣に変えていく。
 はち切れそうなものが身体に押しつけられる。それがリファリールの中に入りたがっていると知っているから、どうぞ、と脚を開くのに、彼はすぐ来てはくれなかった。

 温かな手のひらで背を撫でて安心させてくれたかと思えば、弱い耳を噛まれて責められる。
 胸の膨らみをやわやわと揉まれて、摘まれて、含まれて、そのたびに、新しい感覚を味わった。聞きたいといわれるままに、甘えた声で鳴いていた。





 医者はいみじくも『擬態』と言った。
 それは草木が受粉のために、虫を呼ぶ花をつけるのに、似ている。
 樹花族が他種を誘う手段は、花だけではない。
 彼らは、相手により好まれる姿に成長していく性質を持つ。

 リファリールは知らず、願っていた。

 もっと、木がお日様に枝を伸ばすように、背が伸びればいい。
 そうしたら、自分から、恋した彼に口付けができる。

 彼と同族の女性のように、やわらかな膨らみがあればいい。
 そうしたら、きっと、少しでも、自分の身体を気に入ってもらえる。

 獣族の交わりの知識を得てからは、それに応えられる身体になりたい、彼の望む形で結ばれたら、どんなに素敵だろう、と。

 リファリールの身体は、そうして、静かに変容している最中だ。
 今夜も、また。





 彼はリファリールに快楽を教え込んだ。
 まるで、手にした果実が、本当に食べられるほど熟れているか、念入りに確かめるように。
 彼のものを受け入れる部分は、特に丁寧に舌と指で解された。
 リファリールが、これまで彼にしてきたことだった。
 彼が感じていたのはこういうことだったのだと、ほとんどすすり泣きながら思い知った。
 何度も彼の名前を呼んだ。そのたびに、優しく名前を呼び返してもらった。
 早く欲しいと懇願した。
 指を二本根元まで入れられて、蜜が内腿に伝うほどになって、やっと、彼は許してくれた。

 リファリールを仰向けに寝かせて、真っ直ぐに自分のものをあてた彼は、それでも最後に確かめた。

「いい?」

 リファリールは涙に滲む視界の中で、彼を見つめて頷いた。

 彼は、刻みつけるように隘路を押し広げて、リファリールを自分の形に変えていった。
 奥まで止まることなく進んで、そして、ゆっくりと、動き始める。
 リファリールの中に、覚え込ませるように。

 リファリールは、嵐の中の葉っぱのように揺さぶられながら、彼にしがみついていた。
 本能的に悟っていた。
 木(わたし)が人の形をとって、言葉を喋って、二本の脚で歩く理由。
 彼と出会って、交わるためだった。そのための姿だった。
 だから、彼が心配したような辛さはなかった。ひたすらに気持ちがよかった。
 手や口でしていたときと同じように、粘液を絡めて、包んで、締め上げて、身体全体で貪欲に訴える。

 

 彼が呻く。腰の動きが強く、早くなっていく。
 最後、強く抱きすくめられた。

 リファリールは声を上げていた。熱い、彼の命そのものが、内側で弾けていく。
 彼が、見ている。
 恋した相手に抱かれて、種を注がれて、喜びに狂いそうな自分を。

「ユールさん」

 蜂蜜色の恍惚の中で名を呼ぶと、唇が重なった。
 春から数えきれないくらい交わした、好きの挨拶だった。
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