黒山羊と花の乙女

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11.すももの色のワンピース②

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 夕方、リファリールはまっすぐ帰らずに、傭兵ギルドに寄った。
 入ってすぐの受付のあるロビーで、ちょうど更衣室から降りてきたらしい一団と鉢合わせた。
 ユールが手を挙げて合図してくれた。
 その様子に、仲間の一人がニヤッと笑ってユールに肩をぶつける。

「怪しいねえ」
「まあ、そういうこと」
「認メヤガッタゼ!」

 ユールの頭の上から、ネムがユールの先が黒い鼻を一回蹴りつつ飛び降りた。
 ラパンが笑顔で誘った。

「リファちゃん、俺ら今から飯食いにいくけど来る?」

 フロックが翼を指のように立てて振る。

「野暮言うなよ、女の子がこんなおめかししてお迎えきてんだぜ?」

 リファリールはあのあと、ラーニャに髪も結ってもらっていて、まるでよそゆきのお出かけ姿になっていた。
 彼らはその一言で、ユールをリファリールの方へ押しやった。

「どうぞどうぞ、煮るなり焼くなり好きにしてやって。硬そうだけど」
「こいつ、彼女できんの初めてだから浮かれてっけどよろしくね!」
「別に童貞でもないけど、がっついたりしたら股間蹴っていいから」
「しねえよ! 大事にしてんだよ、変な想像すんじゃねえ!」
「純情ダ!」

 傭兵たちは騒がしく出て行った。

「うるせえ奴らでごめん」
「ううん。約束してなかったのにごめんなさい。これ、渡したかったの」

 リファリールは服の包みとは別の籠を差し出した。
 すももがいっぱいに盛られている。

「美味そう!」
「ラーニャさんの宿屋のおじさんがくれたの。ユールさんと食べてねって」
「あの白山羊の? いいおじさんだなあ。晩飯これにしよ。あ、でもどっか行く?」
「ううん」
「そっか。じゃあ、荷物多いし、家まで持ってくよ。貸して」

 遠慮する間もなく、ユールはリファリールから服の包みも取り上げてしまった。
 リファリールの借りている部屋は、ギルドのすぐ裏の建物にある。
 部屋の前まで来て、リファリールは言った。

「すもも、お部屋で食べる?」
「いいの?」

 いつも外かユールの部屋で会っていた。
 リファリールがユールを自分の部屋に招いたのは、初めてだった。




「買い物、楽しかった?」
「うん。ラーニャさん、お洋服のお店連れてってくれて、ルクくんもかわいくて」
「うん」
「あと、ラーニャさんのお部屋にお邪魔して。色々、話して……」

 リファリールは言葉をなくしてしまう。
 その様子に、彼は気付いたようだった。

「……もしかして、家のこと聞いた?」

 リファリールは頷いた。




 ラーニャの嫁ぎ先、ユールが生まれ育った家は、東街道中央街(イーストミッド)からそう遠くない街道沿い、農家が数軒集まった、こじんまりした集落にあった。

 今はもうない。
 三年前、魔物に襲われて壊滅していた。

「わたしはお産が近くて、里に帰らせてもらってたの。結界の張り直しの時期、まだ先だったんだけど、どこかほどけちゃってたんでしょうね。多分、初めに入り込んだのは影狼だったんじゃないかって聞いたわ。……そのあとは、トゲネズミの群れが荒らしていったみたい……。ユールくん、そのころはもう家を出て、街の野菜市場で働いてたんだけど、戻って、みんなをお墓に入れてくれたの。……わたし、知らせを聞いて倒れちゃって……辛いこと、全部ユールくん一人にさせてしまった」

 弔いは済ませたと手紙が来た。
 ルクを産んでしばらくは、ラーニャは回復が悪く動けなかった。三ヶ月もすぎてようやく、ユールを探した。働いているはずの市場に行ったが、もういなかった。
 雇い主だった鹿族の野菜商が、赤ん坊を抱いたラーニャに難しい顔をした。
 ユールは生活が荒れて、部屋も出てしまって連絡がつかなくなったという。

――こんなことを言いたくはないが、よくない筋と付き合い始めているようだから、あんたみたいな小さい子持ちは、もう関わらない方がいい。

 手がかりは途絶えて、ラーニャはルクを育てるのに精一杯だった。
 でも、ユールが道を踏み外してしまったなら自分のせいだと、ずっと気がかりだった。
 自分にはルクも、里の家族もいた。
 けれど、ユールは支えになる人を全て失くしてしまった。
 まだ成人も迎えていない少年が、どんな思いをしたことだろう。すぐに呼び寄せればよかったと思っても、遅かった。

 月日は過ぎて、ラーニャが街の宿屋で働くようになったある日。
 客がラーニャの姿を見て話してくれた。
 秋に大発生したトゲネズミの討伐をした傭兵たちの中に、まだ若い、ラーニャと同じ牧神型の黒山羊族がいた。
 魔力のある脚で、あっという間に蹴散らしてくれたから、畑の被害が少なくて済んだという。ラーニャが名前を訊ねると、客は覚えていた。

――山羊ってのは草食でも勇ましいねえ。名前、「ユール」ってさ、うちの孫と一緒だったんだよ。

「わたし、なんにも知らなかったです」
「男のひとって、辛かったこと、言いたがらなかったりするのよね。イゴールもそうだったなあ。言ってもしょうがないって、お腹にしまっちゃって。ユールくんも、そうなのかもね」

 うなだれるリファリールの肩を、ラーニャは抱いてくれた。

「もう一度会ったときにね、わたし、傭兵なんてやめてって言ったのよ」

 もう身内が魔物に食われるのは嫌だ、みんなそんなこと望まないと訴えた。
 ユールはルクをあやしながら、困ったように曖昧に笑った。

――ラーニャさん、俺さあ、これしかできないんだよ。

 そして、付け加えた。
 ギルドには、腕のいい治療師の子がいるから大丈夫、と。

「リファちゃん、そこまで頼られても困るわよねえ。まずは本人が死なないように頑張ってくれなくちゃ。でも、ユールくんって、リファちゃんのこと、怪我の治療だけじゃなくて、心の支えとして頼りにしてるんだと思うわ。……だから、いつかユールくんが気持ちを話し始めたら、聞いてあげてね」

 ラーニャは、そう語った。



 ユールは傷だらけだ。
 身体のあちこちに、深く抉れてしまって消えない痕がある。
 リファリールは、欠けてしまえば、戻せない。死んだものは、生き返らせられない。
 そして、見えない傷には、触れることすらできない。
 ラーニャもユールも、痛いまま、生きている。いくら花を食べさせても、魔力を注いでも、リファリールには、治せない。

 ユールはラーニャがしてくれたように身体を寄せて、リファリールの肩を抱いてくれた。
 リファリールは不甲斐ない。慰めが必要なのは彼らの方なのに。
 でも、胸が詰まって何も言えないのだ。

「ひとりってさみしいよなあ」

 ユールはぽつりぽつりと話し始めた。

「俺、リファちゃんが、種が欲しいって、子供作りたいって言ってんの、ほっとけなかったの、それもあったのかもしんない」

 リファリールが見上げたユールの目には、迷いがあった。

「でもさあ、リファちゃん、俺、ろくでもないんだよ。ラーニャさんも多分、知らないんだけど。もう全部言うよ。……俺、なにもかもどうでもよくなっちゃって、悪いことをしてた時がある」

 リファリールは、ただ聞いている。

「よくないやつらの仲間に入って、人殴ったり蹴ったりして金貰ってた。それで捕まったんだけど、まだ成人前だからって、ギルドの団長さんに預けられて、訓練受けて傭兵になったんだ。……今更ごめん。リファちゃんに言いたくなかったんだ。でも、言わねえのも卑怯だ」

 血を吐くような告白だった。

「後悔したってなかったことにはならねえよ。俺が怪我させて恨んでるやつはいっぱいいるし、世話になった人たちにも散々迷惑かけた。一度そういうところに関わっちゃ、まともな仕事はつけねえしさ。……俺、リファちゃんが好きだよ、大事だよ。リファちゃんは優しくって、乱暴は嫌いだ。だから、やっぱり、そんなやつは無理だって思うなら、俺は、なんにも言えねえや」

 リファリールはユールの首に腕を回した。
 彼は優しいばかりのひとではないのだと、理解していた。悲しみと怒りを抱えて、傷つけられるだけでなく、時に他のひとを傷つけて、痛みにもがきながら、これまで生きてきた。
 リファリールは勝手に彼を許してあげられない。それは、彼が傷つけたひとたちが決めることだ。
 でも、彼が悔やんでいるのなら。

「ユールさんと一緒にいます。わたし長生きだから、ユールさんが死んじゃうまで、ずっと。もう、さみしい思いさせません。辛いときも、離れません」

 リファリールは一生懸命、言葉を紡いだ。

「ユールさんが悪いことをした人には、わたしも謝ります」
「リファちゃん、ごめん」

 泣き出しそうに顔を歪めるユールに、リファリールは頼んだ。

「ちょっとだけ、かがんで?」

 そうしてくれなければ、リファリールが少し背が伸びたくらいでは、好きの挨拶が贈れないのだ。
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