黒山羊と花の乙女

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19.ふたりの休日②

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 ユールの部屋に行って、昼食にした。
 開け放した窓からドアへ、部屋をぬるい風が通っていく。

 彼はまだ朝露を含んでいるような、やわらかなレタスを数玉平らげて「夏はやっぱレタス」と満足そうにした次は、トマトとオクラを齧っている。
 リファリールはその向かいで、二つに割ったレモンを絞った水をゆっくり飲む。薄めてもオレンジよりさらに尖った酸味と、鼻を抜けていく香りが爽やかだった。

「蜂蜜漬けやろうか。ちょっと待っててね」

 彼は申し訳程度に付いているキッチンの、火の魔力の結晶が仕込まれているコンロで、瓶の煮沸のために湯を沸かしはじめた。
 その間に、リファリールはテーブルに木のまな板を持ってきて残りのレモンを切った。火は怖くて使えないが、刃物の扱いは彼に教わってだいぶ上手くなってきていた。




 はじめに彼と作ったのは、ラーニャに教わったすもも酒とシロップ漬けだった。はりきって大瓶で作ったが、せめて三ヶ月は寝かせるようにと言われたのに従って、流しの下に置いて飲み頃を待っている。

 ラーニャが他にもノートいっぱいにレシピを書いてくれたおかげで、それからは毎週のようにジャムやピクルスの瓶が増えていた。
 保存食作りは楽しい。
 果物も野菜もそのままで美味しいけれど、砂糖や塩や酢、酒などと加工すると、また別の味になって、しかも、長持ちする。
 時間が経つごとに馴染んでいくのも楽しみだった。
 彼とも、そんなふうになれればいいと思う。ふたりでいれば、ひとりよりずっと楽しくて、毎日、違う気持ちを見つけられる。重ねた時間が色づいて、深まっていく。

 煮沸が済んで冷めた瓶にレモンを詰めて、彼の瞳と同じ色の蜜を流し込んだ。

「半日くらいでいいって言ってたね。リファちゃん持って帰りなよ」
「ふふ、楽しみ。お昼のお弁当にします」

 また一つ増えた宝物を、手のひらで包んだ。

 二人で後片付けをしたが、並ぶとキッチンは少し狭い。彼が洗う食器を拭いてはしまいながら、なんの気なしに言った。

「ララさんのおうちみたいに広いキッチンだといいのに。わたしのお部屋もね、棚がいっぱいになってきちゃったの」

 ユールが最後の一枚を流して、蛇口を閉めた。水音が止まった。

「あのさ、どっかいい部屋あったら、一緒に引っ越す? 二人分の家賃合わせれば、けっこう選べると思うけど」

 差し出された皿を取り落としそうになった。

「あ!」
「おっと」

 彼は指先の魔力で皿を弾き上げ、くるくると宙に回るそれを、器用に受け止めた。

「ごめんなさい」
「大丈夫」

 急にどきどきしていた。けれど、嫌な感じではなかった。

「……ほんとうに?」

 彼は真っ直ぐ見つめ返して、答えてくれた。

「リファちゃんがよければ。全部出すとか言えねえのは、ごめん。もうちょい稼げるようになってから」
「そんなのいいです。次のお休みは、お部屋探しね!」
「うん。花祭り終わってからにしようか」
「はい!」

 棚に食器を全てしまって、短い尾がピコピコ揺れているのを見たら我慢ができなくて、リファリールは彼に後ろから抱きついた。
 汗ばんだシャツの匂いまで慕わしくて、しっかりと筋肉のついた背中に顔を押し当てる。

 彼と暮らせる。
 きっと、一つの瓶の中のレモンと蜂蜜みたいに、とろりと馴染んで、ずっと一緒にいられる。

 彼が振り向いて、リファリールを正面から抱き直した。

 リファリールはここのところ、急にすらりと背が伸びた。少し踵を浮かせれば、彼にキスを贈れるくらいに。

 軽く、何度も唇を触れ合わせる。首に腕を回せば、応えて背を支えてくれる。
 そこだけ黒くて質感の違う鼻先にもキスをすると、彼はくすぐったそうにして、額に額を擦り付けてきた。
 ルクも機嫌がいいと同じことをする。山羊族の愛情表現なのよと、ラーニャがこそっと教えてくれた。

 頬を挟んで、もう一度唇を重ねる。
 ちゅっと軽く吸って誘うと、口付けが深くなった。
 下腹が甘く疼きだす。
 舌を絡めるキスは、そういうことがしたいという、ふたりの合図になっていた。





 彼と交わる悦びを知ってからは、もう抑えられなかった。
 こんなことばっかりしてると謝る彼に、なんでいけないのと微笑み返した。
 彼となら出かけるのも、お喋りも、別の何かをするのももちろん好きだ。
 でも、こんなにお互いを近くに感じられる幸福な行為はないと、素直に思っていた。





 ユールの寝床は干し草に麻布を被せた素朴なものだ。晴れた昼間、中身を共同の屋上に出して干しているのを見たことがある。
 そこへ横たえられると、お日様にいくぶん獣臭さが混じった彼の匂いに包まれて、これからしてもらうことへの期待で頭がいっぱいになる。
 花に魅了される気持ちは、こういうふうなのかもしれないと思った。
 
 カーテンを閉めても、晩夏の午後の光は強い。隙間から差し込む光線が、部屋の薄闇を割っている。

 ブラウスの前を開けてスカートを脱いだ。
 下着の金具は、彼に外してもらった。もうとっくに扱いに慣れて自分でできるのだけど、そうしてもらうのが好きだった。

 ふるっとこぼれた柔らかな果実を、彼の手が包む。

「……また大きくなってない?」
「だって、ユールさんがたくさんするから」

 リファリールは甘えた声音で彼のせいにした。彼はいつも、触れるだけでなく、顔を埋めて吸ったり、軽く齧ったりする。
 夢中になってくれているのが嬉しくて、角や耳をそっと撫でると、少し垂れた目がさらに気持ちよさそうに蕩ける。

「ドレスだって、途中で一回直してもらったの。ララさんに成長期だねって言われちゃった……あ」
「ん……じゃあ、やめる?」

 するっと胸先を掠めながら、そんなことを言う。

「やだあ、して」
「……リファちゃん、見るたびきれいになる」

 リファリールの変化は背丈や体つきだけではなかった。
 全体に淡い緑の肌だったのが、今は、胸の谷間や先の芽吹き、そして下腹の密やかな部分が、薄紅に色づいていた。

「あっ、ん……」
「そんな声出すようになっちゃってさ。なんか、心配だよ」
「だめなの? 気に入らない?」
「違うよ。あんまりきれいだから、他のやつに目ぇつけらんねえかって……このごろ声かけてくんの、虫人だけじゃないだろ?」
「道、聞かれることは増えた、けどっ……」

 お昼休みにベンチで休んでいるときや、ユールとの噴水での待ち合わせに少し早く着いてしまったときだ。
 リファリールは街ではひどい方向音痴だから、困ってしまう。
 ユールやギルドの人々が来てくれるとほっとする。けれどなぜか、問題の彼らは決まって入れ違いに立ち去ってしまう。

「あいつら知りたいの、道じゃないからね。絶対ついていっちゃダメだよ」
「ん……うん」

 シャツを脱ぎ捨てた彼は覆い被さってきて、リファリールの羊の耳に口をつけた。
 吐息と舌がくすぐったくて、彼の下で身体をくねらせる。彼は腕と脚でリファリールを閉じ込めながら、潰してしまわないようにちゃんと加減している。
 ユールにされることは、全部、気持ちいい。大切にしてくれるのが伝わってきて、リファリールは彼になら安心して身を任せられた。

「ユールさん、お腹、いっぱい?」
「リファちゃんの花は、別腹だけど」

 そう言いながらも、彼は花には口をつけようとしなかった。

「お祭り近いからやめとくよ」
「まだ七日あるもの。今ならまた咲きます」
「ん、念のため。せっかくみんなでリファちゃんの準備してんのに、うっかり当日に花なしとかなったら、悪いよ」

 その目が、悪戯っぽく輝いた。

「こっちも花とおんなじ味するの、知ってた?」

 脚の間に手が潜っていく。触れられる前から反応して潤んでいた部分をなぞられて、ため息が出た。

「もらっていい?」

 頷くと、彼の頭が降りていった。

「もうとろっとろじゃん……美味しそ……」

 彼はリファリールの両腿を持ち上げて、口をつけた。
 探られてとぷっとさらに溢れ出すものを、舌を広く使って余さず舐めとっていく。淫らな刺激にひくつく脚を、しっかり押さえつけて逃さない。

 たっぷり探られたあと、吸いつかれて、リファリールは一際大きな波に攫われて押し上げられた。

 彼が身体を起こして、手の甲で口元を拭う。
 触れられたところも舐められたところも、全部、じんじんして、泣きたくなるくらい切なかった。
 下腹に押し当てられているしるしが早く欲しくて、身体を擦りつけた。

 ユールはため息を漏らして、リファリールを転がしてうつ伏せにした。
 
「ユールさん?」
「ちょっと違う姿勢でしていい? 花、くしゃくしゃになっちゃうといけないから」

 膝をついて、腰を上げるように促される。上体が下がったところに、枕を渡された。

「背中、下げててね。そう、上手」

 どこか普段と違う、有無を言わせない雰囲気があって、リファリールは操られるように従った。
 四つ足の獣の姿勢をとると、彼の両手が腰にかかった。

 体温の低いリファリールにとっては、火傷しそうに熱く感じられるものが入ってくる。
 慣れない体勢への戸惑いも、彼の顔が見えない不安も、深く身体を穿たれる快楽にみるみる塗りつぶされていく。

 ゆるやかに抽送されるごとに、官能の淵に引きずり込まれていく。笛の仕込まれたおもちゃのように、声が漏れる。

 壁が薄いからあまり高い声を上げないよう注意されたのを思い出して、枕に顔を埋めて、彼の匂いにいよいよ酔った。

 窓もドアも閉めた、ぬるい空気を閉じ込めたちいさな部屋の中、彼の息遣いばかりが大きく聴こえる。
 背中にパタパタと彼の汗が落ちてくる。
 硬い毛皮に覆われた山羊の下半身が、リファリールの柔らかな双丘や腿に擦れる。

 彼の重みを、背に感じた。
 腰から離れた両手が、胸元を探る。
 楔で奥深くまで貫かれて、種で膨らんだ部分をぴったりと押し当てられたまま、揺さぶられる。

「リファちゃん、好きだ、好きだよ、我慢できねえ」

 狂おしさを孕んだ睦言を吹き込まれたかと思えば、そのままかぷりと耳を食まれる。
 弱いところを全て責め立てられて、ほとんど苦痛に近い快楽に、リファリールは耐えきれずに喉をそらす。
 一匹の雌になって、嬌声を上げた。

 とたん、彼がリファリールの身体の中で脈打って、びゅくびゅくと吐精しはじめた。
 全て注ぎ込むまで、彼は捕らえた彼女を押さえつける力を緩めようとはしなかった。




 いったん身体を離して、ふたり、しばらく言葉もなく寝転がった。
 先に起き上がったのはユールの方で、水差しからコップに水を注いで、まずリファリールにくれた。
 水が欲しいのは、汗だくの彼の方だと思うのだけど、こういうところがやっぱり優しいと思う。
 リファリールがゆっくりとコップを傾ける横で、立て続けに二杯干した様子が微笑ましかった。

 ひと心地ついて、彼の汗っかきの上半身や髪を布で拭いてあげたりして戯れていると、ついまたキスをしてしまう。
 このところ、だいたい、一度では終わらなくなっていた。




 夢中で何度も貪りあって、気がつけば、外の光が和らいでいた。
 ユールがカーテンを引いたまま、窓を開ける。夕方の涼しい風が、うつ伏せになって休んでいるリファリールの火照った肌を撫でていった。

 彼はその横で上半身を起こして、リファリールの髪を梳いてくれている。
 至近に見える彼の右の前腕は、一部は骨に薄く皮が張るばかりにまで抉れた、広く深い傷痕がある。
 元々そちらが利き手なのに、実は指先が動きにくくて、文字を書くのや細かい作業が苦手なのを、知っていた。
 いくら古い傷でも痛々しくて、直接は触れずに、ただ見つめて手のひらに手のひらを重ねた。

「ここ、治してみる?」
「……昔のは難しいんじゃなかったっけ?」
「ちょっと身体分ければ埋められそう」
「それ寿命削れるやつのことでしょ」

 ダメだよ、と、彼は例のごとくリファリールをたしなめる。

「気持ちだけもらっとくよ。リファちゃんの命は、リファちゃんのなんだからさ」
「だって、わたし、ユールさんにしてあげられることは全部したいです」

 それでも、彼は首を横に振る。

「いいんだ。……これ、俺が悪いことしてたときのだからさ。思い出したくもねえけど、なかったことにしちゃいけねえんだよ」





 彼は未だに、リファリールに語りたがらない。語る日は、おそらく来ない。
 今が嘘みたいに幸せで、彼女が愛おしくてたまらないほどに、知られたくないから。

――それは、どん底の日々の、過ちの記憶だ。
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