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42.冬至祭の山羊③
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その夜中、新しいマフラーを巻いたユールは、リファリールの手紙を手に屋根の上にいた。
二つ並んだ赤と青の夫婦月が雪原を照らして、文字を読むのに困らないほど明るい。
リファリールも同じ月を見ているかなあと考えて、マフラーの縄目模様に鼻先を埋めると、かすかにハーブのような匂いがした。
一目一目、彼女が自分のために編んでくれたと思うと、じんわりと嬉しさがこみあげてくる。
同時に、ルチアから貰わなかったマフラーのことも思い出して、本当に、ひとを好きになるなんて勝手なものなんだと納得した。誰かを選ぶことは、誰かを選ばないことだ。
でも、ユールには、心に決めた大切なひとががいる。遠いからこそ、会えないからこそ、想いが募っていく。
土に深く細かに根を張った植物のように分かち難く、リファリールとの記憶はユールの一部だ。
――ああ、俺はきっと、少し、リファちゃんでできてるんだ。
リファリールが施してくれたのは、身体の治療だけではなかった。どこか投げやりだった、傷んだ心に寄り添って、時間をかけて丁寧に繕ってくれた。
好きだと、大切だと、伝え続けてくれたから、今の自分がある。
深い紺の夜空を、梟がゆうゆうと飛んでいる。
夜の散歩を終えたフロックが、ユールの横に降りてきたところで、クロードも酒瓶を片手に姿を現した。
「馬鹿と煙は高いところが好きってね」
父親と同じ、瞳孔が縦に割れた金の目を細める彼に、フロックが答える。
「そうだな。まあ座れよ、三匹目の馬鹿」
「ん。寒ぃけど、静かなのは、好きだねえ。雪が音を吸うみてえだ」
クロードの鱗に紅が滲んでいる。
「そーだね」
ユールは答えて、空にほわっと白い息を吐いた。
「……クロってさ、字、きれいだよな」
意外と言うかなんというか、ユールは密かに羨んでいる。しかし、クロードはユールの手元を一瞥して言った。
「書かねえよ」
「早えよ! まだ頼んでねえよ」
ぶっきらぼうだが、察しの良さは兄のランスロットにそっくりだ。
「めんどくせえ。そんなもん、どんだけ汚ねえ字だろうがあんたが書いた方が喜ぶに決まってんだろ」
「……そっか。そだね」
先ほどといい、クロードには教えられてばかりだった。
「ララにも返事書く気ねえのに」
「それは書けよ。母ちゃん大事にしろって」
クロードが黙ってしまって、ユールも黙った。つい、要らないことを言った気がする。
助け舟を求めて視線をやったフロックは、翼を繕うばかりだ。
「……嫌いなわけじゃ、ねえんだよ」
クロードはユールやフロックにではなく、二つの月に話しかけるようだった。
「スヴェンもララもいいやつだよ。……でも俺は、いつまでもあそこには、いられねえ」
「わかんなくは、ないけどさ」
ユールは思い出す。今でこそ懐かしいばかりだけれど、生まれ育った村を飛び出したころは、悪い虫でもついたように、なにもかも気に食わなくて、家族に反発ばかりしていた。
それに比べれば、そっと距離をとろうとするクロードは、余程優しいのかもしれない。
フロックがあっさり答えた。
「成熟すりゃ巣立つもんだ。親ならわかってる」
クロードが酒瓶を寄越すので、月を眺めて回し飲みした。たいして話が弾むわけでもないが、居心地は悪くなかった。
一年で一番長い夜、山羊と蛇と梟の、静かな冬至祭だった。
数日後、ユールが何度も書いて、多分読めると思えるくらいの出来にはなった手紙と、贈り物を包んでいると、クロードがぴらっと一通、手紙を渡してきた。
「ついでに入れといて」
ついお節介にも顔が緩んでしまう。
「……返事しねえのも、気ぃ引きてえみてえだろ」
なにも言わないのにそう言い訳して、クロードは背を向けてしまった。
新しい年になったころ、ユールからの小包がリファリールに届いた。
紺地に白で模様が織り込まれている毛織のクロスに、林檎のジャムの瓶と、木彫りのリスが包まれていた。
リスは、毛並みの一本一本まで、丁寧に彫り込まれていた。愛らしい姿なのに、拳を振り上げたポーズは妙に勇ましい。
『リファちゃん
お祝いありがとう。嬉しかった。
すもも美味かった。
こっちは毎日雪がどっさり降って、寒いです。
でも、マフラーのおかげで大丈夫。
ほんとにありがとう。
ルッコラさんのとこの子、元気に生まれてよかったよ。名前は照れくさいけど。
ジャム送ります。こっちでお世話になってる家のおばさんが作ったやつ。
あと、俺はこんなの作ってる。手の調子いいんだ。
割れたり欠けたりしないで届くといいけど。
元気だけど、早く春にならねえかなって思ってる。
リファちゃんも元気でいてください。
ユール』
ユールから手紙を貰えたのは初めてだった。不揃いな、子供のような字。そのたどたどしさすら愛おしくて、彼の声が聞こえる気がして何度も読み返した。仕事中もエプロンのポケットに入れて持ち歩いた。
同封されていたクロードの手紙を届けたら、ララも蒼い目を輝かせて喜んでいた。やっぱり、好きなひとからの手紙は嬉しいものなのだ。
救護室の窓辺にクロスを敷いて、木彫りのリスを置いておくと、チモシーたちが囲んでなにやら鳴き交わし始めた。
「ユールさんがくれたの。いいでしょ」
「りふぁチャン、コレハ俺様ヲ讃エル像ダヨナ? コイツラミンナ自分ダッテ言イヤガル!」
「おやつあげますから喧嘩しないでね。これは、ネムさんだと思います」
「ジイチャンジャ仕方ネエナ!」
リファリールはクロスの目をなぞった。
一つの命が終わっても、関わりのあったひとの間に、血は、記憶は、残っている。命の痕跡は、水の波紋のように広がっていく。
影響しあって、絡み合って、互いに形を変えて、わたしたちは、世界を織り上げていく。
愛したひとたちが、そしてリファリール自身が命を終えた、そのさきも、きっと、ずっと。
長い静かな冬が過ぎて、雪の下から、ふきのとうが顔を出し始めたころ。
応援隊の引き上げの連絡が回ってきて、東街道の傭兵はふたり、来た時と同じソリに、たいして多くもない荷物を積んでいた。
見送りの村長一家と村人たちに、ユールは頭を下げた。
「お世話になりました」
「こちらこそだよ。今年もおかげで、無事に冬を越せた」
餞別に、クロードは年代物の蒸留酒を、ユールは模様織りのテーブルクロスをもらった。
「クロさんにゃ飲み過ぎって心配はないからね」
「来年もこいよ!」
「縁があったらな」
そっけないようで、クロードの尾はゆったりと波打っていた。
「ユールさんのは、これから一生食べるものに困らないようにってお祈りしといたから。食卓にかけて、お嫁さんに手料理どっさり並べてもらいなよ」
「嵩高くて悪いけど、街で買ったらそれなりにするからね」
女衆に囲まれて、ユールは照れて頬をかく。
あれからユールを避けていたルチアが、母親の後ろから顔を半分出した。
「わたしも、それ織るの手伝ったの。だから、ちょっと、下手なところあるけど……」
彼女なりの気持ちの整理だったのだろう。ユールは穏やかに答えた。
「ありがと。大事にするよ」
「ばいばい、ユールさん。……妖精さんと、幸せになってね」
走り出したソリを、年少の子供たちが追っていく。ソリが充分遠くなったのを見届けて、ルチアは家の中に駆け込んだ。
織屋の機織り機の影に座り込んで、膝を抱いた。
ふちまで水を注いでしまったコップみたいな気持ちを、ユールの前ではぎりぎりこぼさなかった。
冬の間だけやってくる、強くて優しいお兄さん。去年、お婿さんにどうかと言われて、冗談だと思っても、意識してしまって。それは、彼ではなく、恋への憧れだったのかもしれないけれど。
彼が自分を好きになってくれたら、どんなに素敵だろうとわくわくした。
でも、ルチアの待ち望んだ冬は終わって、冬至祭の山羊は、妖精のもとに帰っていった。
会いたくないときに限って、めったに立ち入らない女の仕事場に、レニが来る。
「泣いてんなよ」
「うるさい、あっちいって!」
レニは去年から急に、意地悪になった。ルチアが女の子らしくおしゃれをしたがるのを嫌な感じに鼻で笑って、今度のことだって、空回りを馬鹿にしているのだろう。
「どうせ、泣き顔ブスとか言うんでしょ……」
意地でも顔を見せたくなくて、三角座りをしたスカートの膝に顔を伏せる。
それでも、レニは立ち去ってくれなかった。ずいぶん長いこと、黙ったあと。
「そんなこと、言わないよ。ルチアは……笑ってたほうが、かわいい」
隣に腰を下ろす気配があった。レニのふさふさの尻尾が、ルチアの背中に当たる。
「……解いちゃったんだ」
レニが呟く。その視線の先にあるのは、籠の毛糸玉だ。紺色と、赤と、白と、緑。冬至祭の日までは、マフラーの形をしていた、行き場のなくなったルチアの気持ち。
「ルチア、来年は俺に編んでよ。俺は、ちゃんと受け取るから。……悔しかったんだよ、ルチアは、ずっと俺と一番仲良しだったのに。ユールのことばっかり」
ルチアは余計に、顔を上げられない。急になんなのと怒りたい。からかわれたほうがまだ言い返せるのに。どんな顔をしていいか、わからない。
幼馴染のふたりの関係は、仕切り直されたばかりだった。
北街道中央街には、引き上げる他の街道の傭兵が集まってきていた。
現地の傭兵たちも交えた、一晩の大宴会ののち、クロードがディードに所属ギルドの異動の希望を伝えた。
北の町は嫌いじゃない、俺はここから始めるよ、と。
「またな」
「おう」
ユールと交わした別れの挨拶は、それだけだ。ディードも特に止めずに、届けの書き方を教えて、北街道の傭兵ギルドの団長への挨拶に付き添ってやっていた。
ララはともかく、スヴェラードは多分、わかっていて送り出している。
北街道中央街から、幌馬車は南東に向かう。
雪のない土の道、風に混じる青い匂い。
ユールは気持ちがはやって、馬車を降りて駆け出したくなる。脚がむずむずする。今なら馬より早く走れる。
この道の先に、リファリールが、待ってくれている。
二つ並んだ赤と青の夫婦月が雪原を照らして、文字を読むのに困らないほど明るい。
リファリールも同じ月を見ているかなあと考えて、マフラーの縄目模様に鼻先を埋めると、かすかにハーブのような匂いがした。
一目一目、彼女が自分のために編んでくれたと思うと、じんわりと嬉しさがこみあげてくる。
同時に、ルチアから貰わなかったマフラーのことも思い出して、本当に、ひとを好きになるなんて勝手なものなんだと納得した。誰かを選ぶことは、誰かを選ばないことだ。
でも、ユールには、心に決めた大切なひとががいる。遠いからこそ、会えないからこそ、想いが募っていく。
土に深く細かに根を張った植物のように分かち難く、リファリールとの記憶はユールの一部だ。
――ああ、俺はきっと、少し、リファちゃんでできてるんだ。
リファリールが施してくれたのは、身体の治療だけではなかった。どこか投げやりだった、傷んだ心に寄り添って、時間をかけて丁寧に繕ってくれた。
好きだと、大切だと、伝え続けてくれたから、今の自分がある。
深い紺の夜空を、梟がゆうゆうと飛んでいる。
夜の散歩を終えたフロックが、ユールの横に降りてきたところで、クロードも酒瓶を片手に姿を現した。
「馬鹿と煙は高いところが好きってね」
父親と同じ、瞳孔が縦に割れた金の目を細める彼に、フロックが答える。
「そうだな。まあ座れよ、三匹目の馬鹿」
「ん。寒ぃけど、静かなのは、好きだねえ。雪が音を吸うみてえだ」
クロードの鱗に紅が滲んでいる。
「そーだね」
ユールは答えて、空にほわっと白い息を吐いた。
「……クロってさ、字、きれいだよな」
意外と言うかなんというか、ユールは密かに羨んでいる。しかし、クロードはユールの手元を一瞥して言った。
「書かねえよ」
「早えよ! まだ頼んでねえよ」
ぶっきらぼうだが、察しの良さは兄のランスロットにそっくりだ。
「めんどくせえ。そんなもん、どんだけ汚ねえ字だろうがあんたが書いた方が喜ぶに決まってんだろ」
「……そっか。そだね」
先ほどといい、クロードには教えられてばかりだった。
「ララにも返事書く気ねえのに」
「それは書けよ。母ちゃん大事にしろって」
クロードが黙ってしまって、ユールも黙った。つい、要らないことを言った気がする。
助け舟を求めて視線をやったフロックは、翼を繕うばかりだ。
「……嫌いなわけじゃ、ねえんだよ」
クロードはユールやフロックにではなく、二つの月に話しかけるようだった。
「スヴェンもララもいいやつだよ。……でも俺は、いつまでもあそこには、いられねえ」
「わかんなくは、ないけどさ」
ユールは思い出す。今でこそ懐かしいばかりだけれど、生まれ育った村を飛び出したころは、悪い虫でもついたように、なにもかも気に食わなくて、家族に反発ばかりしていた。
それに比べれば、そっと距離をとろうとするクロードは、余程優しいのかもしれない。
フロックがあっさり答えた。
「成熟すりゃ巣立つもんだ。親ならわかってる」
クロードが酒瓶を寄越すので、月を眺めて回し飲みした。たいして話が弾むわけでもないが、居心地は悪くなかった。
一年で一番長い夜、山羊と蛇と梟の、静かな冬至祭だった。
数日後、ユールが何度も書いて、多分読めると思えるくらいの出来にはなった手紙と、贈り物を包んでいると、クロードがぴらっと一通、手紙を渡してきた。
「ついでに入れといて」
ついお節介にも顔が緩んでしまう。
「……返事しねえのも、気ぃ引きてえみてえだろ」
なにも言わないのにそう言い訳して、クロードは背を向けてしまった。
新しい年になったころ、ユールからの小包がリファリールに届いた。
紺地に白で模様が織り込まれている毛織のクロスに、林檎のジャムの瓶と、木彫りのリスが包まれていた。
リスは、毛並みの一本一本まで、丁寧に彫り込まれていた。愛らしい姿なのに、拳を振り上げたポーズは妙に勇ましい。
『リファちゃん
お祝いありがとう。嬉しかった。
すもも美味かった。
こっちは毎日雪がどっさり降って、寒いです。
でも、マフラーのおかげで大丈夫。
ほんとにありがとう。
ルッコラさんのとこの子、元気に生まれてよかったよ。名前は照れくさいけど。
ジャム送ります。こっちでお世話になってる家のおばさんが作ったやつ。
あと、俺はこんなの作ってる。手の調子いいんだ。
割れたり欠けたりしないで届くといいけど。
元気だけど、早く春にならねえかなって思ってる。
リファちゃんも元気でいてください。
ユール』
ユールから手紙を貰えたのは初めてだった。不揃いな、子供のような字。そのたどたどしさすら愛おしくて、彼の声が聞こえる気がして何度も読み返した。仕事中もエプロンのポケットに入れて持ち歩いた。
同封されていたクロードの手紙を届けたら、ララも蒼い目を輝かせて喜んでいた。やっぱり、好きなひとからの手紙は嬉しいものなのだ。
救護室の窓辺にクロスを敷いて、木彫りのリスを置いておくと、チモシーたちが囲んでなにやら鳴き交わし始めた。
「ユールさんがくれたの。いいでしょ」
「りふぁチャン、コレハ俺様ヲ讃エル像ダヨナ? コイツラミンナ自分ダッテ言イヤガル!」
「おやつあげますから喧嘩しないでね。これは、ネムさんだと思います」
「ジイチャンジャ仕方ネエナ!」
リファリールはクロスの目をなぞった。
一つの命が終わっても、関わりのあったひとの間に、血は、記憶は、残っている。命の痕跡は、水の波紋のように広がっていく。
影響しあって、絡み合って、互いに形を変えて、わたしたちは、世界を織り上げていく。
愛したひとたちが、そしてリファリール自身が命を終えた、そのさきも、きっと、ずっと。
長い静かな冬が過ぎて、雪の下から、ふきのとうが顔を出し始めたころ。
応援隊の引き上げの連絡が回ってきて、東街道の傭兵はふたり、来た時と同じソリに、たいして多くもない荷物を積んでいた。
見送りの村長一家と村人たちに、ユールは頭を下げた。
「お世話になりました」
「こちらこそだよ。今年もおかげで、無事に冬を越せた」
餞別に、クロードは年代物の蒸留酒を、ユールは模様織りのテーブルクロスをもらった。
「クロさんにゃ飲み過ぎって心配はないからね」
「来年もこいよ!」
「縁があったらな」
そっけないようで、クロードの尾はゆったりと波打っていた。
「ユールさんのは、これから一生食べるものに困らないようにってお祈りしといたから。食卓にかけて、お嫁さんに手料理どっさり並べてもらいなよ」
「嵩高くて悪いけど、街で買ったらそれなりにするからね」
女衆に囲まれて、ユールは照れて頬をかく。
あれからユールを避けていたルチアが、母親の後ろから顔を半分出した。
「わたしも、それ織るの手伝ったの。だから、ちょっと、下手なところあるけど……」
彼女なりの気持ちの整理だったのだろう。ユールは穏やかに答えた。
「ありがと。大事にするよ」
「ばいばい、ユールさん。……妖精さんと、幸せになってね」
走り出したソリを、年少の子供たちが追っていく。ソリが充分遠くなったのを見届けて、ルチアは家の中に駆け込んだ。
織屋の機織り機の影に座り込んで、膝を抱いた。
ふちまで水を注いでしまったコップみたいな気持ちを、ユールの前ではぎりぎりこぼさなかった。
冬の間だけやってくる、強くて優しいお兄さん。去年、お婿さんにどうかと言われて、冗談だと思っても、意識してしまって。それは、彼ではなく、恋への憧れだったのかもしれないけれど。
彼が自分を好きになってくれたら、どんなに素敵だろうとわくわくした。
でも、ルチアの待ち望んだ冬は終わって、冬至祭の山羊は、妖精のもとに帰っていった。
会いたくないときに限って、めったに立ち入らない女の仕事場に、レニが来る。
「泣いてんなよ」
「うるさい、あっちいって!」
レニは去年から急に、意地悪になった。ルチアが女の子らしくおしゃれをしたがるのを嫌な感じに鼻で笑って、今度のことだって、空回りを馬鹿にしているのだろう。
「どうせ、泣き顔ブスとか言うんでしょ……」
意地でも顔を見せたくなくて、三角座りをしたスカートの膝に顔を伏せる。
それでも、レニは立ち去ってくれなかった。ずいぶん長いこと、黙ったあと。
「そんなこと、言わないよ。ルチアは……笑ってたほうが、かわいい」
隣に腰を下ろす気配があった。レニのふさふさの尻尾が、ルチアの背中に当たる。
「……解いちゃったんだ」
レニが呟く。その視線の先にあるのは、籠の毛糸玉だ。紺色と、赤と、白と、緑。冬至祭の日までは、マフラーの形をしていた、行き場のなくなったルチアの気持ち。
「ルチア、来年は俺に編んでよ。俺は、ちゃんと受け取るから。……悔しかったんだよ、ルチアは、ずっと俺と一番仲良しだったのに。ユールのことばっかり」
ルチアは余計に、顔を上げられない。急になんなのと怒りたい。からかわれたほうがまだ言い返せるのに。どんな顔をしていいか、わからない。
幼馴染のふたりの関係は、仕切り直されたばかりだった。
北街道中央街には、引き上げる他の街道の傭兵が集まってきていた。
現地の傭兵たちも交えた、一晩の大宴会ののち、クロードがディードに所属ギルドの異動の希望を伝えた。
北の町は嫌いじゃない、俺はここから始めるよ、と。
「またな」
「おう」
ユールと交わした別れの挨拶は、それだけだ。ディードも特に止めずに、届けの書き方を教えて、北街道の傭兵ギルドの団長への挨拶に付き添ってやっていた。
ララはともかく、スヴェラードは多分、わかっていて送り出している。
北街道中央街から、幌馬車は南東に向かう。
雪のない土の道、風に混じる青い匂い。
ユールは気持ちがはやって、馬車を降りて駆け出したくなる。脚がむずむずする。今なら馬より早く走れる。
この道の先に、リファリールが、待ってくれている。
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