黒山羊と花の乙女

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43.「ただいま」

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 応援隊の幌馬車の列が戻ったときには、東街道中央街の街並みは、夕闇に包まれはじめていた。
 ユールは荷台から身を乗り出す。ギルドの一階の角、救護室の窓には、まだ明かりがついていた。
 
 ディードの「おつかれ。解散!」という簡単な号令を聞いた瞬間に駆け出していった黒山羊に、残された傭兵たちは顔を見合わせて笑った。

 救護室の前の廊下に、ちょうど扉を開けて出てくるリファリールの姿があった。

「おかえりなさい!」

 言葉が出てこなくて、ユールは手を伸ばす。

 姿。声。匂い。
 触れたい。冬の底で夜な夜な見た夢でないことを、確かめたい。

 真っ直ぐに飛び込んできてくれた、ひと冬想い続けた大切なひとをきつく抱きしめて、新緑の髪に鼻を埋めた。

「……ただいま」

 彼女のもとが、ユールの帰る場所だった。





 ふたりの身体の間、リファリールのエプロンのポケットから、チモシーが這い出して、救護室に逃げ込んだ。

「ッタク、無事ニ帰ッテキヤガッタゼ! 間男生活モオシマイ!」

 リスたちは、ユールの留守の間は冬眠もせず、魔術屋敷の屋上に別宅まで作ってリファリールの警備をしていた。
 特にチモシーは、リファリールはいい匂いがするし、料理は美味いし、毛繕いも丁寧で、最高の嫁だと嘯いていたものだったが。

「やっと、春だねえ。おつかれさま」

 医者は湯呑みから熱い茶を啜って、チモシーにクッキーのかけらをやった。頬袋に詰め込んで顔の輪郭を大きく膨らませても、チモシーは器用に喋り続ける。

「オウ、アリガトヨ、シロタ! ……アーア、俺モソロソロ嫁サン探スカネエ」




 角の先から蹄まで、完全に寛いで、ユールは三月ぶりの懐かしい寝床に伸びていた。長期の仕事のあとのこの感覚は、格別だ。
 ユールがいない間も、中の藁をこまめに干してくれたらしく、太陽の匂いがする。
 そして、芽吹いたばかりの若葉のような、リファリールの匂い。ふたつが絶妙に混ざり合って、草食の鼻を刺激する。
 夕食はたっぷり食べたのに、まだ食べたい気がしはじめて、ユールは頬を、顔の下にあるやわらかなものに擦り付けた。

 さっきまで、離れていた時間を埋めたくて、お互い冬の間の出来事を話し続けていた。夜も更けてきて、休もうかとなったとき。
 寝床にかけたリファリールが、腿を叩いて誘ったのだ。ラーニャが眠くなったルクにしてやっていて、とても気持ちよさそうだったから、と。

 一も二もなく、ユールはふらふらっと吸い寄せられていた。

――ひざまくら、やばい。

 リファリールを母親がわりにしようなんて断じて思っていない。けれど、角や耳のあたりを優しくかいてもらうと、頭が馬鹿になっていく。
 尻尾がずっとプルプル振れて止まらない。

 天国だ。
 そして、リファリールは天使だ。

 天使はひんやりした薄緑の手で、ユールの緩みきった頬を撫で、酔ったように赤くなった鼻の周りにも触れた。

「ふふ。本当に、ユールさんがいる。……嬉しい」

 胸元のふくらみごしに見上げると、リファリールは首を少し傾げて、微笑んでいた。

 ユールはその手を捕まえた。
 冷たい指先にぬるりと舌を絡められて、リファリールが短く声を上げる。
 そこに含まれた艶を、山羊の耳は聞き逃さない。
 一瞬で身を返して、彼女の華奢な肢体を下に敷いた。
 首筋に舌を這わせる。本能的に、美味しそうだと思う。絶対に噛みついたりしないけれど、この清潔な冷たい身体に、自分の熱を移したい。

「あ、っ……まってえ」

 リファリールが肩を押してくる。そんな微かな抵抗など簡単に押さえ込んでしまえるが、ユールは止まった。

「久しぶりだもんな、優しくするから」

 だから、いいと言って欲しい。
 子供のように甘えた様子からうってかわって、身体をねだりはじめた恋人に、リファリールは困り顔だ。

「あっ、あのね、わたし……やっぱり、冬は、苦手なの。花もずっと、咲かなくて」

 両耳の側の緑の蕾は、確かにまだ硬く小さな球でしかなかった。

「身体も、冷たいでしょ。色も……赤いところ、消えちゃって。こことか、白くなっちゃったの」

 ユールの目の前に、リファリールは手をかざす。確かに肌が全体に淡くなって、指先など透けてしまいそうだ。
 帰ってきて嬉しいのに夢中で、彼女の不調に気付いてやれなかったのかと、急に申し訳なくなった。

「具合、悪ぃの?」
「ううん、お仕事もできますし、全然、大丈夫です。心配しないでくださいね。……でも、あの……きれいじゃないの。冷たいし、硬いし、ユールさん、気に入らないと思うから、あ」

 寝巻きの裾を上げ始めた男の手に、リファリールがびくりと身体を震わせる。

「ね、まって、もう少しあったかくなったら、多分、元に戻りますから」
「待てねえ」

 ユールは手を止めない。前の考えは撤回だ。そういう理由なら遠慮はやめだ。
 ワンピースの寝巻きをするする巻き上げて、両腕も頭も抜かせて、寝床の外に放った。膝枕をしてもらっていたときからそんな気がしていたが、やっぱりその下にはなにも着ていない。煽るつもりはないのだろうが、これで抱かれずに済まそうなんて、ユールの理性に期待しすぎ、雄の欲望を甘く見過ぎだ。

 顔を背けて身体を丸めようとする、その両手首を掴んで、腕を開かせた。

「リファちゃん、見せてよ。気に入らねえなんて、あるわけねえだろ」
「だってえ……」

 リファリールの言う通り、紅が消えた肌は冷え切っていた。それでも、綺麗だった。出会ったときの、今より妖精じみて浮世離れしていた彼女を思い出していた。

「綺麗だよ。そんなこと気にしてんのも、すげえかわいいけど。お預けとか、無理」

 彼女の薄い唇を舐めて、舌を押し込んだ。ちいさな狭い口の中。昂ったユールには、冷たさも心地よかった。
 人族より分厚くざらついた長い舌で文句を封じ、久しぶりの彼女の内側を味わった。まるで性交のように舌で口を深く何度も犯して、刺激で溢れる唾液を流し込む。
 リファリールの喉が動いて、飲み込んだ。

 ようやく舌を抜き取られるころには、リファリールは抱かれたあとのように惚けた顔をしていた。

「させて。俺があっためてあげる」

 リファリールは、今度こそ頷いた。
 



 人族の上半身で抱きしめて、山羊の下半身で捕まえて、ユールはリファリールに、熱と匂いを擦り付けていく。

「あ、あ……ユールさん、熱い……熱いの……」
「ごめんな、長いことほっといて」

 足の裏の窪みを、ぺろりと舐める。

「んっ……!」
「くすぐったい? でも、ちょっと我慢してな」

 ユールは笑って、やめてやらない。細い足首をつかんだまま、今度は爪先を含んだ。足指の間まで、舌で広げて唾液を塗り込んでいく。
 蹄を持つユールには、身体を支えて地面を歩くその部分まで、手のひらのようになよやかなのが、不思議だ。肉球すらついていなくて、爪なんて舌で触れて初めて気づくほど薄くてちいさい。なんて繊細な身体をしているのだろう。

 恥ずかしがられても、くすぐったがられても、やめられない。
 リファリールは全部、美味しい。
 それに。

「ほら、ここもできた」

 口を離して確かめれば、透けるように白かった爪先は、紅に染まっていた。

 片脚を持ち上げられてされるがまま、しどけなく横になっているリファリールの両方の乳房は、もう味わわれたあとだった。手のひらで揉み解されて、執拗にねぶられて、再び快楽を教え込まれた敏感な先は、唾液に濡れて、濃い紅に変わっている。

 手の指、首筋。
 密やかな臍の窪み、裏返せば背の中程も、尾のない双丘も。
 ユールがこれまで見つけていた、リファリールが快楽を拾いやすい部分。全て思い出させようと舌で辿ってやると、リファリールの身体は、驚くほど素直に反応して、色を取り戻していった。

「気持ちいい?」

 聞いてみれば、こくこくと首を縦に振った。その頬も、唇も、淡い紅色が浮かんでいる。リファリール自身も急激な変化に戸惑うようなのが、かわいくて仕方がない。

「すげえね、これ。楽しくなっちゃうよ」
「だって、魔力……熱くて、気持ちいいのと一緒に、ユールさんの、魔力がいっぱい、入ってくるから……」
「あー、そゆこと」

 話しながら、ユールは休みなく、もう片方の足裏にも口をつけた。

 ユールは魔力の付与なんて器用な真似はできないが、分泌物には魔力が含まれている。単純に、物理的にそれを塗りつけているから、魔力の枯渇したリファリールの身体は、久しぶりの雨を喜ぶ草花のように、するすると吸収しているらしい。

「いーね、いつも俺が貰ってたからさ。お返しできんの、嬉しいよ」

 もう片方の足先も染めあげて、ついでに甘噛みすると、リファリールはシーツを掴んで身悶えした。
 さっきから、蜜の香りが強くなって、ユールの鼻をくすぐっている。花はまだ硬い蕾のまま、その香りのもとは、ユールが開かせている脚の間だ。
 足先をそっと下ろして、両腿に手を添えた。最後にとっておいた一番美味しい場所は、ここまで丁寧すぎるほど身体中を愛撫した甲斐あって、とろりと蜜を滲ませている。

 ゆっくり、舌を広く使って舐め上げる。そのひとしずくは、濃く甘く、北街道の度の強い酒より舌を焼く。
 もっと欲しくて、細い腰を抱え上げて、そのあわいを探る。ひとくちごとに深くしていく。

「ユールさん、だめ、もうだめっ……!」

 下半身だけ抱えられた姿勢で、リファリールは頼りなく空に浮く足先を丸めて、しばらくは耐えていた。それでも、とめどなく溢れはじめた蜜を音を立てて啜られた瞬間、自分を貪る男の頭を腿で挟んで、達した。

 ユールはいったん、リファリールの脚を肩から下ろして休ませた。
 発情の紅を散らしている身体を見下ろして、蜂蜜色の瞳をとろけさせる。

「ごちそうさま。あったかくなってきた?」

 リファリールもまた、潤んだ瞳で、ユールを見つめ返した。ゆるゆると手をついて、身体を起こして、ユールの胸に顔を押し当ててくる。

「もっと、欲しいです」
「ん。いーよ」

 ユールが触れた巻角と白い三角耳は、充分温かくなっていた。獣の部分を撫でてやっていると、リファリールの頭が下がっていく。
 ユールが蜜に誘われたのと同じく、リファリールは種に魅了されている。
 ユールの中で一番熱く滾っている部分に、先が紅に染まった指を絡めて、唇を寄せた。

「く、う……」

 先にぷくりと浮いていた雫を吸われて、今度はユールが声を漏らす番だった。眼裏にぱちっと白い火花が散る。下腹に力を入れて、まだ耐えた。
 リファリールは、ちいさな口を開けて、手でしごきあげながら、先端を舌に押し付けるように舐めはじめていた。

 恋人になる前から、こんなことをしていた。でも、あのころのリファリールは至って真面目で、性の悦びなど知らなかった。ユールは行き場のない衝動を持て余して、その無垢を恨めしく思ったことさえあった。

 けれど、今、性欲を剥き出しにした山羊の下半身に夢中になって口づけをしている彼女は、充分にそれを理解した、淫らな女の顔をしている。
 柔らかな乳房をたゆたゆと揺らして、ユールの硬い毛皮の腿に擦り付けている。
 滑らかな無毛の下半身は、腰のくびれも尻のまるみも、毛皮持ちには無防備に思われるほど露わで、どうしようもなく劣情を煽る。
 意識しているのかどうか、誘うように腰を揺らしている。

「リファちゃん、口離して」
「……気持ちよく、ないですか?」
「そんなにされたら、出る」

 それを取り上げられて、リファリールが薄い眉を下げた。

「口も好きだけど、お腹にあげたいんだよ。中に直接熱いの入れて、一番奥に、種、注いでやる」

 乳房を探り、尻を撫でてそう吹き込んでやると、白い三角耳が、ぷるっと震えた。

「リファちゃんも俺も、絶対、めちゃくちゃ気持ちいいよ」

 言われるがまま、リファリールは仰向けになった。ユールはその脚の間に入り込む。
 これ以上ないほど昂った、熱い硬いものを、うっすら口を開けて誘っているそこに当てた。
 
「あああ……!」

 リファリールの口から、細い悲鳴が漏れる。

「は、やべ……すげえ、リファちゃん……」

 少し入れただけで、ぬちゅぬちゅ絡みついて誘いこんでくる。こんなに可愛らしい顔をしているのに、信じられないほど貪欲だ。
 こんなもの、数度、衝動に任せて腰を振りたくったら、出る。いや、気を抜いたら今でも、漏らすみたいに出てしまう。

 リファリールにキスをして、舌を潜り込ませる。呼吸も声も、心も身体も、全部、欲しい。熱と匂いを移して、魔力と快楽で、彼女を染め上げたい。
 ゆっくりと腰を進めていく。ねっとりと粘膜が擦れあう。

「……! っ、う……!」

 リファリールの嬌声は、ユールの舌に絡め取られていく。
 最後まで沈める。小柄でも深く受け入れてくれる身体。薄い柔らかな腹の、ささやかな臍の窪みのすぐ下まで、ユールの欲望が埋め込まれている。

 今度はリファリールの方から、舌をくすぐるように絡めてくる。中が締め上げてきて、全身で、ユールを欲しがっている。
 腹と腹をぴったりつけて、山羊の強い脚で、草花を思わせる嫋やかな脚を押さえ込む。
 一番奥深くを優しく食むように、細かに腰を揺さぶれば、リファリールはユールにすがりついて、上り詰めていく。

 彼女の快楽はそのまま、深く繋がったユールのものだ。
 ひと冬凝った熱を、今度こそ、ねだられるままに解き放った。
 びゅるびゅる、止まらない。吸い出される。長い射精の快楽に、意識が白くなっていく。

――リファちゃん。

 考えられるのは、彼女のことだけだ。
 



 リファリールは、乳房に顔を埋めて、ことりと眠りに落ちたユールの頭を撫でていた。
 改めて、確かめるように、囁いた。

「ユールさん、おかえりなさい」

 ん、と声を上げて、彼がみじろぎする。
 むにゅむにゅ顔を擦り付けて、また眠りに落ちていくのが可愛い。
 心も身体も、彼に満たされて温かい。
 彼が春を連れて帰ってきてくれたから、冬はもう、おしまいだ。
 お日様の匂いがする黒髪に鼻を押し当てて、リファリールも満ち足りた気持ちで、目を閉じた。




 朝、ユールは寝床でしばらくぼうっとしていた。
 まだ馬車の揺れが尻に残っているような気がする。リファリールの気配があるが、夢に見るのはいつものことだ。

 けれど、ことこという物音と、なにより、誘うような甘い香りが、ユールを覚醒させた。
 がばっと起き上がって、居間に行く。
 エプロン姿のリファリールがいた。

 食卓には北の村で貰った、模様織のクロスがかけられて、ちょうど朝食が並べられていくところだった。
 山盛りの干し草、春キャベツに苺。ふきのとうもある。牛乳に、半分くらいになった林檎のジャムの瓶も。
 どれも美味しそうだけれど、それより、何より。

「ユールさん、おはようございます」

 リファリールの髪には、大きな白い花が蘇っていた。

「おはよ」

 答えると同時に、リファリールを抱きしめて花を嗅いでいた。ふわふわの花弁が鼻先をくすぐってくる。
 魅了だか本能だかわからないが、ユールは完全に餌付けされて、もうリファリールがいないとダメだ。望むところだ、全部ひっくるめてユールはリファリールが好きだ。一生離さない。
 リファリールはユールの好きにさせて、笑いを含んだ声で言う。
 
「ふふ、おかげですっかり元気なんです。食べる?」
「……いや、大丈夫……」

 辛うじて首を横に振った。食いついたら最後、せっかくの朝食を置き去りにして、リファリールを寝床に引きずり戻してしまう。
 リファリールもわかっているだろうに、悪びれもせず誘うのだ。清らかさと淫らさが両立する魅力に感心した。




 朝食をとって一緒に片付けたあと、リファリールはユールを窓辺に誘った。

「ね、見て!」

 窓を開けて、上機嫌で大きく身を乗り出す彼女を、ユールは慌てて支えた。
 彼女は通りでなく、屋敷の壁、ひさしの下を指していた。
 小皿を半分押し付けたような、土と草の混ざった塊があった。礼服のように長い尾の、喉の赤い小鳥が二羽、飛んでいる。

「ここ、ツバメ来る家なんだね」
「はい。シュシュちゃんが言ってたの。幸せを運んでくれるんですって」

 涼やかな朝の空気の中、ツバメの番はチルチルと鳴き交わし、いれかわりたちかわり、巣材を運んでくる。

「うん。めちゃくちゃ幸せだ」

 膝に抱き上げたリファリールに、ユールは顔を寄せる。
 彼女は気持ちよさそうに、額を合わせてくれた。

「リファちゃん、俺さ」

 まっさらな朝だ。今なら、伝えられる。
 ずっと、ずっと、彼女へ抱いていた想い。

「リファちゃんと会って、もう一度、しっかり生きようって思えたんだ。リファちゃんがいてくれたら、なんだって頑張れる」

 リファリールは静かに見つめ返してくれる。
 ユールの見つけた、これからの命を、一緒に生きていきたいひと。

「一生、大切にする。俺と結婚して、家族になってください」

 そのときのリファリールの表情を、ユールは一生、忘れない。
 ひとかけらの曇りもなく、光の中で咲きそめた花そのものの、幸せな笑顔。
 ちいさな唇が風に遊ぶ花びらのように動いて、「はい」と言った。
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