黒山羊と花の乙女

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最終話 実り

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 夕方、ふたり、家に帰ってくるまで、ユールはほとんどリファリールを抱いて運び、歩かせようとしなかった。
 今日ばかりはと、存分に甘えた。

「楽しかったですね!」

 リファリールは火照った頬に手を当てる。
 青葉亭での宴会はいつまでも続きそうだったが、一応、日が落ちはじめたところで締めの挨拶をさせてもらった。二次会は引き続きご自由に、お疲れの方は上階のお宿へという流れだ。
 主に傭兵たちからは、存分に初夜やってこいと囃された。

「初夜ってなんですか?」

 リファリールの質問に傭兵たちが答える前に、ユールに抱き上げられた。

「それじゃ、今日はありがとうございました! これからもよろしくお願いします!」

 大声で言って頭を下げるが早いが、たったか蹄を鳴らして、花嫁を抱えた山羊は通りへ駆け出した。

「うん、楽しかったけど、あいつら、ほんとにもうさあ……見たことねえ草やら魚の内臓やら食わせようとするし……俺の胃袋試さねえでほしいよ。精力どころか腹壊すよ」

 精力ってなんだろう。魔力みたいなものだろうか。リファリールは首を傾げつつも、ユールが心配になって言った。

「お腹、気持ち悪いなら治します」
「……へーき」
「それならいいですけど。ねえ、初夜ってなんですか? 結婚のしきたりなら、ちゃんと全部やりたいです。教えて」
「……そうだよな、リファちゃんマジだよな……」

 花婿姿の彼は、鼻の周りどころか顔中赤い。飲まされすぎたのかもしれない。

「……まあ、あのさ。夫婦になって、初めての夜ということで」
「はい」
「やることをやる、という意味です」

 なぜ語尾が丁寧になったのだろう。

「説明になってないです」

 リファリールが焦れると、ユールは眉をぎゅっと寄せて、キスしてきた。唇を割って、舌を差し入れてくる。
 戸惑いはすぐ、気持ちよさに押しのけられた。葡萄酒の香りのする舌に、舌を絡め返す。塗ってもらった口紅が、舐めとられても構わない。ユールのための、支度だったのだから。

「……こういうこと。わかった?」
「はい」

 リファリールは彼の身体に身体を押しつけた。とくとく、鳴り止まない鼓動を、彼に伝えたかった。




 ユールはリファリールを抱いて運んで、いつもの寝床に下ろしてくれた。
 ドレスの背の金具を外してもらい、編み上げの下着の紐も解いてもらう。かわりに、ユールのネクタイはリファリールが解いた。

「リファちゃん、俺、結婚前に散々好き勝手したけど」
「わたしがお願いしたことなので、全然、いいですよ」
「ん……いや。それでもさ……」

 唇に、ぽんと置くようなキス。ユールは言葉にできないことは、こうして行為で伝えてくれる。

「大事に抱くよ。夫婦になって、初めてだから」
「ふふ。いつでも、とっても大事にしてくれてるの、知ってます」

 お互い衣装を脱がせあって、つけているのは、誓いの指輪だけになっていた。彼の硬い胸に、指輪をした手を置いた。手のひらに、彼の熱と鼓動を感じる。

――夫婦。このひとが、わたしの夫。

「……よろしくお願いします」

 彼の腕が回ってきて、リファリールを包み込んだ。

 


 確かに何度もしたことなのに、与えられる刺激の鮮烈さに、身体が震える。
 てのひらで温められた乳房を、ふくらみの下から舐め上げられる。紅の輪を舌先でくるり、なぞられたあと、含まれる。
 吸い上げられて、快感に喉をそらせた。

 ちゅうっと吸ったあと、離して、またぺちゃぺちゃ宥めるように舐める。もう片方の乳房に口をつけられながら、刺激につんと尖った濡れた部分は、指先ですりすりと摘まれた。

 胸に顔を埋める、彼の頭に触れる。魔力のある鋭い黒角、柔らかで長い山羊の耳。
 撫でれば、休みなく手と口で愛撫をしてくれる彼の目が細くなる。
 彼となら、触れ合いがこんなにも気持ちいい。

 下腹を押しはじめたものに応えたくて、身体を揺らすと、彼は口を離して熱い息を吐いた。のしかかっていた身体が少し浮いたところで、手を伸ばして触れる。
 硬くて、先が少しぬるついている。

 ユールは腰を動かして、リファリールの手のひらにそれを擦り付けてきた。指を滑らせて刺激すると、くぅ、と呻いて眉を寄せる。耐える様子が愛おしくて、早く導いてあげたかった。

「リファちゃん、欲しい」
「わたしも。来て、ユールさん」

 脚を緩めると、彼は入ってきた。
 待ち望んだひとを迎え入れて、きゅうっと下腹に力が入る。求められて、押し開かれて、彼の形に変えられていく。
 嬉しい、嬉しい。身体中がそう、叫んでいる。

「っ…は、リファちゃん……そんな顔しちゃってさ」

 そういうユールの表情こそ、ぞくぞくするほど艶っぽいのだ。幸せな夢にとっぷりつかっているように、目が甘く蕩けて、口元が優しく笑っている。

「かわい……俺のお嫁さん」

 彼と重ねた時間が、ぱあっと目の前に広がっていく。
 今日、一日、ことあるごとに、記憶のかけらが噴水の雫のように、煌めいて降り注いで、そのたびに鼓動が強くなった。

 リファリールは目を見開いた。
 どくん、どくん。
 鼓動はもう、胸の中に収まらずに、耳元に鳴り響き、指先まで強く脈打っている。

 彼の律動に呼応して、リファリールの全身が、打ち震える。
 強い緑の輝きが、薄い腹部の皮膚を透かしていく。
 それは、草木が人の形をとり、鼓動を打つ、彼と交われる姿に変わる、全ての源となる核種だ。
 生涯を誓った伴侶との交歓の熱に、外皮を蕩かされて、露出しつつあった。

 ユールがリファリールの変化に気づいて、動きを止めていた。

 一瞬、怖いと思った。
 これを差し出してしまえば、自分は自分でないものと分かち難く交わるのだと、悟っていた。
 ずっと望んでいたはずなのに、怖かった。

「リファちゃん、これ」

 ユールは優しかった。こんなに強いのに、全て好きにできるのに、リファリールの怯えを読み取って、一度駆け出した欲望を止めてくれている。
 きっと、一言、怖いと言えば、やめてくれる。




 彼がそっと、身を屈めて、頬を合わせてきた。
 リファリールは、息を整えて、微笑んだ。
 額をこつんと合わせた。

 それが答えだった。
 
――どうか、あなたの命を、わたしに継いで。

 キスをして、そのまま、再び彼の動きに身を委ねた。
 一番奥深くで、彼の種を受け取った。




 リファリールは、ユールに抱かれて、温かくて、気持ちのいい、夢を見た。
 牧神型の、黒山羊族の子供を抱いている夢。
 ルクによく似ているけれど、指先ほどにちょこんと覗いた角には、緑の蔓草が絡んでいて――




 リファリールは朝日と共に目を覚ました。
 身体中、起き抜けからホカホカしている。少しだるい。ユールと結婚の誓いをして、さらに獣族に近くなったのだろうか。
 いつもなら起き上がって、身支度をして朝食を作り始めるのだけど、甘えたい気分で、ユールの腕に潜り込み直した。

 んー、とユールが寝ぼけた声を上げる。これくらいなら、寝足りなければ夢の中に戻っていくはずだった。
 しかし、ユールはリファリールの髪を探って、パチッと目を開けた。

「リファちゃん、実!」

 リファリールも、頭に手をやった。なんだか重たいと思ったら、花ではなくて、丸いものが触れた。
 ユールが寝床から飛び出して、すぐに手鏡を掴んで戻ってきた。
 まんまるの、すもものような実。ついたばかりなのに紅に熟れて、うっすらと甘い匂いを漂わせている。

「これってそういうことだよな!? 俺、父ちゃんになんの!?」

 興奮した面持ちのユールの尻尾が激しく揺れて、シーツを払っている。
 それを見て、すこし遅れて、嬉しさが溢れてきた。

「はい。ユールさん、ありがとうございます。おかげで、実りました」
「やった! 俺がんばる、めっちゃくちゃがんばるよ!」

 なにをがんばるのかよくわからないが、とても喜んでくれているのは、確かだった。




 リファリールを抱き上げてくるくる回したり、妊婦さんにごめんと下ろして謝ったり、しばらく大騒ぎして、ユールはようやくおとなしくなった。
 寝床で抱きしめられているのは気持ちがいいけれど、そろそろ朝食の用意をしないといけないと思いはじめた時、実をすんすん嗅いでいた彼が、つい漏らしたといったふうに、呟いた。

「……美味そう」
「食べていいですよ」
「いいの!?」
「花と一緒で、これからはすぐ実るもの。……子供が産まれたら、譲ってね」

 リファリールは、実をもいで差し出した。
 ユールが受け取って、口にもっていく。

 白い歯が、かぷり、紅の実に齧り付いて。

「おいしい?」

 リファリールは聞いてみる。ユールはもぐもぐ、真面目な顔で口を動かして、答える前にもう一口、そしてもう一口で全部食べて、ぺろりと舌で唇を拭った。
 リファリールは知っている。答えを聞くまでもなく、これは、とびきりおいしいものを食べたときの仕草だ。




 そんなわけで、リファリールのはじめての実りの味は、この世でただひとり、食いしん坊の黒山羊ユールだけが、知っている。





「黒山羊と花の乙女」

おしまい
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