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24 ワンピースは持っていくことにしました
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町を出ても、誰も追いかけてくる様子がなかった。ディミエルは不安な気持ちを抱えながらも、家へと急ぐ。
(もうあの家に住むことはできない。ライシスも頼れない……)
一瞬どこか別の村で暮らすことも考えたが、伯爵領から出ないままならば、いずれ見つかってしまうだろう。
ディミエルは通行証を持っていないから、無断で他領には入れない。迷惑をかけるのを承知で、故郷の森に帰るしかなさそうだった。
伯爵領の隅にある故郷の森の中ならば、隣国と接している関係で、下手に踏み入ると国際問題に発展する可能性があるから、おいそれと追いかけてはこれないはずだ。
村に戻れば、村長がディミエルのことを助けてくれるはずだ。彼女は町の代表として旅立つディミエルを、心から気遣ってくれた。
(村のみんな、迷惑をかけてごめんなさい。だけどどうしても、セレスト様との結婚は嫌なの)
村の代表として伯爵様の御許に来ておいて、あげく使命を果たせないなんて、ディミエルを叱る者もいるだろう。
けれど、他に身を寄せる場所は考えつかなかった。ネーナにもライシスにも、さよならすら言えないことが、心残りだ。
無事に家に帰りつき、荷物をまとめた。家用の守護の魔石と、持ちきれなくて家に残していた薬瓶を、予備の鞄に入れた。
替えの服を用意する時に、黄色のワンピースを見つけて思わず手が止まる。
(こんな派手な服、逃亡生活には不釣り合いだよね。いらない、必要ない……)
そう思うのに、握りしめたまま手放せない自分がいて、愕然とする。
ライシスの驚いた顔、誇らし気な笑顔や、ディミーと呼ぶときの嬉しそうな声、真剣な表情や、温かで大きな手のひらの感触を一気に思い出して、なぜかポロリと涙が出てしまう。
「あ、あれ? おかしいな……目にゴミでも入ったのかな」
拭いても拭いても雫が次から次に出てくる。ディミエルは途方にくれて、ワンピースを握りしめた。
(ああ、私……とっくにライシスのことを、大好きになっていたんだわ)
失ってから気づくなんて、バカね。ネーナの言う通りだった。
勇気を出して、告白の返事を伝えていたら、ライシスだって他の人にうつつを抜かすこともなかったかもしれない。
しばらく泣いていたディミエルは、鞄に無理矢理スペースを作り、ワンピースを突っ込んだ。
見るたびに辛くなるかもしれないけれど、このワンピースは持っていこう。初めて好きになった人との、思い出の品だから。
袖口で涙を拭ったディミエルは、家を後にした。あまり悠長にしていると、セレストがやってきてしまうかもしれない。
ブーツを履いて施錠をし、二年間暮らした家を見上げた。
(さようなら。町の暮らしも悪くなかったわ。友達もできたし、好きな人もできた)
ライシスなら、もしかしたらまた家に来てくれるかもしれない。手紙で居場所を知らせたかったけれど、セレストに見つかりやすくなってしまうから我慢した。
ディミエルが町と反対の方向に足を踏み出そうとすると、誰か向かってくる人影を見つけた。
肩を強ばらせながら目をこらす。黒髪ではなく銀の髪をしているのに気づいて、ディミエルは固唾を飲んでその人物が近づいてくるのを見守った。
「ディミー!」
満面の笑顔のライシスが、手を振りながら家の方に向かってくる。いつもと変わりない様子の彼は、ディミエルの両手を柔らかく握りしめた。
「もう町に出かけちゃった後か? 今日はどうしても外せない用事があったんだ、迎えに来れなくてごめんな。ここで会えてよかったよ……ディミー?」
表情を固くしたまま動かないディミエルの様子に気づき、ライシスが顔を覗きこんでくる。咄嗟に視線を逸らした。
「……ライシス」
「ん? どうした?」
「……」
あの妖精のような人は誰なのかと聞きたかった。けれど聞いてしまえば、決定的な別れに繋がるかもしれないと思うと、舌が縫いつけられたみたいに動かなくなってしまった。
(もうあの家に住むことはできない。ライシスも頼れない……)
一瞬どこか別の村で暮らすことも考えたが、伯爵領から出ないままならば、いずれ見つかってしまうだろう。
ディミエルは通行証を持っていないから、無断で他領には入れない。迷惑をかけるのを承知で、故郷の森に帰るしかなさそうだった。
伯爵領の隅にある故郷の森の中ならば、隣国と接している関係で、下手に踏み入ると国際問題に発展する可能性があるから、おいそれと追いかけてはこれないはずだ。
村に戻れば、村長がディミエルのことを助けてくれるはずだ。彼女は町の代表として旅立つディミエルを、心から気遣ってくれた。
(村のみんな、迷惑をかけてごめんなさい。だけどどうしても、セレスト様との結婚は嫌なの)
村の代表として伯爵様の御許に来ておいて、あげく使命を果たせないなんて、ディミエルを叱る者もいるだろう。
けれど、他に身を寄せる場所は考えつかなかった。ネーナにもライシスにも、さよならすら言えないことが、心残りだ。
無事に家に帰りつき、荷物をまとめた。家用の守護の魔石と、持ちきれなくて家に残していた薬瓶を、予備の鞄に入れた。
替えの服を用意する時に、黄色のワンピースを見つけて思わず手が止まる。
(こんな派手な服、逃亡生活には不釣り合いだよね。いらない、必要ない……)
そう思うのに、握りしめたまま手放せない自分がいて、愕然とする。
ライシスの驚いた顔、誇らし気な笑顔や、ディミーと呼ぶときの嬉しそうな声、真剣な表情や、温かで大きな手のひらの感触を一気に思い出して、なぜかポロリと涙が出てしまう。
「あ、あれ? おかしいな……目にゴミでも入ったのかな」
拭いても拭いても雫が次から次に出てくる。ディミエルは途方にくれて、ワンピースを握りしめた。
(ああ、私……とっくにライシスのことを、大好きになっていたんだわ)
失ってから気づくなんて、バカね。ネーナの言う通りだった。
勇気を出して、告白の返事を伝えていたら、ライシスだって他の人にうつつを抜かすこともなかったかもしれない。
しばらく泣いていたディミエルは、鞄に無理矢理スペースを作り、ワンピースを突っ込んだ。
見るたびに辛くなるかもしれないけれど、このワンピースは持っていこう。初めて好きになった人との、思い出の品だから。
袖口で涙を拭ったディミエルは、家を後にした。あまり悠長にしていると、セレストがやってきてしまうかもしれない。
ブーツを履いて施錠をし、二年間暮らした家を見上げた。
(さようなら。町の暮らしも悪くなかったわ。友達もできたし、好きな人もできた)
ライシスなら、もしかしたらまた家に来てくれるかもしれない。手紙で居場所を知らせたかったけれど、セレストに見つかりやすくなってしまうから我慢した。
ディミエルが町と反対の方向に足を踏み出そうとすると、誰か向かってくる人影を見つけた。
肩を強ばらせながら目をこらす。黒髪ではなく銀の髪をしているのに気づいて、ディミエルは固唾を飲んでその人物が近づいてくるのを見守った。
「ディミー!」
満面の笑顔のライシスが、手を振りながら家の方に向かってくる。いつもと変わりない様子の彼は、ディミエルの両手を柔らかく握りしめた。
「もう町に出かけちゃった後か? 今日はどうしても外せない用事があったんだ、迎えに来れなくてごめんな。ここで会えてよかったよ……ディミー?」
表情を固くしたまま動かないディミエルの様子に気づき、ライシスが顔を覗きこんでくる。咄嗟に視線を逸らした。
「……ライシス」
「ん? どうした?」
「……」
あの妖精のような人は誰なのかと聞きたかった。けれど聞いてしまえば、決定的な別れに繋がるかもしれないと思うと、舌が縫いつけられたみたいに動かなくなってしまった。
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