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23 なぜか屋敷に呼ばれました

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 緊張しながら歩を進めると、やがて使用人は立派な扉の前で立ち止まった。

 ここに通されるのは、実に二年ぶりだ。伯爵様と対面するのも、二年ぶりである。

(あの時は、ただ職務に励むようにと申しつけられただけだったけど、今回はなんの用事なのかな)

「森の魔女をお連れしました」
「入れ」

 扉が開き、中に通された。部屋は厚いビロードのカーテンと、重厚な雰囲気の本棚で囲まれていて、圧迫感がある。中央には立派な執務机があった。

 執務机の向こう側に、カーフェレン家の当主である伯爵様が腰掛けていて、その手前に得意気な顔をしたセレストが立っていた。

 伯爵様は切り揃えた黒い口髭を撫でながら、眼光鋭くディミエルを見据えた。

「魔女よ、喜ぶがいい。我が息子セレストが、お前との婚約の意思を固めたぞ」
「……!?」

 驚いて息を詰めた。セレストはディミエルににこやかに語りかける。

「できれば貴女の同意が欲しかったんですけれどね。まあ、結婚後に徐々に絆を育んでいけばいいでしょう」
「そ、そんな、勝手に決めないでください!」
「むしろ、今まで貴女の意思を尊重し、婚約締結を待っていたことを褒めていただきたいのですが。このままでは無粋な輩に、横から掻っ攫われそうですからね、勝手ながら決めさせていただきましたよ」

 セレストはニンマリとディミエルの体に視線を這わしながら、靴音を鳴らして歩み寄ってくる。

「大切に愛して差し上げますから、観念しなさい。僕からは逃げられませんよ。婚約者になったんですから、少しくらい触ってもいいですよね?」

 セレストは無断でディミエルの腰に手を這わそうとして、バチっと魔石に弾かれた。チッと舌打ちが飛んでくる。

「その目障りな魔法を解除しなさい」
「……い、嫌」
「ディミエル、あまり聞き分けのないことをすると、屋敷に閉じ込めてしまいますよ?」
「やめて!」

 叫んで部屋を飛び出した。止めようと伸びてきた手を、魔石が全て蹴散らす。ディミエルは長い廊下をひたすら走った。

「待ちなさい、ディミエル! 衛兵、何をしている! 捕まえろ!」

 飛びついて抑えようとしてきた衛兵に、鞄を投げ当てる。薬瓶が割れる音がした。

 大切な商売道具がなくなってしまったけれど、とにかく逃げることを優先する。

 仁王立ちで立ち塞がる門番に突っ込んでいく。魔石によって弾かれた門番は、派手に尻餅をついていた。

「ごめんなさい!」

 息が弾んで、呼吸が苦しい。それでも全速力で走って追っ手を撒いた。

 路地の裏に逃げ込んだところで、あまりに息苦しくて足を止めた。流れ出る汗もそのままに、呼吸を整えようと懸命に肩で息をする。

(勢いで逃げ出してきてしまったけれど、これからどうしよう。森の家も居場所が割れているし……)

 こんな時にライシスに会えたらと、彼の顔が浮かんだ。もしかしたら、ディミエルのことを助けてくれるかもしれない。

 後ろから誰か追ってきているかもしれないと振り向くと、ちょうど考えていた人が目の前に現れて、咄嗟に駆け寄ろうとした。

「ライシ、ス……」

 声をかけようとして、途中で途切れる。路地から出る直前に足を止めて、後ずさった。

 ライシスはいつもの様に、騎士のような格好をしていて、馬車の中に手を差し出しているところだった。

 手袋に包まれたほっそりとした手が、彼の手をとる。ライシスにエスコートされて出てきたのは、妖精のように麗しい貴族のお嬢様だった。

 金の髪に海色の瞳をした彼女は、彼に微笑みかける。顔を寄せて、耳元に何かささやいた。

 するとライシスは白い肌を桃色に染めて、恥ずかしそうな様子で言葉を返している。

 仲が良さそうなやりとりを見て、心にヒビが入る音がした。見たくないのに、目が離せない。

 ハイヒールを履いた美しい足捌きの女性は、ライシスと連れ立ってディミエルに背を向ける。

 呆然としているうちに、彼らの姿は見えなくなっていた。

「そんな……嘘だよね?」

 ディミエルの呟きを聞いて、表通りの人が怪訝そうに路地を覗きこんだ。

(いけない、こんなところでボーッとしていたら、カーフェレン家の追っ手に見つかってしまうわ)

 唇を固く引き結んで、ディミエルは家まで引き返した。
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