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第四章 アンガス海の運び屋と元海賊の古傷

49 昔話と風邪っぴき

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 それで俺がどうしたかっていうと……いつになく率直なヘルのお願いと、ムクムクと頭をもたげた好奇心に天秤がスコンと傾いて、ヘルの隣に座りこんでしまった。

「入れよ」

 ヘルは満足そうに頷くと、俺も毛布の中に入れてくれた。
 ヘルの細いけどしっかり筋肉のついた腕が、俺の肩に触れている。すぐ隣に現実味のないほど美しいな顔があった。

 うわー、肌白い。海育ちのはずなのにソバカスすらろくに見当たらない。見惚れている自分に気づいて、俺はドギマギしながらも顔を逸らした。

「どっから話すかな……まあ、お前も知っての通り俺は海賊だったわけだが」

 そうだね、ランスに思いっきり海賊だって言われてたよね。海の死神がなんたら、とかって。

 どうやらヘルの言う面白い話というのは、ヘル自身の話らしい。今まで秘密主義だったのもあって、俺は興味深々で続きを促した。

「親はいねえ。魔力があるってことは、この見た目からすっとククルード帝国の貴族か……まあ、捨てられた俺には関係ねえ話だ。物心ついた頃から海賊として生きてきた」

 ククルード帝国の人って、確か金とか銀とか薄い色の髪の人しかいないって言ってたっけ。銀髪は上流階級にしかいないってことか。

「俺には力があった。魔力もあった。向かう所敵なしで、調子に乗って暴れまわって……そんで、ある日眼をやられた」

 今は眼帯に隠れている、右目の傷を思い出す。結構深い傷だったから、視力もやられちゃったんじゃないかな。

「それから、魔力が思うように使えなくなった。制御ができなくなって……だけど無理矢理使ってたんだ。そしたら、暴発した。赤く変質した眼は俺の意思とか関係なしに魔力を出鱈目に放出しやがって、巨大な水の柱が周りにいた船を全部沈めちまった」

 ヘルは瞳を閉じると、絞りだすような声で続きを話した。

「……大事な、ダチがいたんだ。ノイシュってんだが、そいつが俺の魔力の暴発を身体張って止めた。ノイシュはそん時の傷で……」

 ヘルが痛みを堪えるように拳を握る。風を受けて寒いせいなのか、それともヘルの胸の痛みに共感してか、俺の身体は少し震えた。

「俺のせいで大切なヤツをみすみす死なせちまった。だからもう二度と、魔力は使わねえって決めてたんだ。だけどスバル、お前が……」

 ヘルは俺の方を振り向いた。揺れる瞳には、絶えず魔力の光がユラユラと波打つように漂っている。

「……お前が、俺のトラウマを越えてくれた。俺はもう二度と魔力を使わねえけど、お前が代わりに使ってくれる。誰かを傷つけるんじゃなく、助けるためにな」

 ヘルはそこで一度言葉を切った。何事かを決意するように、すうっと息を吸いこむ。

「俺は…そのことで、本当に救われたような気になって……その、ケホッ……か、感謝、してるんだ」
「そっか。どういたしまして」

 恥ずかしさを押し殺して素直な気持ちを吐露してくれるヘルに、俺の心が暖かくなった。咳払いして羞恥を誤魔化すヘルを、ほっこりとした気分で眺める。

「……まだ赤いな。痛むか?」

 ヘルはふと俺の首辺りを見やった。まだ跡が残ってるんだね? 俺はふるふると左右に首を振った。

「痛くないよ。もう忘れちゃってたくらい」
「忘れんの早すぎだろ。俺は下手したら取り返しのつかねえことしたっていうのに」

 ヘルは俺の首筋に手を伸ばそうとして、その手を引っこめた。指先が微かに震えている。

「見られて、拒絶されたと思って。お前も俺を狂った魔人扱いするのかって頭に血が上っちまって……」
「俺、くすぐったかっただけだよ」
「そんなことも気づけねえくらいに思いこんじまってたみたいだ。……ごめんな。跡が残っちまっても責任とるから安心しろ」
「そ、それは逆に安心できないっていうか」
「ククッ、バカ、冗談だ。ま、まあ本気にしてくれてもいいんだけどな」

 思わずといった様子で、ヘルは照れながらも楽しげに笑った。
 本気じゃないのもまた残念なような、やっぱり安心したような……微妙な気持ちになっていると、ヘルが笑顔をパッと片手で隠す。

「あー、クソ……お前の前だとどうしても口元が歪んじまう。気持ちわりいよな」
「え? なんで? ヘルの笑顔、俺はもっと見たいよ」
「そうなのか? けどノイシュ以外のヤツには、醜いテメェの笑った顔は見るに耐えないって言われてたんだが」
「そんな酷いこと言われてたの!? 俺はそんな風に思わないから、もっと笑ってよ。ヘルの笑った顔、俺好きだよ」

 この世界の醜い人に対する扱いってなかなかに酷いよね。
 笑った顔が見るに耐えないなんて、日本ではブサイクだった俺ですら言われたことないや。

……内心思われてたかもしれない可能性については、考えないでおこう。

 ヘルはチラッとこちらを伺って、ボソリと呟いた。少し息が荒い。

「まあ、そこまで言うなら、お前の前でなら笑ってやらなくも、ない……かもな」
「ほんと? うん、そうしてよ! その方が俺は嬉しいから」

 その時、フッと嬉しさがこぼれたかのように笑ったヘルの顔ときたら!
 どうして俺はカメラを持ってこれなかったんだろうと後悔したくなるくらい、自然で、爽やかで、目が離せないくらいにいい笑顔だった。
 キツい目つきが、笑顔と赤く色づいた頬で中和されて、抗い難い魅力を放っている。

 勝手に脈打つ鼓動をなんとか鎮めようとがんばっていると、ヘルがズルズルと床の上に伸びるように座った。

「あー……なんか、スッキリした。溜め込んでたモン発散されたぜ、暴れてもねえのに変な感じ」
「普段は暴れてたんだ?」
「ああ、お前らが寝てる夜とかに。どうせ魔力が乱れてイラついて、ロクに寝られなかったからな」

 そうなんだ、大変だったんだね。また体調が落ち着いたらヘルの右眼を観察させてもらおう。何か制御するためのコツとかみつかるかもしれない。

 銀色の頭はどんどんずり下がり、俺の肩にもたれかかってついには膝の上に着地した。トクトクと心臓の鼓動がうるさくなる。

「へっ、ヘル? どうしたの?」
「ん? なんか……力が入らねえんだ」
「ええ!? ちょっとごめん、おでこ触るよ……熱が上がってる!」

 今氷をおでこの上に置いたら、すぐにジュウッて溶けちゃいそうだ。ヘルはとろんとした目でうわ言を述べる。

「ああ、どおりでな……俺、今すげえ幸せだから、このまま死んでもいいわ」
「よくない、よくないよヘル!! えっと、すぐ人を呼んでくるから! 毛布巻いてて!!」

 よく考えたら目が潤んでたのも、頬が染まってたのも、咳払いも息が上がってたのも全部風邪の症状じゃん! もっと早くにクロノス達を呼びにいけばよかった!

 俺は落ちないように、できる限りの全速力でマストから降りて、クロノス達を探しにいった。






「へーっくしゅん!!」

 次の日。俺は盛大なくしゃみをしていた。そう、見事にヘルの風邪が移りました……
 いや、ヘルの風邪は喉で俺のは鼻だから、新しい風邪をひっかけちゃったのかな?

 どっちでもいいんだけど、身体がだるくて辛い。

「スバル、どうぞ水を飲んで下さい。水分を取った方が早く治りますよ」
「ズビッ、うう、いただきます」

 クロノスに看病されながら水を飲んでいると、部屋の扉を開けてメレが顔を見せた。

「スバルちゃん具合はどう? アタシのとっておきのオクスリは効いたかしら」
「どうだろ……ズッ、わかんな、っくしゅん!!」

 ううっ、くしゃみのせいでまともに返事もできないよ!

「スバルは私が診ますので、メイヴィルはヘルムートの看病に専念していただいてよろしいのですが」
「嫌よぉ、アイツスバルちゃんみたいに可愛げがないんだもの! クロちゃん交換しましょうよー、アタシもスバルちゃんのお世話したーい」
「それはなりません、スバルのお世話は私の役目であり、使命なのですから」
「なによ、ケチー!!」

 そうして俺は主にクロノスに、たまにメレに、それから風邪が治ったヘルにも看病されつつ、残りの旅程をベッドの上で過ごすこととなった。
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