ツイノベ倉庫〜1000文字程度の短編集

兎騎かなで

文字の大きさ
66 / 126

66.余命三ヶ月の男の決意

しおりを挟む
余命三ヶ月と宣告された。

俺はまだ死にたくない。好きなヤツがいるんだ。
一度でいいからデートがしたい。

通勤電車で見かける憧れの彼に、あわよくば抱いてほしい。

今までずっと見ているだけだったけれど、思いきって声をかけてみた。

「あのっ! ハンカチ落としませんでした?」
「いえ、僕のじゃないです」
「そうなんですね、青い綺麗なハンカチだから、お兄さんのイメージとピッタリあいません?」

無理矢理話題を振りまくると、彼は愛想よく応えてくれた。

「よく同じ電車に乗っていますよね。これから仕事ですか?」

ただの通行人Aである俺のことを、覚えてくれていたのかと感激した。

「いえ、訳あって仕事はやめたんです」
「そうでしたか」

話の最中、裾が折れてますよと盗聴器とGPSをスーツの内側に貼りつけた。

心臓が弾けそうなほど緊張しながら彼と別れて、家に戻ってデータを収集する。

もう時間がないんだ。なりふり構っちゃいられない。

仕事に費やしていた時間を全て使って、彼の人となり、趣味、恋愛観、生活パターンを割り出す。

残された時間の中で、限りなく「彼にとっての理想」を追求、模倣し再現してから、偶然を装って彼の近所のスーパーで会った。

「あ、またお会いしましたね」

イメチェンした俺を見て、彼は一瞬誰だかわからなかったらしい。 

髪を明るめに染めてふんわりした雰囲気にして、人好きのする笑みを浮かべてみせる。

「雰囲気変わりましたね、素敵です」

掴みはOKだ。夕飯の話をしながら、一人で食べるのが寂しい、一緒に食べませんかと儚げに誘うと彼の家に招かれた。

必死で練習した彼の好物であるエビチリを出すと、とても喜んでくれる。

「美味しいです!」
「よかった。中華が好きなんです」

本当は辛いのが苦手で、ハンバーグとか子供っぽい料理が好きだけど、そんなことはおくびにも出さない。

トントン拍子にデートの約束をとりつけられて、俺の気分は有頂天だった。

体調を誤魔化しながら横浜中華街を巡るデートをし、ふらつくと彼が支えてくれる。

これが最後のチャンスかもしれないとホテルに誘うとついてきてくれた。

夢のようなひと時を過ごし、翌日はゆっくりしたいからとそのままホテルで別れた。

もう体は限界だった、明日には入院して二度と外には戻れないだろう。

けれど俺はとても幸せだった。

これから成功率が一割もない手術が待っているとしても、胸の中はとても温かく満ち足りていた。

さよなら世界、さよなら大好きな人。

……死んだものと思って手術に挑んだのに、どうやら生き残れたようだ。

どうやって病院を突き止めたのか、俺の手を握って泣く彼がいる。

「そんなに体調が悪かったのなら、なぜ教えてくれなかったんだ! 君のことが本気で好きなのに」
「ごめん……死ぬやつに好かれたって、迷惑だろう?」
「そんなわけあるか!」
「それに、俺はお前を騙していたんだ。本当は儚げでもないしふんわりした性格でもない、お前が好きでストーカーするような陰湿な性格なんだよ」

「なんとなくわかってたよ、この子は僕の為に無理してくれてるんだなって」
「バレてたのか。じゃあわかっただろ、俺はお前の思うようなヤツじゃない」
「いいや、理想通りだよ。健気で頑張り屋で、涼しい顔して裏で努力を重ねてる。僕はそんな君だからこそ恋に堕ちたんだ」

目から鱗すぎて、とっさに言葉が出てこない。

彼は目尻にたまった涙を拭いて、魅力たっぷりに笑う。

「さては僕のことをほとんど知らないな? 出会ってまだ少ししか経っていないからしょうがない、これからずっと一緒にいればわかってくれるよね」

彼は宣言通り、俺が儚げじゃなくても、子どもみたいに思いきりはしゃいだり怒ったりしても、側にいてくれた。

しわしわのおじいちゃんになるまで、一生、側にいてくれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

チョコのように蕩ける露出狂と5歳児

ミクリ21
BL
露出狂と5歳児の話。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...