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80.記憶喪失なオメガ
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オメガが朝起きると、見知らぬ男と赤ちゃんが一緒に寝ていた。
「え、今日は学校のはず……ここどこ? 誰?」
隣の男が起きた、ビビるほどの美形だ。
「おはよう、愛しの番」
キスをされて驚いて顔をひきつらせると、彼は苦笑する。
「今日は早く帰ってくるからね、無理しないで」
戸惑っているうちに男は行ってしまう。
「え……どういうこと」
わからないものの、起きた赤ちゃんの面倒を見ない訳にはいかない。
赤ちゃんの世話なんてしたことないはずなのに、自分でも意外なほど手際良くミルクを飲ませて、あやすことができた。
やっと寝てくれたと家の中を捜索する。やたらと多いダンボール箱をいくつか開けると、アルバムを見つけた。
「これ、俺と朝の男?」
幸せそうなカップルを見て、自分はオメガだから彼はアルファなのかと合点した。
「てことは、この子は俺の子ども?」
目鼻立ちが似てる……かもしれない。
信じられないことだが、オメガは記憶喪失になったらしい。
なんで忘れちゃったんだろうと首を捻るが、思い出せないものしょうがない。
アルバムの中の自分はとても幸せそうだし、納得して彼と結婚したのだろう。
郵便物から彼の名前を見つけだし、口の中で転がしてみる。
覚えはないけど呼びやすい名前だなと、何度か練習した。
赤ちゃんをあやしながら、なんとか夕飯を作り終えてしばらくした頃、彼が帰ってきた。
「ただいま! 今日はお土産があるんだ」
好物のようかんを買ってきてくれて素直に喜んだ。
「わあ、ありがとう」
すると笑ったオメガの顔を見て、アルファはくしゃりと泣きそうな表情になった。
「もう大丈夫なのか?」
「え、何が?」
つられて眉尻を下げると、アルファは無理して笑う。
「……いや、そんなに簡単に吹っ切れる問題じゃないよな」
「どういうこと?」
「なんでもない。あ、今日は夕飯を作れたんだな、美味そうだ」
彼は話す気がないようだ。何かを隠したがっているから問い詰めても無駄な気がする。
「ところで、話があって」
それならと、食後に記憶喪失のことを話そうとしたら、過剰に反応された。
「話!? もう納得したはずだろう、君の番は僕だ! 僕だけなんだ……!」
赤ちゃんが眠るリビングから寝室へと連れ去られ、想いの丈をぶつけるかのように抱かれた。
すでに歯型のついた頸を執拗に噛まれて、泣きながら嫌がるとますます甘い責め苦が強くなる。
「どうか、どうか僕を選んでくれ……愛しているんだ」
その日は気絶するまで愛された。一夜明けて、やっと記憶喪失であることを打ち明ける。
アルファは驚いていたが、ホッとしたようだった。
「そうか、大変だったね。力になるから、困っていることはなんでも聞いてくれ」
「じゃあ、なぜそんなに焦っているのかが知りたい」
「それは……もう少し落ち着いたら話すよ。引越しを先に終わらせないと」
アルファは逃げるように背を向けて、ダンボールに荷物を詰め込んでいく。
不可解に思いながらも日々を過ごすが、アルファは本当にオメガと子どもに対して優しく、料理が苦手なのに気遣って代わってくれたりと、愛情に満ちた接し方をしてくれた。
オメガとの思い出話を面映そうに語る彼に、切ないほどひたむきに注がれる愛情に、いつしか再び恋をしていく。
そんなある日、赤ちゃんを連れて散歩に出かけ先で、突然知らない人に手を掴まれた。
「やっと見つけた! やはりこの町に住んでいたんだね、私の運命の番」
「……え?」
夫である番にしか反応しないはずの身体が、スーツの男に反応する。
抗い難い魅力を感じて一歩足を踏み出すが、胸の前で抱いている存在を思い出して踵を返した。
「待て! まだ話が途中だ」
赤ちゃんを抱えているから簡単に追いつかれてしまう。
「可愛いねえ、子どもに罪はない。この子ごと君を愛してあげるから、私の元に来なさい」
「い……」
強烈にフェロモンを当てられて、まともに声も出せずにへたり込む。
「俺にはっ、番が……」
「知っているよ。けれどそれは私と出会うまでに犯した間違いだった。そうだろう?」
「間違い、なんかじゃ」
「悪いことをしたと認めたくないんだね。いいよ、また思い出させてあげる。体に聞けばわかるはずだ、私が真の番だと」
「い、ゃ……」
思い出した。この人に無理矢理抱かれて一瞬でも惹かれてしまったせいで、大好きな夫と別れなきゃと思い詰めた結果、記憶を失ったんだ。
自分が愛しているのは、目の前の彼じゃない。身を委ねろと訴える本能を振り切り、唇を噛む。
二度と同じ間違いを繰り返してはならないと、震える手でスマホを取り出した。
夫に連絡を取ろうとするが取り上げられる。
「可哀想にね、私以外に目移りしたばっかりに、君はこれから先発情期の度に、狂いそうな熱に犯されるんだ。でも大丈夫、私がいくらでもつきあってあげるから」
助けてと内心叫ぶ。物陰に連れ込まれそうになったその時、夫が現れた。
「僕の番に触れないでいただきたい」
「何を言っているのかな? 彼の番は私だよ」
言い争いになり、赤ちゃんも泣き出し騒ぎになって警官までやってきた。
警官に対し自分勝手な理論を話すスーツの男に、夫がすかさず弁明する。
「彼は僕の番です!」
「間違いありません、俺の番はこの人だけです」
分が悪くなったと見たスーツの男は、悪態をつきながら去っていった。
家に帰り記憶が戻ったと打ち明けると、赤ちゃんごと抱きしめられた。
「辛かっただろう……忘れていられるなら、その方がよかっただろうに」
「確かに辛い記憶だけど、思い出せてよかった。俺は運命の番より貴方を選ぶよ。今回のことではっきりわかった、俺が好きなのは貴方だ」
「……っ! 一生かけて君を愛すると、改めて誓うよ。二人で僕たちの子を育てて、家族になろう」
「うん」
引越し先は誰にも告げずに、家族三人で移り住んだ。
もしも先に運命の番と出会っていたらと、考えることもある。
それでも今の自分が幸せにしたいのは、夫である彼以外にあり得ない。
「できたよ、今日のは自信作だ」
「パパのご飯、美味しいかな?」
「食べてみよっか、見た目は美味しそうだよ」
少ししょっぱい卵焼きを、家族みんなで食べるこの瞬間が、何より愛おしい。
「美味しいよ」
オメガは夫に向かって微笑みながら、幸せの味を噛み締めた。
「え、今日は学校のはず……ここどこ? 誰?」
隣の男が起きた、ビビるほどの美形だ。
「おはよう、愛しの番」
キスをされて驚いて顔をひきつらせると、彼は苦笑する。
「今日は早く帰ってくるからね、無理しないで」
戸惑っているうちに男は行ってしまう。
「え……どういうこと」
わからないものの、起きた赤ちゃんの面倒を見ない訳にはいかない。
赤ちゃんの世話なんてしたことないはずなのに、自分でも意外なほど手際良くミルクを飲ませて、あやすことができた。
やっと寝てくれたと家の中を捜索する。やたらと多いダンボール箱をいくつか開けると、アルバムを見つけた。
「これ、俺と朝の男?」
幸せそうなカップルを見て、自分はオメガだから彼はアルファなのかと合点した。
「てことは、この子は俺の子ども?」
目鼻立ちが似てる……かもしれない。
信じられないことだが、オメガは記憶喪失になったらしい。
なんで忘れちゃったんだろうと首を捻るが、思い出せないものしょうがない。
アルバムの中の自分はとても幸せそうだし、納得して彼と結婚したのだろう。
郵便物から彼の名前を見つけだし、口の中で転がしてみる。
覚えはないけど呼びやすい名前だなと、何度か練習した。
赤ちゃんをあやしながら、なんとか夕飯を作り終えてしばらくした頃、彼が帰ってきた。
「ただいま! 今日はお土産があるんだ」
好物のようかんを買ってきてくれて素直に喜んだ。
「わあ、ありがとう」
すると笑ったオメガの顔を見て、アルファはくしゃりと泣きそうな表情になった。
「もう大丈夫なのか?」
「え、何が?」
つられて眉尻を下げると、アルファは無理して笑う。
「……いや、そんなに簡単に吹っ切れる問題じゃないよな」
「どういうこと?」
「なんでもない。あ、今日は夕飯を作れたんだな、美味そうだ」
彼は話す気がないようだ。何かを隠したがっているから問い詰めても無駄な気がする。
「ところで、話があって」
それならと、食後に記憶喪失のことを話そうとしたら、過剰に反応された。
「話!? もう納得したはずだろう、君の番は僕だ! 僕だけなんだ……!」
赤ちゃんが眠るリビングから寝室へと連れ去られ、想いの丈をぶつけるかのように抱かれた。
すでに歯型のついた頸を執拗に噛まれて、泣きながら嫌がるとますます甘い責め苦が強くなる。
「どうか、どうか僕を選んでくれ……愛しているんだ」
その日は気絶するまで愛された。一夜明けて、やっと記憶喪失であることを打ち明ける。
アルファは驚いていたが、ホッとしたようだった。
「そうか、大変だったね。力になるから、困っていることはなんでも聞いてくれ」
「じゃあ、なぜそんなに焦っているのかが知りたい」
「それは……もう少し落ち着いたら話すよ。引越しを先に終わらせないと」
アルファは逃げるように背を向けて、ダンボールに荷物を詰め込んでいく。
不可解に思いながらも日々を過ごすが、アルファは本当にオメガと子どもに対して優しく、料理が苦手なのに気遣って代わってくれたりと、愛情に満ちた接し方をしてくれた。
オメガとの思い出話を面映そうに語る彼に、切ないほどひたむきに注がれる愛情に、いつしか再び恋をしていく。
そんなある日、赤ちゃんを連れて散歩に出かけ先で、突然知らない人に手を掴まれた。
「やっと見つけた! やはりこの町に住んでいたんだね、私の運命の番」
「……え?」
夫である番にしか反応しないはずの身体が、スーツの男に反応する。
抗い難い魅力を感じて一歩足を踏み出すが、胸の前で抱いている存在を思い出して踵を返した。
「待て! まだ話が途中だ」
赤ちゃんを抱えているから簡単に追いつかれてしまう。
「可愛いねえ、子どもに罪はない。この子ごと君を愛してあげるから、私の元に来なさい」
「い……」
強烈にフェロモンを当てられて、まともに声も出せずにへたり込む。
「俺にはっ、番が……」
「知っているよ。けれどそれは私と出会うまでに犯した間違いだった。そうだろう?」
「間違い、なんかじゃ」
「悪いことをしたと認めたくないんだね。いいよ、また思い出させてあげる。体に聞けばわかるはずだ、私が真の番だと」
「い、ゃ……」
思い出した。この人に無理矢理抱かれて一瞬でも惹かれてしまったせいで、大好きな夫と別れなきゃと思い詰めた結果、記憶を失ったんだ。
自分が愛しているのは、目の前の彼じゃない。身を委ねろと訴える本能を振り切り、唇を噛む。
二度と同じ間違いを繰り返してはならないと、震える手でスマホを取り出した。
夫に連絡を取ろうとするが取り上げられる。
「可哀想にね、私以外に目移りしたばっかりに、君はこれから先発情期の度に、狂いそうな熱に犯されるんだ。でも大丈夫、私がいくらでもつきあってあげるから」
助けてと内心叫ぶ。物陰に連れ込まれそうになったその時、夫が現れた。
「僕の番に触れないでいただきたい」
「何を言っているのかな? 彼の番は私だよ」
言い争いになり、赤ちゃんも泣き出し騒ぎになって警官までやってきた。
警官に対し自分勝手な理論を話すスーツの男に、夫がすかさず弁明する。
「彼は僕の番です!」
「間違いありません、俺の番はこの人だけです」
分が悪くなったと見たスーツの男は、悪態をつきながら去っていった。
家に帰り記憶が戻ったと打ち明けると、赤ちゃんごと抱きしめられた。
「辛かっただろう……忘れていられるなら、その方がよかっただろうに」
「確かに辛い記憶だけど、思い出せてよかった。俺は運命の番より貴方を選ぶよ。今回のことではっきりわかった、俺が好きなのは貴方だ」
「……っ! 一生かけて君を愛すると、改めて誓うよ。二人で僕たちの子を育てて、家族になろう」
「うん」
引越し先は誰にも告げずに、家族三人で移り住んだ。
もしも先に運命の番と出会っていたらと、考えることもある。
それでも今の自分が幸せにしたいのは、夫である彼以外にあり得ない。
「できたよ、今日のは自信作だ」
「パパのご飯、美味しいかな?」
「食べてみよっか、見た目は美味しそうだよ」
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「美味しいよ」
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