4 / 32
第1章
初めての契約
「ガアアアアアアアアッ!!」
鼓膜を突き破らんばかりの咆哮が、狭い遺跡内に反響する。 ビーストグリズリーが振り下ろした巨大な爪が、空気を引き裂きながら僕に迫る。
僕は咄嗟に身体を捻った。三年間、来る日も来る日も繰り返してきた回避訓練。足場を変え、重心を移す。泥臭く磨いてきた基礎の動きだけが、僕の命を繋ぎ止めていた。
「はっ……、はぁっ……!」
だが、相手は森の主だ。 一撃をかわしても、その風圧だけで身体が浮き上がる。安物の木剣を盾にして衝撃を受け流そうとしたが、あまりの質量差に、僕は木の葉のように後方へと吹き飛ばされた。
背中に凄まじい衝撃が走り、視界が真っ白に染まる。 僕が叩きつけられたのは、アルドたちが「何もない」と断じた、あの最奥の石壁だった。
「がはっ……!」
肺の空気がすべて押し出され、血の混じった唾が口から零れる。 石壁は、僕の激突とグリズリーの猛追による震動に耐えきれなかった。嫌な音を立てて壁が崩落し、その奥に隠されていた小さな空洞が姿を現した。
(ここは……?)
朦朧とする意識の中、僕はそれを見た。 瓦礫の山の中、微かに光が差し込む場所に、一匹の白い仔犬が横たわっていた。僕のサーチがあの子犬に反応している。
見たこともない魔物だ。 雪のように純白な毛並みを持っているが、その体は深く傷つき、呼吸は今にも止まりそうなほどに浅い。
「キュ……、ゥ……」
仔犬が、力なく僕を見つめる。 その金色の瞳には、静かな諦念が宿っていた。
(……僕と、同じだ)
才能がないと蔑まれ、最後には仲間にも見捨てられた。 暗い場所で一人、誰にも知られずに消えていく。 その孤独が、痛いほど僕の胸に刺さった。
「グルルルル……!」
壁を完全に粉砕し、ビーストグリズリーが部屋に侵入してくる。 獲物を追い詰めた主(ヌシ)は、弱り切った仔犬に目を向け、無慈悲に巨大な前足を振り上げた。僕のことなど眼中にないようだ。
「やめろ」
自分でも驚くほど、静かな声が出た。 身体中の骨が軋み、指一本動かすのも億劫なはずなのに。 僕は震える膝を叩き、仔犬の元へ駆け出した。間一髪、子犬を抱きかかえ、ビーストグリズリーの一撃を交わした。
「君を、ここで死なせたりしない」
今の僕に、このバケモノを倒す術はない。それに次もよけられる保証はない。
抱きかかえている子犬を見つめる。もし僕の魔力を全部、この子にあげれば、逃げるくらいの力は戻るかもしれない。
テイムが成功すれば、魔物と主従関係が成立し、魔力パスが繋がる。そうなれば、僕の魔力を与えることができる。でも、スライムすら使役できないレベル0の僕が、未知の魔物に対してテイムを成功できる確率は限りなく低いだろう。
失敗すればこの子は助からない。それならば、この子をテイムするのではなく、僕の全魔力を譲渡する。主従関係の構築は捨てて、魔力パスだけを一時的につなげる。
ビーストグリズリーから逃がすためには、僕の残された魔力をすべて与えても足りないかもしれない。それに、僕は魔力が尽きてこの場から動けなくなるだろう。
それでも、最後に一つくらい、僕がこの世界に生きた証を残したかった。
「お願いだ。僕の全部をあげるから、生き延びてくれ!」
僕は仔犬の額に、そっと触れた。 自分の中にある、残されたすべての魔力を練り上げる。 スライムにさえ拒絶され続けた、僕の魔力。
(――届けっ!!)
その瞬間。 僕の掌から、かつて感じたことのないほど濁りのない、真っ白な光が溢れ出した。
熱い。魂が溶けるような、凄まじいエネルギーの奔流。 今までに感じたことのない力が溢れて来た。光の鎖が、僕と仔犬の魂を結びつける。 契約成立を告げる紋章が空中に浮かび上がり、遺跡全体が震えるほどの閃光が弾けた。
すべての魔力を放出しきった瞬間、僕の身体から完全に力が抜けた。 指先ひとつ動かせない。視界が急速に暗転していく。 僕はその場に崩れ落ち、横たわる仔犬の隣に倒れ込んだ。
(これで、いい……。逃げてね……)
意識が途切れる寸前、僕は見た。 僕の魔力を受け取ったことで、仔犬の傷が一瞬で癒えていくのを。 そして、振り下ろされていたグリズリーの爪が、まるで見えない壁に阻まれたかのように空中で静止したのを。
「ガ、ガア……!?」
グリズリーの目に、初めて恐怖の色が走る。 主はガタガタと全身を震わせ、次の瞬間、まるで巨大な重圧に押し潰されたかのように、その場に平伏した。
僕の腕の中で、仔犬が立ち上がる。 仔犬は、動けなくなった僕の顔を優しく、慈しむように一度舐めると、平伏するグリズリーを冷徹な目で見下ろし、短く、しかし威厳に満ちた声で鳴いた。
そこで、僕の意識は完全に途絶えた。
鼓膜を突き破らんばかりの咆哮が、狭い遺跡内に反響する。 ビーストグリズリーが振り下ろした巨大な爪が、空気を引き裂きながら僕に迫る。
僕は咄嗟に身体を捻った。三年間、来る日も来る日も繰り返してきた回避訓練。足場を変え、重心を移す。泥臭く磨いてきた基礎の動きだけが、僕の命を繋ぎ止めていた。
「はっ……、はぁっ……!」
だが、相手は森の主だ。 一撃をかわしても、その風圧だけで身体が浮き上がる。安物の木剣を盾にして衝撃を受け流そうとしたが、あまりの質量差に、僕は木の葉のように後方へと吹き飛ばされた。
背中に凄まじい衝撃が走り、視界が真っ白に染まる。 僕が叩きつけられたのは、アルドたちが「何もない」と断じた、あの最奥の石壁だった。
「がはっ……!」
肺の空気がすべて押し出され、血の混じった唾が口から零れる。 石壁は、僕の激突とグリズリーの猛追による震動に耐えきれなかった。嫌な音を立てて壁が崩落し、その奥に隠されていた小さな空洞が姿を現した。
(ここは……?)
朦朧とする意識の中、僕はそれを見た。 瓦礫の山の中、微かに光が差し込む場所に、一匹の白い仔犬が横たわっていた。僕のサーチがあの子犬に反応している。
見たこともない魔物だ。 雪のように純白な毛並みを持っているが、その体は深く傷つき、呼吸は今にも止まりそうなほどに浅い。
「キュ……、ゥ……」
仔犬が、力なく僕を見つめる。 その金色の瞳には、静かな諦念が宿っていた。
(……僕と、同じだ)
才能がないと蔑まれ、最後には仲間にも見捨てられた。 暗い場所で一人、誰にも知られずに消えていく。 その孤独が、痛いほど僕の胸に刺さった。
「グルルルル……!」
壁を完全に粉砕し、ビーストグリズリーが部屋に侵入してくる。 獲物を追い詰めた主(ヌシ)は、弱り切った仔犬に目を向け、無慈悲に巨大な前足を振り上げた。僕のことなど眼中にないようだ。
「やめろ」
自分でも驚くほど、静かな声が出た。 身体中の骨が軋み、指一本動かすのも億劫なはずなのに。 僕は震える膝を叩き、仔犬の元へ駆け出した。間一髪、子犬を抱きかかえ、ビーストグリズリーの一撃を交わした。
「君を、ここで死なせたりしない」
今の僕に、このバケモノを倒す術はない。それに次もよけられる保証はない。
抱きかかえている子犬を見つめる。もし僕の魔力を全部、この子にあげれば、逃げるくらいの力は戻るかもしれない。
テイムが成功すれば、魔物と主従関係が成立し、魔力パスが繋がる。そうなれば、僕の魔力を与えることができる。でも、スライムすら使役できないレベル0の僕が、未知の魔物に対してテイムを成功できる確率は限りなく低いだろう。
失敗すればこの子は助からない。それならば、この子をテイムするのではなく、僕の全魔力を譲渡する。主従関係の構築は捨てて、魔力パスだけを一時的につなげる。
ビーストグリズリーから逃がすためには、僕の残された魔力をすべて与えても足りないかもしれない。それに、僕は魔力が尽きてこの場から動けなくなるだろう。
それでも、最後に一つくらい、僕がこの世界に生きた証を残したかった。
「お願いだ。僕の全部をあげるから、生き延びてくれ!」
僕は仔犬の額に、そっと触れた。 自分の中にある、残されたすべての魔力を練り上げる。 スライムにさえ拒絶され続けた、僕の魔力。
(――届けっ!!)
その瞬間。 僕の掌から、かつて感じたことのないほど濁りのない、真っ白な光が溢れ出した。
熱い。魂が溶けるような、凄まじいエネルギーの奔流。 今までに感じたことのない力が溢れて来た。光の鎖が、僕と仔犬の魂を結びつける。 契約成立を告げる紋章が空中に浮かび上がり、遺跡全体が震えるほどの閃光が弾けた。
すべての魔力を放出しきった瞬間、僕の身体から完全に力が抜けた。 指先ひとつ動かせない。視界が急速に暗転していく。 僕はその場に崩れ落ち、横たわる仔犬の隣に倒れ込んだ。
(これで、いい……。逃げてね……)
意識が途切れる寸前、僕は見た。 僕の魔力を受け取ったことで、仔犬の傷が一瞬で癒えていくのを。 そして、振り下ろされていたグリズリーの爪が、まるで見えない壁に阻まれたかのように空中で静止したのを。
「ガ、ガア……!?」
グリズリーの目に、初めて恐怖の色が走る。 主はガタガタと全身を震わせ、次の瞬間、まるで巨大な重圧に押し潰されたかのように、その場に平伏した。
僕の腕の中で、仔犬が立ち上がる。 仔犬は、動けなくなった僕の顔を優しく、慈しむように一度舐めると、平伏するグリズリーを冷徹な目で見下ろし、短く、しかし威厳に満ちた声で鳴いた。
そこで、僕の意識は完全に途絶えた。
あなたにおすすめの小説
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
【完結】スキルを作って習得!僕の趣味になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》 どんなスキル持ちかによって、人生が決まる。生まれ持ったスキルは、12歳過ぎから鑑定で見えるようになる。ロマドは、4度目の15歳の歳の鑑定で、『スキル錬金』という優秀なスキルだと鑑定され……たと思ったが、錬金とつくが熟練度が上がらない!結局、使えないスキルとして一般スキル扱いとなってしまった。
どうやったら熟練度が上がるんだと思っていたところで、熟練度の上げ方を発見!
スキルの扱いを錬金にしてもらおうとするも却下された為、仕方なくあきらめた。だが、ふと「作成条件」という文字が目の前に見えて、その条件を達してみると、新しいスキルをゲットした!
天然ロマドと、タメで先輩のユイジュの突っ込みと、チェトの可愛さ(ロマドの主観)で織りなす、スキルと笑いのアドベンチャー。
【完結】魔術師なのはヒミツで薬師になりました
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
ティモシーは、魔術師の少年だった。人には知られてはいけないヒミツを隠し、薬師(くすし)の国と名高いエクランド国で薬師になる試験を受けるも、それは年に一度の王宮専属薬師になる試験だった。本当は普通の試験でよかったのだが、見事に合格を果たす。見た目が美少女のティモシーは、トラブルに合うもまだ平穏な方だった。魔術師の組織の影がちらつき、彼は次第に大きな運命に飲み込まれていく……。
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
転生幼女の攻略法〜最強チートの異世界日記〜
みおな
ファンタジー
私の名前は、瀬尾あかり。
37歳、日本人。性別、女。職業は一般事務員。容姿は10人並み。趣味は、物語を書くこと。
そう!私は、今流行りのラノベをスマホで書くことを趣味にしている、ごくごく普通のOLである。
今日も、いつも通りに仕事を終え、いつも通りに帰りにスーパーで惣菜を買って、いつも通りに1人で食事をする予定だった。
それなのに、どうして私は道路に倒れているんだろう?後ろからぶつかってきた男に刺されたと気付いたのは、もう意識がなくなる寸前だった。
そして、目覚めた時ー
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結】不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ブラック企業で過労死した俺が異世界エルドラで授かったのは『動物親和EX』という一見地味なスキルだった。
日銭を稼ぐので精一杯の不遇な日々を送っていたある日、森で傷ついた謎の白い生き物「フェン」と出会う。
フェンは言葉を話し、実は強力な力を持つ聖霊獣だったのだ!
フェンの驚異的な素材発見能力や戦闘補助のおかげで、俺の生活は一変。
美味しいものを食べ、新しい家に住み、絆を深めていく二人。
しかし、フェンの力を悪用しようとする者たちも現れる。フェンを守り、より深い絆を結ぶため、二人は聖霊獣との正式な『契約の儀式』を行うことができるという「守り人の一族」を探す旅に出る。
最強もふもふとの心温まる異世界冒険譚、ここに開幕!
才がないと伯爵家を追放された僕は、神様からのお詫びチートで、異世界のんびりスローライフ!!
にのまえ
ファンタジー
剣や魔法に才能がないカストール伯爵家の次男、ノエール・カストールは家族から追放され、辺境の別荘へ送られることになる。しかしノエールは追放を喜ぶ、それは彼に異世界の神様から、お詫びにとして貰ったチートスキルがあるから。
そう、ノエールは転生者だったのだ。
そのスキルを駆使して、彼の異世界のんびりスローライフが始まる。