魔物に嫌われる「レベル0」の魔物使い。命懸けで仔犬を助けたら―実は神域クラスしかテイムできない規格外でした

たつき

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第1章 

初めての契約

「ガアアアアアアアアッ!!」

鼓膜を突き破らんばかりの咆哮が、狭い遺跡内に反響する。 ビーストグリズリーが振り下ろした巨大な爪が、空気を引き裂きながら僕に迫る。

僕は咄嗟に身体を捻った。三年間、来る日も来る日も繰り返してきた回避訓練。足場を変え、重心を移す。泥臭く磨いてきた基礎の動きだけが、僕の命を繋ぎ止めていた。

「はっ……、はぁっ……!」

だが、相手は森の主だ。 一撃をかわしても、その風圧だけで身体が浮き上がる。安物の木剣を盾にして衝撃を受け流そうとしたが、あまりの質量差に、僕は木の葉のように後方へと吹き飛ばされた。

背中に凄まじい衝撃が走り、視界が真っ白に染まる。 僕が叩きつけられたのは、アルドたちが「何もない」と断じた、あの最奥の石壁だった。

「がはっ……!」

肺の空気がすべて押し出され、血の混じった唾が口から零れる。 石壁は、僕の激突とグリズリーの猛追による震動に耐えきれなかった。嫌な音を立てて壁が崩落し、その奥に隠されていた小さな空洞が姿を現した。

(ここは……?)

朦朧とする意識の中、僕はそれを見た。 瓦礫の山の中、微かに光が差し込む場所に、一匹の白い仔犬が横たわっていた。僕のサーチがあの子犬に反応している。

見たこともない魔物だ。 雪のように純白な毛並みを持っているが、その体は深く傷つき、呼吸は今にも止まりそうなほどに浅い。

「キュ……、ゥ……」

仔犬が、力なく僕を見つめる。 その金色の瞳には、静かな諦念が宿っていた。

(……僕と、同じだ)

才能がないと蔑まれ、最後には仲間にも見捨てられた。 暗い場所で一人、誰にも知られずに消えていく。 その孤独が、痛いほど僕の胸に刺さった。

「グルルルル……!」

壁を完全に粉砕し、ビーストグリズリーが部屋に侵入してくる。 獲物を追い詰めた主(ヌシ)は、弱り切った仔犬に目を向け、無慈悲に巨大な前足を振り上げた。僕のことなど眼中にないようだ。

「やめろ」

自分でも驚くほど、静かな声が出た。 身体中の骨が軋み、指一本動かすのも億劫なはずなのに。 僕は震える膝を叩き、仔犬の元へ駆け出した。間一髪、子犬を抱きかかえ、ビーストグリズリーの一撃を交わした。

「君を、ここで死なせたりしない」

 今の僕に、このバケモノを倒す術はない。それに次もよけられる保証はない。
抱きかかえている子犬を見つめる。もし僕の魔力を全部、この子にあげれば、逃げるくらいの力は戻るかもしれない。

テイムが成功すれば、魔物と主従関係が成立し、魔力パスが繋がる。そうなれば、僕の魔力を与えることができる。でも、スライムすら使役できないレベル0の僕が、未知の魔物に対してテイムを成功できる確率は限りなく低いだろう。

失敗すればこの子は助からない。それならば、この子をテイムするのではなく、僕の全魔力を譲渡する。主従関係の構築は捨てて、魔力パスだけを一時的につなげる。

ビーストグリズリーから逃がすためには、僕の残された魔力をすべて与えても足りないかもしれない。それに、僕は魔力が尽きてこの場から動けなくなるだろう。

 それでも、最後に一つくらい、僕がこの世界に生きた証を残したかった。

「お願いだ。僕の全部をあげるから、生き延びてくれ!」

僕は仔犬の額に、そっと触れた。 自分の中にある、残されたすべての魔力を練り上げる。 スライムにさえ拒絶され続けた、僕の魔力。

(――届けっ!!)

その瞬間。 僕の掌から、かつて感じたことのないほど濁りのない、真っ白な光が溢れ出した。

熱い。魂が溶けるような、凄まじいエネルギーの奔流。 今までに感じたことのない力が溢れて来た。光の鎖が、僕と仔犬の魂を結びつける。 契約成立を告げる紋章が空中に浮かび上がり、遺跡全体が震えるほどの閃光が弾けた。

すべての魔力を放出しきった瞬間、僕の身体から完全に力が抜けた。 指先ひとつ動かせない。視界が急速に暗転していく。 僕はその場に崩れ落ち、横たわる仔犬の隣に倒れ込んだ。

(これで、いい……。逃げてね……)

意識が途切れる寸前、僕は見た。 僕の魔力を受け取ったことで、仔犬の傷が一瞬で癒えていくのを。 そして、振り下ろされていたグリズリーの爪が、まるで見えない壁に阻まれたかのように空中で静止したのを。

「ガ、ガア……!?」

グリズリーの目に、初めて恐怖の色が走る。 主はガタガタと全身を震わせ、次の瞬間、まるで巨大な重圧に押し潰されたかのように、その場に平伏した。

僕の腕の中で、仔犬が立ち上がる。 仔犬は、動けなくなった僕の顔を優しく、慈しむように一度舐めると、平伏するグリズリーを冷徹な目で見下ろし、短く、しかし威厳に満ちた声で鳴いた。

そこで、僕の意識は完全に途絶えた。
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