多機能型特別公衆便所 ==特便==

辻 野乃子

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case4 ~漁師町の雪女~ ーother sideー #5

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――ゲンさんが入っていってから、早30分が経過した。

「・・・ゲンさん、遅えだな・・・。」

「やっぱり通報されちまったんじゃ…。あの人、諦め悪りぃからなぁ…。」
 本当に――、いつだって、あの人は諦めが悪い。あん時だってそうだ――。

 当時中坊だった俺が、高校生くらいのガラの悪い連中に絡まれ、愛読していた週刊少年誌を奪われそうになっていた時。ゲンさんは上級生相手にも一切臆する事なく、迷わず止めに入ってくれた。
 ...けど喧嘩が強いワケでもねぇゲンさんは、普通にボコボコにされていた…。
 俺がもういい――ツっても、全然諦めやしねえ。どんだけ殴られても蹴られても、しつこく食い下がって……最終的には、不良連中の方がドン引きして帰っていった。
 そんなどうしようもねえ大馬鹿野郎――それが、"ゲンさん"という男だ。

「・・・あ...出てきただ・・・。」
 ――特便から出てきたゲンさんは、何だか放心してる様子だ…。
(ありゃあ…やっぱ通報されちまったか?それか、ブロックされて「もう二度と来ないでください。」…とでも言われたか...)

「ゲンさ~ん。大丈夫っスかー。」

「――ケミ……。」
「へ?」

「姉ちゃんの名前・・・アケミっていうんだってよぉ!!」

「はぁ…?! ゲンさん、マジで聞いてきたんスか!しかも教えてくれたって!?」
「おう、マジだ…。」

「・・・一体どんな手を使ったんですか・・・。」

「どんな手――ッつうか…帰り掛けに何となく、聞けそうだったから聞いてみたってだけだべ。」
 ...ったく――、やっぱ馬鹿だ。この人は…。

「何となくって…そんないい加減な感じで、ハイリスクローリターンな賭けに出ないで下さいよ…。」

「ローリターンって...名前だべ?名前っ!!
 漁だったら大漁旗掲げて帰るくれえの、すんげえ収穫じゃねえかよ!」

「あのねぇ、ゲンさん…アケミなんて名前、どこにでも居るじゃないっすか。
 それに…掃女の言う名前ってのは大抵、源氏名みてぇなもんで本名じゃないんスよ。」

「お…おう・・・それもそうだな…。
 そんじゃあ、結局のところ――収穫はゼロって事だか…。」
 珍しくテストでいい点取って帰ってきた時の、わんぱく小僧のような屈託の無い笑顔が曇ってしまう…。

「・・・あー。…とはいえ、ゼロってこたぁねえですよ。
 もし姉ちゃんがここに来るよりも前から、その名前で掃女やってたなら重要な手掛かりになりますし…本名じゃないにせよ"アケミ"ってのも、何かしら自分に関わりのある名前である可能性は高いと思いますよ。」

「・・・関わりのある...ってのは、例えばどんなのだ・・・?」

「そうっスねぇ・・・本名と一文字違いとか、別の読み方も出来る漢字とか……後は知り合いの名前とか、憧れの芸能人から取ってる…とか?」

「確かに...姉ちゃんもその場で考えて答えてくれたみてぇな感じだったし、咄嗟に出てきた名前ならそうかもしんねぇな!」

 やれやれ・・・本当に馬鹿で、単純な男だ――。


「んで?そっちの方はどうだったんですか?」

「……?そっちの方...ってなんの事だべ?」

「なんの事って……そりゃあ、セックスの方に決まってますよ。
 がっつりスケベのゲンさんのくせに、何を今さら純情ぶってるんスか…。」

「ああ、そっちか!…んだども、今日は姉ちゃんとはヤってこなかっただーよ。」

「はあ⁉︎ ヤってないって・・・じゃあ一体30分もの間、中で何してたっていうんスか??」

「ん?何をしてたかッつーと...まあ、軽い世間話だけんども…。」

「世間話……?え?そんだけっスか??」

「んだ。そんだけだーよ。」

「・・・ふ。ゲンさんらしいな・・・。」

「まあ・・・そうだけどよ…。せっかく【Free】で入室しといて世間話だけって……。」

 ...ったく――この"ゲンさん"って男は本当に・・・
 どうしようもねえくらいに馬鹿で単純でお人好しの――、カッコいい男だ。
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