ぐりむ・りーぱー〜剣と魔法のファンタジー世界で一流冒険者パーティーを脱退した俺はスローライフを目指す。最強?無双?そんなものに興味無いです〜

くろひつじ

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86話「頼むから時と場所を選んでくれ」

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 オウカ食堂から少し離れた大通り沿いの喫茶店。
 暖炉の暖かさに満ちた一室で飲むコーヒーはまた格別なものだ。
 窓越しに外の吹雪を見ながら淹れたてのコーヒーを一口飲むと、苦味と酸味が口の中に広がった。
 ここのコーヒーは結構好みの味だな。
 さっき食べたタルトも美味かったし、ネーヴェさんも良い店を知ってるもんだ。
 使い魔は食事をとる必要が無いとか聞いた事あるが、彼女にも付き合いとかあるんだろう。

「しかし、セイは他人に興味が無いんだと思っていたのだが。人は変わるものだな」
「私が出会った頃は触れるだけで鳥肌を立てていましたね」
「私としてはその辺も興味がある話なのだが……どうだ、話す気になったか?」
「いやもう勘弁してくださいって」

 からかうように笑うネーヴェさんに苦笑いを返し、コーヒーを更に一口。
 何が悲しくてトラウマレベルの恐怖イベントを人に話さなきゃならないんだよ。
 思い出すだけでも嫌だわ。
 いやまぁ、いつか向き合わなきゃならない話ではあるんだけど。

「ふふ。まぁ、大事が無くて何よりだ」
「そりゃどうも。そっちはどうなんです?」
「近々フリドールから王都へ移る予定だ。今は引き継ぎ作業を行っている」
「飛び跳ねて喜ぶオウカが目に浮かびますね」
「私もマスターと共に過ごせるのは嬉しい限りだ」

 尻尾を左右にパタリパタリとさせながら、上機嫌な声で言う白猫。
 ネーヴェさんはオウカの二人目の相棒だ。
 元はオウカ食堂フリドール支店を統括する為に生み出されたらしいが、今では互いに無くてはならない存在になっている。
 使い魔とマスターであり、親友であり、家族でもある。
 そんな関係の二人が一緒に暮らせるのは何よりだ。

「優秀な人材も育ってきているのでな。安心して王都へ行ける」
「それは何よりです」

 さすがネーヴェさん。部下の育成も抜かりは無いようだ。
 この調子なら彼女の言う通り、近い内に王都に移り住む事が出来るようになるだろう。

「ところでセイ……いや、今はライだったな。お前は今後も冒険者を続けるつもりなのか?」
「いや、俺は田舎でまったり過ごすつもりです。その前に一度実家に寄りますけど」
「実家か……大丈夫なのか?」
「はは……大丈夫じゃないでしょうね」

 実家で待ち受けている『戦鎚』の二つ名を持つ武闘派シスターを思い出し身震いする。
 俺たち孤児を育ててくれた恩人であり、皆の母親であり、最恐の女性である。
 ちなみに年齢は不詳だ。俺が出会った時から外見年齢は全く変化していない。
 あの人に関しては、実は不老不死だと言われても納得してしまうかもしれない。

「まぁ素直に叱られておきます。皆を合わせたいですし」
「そうか。お前がそう思うなら、それが良いだろうな」

 優しげな瞳で言いながら、パタリパタリと尻尾を揺らす。
 どうやら俺の葛藤など、彼女は全てお見通しのようだ。
 やはり敵わないなと思い苦笑を漏らすと、ニヤリとした笑みを返された。

「しかし随分とまぁ、人間らしくなったな。私は今のライの方が好きだぞ」
「……それ、褒めてます?」
「さてな。私の好みの問題だし、一般的な人間の感性なんて猫には分からないさ」
「ネーヴェさんに分からないなら誰にも分からないと思いますけどね」

 何せこの猫、知能を持つ使い魔という超常の生物だし。
 この世のあらゆる知識を有する代わりにマスターの命令以外では何も出来ない魔法生物。それが一般的な使い魔だ。
 しかし彼女の作成者である十英雄のカエデさんは、そんな常識など知らないとばかりにネーヴェさんに自我を植え付けた。
 通常なら国宝級の魔導具であり、個人所有など決して認められるものでは無い。
 それが許されているのは所有者がオウカだからだろう。

 ちなみに、個人的には彼女を物扱いするのは気が引けるが、一般的に使い魔は魔導具扱いだから仕方が無いのだろうと妥協している。
 まぁ彼女自身は全く気にしてないらしいけど。
 私の全てはマスターのものだ、なんて公言してるしな。

「ところで『氷の歌姫アブソリュート』よ。貴女も冒険者を辞めるのか?」
「はい。私はこれからもずっと、ライさんと共に在ります」
「そうか。貴女程の冒険者が引退するのは残念だが、とても尊い選択だとも思う。ライをよろしく頼む」

 てし、とジュレの手に自分の前足を重ね、ネーヴェさんは優しい声色で言った。
 あ、ジュレがプルプルしだした。
 モフりたいんだろうけどやめとけ。猫パンチくらうぞ。

「それよりライ。一応聞いておくが、結婚は考えているのか?」

 あ、今度はこっちに矛先が向いた。
 からかうような声音だけど……ふむ。
 まぁ正直に答えておくか。

「生活が安定したら、ですかね。移り住んですぐは無理だと思ってます。まずは生活の基盤を作らないといけませんし」
「……分かってはいたが、お前は現実的すぎて面白味に欠けるな」
「いやまぁ、ネーヴェさんに嘘吐いても仕方ないんで」

 嘘言ってもどうせ見抜かれるだろうし。
 ネーヴェさんは俺の言葉に不満を持ったようで、尻尾をペシリと叩きつける。
 してやったりと思うと同時、目の前の白猫はニヤリと笑った。

「ふん。しかし、ライにしては詰めが甘いな」
「と言うと?」
「そういうのは先に相手に伝えておけ」

 ネーヴェさんがピッと尻尾を向けた先。
 そこには頬を赤らめて呆然とこちらを見詰めるジュレの姿があった。
 ……あ。そうか、そこまで踏み込んだ話はしてなかったな。
 
「すまん。先に話しておくべきだったな」
「いえ、そこではなくて、その……」

 珍しく口ごもり、細い指を頬に当てる。
 それは夢見る乙女のようで、つい見蕩れてしまうような仕草で。

「その場合、夜の主従関係はどのように……?」
「この場で答える気はねぇよ」
「私としては日替わりも良いと思うのですが」
「いいから黙ってろド変態」
「はぁんっ! ありがとうございます!」

 ハァハァと息を荒らげながら悶えるな。
 公衆の面前で何を言い出すんだお前。
 周りの注目を集めるんじゃない。

「くく……仲睦まじいことだ。子が産まれたら知らせてくれ」

 ネーヴェさんの意地の悪そうな笑い声に軽く頭痛を覚え、思わず頭を抱えてしまった。

 頼むから時と場所を選んでくれ。
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