86 / 101
86話「頼むから時と場所を選んでくれ」
しおりを挟むオウカ食堂から少し離れた大通り沿いの喫茶店。
暖炉の暖かさに満ちた一室で飲むコーヒーはまた格別なものだ。
窓越しに外の吹雪を見ながら淹れたてのコーヒーを一口飲むと、苦味と酸味が口の中に広がった。
ここのコーヒーは結構好みの味だな。
さっき食べたタルトも美味かったし、ネーヴェさんも良い店を知ってるもんだ。
使い魔は食事をとる必要が無いとか聞いた事あるが、彼女にも付き合いとかあるんだろう。
「しかし、セイは他人に興味が無いんだと思っていたのだが。人は変わるものだな」
「私が出会った頃は触れるだけで鳥肌を立てていましたね」
「私としてはその辺も興味がある話なのだが……どうだ、話す気になったか?」
「いやもう勘弁してくださいって」
からかうように笑うネーヴェさんに苦笑いを返し、コーヒーを更に一口。
何が悲しくてトラウマレベルの恐怖イベントを人に話さなきゃならないんだよ。
思い出すだけでも嫌だわ。
いやまぁ、いつか向き合わなきゃならない話ではあるんだけど。
「ふふ。まぁ、大事が無くて何よりだ」
「そりゃどうも。そっちはどうなんです?」
「近々フリドールから王都へ移る予定だ。今は引き継ぎ作業を行っている」
「飛び跳ねて喜ぶオウカが目に浮かびますね」
「私もマスターと共に過ごせるのは嬉しい限りだ」
尻尾を左右にパタリパタリとさせながら、上機嫌な声で言う白猫。
ネーヴェさんはオウカの二人目の相棒だ。
元はオウカ食堂フリドール支店を統括する為に生み出されたらしいが、今では互いに無くてはならない存在になっている。
使い魔とマスターであり、親友であり、家族でもある。
そんな関係の二人が一緒に暮らせるのは何よりだ。
「優秀な人材も育ってきているのでな。安心して王都へ行ける」
「それは何よりです」
さすがネーヴェさん。部下の育成も抜かりは無いようだ。
この調子なら彼女の言う通り、近い内に王都に移り住む事が出来るようになるだろう。
「ところでセイ……いや、今はライだったな。お前は今後も冒険者を続けるつもりなのか?」
「いや、俺は田舎でまったり過ごすつもりです。その前に一度実家に寄りますけど」
「実家か……大丈夫なのか?」
「はは……大丈夫じゃないでしょうね」
実家で待ち受けている『戦鎚』の二つ名を持つ武闘派シスターを思い出し身震いする。
俺たち孤児を育ててくれた恩人であり、皆の母親であり、最恐の女性である。
ちなみに年齢は不詳だ。俺が出会った時から外見年齢は全く変化していない。
あの人に関しては、実は不老不死だと言われても納得してしまうかもしれない。
「まぁ素直に叱られておきます。皆を合わせたいですし」
「そうか。お前がそう思うなら、それが良いだろうな」
優しげな瞳で言いながら、パタリパタリと尻尾を揺らす。
どうやら俺の葛藤など、彼女は全てお見通しのようだ。
やはり敵わないなと思い苦笑を漏らすと、ニヤリとした笑みを返された。
「しかし随分とまぁ、人間らしくなったな。私は今のライの方が好きだぞ」
「……それ、褒めてます?」
「さてな。私の好みの問題だし、一般的な人間の感性なんて猫には分からないさ」
「ネーヴェさんに分からないなら誰にも分からないと思いますけどね」
何せこの猫、知能を持つ使い魔という超常の生物だし。
この世のあらゆる知識を有する代わりにマスターの命令以外では何も出来ない魔法生物。それが一般的な使い魔だ。
しかし彼女の作成者である十英雄のカエデさんは、そんな常識など知らないとばかりにネーヴェさんに自我を植え付けた。
通常なら国宝級の魔導具であり、個人所有など決して認められるものでは無い。
それが許されているのは所有者がオウカだからだろう。
ちなみに、個人的には彼女を物扱いするのは気が引けるが、一般的に使い魔は魔導具扱いだから仕方が無いのだろうと妥協している。
まぁ彼女自身は全く気にしてないらしいけど。
私の全てはマスターのものだ、なんて公言してるしな。
「ところで『氷の歌姫』よ。貴女も冒険者を辞めるのか?」
「はい。私はこれからもずっと、ライさんと共に在ります」
「そうか。貴女程の冒険者が引退するのは残念だが、とても尊い選択だとも思う。ライをよろしく頼む」
てし、とジュレの手に自分の前足を重ね、ネーヴェさんは優しい声色で言った。
あ、ジュレがプルプルしだした。
モフりたいんだろうけどやめとけ。猫パンチくらうぞ。
「それよりライ。一応聞いておくが、結婚は考えているのか?」
あ、今度はこっちに矛先が向いた。
からかうような声音だけど……ふむ。
まぁ正直に答えておくか。
「生活が安定したら、ですかね。移り住んですぐは無理だと思ってます。まずは生活の基盤を作らないといけませんし」
「……分かってはいたが、お前は現実的すぎて面白味に欠けるな」
「いやまぁ、ネーヴェさんに嘘吐いても仕方ないんで」
嘘言ってもどうせ見抜かれるだろうし。
ネーヴェさんは俺の言葉に不満を持ったようで、尻尾をペシリと叩きつける。
してやったりと思うと同時、目の前の白猫はニヤリと笑った。
「ふん。しかし、ライにしては詰めが甘いな」
「と言うと?」
「そういうのは先に相手に伝えておけ」
ネーヴェさんがピッと尻尾を向けた先。
そこには頬を赤らめて呆然とこちらを見詰めるジュレの姿があった。
……あ。そうか、そこまで踏み込んだ話はしてなかったな。
「すまん。先に話しておくべきだったな」
「いえ、そこではなくて、その……」
珍しく口ごもり、細い指を頬に当てる。
それは夢見る乙女のようで、つい見蕩れてしまうような仕草で。
「その場合、夜の主従関係はどのように……?」
「この場で答える気はねぇよ」
「私としては日替わりも良いと思うのですが」
「いいから黙ってろド変態」
「はぁんっ! ありがとうございます!」
ハァハァと息を荒らげながら悶えるな。
公衆の面前で何を言い出すんだお前。
周りの注目を集めるんじゃない。
「くく……仲睦まじいことだ。子が産まれたら知らせてくれ」
ネーヴェさんの意地の悪そうな笑い声に軽く頭痛を覚え、思わず頭を抱えてしまった。
頼むから時と場所を選んでくれ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】
山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。
失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。
そんな彼が交通事故にあった。
ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。
「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
【アイテム分解】しかできないと追放された僕、実は物質の概念を書き換える最強スキルホルダーだった
黒崎隼人
ファンタジー
貴族の次男アッシュは、ゴミを素材に戻すだけのハズレスキル【アイテム分解】を授かり、家と国から追放される。しかし、そのスキルの本質は、物質や魔法、果ては世界の理すら書き換える神の力【概念再構築】だった!
辺境で出会った、心優しき元女騎士エルフや、好奇心旺盛な天才獣人少女。過去に傷を持つ彼女たちと共に、アッシュは忘れられた土地を理想の楽園へと創り変えていく。
一方、アッシュを追放した王国は謎の厄災に蝕まれ、滅亡の危機に瀕していた。彼を見捨てた幼馴染の聖女が助けを求めてきた時、アッシュが下す決断とは――。
追放から始まる、爽快な逆転建国ファンタジー、ここに開幕!
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる