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93話「まだまだ平穏な暮らしは遠そうだって事だ」
しおりを挟む俺たちは一つ、大きな勘違いをしていた。
『魔王』という魔導具、そして強大な暗示。
それらがルミィを蝕み、今回の騒動が起こったのだと。
だが、事実は異なっていた。
誰もが楽観していたのだ。これで、全てが終わったと。
完全に油断していた。まさか。
「あぁ、セイ。目が覚めたら貴方がいるなんてなんて素敵な奇跡なのかしら。女神様ありがとうございます、これからも一生貴女に仕えます。それはそれとして少し疲れているんじゃない? 顔色が悪いように見えるわ。それに少し痩せたんじゃないかしら。最後に会った時より七百グラムも減っているように見えるよ。ちゃんとご飯は食べてる? あぁそうか私が作ってあげれば良いのね分かったわこれからは私がずっとあなたの傍であなたのお世話をしてあげるもう何も心配しなくて良いんだよ私がすべてを担ってあげる目となり耳となり手となり足となり心臓になってあなたの全てを私が包み込んであげるからでもその前にやっぱり府たちの愛の結晶が欲しいわやっぱり最初は男の子かなでも女の子でも可愛いと思うのだって私とセイの子どもだもの絶対可愛いに決まっているわ名前はどうしましょうやっぱり二人の名前を使うのがいいかなセイあぁセイ私のセイ私だけのセイ私はあなたのモノだからあなたも私のモノよねそうよね分かってるわ誰より何より愛しているわ」
ルミィのヤンデレが呪いなんて関係なかったとは。
目を覚ましたルミィはしばらくぼんやりとしていた。
のだけれど。俺を視界に居れた瞬間にスイッチが入ってしまい、俺の右手を持ちながら先の長文を息継ぎなしで言い放った訳だ。
なお、膝枕している状態なので俺に逃げ場はない。
やべぇ、こえぇ。
「おう、まぁ落ち着け。茶でも飲むか?」
「ありがとう嬉しいわセイがいれてくれたお茶ならきっとこの世の何よりも美味しいわよね私の為に私だけの為にお茶をいれてくれるなんてやっぱりセイは優しいね格好いいし可愛いし素敵――」
「いいから飲め。とにかく飲め」
「――んむっ?」
無理やり口にカップを持っていくと、案外大人しく飲んでくれた。
うーん。一応こちらの意思を尊重してくれてはいるんだろうか。
「えへへ。ごめんね、セイ少し取り乱しちゃった」
可愛らしくはにかみながらそっと俺の頬に手を添えてくる。
反射的に悲鳴を上げそうになったのを気合で持ちこたえた。
あの状態で少し取り乱した、なのか。いや深くは聞かない方が良いだろう。
普通にしてたら清楚可憐な美少女なんだけどなぁ、こいつ。
サラサラとした長い白銀の髪に、宝石のような銀色の瞳。
顔立ちは芸術品のように整っていて、美形ぞろいの英雄達にも引けを取らないレベルだ。
体型は細身なのに胸は大きく、肌は絹のようにきめ細かい。
そんな最強のルックスに加えて、ルミィは性格も良い。
あらゆる人に対して優しく、慈愛に満ちており、柔らかな物腰で、常に微笑みを絶やさない。
普段から司祭服である事もあって、旅先ではよく聖女様だとか言われていた。
と言うか、実際俺もルミィは聖女なんじゃないだろうかと思ったことは何度もある。
あるんだけど。
……どうしてこうなったんだろうなぁ。
ちなみに、だが。
他のメンバーは現在宴会の準備中である。
国中の人気者であるオウカが足を運んだどころか料理まで提供する事となり、フリドール中の人々がここぞとばかりに集まって来たのだ。
そしてオウカ曰く、人が集まったら宴会でしょ、とのことらしい。
目を向けるとみんな忙しそうに、けれど楽しそうに準備をしている。
先ほどまでとはえらい違いだなと、肩をすくめて苦笑した。
「ねぇセイ。聞きたいことがあるの」
「ん? どうした?」
「セイはなんで私たちから離れちゃったの?」
訴えかけるような問いかけ。その眼には、涙。しかし強い決意の込められた眼差しで。
そんなルミィに、適当に答えることはできなかった。
「あの時言った言葉は嘘じゃない。俺はもう戦いたくないんだ」
「私の事が嫌いになった訳じゃないの?」
「嫌いじゃないよ。いやまぁ、怖いけどな」
「……怖い? なんで? 私はこんなにもセイを愛しているのに?」
「ナチュラルに四肢切断しようとするからだろうな」
その他もろもろ。言い出したらキリがないが、とにかく愛が重い。
いや、そこは良いんだけど、危害を加えようとするのはマジで勘弁してもらいたい訳で。
俺より身体能力高いから逃げようが無いし。
しかし、俺の言葉をスルーしてルミィが続ける。
俺の頬を愛おしそうに撫で、涙交じりの微笑みを浮かべて。
「あのね、私ね。本当にセイの事が好きなの。好きすぎておかしくなりそうなの。セイの全てを愛してる。セイの全てが欲しい。それは、いけない事?」
「すまんが、お前の望みをかなえられない。俺にはもう、これからの人生を共に過ごす奴らがいるんだ」
「前にセイと一緒にいた子たち?」
「そうだよ。俺の大事な仲間で、愛しい人たちだ」
知らず、俺の顔には笑みが浮かんでいた。
しかし今更それを隠す理由なんて無い。
堂々と胸を張って、あいつらを愛していると言えるから。
「そっか……セイは私と一緒にいるのが一番幸せだって思ってたけど、今はもう違うんだね」
柔らかく繊細な微笑みを浮かべて、ルミィがささやく。
「私は貴方の幸せが一番大事。だから、諦めることにする。セイが一番幸せな方法を選ぼうと思う」
「ルミィ……」
「私はセイを誰よりも、何よりも愛してる。いつでも、どこでも、貴方だけを愛してる。だから私は……」
言いながら彼女は穏やかに、聖女のような笑みを浮かべて。
「ちょっとだけ妥協しようと思うの。私は何番目でもいいよ。だからセイの赤ちゃんが欲しいな」
濁り切った瞳でそう断言された。
ぶち壊しである。
もう一度言うが、ぶち壊しである。
おい、今のってそいういう流れじゃないだろ。
なんて言うかこう、だから私は身を引きますっていうか、そういう流れじゃなかったか?
メンタル強すぎんだろお前。
「だって四人も五人も変わらないと思わない? 私はセイだけを愛しているけど、セイが私だけを愛する必要はないって気が付いたの。だってセイの幸せが私の幸せだから。それにセイは魅力的だから他の人が好きになっちゃうのは仕方ないし、私が傍にいればいつでもどこでも二十四時間ずっと守ってあげられるから私がセイの敵をみんな殺してあげるセイは何もしなくて良いんだよ私が代わりにやるから私を愛してくれればそれだけでいいの貴方の笑顔がなによりも尊いからだからいつでも笑顔でいられるようにたくさん頑張るね他の人たちとも仲良くなれると思うのだってセイを好きな人に悪い人なんていないしもしセイに害をなすなら私が殺して焼いて魔獣のエサにしちゃうから何も問題は無いしでも夜の営みは順番性がいいなみんな一緒でもいいけどたまにはセイを独占したい二人きりで甘くて淫らな時を過ごしたい愛を囁いて欲しい私はどんなことでも受け入れるからどんなことをしても良いんだよだって私はセイを愛しているしこれからもずっとセイだけを愛しているから」
「いや待て聞き取れないから」
「そうと決まれば他の人達にもご挨拶しないとね。セイ、また後でね」
善は急げと言わんばかりに元気よく起き上がり、流れるようには両手で俺の頬を包み込む。
行動を言及しようと口を開いた俺に対し、彼女は。
自らの唇で、俺の口をふさいだ。
あまりの事態に思考が止まってしまい、抵抗する事すらできなかった。
たっぷりと時間をかけてキスをした後、そっと顔が離れる、
「……んっ。愛しているわ、セイ。それじゃあ、また後でね」
にっこりと。澄んだ銀色の瞳と慈愛に満ちた微笑みを残し、ルミィは他のみんなの元へと走り去っていった。
顔を赤くして混乱する中、一つだけ分かったことは。
まだまだ平穏な暮らしは遠そうだって事だ。
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